ムコーダと元同僚
「お前のオカンスキルも最近ますます磨きがかかってきたなぁ。」
そう言って笑った白兎に恐らく悪気はなかったのだ、と思う。
だけどその一言に俺は思わず持っていた皿を落としてしまい、慌てて白兎がそれをキャッチしていなければ、危うく足下にいたスイに当たるところだった。
「っと…どうした、ムコーダ?大丈夫か?」
「あるじー?」
「あ、ご、ごめんな、スイ!怪我してないか!?」
「スイはだいじょうぶー。」
ポヨンと胸に飛び込んできたスイを抱き留め、念のためその体を左右に傾けて無事を確認する。
スライムだから大丈夫だとは思うけど、もし万が一俺の可愛いスイに何かあったら…!
「ふはっ!」
と、不意に白兎が噴き出してハッと我に帰った。
見れば何やらツボにハマったらしい白兎が、口元を押さえて笑いを堪えている。
「えっと、白兎…?」
「はは、悪い悪い。ほら、スイ。こっちおいで、ムコーダママはこれからご飯の準備だ。」
「まっ」
「ママ?あるじはスイのママ?」
「違っ」
「そうだぞー、だからママの美味しいご飯が出来るまで向こうでフェルおじちゃんと一緒に待ってようなー?」
「うん、スイまってるー。」
俺の否定の言葉は二人に届くことなく、代わりに「すぐ戻って手伝うから」と言って白兎はスイを連れてフェルのところへと行ってしまった。
その背中に伸ばしかけていた自分の手が虚しい。
(…オカン…ママ……)
よくよく思い返してみれば、こちらの世界に飛ばされてから色々とバタバタしていたが、その大半はほとんど料理ばかりだったような気がする。
ようやくこの生活にも慣れてきた最近も、スイと遊んだりフェルのトリミングをしたり…あ、そろそろアイテムボックスの整理もしないと。
(……確かに、これじゃ「オカン」と呼ばれても仕方ないかもしれない…けど…)
白兎にそう呼ばれたのは、皿を取り落としてしまうほどショックだった。
共にこちらに飛ばされてきた白兎は元は会社の同僚で、あの日たまたま帰り道が一緒だっただけで、それほど親しかった訳ではない。
それに白兎は俺の『ネットスーパー』とは違い、割と戦闘向きの固有スキルを持っていて(現によくフェルやスイと一緒に討伐クエストをこなしている)、勇者一行に加わるという選択肢もあった。
にも関わらず。
『俺は向田と一緒にいたいな。』
きっと「異世界召喚」という異常事態の最中、知り合いが一人もいないというのは不安だったのだろう。
ただそれだけの話で、白兎の言葉に他意はなかったはずだ。
『それにさ、この歳で勇者ってのは流石にちょっと厳しいだろ?』
だけど次の瞬間、照れ隠しのように笑った白兎に思わずキュンとしてしまった。
それが吊り橋効果だとしても構わない、あの瞬間から俺は白兎のことが好きになっていた。
「お待たせ。」
そんな俺の気持ちに全く気付いていない白兎がいつもの笑みを浮かべて隣に並ぶ。
もし気付いているなら俺を「オカン」なんて呼ばないだろうし、そもそも男同士という大前提からそういう対象として見られていないに違いない。
白兎にとって、俺はあくまで気の置けない旅の仲間の一人。
今まで全く気にならなかった現状に、何だか急にモヤモヤとしてきた。
ついでに言うと、妙に身体がムズムズするような気がする。
(…心に余裕が生まれてきた、ってことで、これはいいことだよな。うん!)
意識し始めた途端にこれかとあまりに単純すぎる自分自身から全力で目を逸らしていると、「それで、今日は何を作るんだ?」とこちらの顔を覗き込んできた白兎に思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
ちょっと無防備すぎないか?いや、かなり役得なんだけども!
「あの、白兎?」
「うん?」
白兎の、汗の匂いがする。
柔らかな笑みを浮かべた唇が、誘うようにすぐそこに―…
「おい、腹減ったぞ。メシはまだか?」
「おにくー。」
「あー、もうちょっと待っててな?すぐ作るから。な、ムコーダ。」
「………うん。」
色気より食い気
(世のお父さん、お母さんはいつもどうやって子ども達の目を盗んでイチャついているんだろう…?)
(真剣にそう悩むムコーダだった)
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嘘つき、ロンリー。