薬売りと庄屋
雨が降り続けて、早五日。
そんな時、その男はやって来た。
「違い、ますね…」
自称「ただの薬売り」。
だがその見るからに異様な風体に、村の者は誰一人として信用してなどいない。
「違う?何が?」
俺が構うのも、ただの好奇心。
それが分かっているのか、薬売りは曖昧に笑う。
「いえ、いえ。お気になさらずに。」
大したことじゃあ、ありませんよ。
その思わせぶりの話しぶりに内心(上手いもんだ)と感心した。
「何だ、気になるじゃねぇか。話せよ。」
暇を潰そうにも、なんせこの土砂降りでどこにも行けやしない。
それならこの珍妙な客の話に乗るのも一興だと、そう思った。
「何が違うって?」
薬売りはまた笑う。
と、急に雨足が強まったような気がして思わず小さく舌打ちした。
「しっかし、よく降りやがるなぁ…」
「そうですねぇ…」
ざぁ、ざぁ、ざぁ、と。
下手をすれば、隣の男の声さえ今にも搔き消されてしまいそうだ。
「いくら天の恵みとはいえ、こう毎日降られると憂鬱になっちまう。」
そう言って、幾分大袈裟に溜息を吐いてみせると、隣で「おや、」と小さな声が漏れた。
「どうした?薬売り。」
「いえ、何も…」
またそれか。
今度は文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、背後の襖から声を掛けられた。
「旦那様、少しよろしいでしょうか?」
不意を突かれたせいか、反応を返すのに一拍の間。
「あ、あぁ…今行く。」
後ろ髪引かれる思いはしたが、仕方がない。
「ま、ゆっくりしていけ」と薬売りに声を掛け、俺は腰を上げた。
「…黒兎様。」
「ん、何だ?」
「先程の話の続き、今日が終わればお話しいたしましょう。」
ほんの一瞬の間、一体どこで気が変わったのか。
薬売りはそう言った。
「明日?」
自然と眉間に皺が寄る。
今日話せぬものが明日には話せる?
抱いた疑問に薬売りが答えることなく、ただ変わらぬ笑みを浮かべるだけ。
「…分かった。明日聞こう。」
俺は、そう了承するしかなかった。
そうして次の日。
「川に落ちた?」
「えぇ、どうやら足を滑らせたらしくて…」
雨は止み、一人の男が死んだ。
出入りの行商人らがぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「本当、ツイてねぇ野郎でさァ。」
その「ツイてねぇ野郎」は俺もよく知る男で、だからかどうも実感が湧かない。
「…ここんところ雨続きだったからな…地盤も弛んでいたんだろうよ。」
何とかそれだけ言うと、何故か控えめな苦笑が周囲からこぼれる。
不思議に思い、首を傾げていると、馴染みの一人が口を開いた。
「何言ってんですかい、黒兎の旦那。」
雨が降ったのは昨日だけじゃねぇですか。
カチン、
『今日が終われば、お話しいたしましょう。』
気付けば「ただの薬売り」の姿はもう、村のどこにもなかった。
「今日が、終われば」
そして、ようやく俺はそれを理解したのだった。
【雨男】了
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嘘つき、ロンリー。