拓馬と番犬


『犬』に餌を与えていた拓馬はふと思い出したように振り返ると、「あの、ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」と白旗に声を掛けた。

ちょうど管理日誌を記入していた白旗は見向きもせず、ただ短くその先を促す。


「玄兎のことなんですけど、ちょっとだけ外に連れ出しちゃダメですかね?」

「………何?」

「いや、勿論ここを守るのが玄兎の仕事だってことは分かってますよ?でも、ずっと室内にいるのも可哀想ですし…本当ちょっとだけ。許可してもらえるんなら、休憩時間にでもそこの河原を散歩させてきますから。」

「…………」

「心配しなくても大丈夫ですって。ちゃんと言い聞かせておけば、玄兎も通行人にむやみやたらと襲い掛かるような真似はしませんよ。あ、それに801号室のイケミヤさんが首輪とかリードとか貸してくれるそうです。」


白旗の無言をどう捉えたのか、さらに説得を続ける拓馬。

だが、白旗が引っ掛かっているのはそこではなかった。


確かにここ『リバーサイドシャトウ』には、玄兎という番犬がいる。

現に今、拓馬の隣で餌を食べているところだ。


ただし、犬というのはあくまで比喩であり、白旗の目に映っているのは拓馬より少し年下ほどの男が皿に顔を突っ込んでいる姿だった。


『会社』に番犬として飼われている、ゾンビ上がり。

元々才能があったのか、そのように教育されたのか、白旗は知らないし興味もなかった。

ただ上の方針に従って本当の犬のように扱っているだけで、玄兎自身も成りきってはいるが、間違いなく玄兎は人間である。


そのため、白旗は拓馬に確認した。


「……お前、本当に玄兎に首輪を付けて外に出るつもりか?」

「え?だって普通、付けるでしょ?野良に間違われても面倒だし。」

「…………」


どうやら本気のようだ。

このとんでもないマンションの管理人助手としてようやく使えるようになってきたかと思えば、先に精神の方をやられてしまったらしい。


他の住人達も玄兎に対して似たような態度だが、あちらはどちらかと言えば揶揄を含んでいる。

先程拓馬の話にも出た、イケミヤの首輪やリードについても恐らくその延長だろう。


あの「立派な殺し屋」は普段玄兎を犬可愛がりしながら、時々自室に連れ込もうとするので少々油断ならないが。


「なぁ、玄兎。お前も外に出たいよなぁ?」


なんて言いながら玄兎の頭を掻き撫でる拓馬。

つられるように顔を上げた玄兎は口の周りを汚したまま困ったように首を傾げ、そして白旗の方を見た。


白旗の顔が歪む。


別に拓馬達が外でどんな目で見られようが構わないが、それでマンションの方にもおかしな風評が立つのは管理人として看過できない。


かといって拓馬の「思い込み」を正すのも面倒だった白旗は、とりあえず「精々地下の駐車場までにしておけ」と言うに留めたのだった。




フリスビーは経費で落ちますか?

(落ちるわけないだろ、と白旗に却下された拓馬は後日祖父経由でそれを入手)
(だが結局、排気ガスやら何やらを考えて断念することに)


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嘘つき、ロンリー。