優と先輩01
「なぁ、榛名くん。」
一度だけ、その唇に触れたいと思ったことがある。
いや、実際に触れようとしたことが、確かにあった。
『なぁ、ゆうくん。』
『おいおい、だいじょうぶか?』
どうしてそんなことをしたのか、今でもよく分からない。
「榛名くん?」
「………」
「おい、何だ?その微妙な顔は。」
「いや…先輩が相手を『くん付け』で呼ぶ時は、絶対何かあるから気を付けた方がいいって」
「何だと榛名このヤロウ。」
そう三笠が言っていた…と続けるより先に、笑う先輩にヘッドロックを掛けられる。
いや、笑っているけど、意外と本気らしい。
その細そうな腕のどこにそんな力があるのか、僕はなかなかそこから抜け出すことが出来なかった。
ひどい冤罪だ。
「そ、それで、用は何ですかっ?」
「え?あぁ、うん。何だっけなぁ?」
僕の頭を小脇に抱えたまま、思案する先輩。
「あ、そうそう」とようやく解放された時には僕の髪はボサボサで、だけど先輩は気にせず話し始めていた。
「ちょっと頼みがあるんだけど。」
あの時も、こんなどうでもいいようなやり取りを二人でしていた。
三笠の忠告も、その時はまだなかったと思う。
そしてそこには雰囲気も何も、特別なものなんて一つもなかった、はずだった。
『なぁ、優くん。』
ただほんの一瞬、その口元に目が留まった瞬間。
「衝動」と呼ぶにはあまりに静かな声が、僕の中で聴こえて、
『…おいおい、大丈夫か?』
気付けば僕は先輩の手首を掴み、ほとんど押し倒すようにして顔を寄せていた。
あと少し、ちょっとでもどちらかが身動きすれば触れそうになる距離。
だけど、慌てたのは僕だけだった。
『この暑さにヤラレたのか?』
先輩はやっぱり笑っていた。
笑って、それをなかったことにしてしまった。
そして誰も気付かないほど自然に、先輩は僕の名前を呼ばなくなった。
「なぁ?頼むよ、榛名。」
あの時のように、今、僕達の周りには誰もいない。
浮かされるような熱も、ない。
ただあの時掴んだ白兎先輩の手首が、意外と男らしかったのを僕は不意に思い出してしまった。
紫のクロッカスを君に、
(後悔したのは、ぼくかあなたか、)
(あなたかぼくか)
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七周年企画より。
企画へのご参加ありがとうございました!
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嘘つき、ロンリー。