菊臣と幼馴染
元々、菊臣は自分の生まれ育った、この三頭島があまり好きではなかった。
女性優位による肩身の狭さに、それを無抵抗に受け入れる男衆の不甲斐なさ。
島全体を覆う得体の知れない空気にも息苦しさを感じ、いずれは島を出ることさえ視野に入れていた。
が、それらは思春期によくある心理的傾向、放っておいても自然と解消される類いのもののはずだった。
少なくとも、幼馴染みの父親が亡くなった、数年前のあの日までは。
『…××の子、黒兎にございます。亡き父に代わり、本日よりお役目を引き継がせていただきます。』
葬儀を終え、参列客もほとんど去った頃、自身も黒兎に一声掛けて帰ろうとその姿を探していた菊臣は、うっかりその光景を目にしてしまった。
薄暗い座敷で何やら口上を述べ、誰かに向けて座礼する黒兎の後ろ姿。
常日頃の粗暴な言動からは全く想像出来ない畏まった態度にも驚いたが、先程までの喪服姿ではなく真っ白な袴を身に着けていたのも余計異様に見えた。
黒兎の父親は漁師だった。
確かに男衆のまとめ役のような立場でもあったが、だからと言ってわざわざ格式張った引き継ぎを行うほど大層なものだとも思えない。
見てはならないもの、なのかもしれない。
そう思った瞬間、何やら背筋に冷たいものが流れ、結局菊臣は黒兎に挨拶することなくその場から逃げるように帰ることしか出来なかった。
あれから数年―…
「もうすぐ『次期頭首』が島に帰ってくるらしいんだわ。お前んとこの神社にももう話は行ってんだろ?」
ここ数日、頻繁に鵺哭の家に出入りする黒兎の姿を見かけ、不審に思った菊臣が問い掛ければ、返ってきたのはそんな返事だった。
「その前準備とかで色々あんだよ。」
「そんなことまでお前が参加するのか?」
「これでも一応、鵺哭の分家だぜ?」
「何代も前に養子だの何だの入り混じって、血縁としてはとっくに縁が切れている、という話じゃなかったか?」
「あ?あー、話したことあったっけか?よく覚えてんのなァ。」
「…………」
菊臣が覚えているのも当然、その話を聞いたのは件の夜の翌日のことだ。
父親から引き継いだ「お役目」とは何か。
あの時も今と同じく、黒兎は誤魔化すように笑うだけで明確に答えようとはしなかった。
「まぁ、初めて男が鵺哭の頭首になるわけだし、あれこれと勝手が変わっちまうからな。そりゃあ形ばかりの分家でも手を借りたくなるだろうよ。」
「……そうか。」
菊臣は自分の生まれ育った、この三頭島が嫌いだ。
女性優位による肩身の狭さに、それを無抵抗に受け入れる男衆の不甲斐なさ。
島全体を覆う得体の知れない空気にも息苦しさを感じる。
そして何より、自分の知らぬ間に幼馴染みを縛り付けていた「何か」が、菊臣は憎くて仕方なかった。
抗いの理由
(だから俺はこの島を、島の総てを、)
(穿ち、祓い、清めねばならない。)
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嘘つき、ロンリー。