東の青年と踏鞴場の長と青年


事の発端は、たった一匹の蠅だった。

どこから入り込んだのか、ぶんぶんと飛び回るそれを「大した実害もない」と放置していたのがそもそもの間違いだった。


「っ、おのれっ!この虫けらめぇっ!」


突然、そう怒鳴りながら槍を片手に立ち上がったゴンザ殿。

後から聞いた話では、何でもゴンザ殿はご自身が字を書いている時に邪魔されるのが一等嫌いだとか。


そんなことを露とも知らなかった俺は一瞬何事かと慌てたが、エボシ様が笑いながら「気にするな」と言われたので、とりあえずは気にしないことにした。


だが、次の瞬間。


「そこかぁっ!」

「!?」


ぶんぶん飛び回る蠅を追い、ゴンザ殿がぶんぶんと振り回していた槍が俺の足元に突き立てられた。


それを避けようとして崩れる体勢。

何とか踏み止まろうと身構えたものの、気付けばすぐ目の前にエボシ様のお美しいご尊顔が迫り、頭の中が真っ白になってしまった。


そして、背後で戸口が開く音にも気付かなかった。


「エボシ殿。すまないがしばらくの間、ケントを借り…―







―…いつかこんなことになるとは思っていたが…ついに本性を現したな、女狐め…!」


エボシの上に覆い被さるようにして倒れたケント。

その姿を一目見るなり、アシタカは顔色を変えた。


そして問答無用で二人をばりっと引き離すと、エボシから庇うようにしてケントをその背後へと隠す。


そのあまりの早業に一瞬呆気に取られたものの、さすがはエボシ御前、すぐさまその顔に笑みを浮かべた。


「女狐とは酷い言われようだな…押し倒されていたのは私の方だぞ?」

「押し倒すなど、そんなはしたない真似をケントがするはずがない。仮に、それが事実だったとしてもだ。純粋無垢なケントをそなたがたぶらかし、唆したのであろう。」

「ふふっ…曇りなき眼とはよく言ったものだ。なぁ、ケント?」

「えっ…あっ……?」


と常ならばここらでエボシの援護に回るケントだが、先程の衝撃から未だ立ち直れていないのか、エボシの問い掛けに上手く反応を返すことが出来なかった。

それどころか敬慕するエボシから目を逸らし、普段毛嫌いしているはずのアシタカの後ろから一向に出てこようとしない。

そんなケントの姿につい加虐心が芽生えるエボシだったが、それより先にアシタカの保護欲が掻き立てられてしまった。


衝動的にその身を抱き締め、そして



「くにに帰らせてもらう!」



高らかにそう宣言するのだった。





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ケントが我に返るのは、もう少し後の話。

(ちなみにこの時、ゴンザはどうしていたかと言うと)
(振り回していた己の槍が頭に当たり、アシタカ乱入とほぼ同時に失神していました)


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嘘つき、ロンリー。