結城中佐と寮の管理人


―…「あの人」とはあまり親しくならない方がいいですよ。


不意に脳裏に蘇ったその声に、佐久間は危うく差し出された湯呑みを落としかけた。

それはテーブル上を幾らか濡らしたものの、すかさず横から伸びてきた手により綺麗に拭い去られていく。


「すみません、熱かったですか?」

「、いや…少し手が滑っただけだ…」


普段の佐久間らしからぬ歯切れの悪い物言いを、どこか不思議に思ったのだろう。

上目遣いに自身の顔色を窺う白兎の視線を受け、佐久間は誤魔化すように咳払いをしながらそっと目を逸らした。


食堂には今、佐久間と白兎の二人しかいないはずだった。

だが、誰かが肩を竦めて嗤った気がした。



『親切心で言っているつもりなんですけどね。』



「…もしかして、また三好君辺りから私について何か言われましたか?」

「っ…!」

「彼等もよく飽きませんね。」


佐久間の反応から「図星」と読み取ったらしい白兎は、苦笑しながら新たにお茶の準備を始める。


名目上『寮の管理人』である白兎の素性を推測する、という遊びが訓練生の間で流行りだしたのは少し前のことだ。

D機関設立時に結城中佐自らどこからか連れてきた人間、という以外に一切の情報はなく、また他の訓練生達のような偽の経歴さえない白兎に刺激されたのだろう。

とはいえ、相手があの『魔王』の手駒では調べるだけ時間の無駄というもの。


だから「探る」のではなく、あくまでも「推測する」。


「結城中佐の元部下から始まって、どこかの企業の横領犯だとか詐欺師だとか…確か海軍のスパイだって話もありましたっけ?あぁ、中佐の隠し子というのはなかなか面白かったですよね。」

「…奴等に好き勝手言われて、その…腹は立たないのか?」

「ふふっ、今更何を言われようが気にしませんよ。」

「だが今回の結城中佐の情人というのはあまりにも酷、い…」

「え?」


きょとんと目を見開いた白兎はやはり、その「噂」を知らなかったのだろう。

佐久間が己の失言に気付いた時には最早手遅れで―…


「…私達、そんなに分かりやすかったですかね?」

「なっ」

「貴様、肯定してどうする。」


佐久間が口を開くより先に、低く冷たい声がそれを遮る。

反射的に振り向けば、食堂に何か用でもあったのか、それとも偶々通り掛かったのか、たった今話題に上ったばかりの人物の姿が。


「すみません、結城中佐。佐久間さんの反応が楽しくて、つい。」


そう言って結城中佐に笑いかける白兎に、佐久間は「揶揄われた」と腹を立てるより先に思わず安堵の吐息がこぼれた。

だからか、そこに「おい、」と掛けられた声が自分に向けられたものだと気付かず、一瞬反応が遅れてしまった。


「連中に言っておけ。…貴様もよく覚えておくんだな。」


そう言うと、結城中佐はその杖の先を白兎の胸元に突き付けた。


「これはイロではなくツレだ。」

「…え?」

「……は?」






そして後日、佐久間は訓練生の何人かから「佐久間さんって本当、凄いですね…」と感心されることになるが、残念ながら当の本人はあまり褒められたような気がしなかった。





勇者への憧憬

(余談になるがこの一件以降、D機関内において堂々と白兎を連れ歩く結城中佐の姿が目撃されるようになった)
(そして、どこか嬉しげな白兎の姿も)


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十周年企画より。
企画へのご参加ありがとうございました!




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嘘つき、ロンリー。