大切な貴方に、さよなら
 そらはあおい
 
 うみもあおい
 
 みどりのだいち
 
 あかいたいよう
 
 ……こんなの当たり前。
 誰だって知っている。
 凄く当たり前の事。
 
 しかし、あたしの当たり前はもう存在しない。
 遥か彼方の『現実世界』に置いて行ったまま……。
 
 大魔王が倒れた。
 人々は皆、あたし達を歓迎し、勇者とか何とかと言った。
 
 でも、そんな事、どうでもよかった。
 
 人々の『当たり前』が戻ってきた。
 明るい日々が戻ってきた。
 
 しかし、あたしの『当たり前』は未だよくわからない。
 それを見つければあたしの『当たり前』は見つかるの?
 
「バーバラ、お前には使命がある」
 
 そう思っていた矢先に、神様の口から聞こえた事。
 
「未来の卵を知っているだろう?」
 
 あたしが頷くと神様も頷き返した。
 
「あの卵には、未来が入っている。そして、それを割れば、新しい未来が生まれる。しかし、ただ割るだけでは未来など生まれる事はない。定められた女が丁寧に温めて、それからやっと未来は生まれる」
 
 神様が言い終わるとあたしはため息をついた。
 神様のこの言葉の意味がわからないわけない。
 あたしは未来の卵を割るという使命がある。
 
 でも、そんな事したら、皆は……?
 皆には会えなくなるの?
 
 ううん、そんな事、最初から分かっていた。
 あたしは『夢の世界』の住人だという事を。
 
 ここはレイドック城。
 魔王が倒れた事を記念して盛大なパーティーが行われていた。
 
 あたしは今、一人東の部屋に向かっている。
 そういう事はそこまで好きではない、テリーのところに行くためにね。
 
 勿論、居たよ。
 一人で庭を眺めていた。
 
 その横顔はとても整っていて、あたしは凄くドギマギした。
 あたしに気がつくとテリーは直ぐにあたしの方に向き直って、小さく笑いかけた。
 
「どうした?」
「何となくだよ!」
 
 本当は、嘘。
 貴方に会いたいからだなんて言えるわけないじゃない。
 
 だけど、貴方は凄く鋭い。
 あたしのクセなんて知り尽くしている。
 
 あたしがこんな感じで遊びに来たら、会いたいから来る事なんてね。
 
「嘘だろ?」
「えへへ〜。バレちゃった?」
「わざわざ嘘なんてつかなくても良いじゃないか」
 
 呆れた様子のテリー。
 貴方のその反応も可愛い。
 
 今は凄く充実している。
 とても楽しい日々。
 それがずっと続くと思っていた。
 空が夕闇に飲み込まれていく。
 そして、あたしの身体も定めという波に飲み込まれていった。
 もうすぐ怖い夜がやって来る。
 
 夜。
 あたしは城の最上階にいた。
 ここなら誰にもバレずにひっそりと消えて行ける。
 
「ごめん。皆」
 
 あたしはそう呟くと、一人部屋の真ん中で泣いた。
 やっぱりこの世界を離れるのは嫌?
 ちがうの、そうじゃない。
 貴方と別れるのが、怖いの。
 
 しかし、想いとはうらはらにあたしの身体は薄くなっていた。
 もう消えるんだ。
 消えたらあたしの存在はきっと忘れられるに違いない。
 
 でも、その方が良い。
 あたしなんて覚えてていても意味があるの?
 
 ごめんね。
 一人で泣いて、一人で消えるから、皆、あたしを忘れて……。
 
「バーバラ……!」
 
 そう思っていたのに。
 貴方の呼ぶ声がした。
 
 急いで階段を上って来たらしい。
 貴方の息は切れていた。
 
「テリー! 来ちゃダメ」
 
 あたしは必死の抵抗をした。
 貴方はとても悲しそうな顔をした。
 あたしは暗闇でそれが見えないふりをした。
 
「嫌だ。確かめたい事がある」
 
 嗚呼。
 貴方のその声に何度救われて、何度泣いたんだろう?
 
「お前とは……もう会えなくなるのか」
 
 深刻そうなテリーの顔。
 本当の事だけど、うんと言えなかった。
 
「答えろよ!」
 
 だけど答える暇を神様はくれなかった。
 あたしの身体は、殆ど空に消えていた。
 
「……」
 
 今にも泣きそうな貴方は……。
 
「このバカ野郎! 俺がお前を守るって言ったのに、一人で勝手に消えようとしやがって……!」
 
 ……静寂。
 
「わあああ――!」
 
 貴方は気が狂ったような叫び声をあげてあたしの方に走って来た。
 
 貴方の蒼い瞳には、涙さえも浮かんでいた。
 月の光で貴方の涙はきらめいている……。
 いつの間にか貴方はあたしの目の前にいた。
 瞳から涙をポタポタと溢れさせているのに、顔は笑顔だった。
 
 そして、貴方はそっと言った。
 
「……好きだ」
 
 そう言って、あたしを抱き締めようとしたけど、もう時間がなかった。
 貴方は一つ頷くと、思い切り笑った。
 その中にあたしは見た。
 あたしを吸い込んでいくような白い光を。
 まばゆい光が辺りを照らす。
 最後に聞いた貴方の言葉は……。
 
「ありがとう、バーバラ」
 
 君の姿はもう、見えなかった。
 
 ありがとう。
 その言葉を聞いた瞬間、溢れる涙が止まらなかった。
 
 いつか約束した。
 二人で幸せになろう、誰よりも幸せになろう、と。
 
 でも、あたしはその約束を破った。
 貴方を裏切った。
 貴方にとってはやっと掴めた幸せだったのに。
 
 ごめんなさい。
 あたしだって、貴方の事が、誰よりも大好きだったの。
 
 光はあたしを包み込んでいく。
 
 さよなら。
 
 あたしはもう、きっと貴方に会う事はない。
 それでも、貴方を、貴方と過ごした日々を忘れたりはしない。
 
 ありがとう、テリー。
 大好きだった。
 
 ううん、違う。
 今でも大好きだよ。
 
 あ
 
 り
 
 が
 
 と
 
 う
 
 大切な貴方に、「」
 
 
 
 
 
 Fin.
-23-
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