生まれる


物心がついたときから漫画が好きだった。父の収集癖が漫画へ向いていたことの影響も大きい。書斎に行けば大量の漫画が出迎え、いつでも好きな時間にタダで読むことができる。まさに夢の時間だった。
様々な物語に夢中になった末に、「私も物語を創り出す側になりたい」と思うのは極自然の流れだった。思うがままに筆をとり、キャンバスに空想を描いた。細かく緻密な作業が好きなことも相まって、絵を描くことは私の人生の中心となり、いつしか生涯の仕事にしたいとまで思うようになった。
小中高とコンテストと名のつくものに出品しては何かしらの賞をもらい、親からも教師からも褒められ、巷ではちょいと有名な美術少女となった私は、そのまま美大へと進学。個性豊かな同期と感性を磨き、時にはぶつけ合いながら、美術一色に染まった人生を謳歌していた

はずだったのだが。


それはある日の新歓の帰り道。もっぱら酒に強くちょっとやそっとじゃ酔わないタチである私が珍しくべろべろに泥酔し、フラフラで帰路を歩いていた時である。同じ方向に帰る同期の仲の良い男子は良さげな雰囲気になっていた後輩をちゃっかりお持ち帰り、もう一人の同期の女子は気になっている先輩が二次会へ行くためチャンスとばかりに着いて行き、私はこんな夜更けに一人ぼっちだった。
今思えば、自分の置かれていた状況はかなり危険なものであり、不用心にもほどがある行いである。容姿の良し悪しは別として、うら若き女子大生が一人で街頭もまばらな夜道を歩くなど、襲ってくださいと言っているようなものだ。
実際、この後電柱に寄りかかって休憩していた私は名も顔も知らぬ通り魔の男に、グサっと背後を一発刺されてあっけなく死んだ。痛みも感じぬままあっさりと意識が飛んで、多分、いや、絶対死んだのだ。



しかし、私は今生きている。容姿と名前を変えて。

決して整形をしたわけでもなく、悪いことをしでかして偽名を使って逃走中、というわけでもなく、新しい人間として生を受けた―――のである。
何を言っているのか分からないだろうが、強制的にこの状況に置かれ二度目の人生を歩まされている私が一番分からない。

しかし、新しい人生を受容して生きて行くのは、存外容易なことだった。人間の順応性と柔軟性は、目を見張るものがある。
身体が赤ん坊であると精神も赤ん坊に返るのか、精神年齢は実年齢の倍以上ありながらも平然と赤ん坊を全うした。見た目は子供頭脳は大人という色々と隠しきれていない某名探偵とは違って、それなりに上手く隠れている。多少は「大人びているね」やら「手のかからない子どもね」と言われており、中々出来る子供だと思われているのが辛いところであるが(中身は成人済みチート)、全くの許容範囲内である。

某名探偵といえば、気付いたことがひとつある。
私の父は有名ミステリー作家であり、新作を出せばヒットする売れっ子である。出世作であり代表作でもある「ナイトバロンシリーズ」は、世代を問わず長く愛される人気シリーズだ。
そして母は元女優。しかも国民的女優であり、世界でも名の知れた名女優だ。結婚を機に電撃引退をし、子育てに追われる日々を送っている。
急に身内の自慢かコンチクショーと思う人もいるだろう。私だってこの出来過ぎともいえる人たちの子供になるだなんて思ってもみなかった。
察しの良い人はとっくに分かっているであろうが、私はあの名探偵コナンの世界に転生してしまったのである。しかも主人公の両親の元に、というおまけ付き。
もちろん主人公の工藤新一、後に江戸川コナンとなる彼も私の双子の弟として存在している。彼は私と違って本当に出来た子どもで、多少やんちゃで悪ガキの気はあるものの根は素直で優しいし、母親を溺愛する父とそれを甘受する母親を見て育っている影響でレディーファーストが身に染みているのか、女の子に対して気遣いもできる。その年から育ちの良さが滲み出ているぞ工藤新一。中学時代からエースとして活躍していたサッカーもすでに頭角を現しているし、数々の名推理を生み出した頭脳も健在だ。音楽だけは壊滅的だが。
私といえば、双子の弟の新一が超健康優良児でありながら、病弱一直線である。激しい運動は以ての外、幼稚園へ行くことも出来ず、自宅で暇を持て余す日々だ。私がせっせこ絵を学んだのはこのためだったのか、と思うくらいには、絵を描いてはまた描いて、と繰り返すうちに1日が終わっている。
しかもせっかく良い遺伝子に恵まれたというのに、特筆した才能は一切なく、母に似た容姿と前世から引き継いだ美術への情熱だけしか取り柄がない。あと親と周りの大人を騙眩かす程度の演技力。人生世知辛いったら。

「なぁちゃん、今日の体調はどう?」

ぼんやりと窓の外を見ながら前世の思い出に浸っていると、有希子ママが薬と水を乗せたトレーを持って私の顔を覗き込んでいた。いつの間に部屋に入ったのだろうか。ノックの音にも気付かないくらい思い耽っていたのか。

「今日は元気だよ。お外行ける?」
「そうねぇ、天気も良いし、お熱がなかったらお庭を散歩しましょうか」
「やったぁ〜!」

幼児っぽくはしゃぐのもお手の物である。
しかし最近は体調が優れず薬漬けでベットに縛りつけられる毎日だったので、久しぶりに太陽光を直に浴びれると思うと喜びが抑えられない。ベットに付属している机の上で、ありとあらゆる画材を使って絵を描くのも飽きてきたところだ。
あとで優作パパに新しいアクリル絵具を強請ろう。

「またいっぱい描いたわね」
「うん!楽しいし、新ちゃんが喜んでくれるから」
「新ちゃんはなぁちゃんの絵大好きだから、きっと喜ぶわよ」

机の上に散乱した画用紙と画材を見た有希子ママが、トレーの置き場がないわ、と笑った。
新一は私の絵が大のお気に入りで、まだ思うように細かい動作が出来ず拙さが残る作品たちは、全て余さず新一の手に渡る。その中でも大作やお気に入りの作品は、わざわざ優作パパが高価そうな額縁を買ってきて部屋の至る所に飾るのだ。誰が見ても一目瞭然の親バカである。
しかし、何よりも私の絵を大事に大事にしているのは新一だ。新一の部屋に飾ってある新一の一番のお気に入りである絵を、毎日飽きずに満足するまで眺めてから眠り、朝起きると何よりもまずお気に入りの絵を拝むことからはじまる。自分の自覚している取り柄が絵くらいしかないと思っている私にとって、新一の一途な行動は私の創作意欲を熱くさせた。

「じゃあお布団から出る前にお熱を測りましょうね〜」
「はぁい」

慣れた手つきで体温計を脇に差し込み、手渡された水の入ったコップを持って薬を飲んだ。

幼さ故に両親は気遣っているのか具体的な病名を口にしたことはないが、自分の身体のことは自分が一番よく分かっている。自分の今置かれた状況は決して良くはないだろうし、多分このままいけば私の命は長くは持たないだろう。
もう死ぬのはこりごりだ。今世こそは老衰で死んでやる。
あと赤井さん絶対に生で見たい。

決意を新たにしながら、平熱を示した体温計を有希子ママに差し出すのだった。

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