放課後のチャペル1


放課後のチャイムが校内に鳴り響く。
みんなが帰路に着きはじめたが、なまえにはまだ帰れない理由があった。

目の前に静かに近づいてきたのは、同じクラスのモブくん。
「なまえさん、僕日誌自分の所書けたから、あとなまえさんの所だけなんだけど…」
書いたら提出お願いしてもいいかな…
なんて、申し訳なさそうに言うモブくんを見て、同い年なんだからそんなに気を使わなくっていいのに、と思った。

今日の日直当番はなまえとモブくんだったのだ。

「うん、いいよ」
「っ!ほんと?ご、ごめんね…押し付けちゃって…」
「あとは私の所だけでしょ?書いて出すだけだし、大丈夫だよ」
「ほんとにありがとっ、なまえさん…また明日」
「おつかれモブくん」

にこっと笑顔を向けて気を使わせないようにヒラヒラと手を振り、そそくさと教室を出て行くモブくんを見送った。
モブくんが見えなくなったあと、私は日誌と向き合った。
「ふぅ、早く終わらせて帰ろう」

パラパラとページをめくり、今日の日付のページを開いた。
モブくんの字で書かれた、授業内容や感想欄をじっと読んだ。
『今日は雨が降っていました。進路をもう決めている人もいて、僕も目標を持ちたいと思いました。』
乱雑だけど男の子っぽい字、当たり障りのない平々凡々な内容であり、普通の人ならとくに何も感じないだろう。
だけど、私は少しドキドキしていた。
こんな気持ちになるのは、モブくんに恋をしてしまってたから。

教室ではほとんど会話なんてしてないけど、いつも目で追ってしまっていた。今日も眠そうだったなぁ、なんて思い出しながらにんまりと笑みがこぼれそうになる。
窓側最後尾という特等席から、中央あたりの席に位置するモブくんの横顔を眺めるのも、私の日課になっていたのだ。
しかも、今日は日直当番だったため、授業後交代で黒板を消したり、先生に頼まれた書類を一緒に運んだ。
密かに想っている人と、こんなに近くで話せて、共同作業までできるなんて!
願ってもない幸福を、味わえたのだった。

遠くから見てるだけでよかった。
それだけで充分のはずだった。
私はモブくんに自分の想いを伝えることはするつもりなんてない。
モブくんに好きなひとがいると、知っていたから。

なまえはペンを走らせる
『今日は体育の時間、バレーのボールが外に出てしまったとき、拾いに行ってくれた人がいました。そのとき雨だったけど風邪を引かないか心配です。』
もちろんこれはモブくんのことだけど、モブくんは日誌を読み返したりはしないんだろうなぁ…
窓の外はまだ雨が降っている。
そういえばモブくんは傘を持ってるのかな…大丈夫、かな…

だんだん激しさを増す雨に、寂しさを感じ、報われない恋を自覚した。

私の好きな人は…私じゃない人を好きだから…

ああ…なんだか…泣けてきた。

一人ぼっちの教室だから、少しくらい泣いたって…


「なまえさん!」
「…っ!」
バン!と扉が勢いよく開いて名前を呼ばれた。
ビックリして声の方を向くと、さっき別れたばかりの私の想い人。

「モ、モブくんっ!?どうしたの?」
「いやその…雨降ってて…傘置き場に傘一本もなかったから、もしかしたらなまえさん、傘持ってきてないのかと思って…
て、あれ?ごめん…な、泣いて…た?」

バッと手の甲で目元を拭うと涙がついていた。
でも、この人にだけは気づかれたくなくて、私は嘘を言う。
「ううん、ちょっと目薬してただけだよ、目が乾いてきたから。」
「そ、そっか…よ、よかった……」
「そういえば傘持って来るの忘れちゃったな…モブくんもないの?」
「僕は傘持ってるけど、なまえさんが持ってないなら…嫌じゃなければ貸そうと思って…僕は傘、なくても平気…だから」
「モブくん、優しいね。じゃあ、お言葉に甘えても…いいかな」
「っ!う、うん、ここに傘置いていくね!」

「ま、待って…」

なまえはつい、また一人ぼっちの教室に残されるのが怖くて声をかけてしまった。

「モブくん私…」
「?」

「日誌、終わったから、一緒に、帰らない?途中まででいいから…」

「え!?ぼ、ぼくと!?」
「嫌だったらいいの!傘、悪いし…それで…」
「…あ、うん、そ、そうだよね、気を使わせてごめんね!僕とでよかったら…帰ろっか」

モブくんで、じゃなくて、モブくんが、いいのに…なんて、心の中でつぶやいてから、
彼の優しさにつけこんで二人きりで帰れることになり、嬉しすぎてさっきの涙はひっこんでいった。
この気持ちが、バレないようにバレないようにと、心の奥にしまいこんで。

中学二年生、梅雨が終わる季節だった。
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