東の青年と年子弟
※映画終了後。
ふとケントの姿が見当たらないことに気が付いた。
恐らくヤックルか、ケントが「師匠」と呼び慕うアカシシの下だろうとそちらに足を向けたものの、珍しくどちらも空振りに終わる。
傍らで不思議そうに首を傾げるヤックルの背中を撫ぜながら、だとするなら…と次なる「心当たり」を前にしてアシタカはそっと溜息を吐き出した。
眼前に広がるは、シシ神の森と呼ばれた場所。
先の件で多くのいきものが姿を消したとはいえ、たかが人間一人の気配など未だ容易く飲み込んでしまう森の中でケントを探すのはいくらか骨が折れそうだった。
以前なら、群がるように集うコダマ達が道標代わりとなってくれていたのだが。
(…ここもいずれきっと、以前と同じ豊かな森となるだろう。そうすればコダマ達の姿もまた戻ってきて)
『いや、もう無理なんじゃねぇかなぁ…』
いつかの、弟がぽつりと呟いた言葉が不意に胸を過る。
「…行こう、ヤックル。」
ようやくそう友を促すと、アシタカは足を一歩踏み出した。
「探したぞ、ケント。」
途中遭遇したサンや山犬達の力を借りながら辿り着いたそこは、すっかり様変わりしてしまったものの、どこか見覚えのある場所だった。
鬱蒼と日を遮っていた背の高い木々が消え、水面を反射する光が一層辺りを明るく照らしているが、恐らく石火矢に倒れた時にシシ神に救いを求めた場所だろう。
あの時のアシタカと同様に、自身の腕を枕にして横たわるケントの腹の上にはコダマの姿もある。
コダマはケントより先にアシタカ達を振り返り、かたかたと首を小さく震わせた。
「ヤックル、と兄上。」
横たわったまま視線だけ向けてきたケントにヤックルが歩み寄り、アシタカもその後に続く。
「どうかした?何かあった?」
「いや、……」
どこか歯切れの悪いアシタカの返事を特に気にすることなく、ヤックルの頬を撫でるケント。
少し考えた後、アシタカはその隣に腰を下ろした。
昔からケントの興味関心はいつだって人間以外に向けられている。
ケントがアシタカと共に国を出たのはヤックルの存在があったから。
先の踏鞴場ともののけ達との対立では、両者の共存のためにアシタカと共に奔走していたが、それもアシタカの説得がなければ間違いなくもののけ側に着いていただろう。
『兄上は本当、人が好いなぁ…』
いつものように姿の見えない弟を探し、それを呼び戻しに来たアシタカだったが、そこに躊躇いが生じる。
踏鞴場の者達は今、心を入れ替えて村の建て直しを図っているが、だからと言ってこれまでの行いが消えたわけではない。
あのもののけ姫も、サンも「人間を許すことは出来ない」と言った。
ならば、ケントの心情は。
戻る場所とはどこであろう、と。
だが、しばらく二人の間に沈黙が続いた後、先に腰を上げたのはケントの方だった。
「んじゃ、帰るか。」
兄の葛藤などつゆ知らず、あっさりとそう言い放ったケントにアシタカは思わず呆気に取られてしまう。
「ケント…?」
「迎えにきたんだろ?」
「そうだが…その、いいのか…?」
ケントが立ち上がると同時に転がり落ちたコダマもまた、ケントを見上げてかたかたと首を鳴らしている。
落とされたことに不満を漏らしているのか、ただ見送りの挨拶をしているだけなのかは解らないが、ケントはそれを見下ろしながらただ目を細めて笑い返した。
「ここはまだ人間が居ていい場所じゃないしなぁ…ま、来たくなったらまた適当に来るし。」
それに、と続けてケントはアシタカに向けて手を差し出した。
「そんな顔した兄貴を、弟として放っておくわけにもいかねぇでしょ?」
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(血の成せる業、というわけではないだろう)
(だが、どうやら弟のことを一番理解していなかったのは自分の方だったようだ)
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嘘つき、ロンリー。