赤井と元恋人


「久し振り。」


街中で突然そう親しげに声を掛けられ、返事に詰まったのはほんの一瞬。

だが、相手はその一瞬に目敏く気付いたらしく、それを揶揄うように笑った。


「何だ、俺のこと忘れたか?」

「いや…そうじゃない。」

「うん?」

「むしろ、こちらのことなんてとっくに忘れているとばかり思っていたんだが…まさか声を掛けられるとは。正直、驚いた。」

「ははっ、確かにまぁそうかもな。」


自分でも少し意外だった、とまるで他人事のように笑う姿をさり気なく観察してみる。


そして―…



「…久し振りだな、白兎。」



赤井はかつての「恋人」の名前を口にした。






出会ったのは数年前。

仕事の途中ふと空いた時間を潰すために適当に入った喫茶店で、修羅場真っ只中のカップルの片割れが白兎だった。

成り行きからそこに割って入り、相手が怒りに任せて立ち去った後も赤井は一人取り残された白兎を側で慰め続け、それがきっかけで二人は付き合うようになった。


というのはあくまで表向きの話。


『いいんだよ、こういうのは適当で。周囲に何か聞かれたら、そういうことにしておけばいい。』


どうせ誰も他人の恋愛事情なんて興味ないしな?

そう言ってベッドの中で笑う白兎に異を唱えなかったのは、その方が赤井にとっても都合が良かったからだ。

大筋はほぼそのままだが、実際には成り行きではなく赤井の狙い通りであったし、白兎も別に慰めが必要なほど落ち込んでいたわけではなかった。


その他にもまだ、互いが互いに話していないことはいくつもあったが。


『何が目当てか知らないけど、こっちの暇潰しに付き合ってくれるならそれでいいさ。』


それは「恋人」というより「共犯」に近かったのかもしれない。






「まだ続けているのか?」

「え?」

「あの暇潰しとやらは。」

「あー…いや…まぁ…」


何気なく投げ掛けた問いに途端に言葉を濁しだした白兎の様子に、今度は赤井が気が付いた。

どこかばつが悪そうに、どこか照れたように逸らされた視線にふと思い出したのはいつかのやり取り。


『白兎さん相手にここまで長続きした人なんて珍しいですね。』

『ホォー、例えば今までどんな相手がいたんだ?』

『さぁ?俺はよく覚えてないなぁ…』

『ほら、白兎さんってこういう人ですから。』


白兎の馴染みの店で、馴染みのバーテンダーを交えての当たり障りのない会話。

当時赤井はそれと並行して店内に視線を走らせたり、耳を澄ませたりしていたのだが、何となく記憶には残っていた。


(あれから特定の相手が出来たのかもしれない。)

(もしかしたらそれはあの時のバーテンダーだろうか、なんて。)


「…いい相手に巡り会えたようで良かった。」


短い期間とはいえ「恋人」だった名残か、それとも己の目的のために利用した罪悪感からか。

どちらにせよ、無意識にこぼれ落ちたそれを相手に聞かせるつもりは全くなかったが。


「……ははっ。」

「?白兎…?」

「いや、何でもない。呼び止めて悪かったな。」


そして、白兎もまたかつての「恋人」の名前を口にし、笑ってそれに別れを告げたのだった。




あなたにまだ話していないことがある

(だけどきっと、それを話すことはもうないでしょう)
(わたしはあなたが、)


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こっそり名探偵祭より。
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嘘つき、ロンリー。