東の青年と山犬の姫と兄


「自分は山犬だ」と、そう迷いなく言い放つ妹がいつも羨ましくて仕方なかった。


そんな心を見透かしてか、その度にサンはいつも怒ったようにこう続ける。


『兄さんも山犬だ。』


サンは勿論、これまで面倒を見てくれた母さんも何かと慕ってくれる他の兄弟達も、俺の大事な家族だ。

それは間違いない。


ただサンとは違い、俺には母さん達に出会う前の、幼い頃の記憶が朧気だが確かに残っていた。


俺は、人間だった。

それも間違いなかった。



「ケント。」



だからかもしれない。

人間に、アシタカに心惹かれてしまうのは。







「ケント。」


その名を呼べば、ケントはいつものように緩やかな動作で振り返った。

そして私の姿を目に留めると、その母親によく似た涼しげな目元を細める。


「…また来たのか。」


そこにサンのような拒絶はなかったが、歓迎の色もない。
ただ淡々と、何の感情も見受けられないその表情はまるで、美しい人間の姿をした、


『俺は…山犬だ。』


いや、違う。

きっと山犬とも違う、別の『何か』だ。



「アシタカ?」



だからこそ、あと一歩がこれほどまでに遠い。







「アシタカ?」


思ったより低い声が出てしまった。

不思議そうに振り返る兄さんを見て少しばつが悪くなるが、すぐに「かまうもんか」と開き直って二人の間に割り込んだ。


そして兄さんを背に、アシタカと向かい合う。


「お前、また来たのか。」


威嚇するようにますます声を低めれば、後ろから宥める兄さんの声。

アシタカは苦笑している。


謝罪の言葉がなければ「何がおかしい」と噛みつくところだ。


「すまない。今、ケントにも同じことを言われたばかりなのだ。」


やはり兄妹だな、なんて今更改めて言われるまでもない。

私達はきょうだいだ。


そして、




『そなた達は人間だ。』




山犬だ。 


「それで用は何だ。」


私の隣に並んだ兄さんがそう問い掛け、アシタカはその顔を弛ませて答える。

兄さんも、何となくだが纏う空気が和らいだような気がする。


(人間なんて、嫌いだ。)


アシタカは好きだ。

でも時々、兄さんを連れていこうとするから嫌い。



「サン。」



兄さんのことは勿論、大好きだ。


「薬草が欲しいらしい。案内をしてくる。」

「……私も行く。」


でも人間になりたがるところが少しだけ、嫌いだった。





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(好き嫌いすききらいスキキライ)


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嘘つき、ロンリー。