チームスピカとスペ弟
初めて見る生のレースの迫力に圧倒され、俺の中にあった色んなものが一瞬にして吹き飛ばされてしまった。
例えば、数時間前、いくらかのお金と手書きの地図だけを手渡されて母から家を追い出されたことだとか。
例えば、数日前、学校から提出を求められた進路希望の調査用紙のことだとか。
例えば、数年前、勢いでぶちまけられた家族の秘密だとか。
その他諸々、とにかく一切合切、何もかも。
そんな清々しい気分になっているところへ、無事レースを終えた姉から祝賀会に誘われた俺は、何も考えず二つ返事で返したのだが―…
「ほら!弟も飲みやがれ!」
少し、後悔していた。
飲んでいるのは皆ジュースのはずなのに現在、酔っ払い並みの絡みを受けている。
俺の肩をがっしり掴んで離さないゴールドシップさんに「イッキ!イッキっすよ!弟くん!」と煽るウオッカさんの悪ノリもヒドい。
そして、当たり前のことだが、右を見ても左を見てもウマ娘ばかりで何とも居心地が悪かった。
唯一、同性であるトレーナーさんは、部屋の片隅から目を細めてこちらの様子を見守るだけ。
(何でこんなことに…)
いつも姉がお世話になっています、とただ挨拶だけして帰るつもりのはずが、気付けばいつの間にかもう随分と遅い時間帯だ。
流石に終電にはまだ早いがここらでそろそろお暇しようか…なんて考えながら時計を確認していると、それに気付いたらしい姉スペシャルウィークからまさかの言葉が。
「大丈夫だよ、白兎!お泊まりの許可はちゃんともらってるから!」
「…は?泊まり?」
「久し振りに一緒のお布団で寝ようね!」
「いやいやいやいや。」
一緒の布団って、一体いくつの時の話をしているのか。
しかし姉はそんな俺の戸惑いに構うことなくニコニコするばかりで、全く引く様子が見られない。
このまま俺がスぺ姉の部屋に泊まることになれば、必然的に同室の誰かが他に移るということになる。
そしてその迷惑を被る「誰か」はこの賑やかな中、ただ一人静かに微笑んでいるサイレンススズカさんだ。
スペ姉からの手紙によると「どことなく俺に似ている」という話だったが、実際会ってみてもどこがどう似ているのか俺にはよく分からなかった。
「えっと、スズカさん?」
「はい?」
「なんか、すみません…」
「ううん、気にしないで。スペちゃんも嬉しそうだし…私も、嬉しい。よろしくね、白兎くん。」
「はい、よろしく…、…?」
スズカさんにつられて頭を下げた俺は、ふと
そのやり取りに違和感を覚えた。
(「よろしく」って何を…?)
「今夜は三人でいっぱいおしゃべりしようね!」
「あ、でもあんまり夜更かしは…」
「いやいやいや、待て待て待て。」
この流れ、まさか三人いっしょに同じ部屋で寝るつもりなのか。
視界の端でトレーナーさんが必死に笑いを堪えているのが見える。
周囲を見渡してみても助けを期待することは無理そうで、自分でどうにかしなければならないようだ。
「…俺、やっぱ帰るよ。」
「え、でももう遅いよ…?」
「だったらどこか適当に泊まるから…母さんからもらった金、まだ残ってるし。」
「!?ダメダメダメ!絶対ダメ!都会は怖いんだよ!?チカンがいるんだよ?!」
「…姉ちゃん、もしかしてこっち来て何かあった?」
何やら必死に言い募るスペ姉の視線がちらちらと何故かトレーナーさんに向けられるのが少し気になるところだが、その後も続く「白兎はちょっと抜けてる」だの「田舎でも私がいないと危なっかしかった」だのは一体どの口がそれを言っているのかと呆れてしまう。
「あのスペ先輩が言うならよっぽどね」と鼻で笑うダイワスカーレットさんには、どうか信じないでくれ、と言いたい。
「じゃあ俺の部屋に来るか?」
その後、ようやく落ち着いたらしいトレーナーさんがそう提案してくれたのだが、それはスピカ全員から「それだけは絶対ない!」と一蹴されてしまうのだった。
ほしにねがいを
(将来はトレーナーになりたい)
(…って実は思っているんだけど、なんか言い出しにくい雰囲気だな…)
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嘘つき、ロンリー。