マエカワと番犬
その日、いつものように『リバーサイドシャトウ』での清掃業務に監視役として同行していたマエカワは、作業が終わるのを待つ間ずっと視界に入っていたその姿が気になって仕方なかった。
場所は同マンション共用部。
住人達の邪魔にならないためにか、隅の方に敷かれた毛布の上で体を丸めるようにして寝ている男が一人。
一見ホームレスか何かのようなこの男、玄兎はここ『リバーサイドシャトウ』の番犬的な役目を担っている。
あくまで役目なので別に犬に成りきる必要まではないと思うのだが、そこは「会社」の方針、理解不能でも黙って従うより他はない。
そんな「玄兎は犬」という誰得謎プレイがマンション内でも既に浸透してしまっているらしく、共用部を行き来する住人達が時折面白がって玄兎の頭を一撫でしていく姿をマエカワも何度か目にしたことがあった。
中でも特に顕著なのは、スーツ姿の住人とマンション管理人助手だ。
二人は頭を撫でるだけに留まらず腹を掻き撫でたり、お手やおかわりなどの芸をさせてはおやつを与えたりと、まるで本当の犬を相手しているかのようだった。
その様子は少々度を越してふざけているというより、もしかしたら本気で玄兎のことを犬だと思い込んでいるのではないか…?と、
(……まさか、な…)
考えすぎだ、と無理矢理自分自身を納得させて失笑するマエカワの視線の先で玄兎が吞気に欠伸を漏らしていた。
「…………」
ちらりと周囲を見渡してみたが、今はマエカワと玄兎の他に誰もいない。
管理人助手は別の仕事で席を外していて、ゾンビ達も館内作業中で他の監視役がそれを見張っており、もうしばらくはここに戻って来ないはず。
そう少し考えた後、マエカワは玄兎の方へと向かって歩き出した。
コツコツコツと響く革靴の足音が聞こえたのか玄兎が顔を上げたが、構わずそのまま近寄っていくと今度は体を起こして四つん這いになり、マエカワを見上げるようにしながらその到着を待った。
ここで尻尾の一つ揺らしてみせれば、完璧な犬に見えるだろうが。
(まぁ、流石にそりゃあ無理な話か…)
だが、ほんの一瞬でも人間らしい動作を見せれば、その瞬間に玄兎の廃棄は決まる。
どこまでやれるのか、少し興味があった。
そして、近くまでやって来たマエカワは玄兎の前に屈み込むとそっと手を伸ばし―…
「犬って、いいですよね。」
背後から突然掛けられた声に、心臓が止まりそうになった。
好奇心に殺されかけた
(音もなく背後に現れたのは、和やかに微笑むスーツ姿の住人だった)
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嘘つき、ロンリー。