優作と元同級生
同窓会の会場に到着した時から、その姿に気付いてはいた。
否が応でも視界の端に入り込む人集り、その中心にいるのが国内外で絶大なる人気を誇る推理小説家では無理もない話だろう。
なんて友人らと苦笑し合ったのは、ちょうどお互いに近況報告を終えた頃のことだ。
不意に噂の人物がにこやかに片手を挙げる。
すると、すぐ近くにいた女性陣がまるで学生時代に戻ったかのように黄色い声で騒ぎ始めた。
「なぁ…あれって、白兎に向かって手を振ってないか?」
「まさか。」
「お前、あいつと仲良かったっけ?」
「いや、別に…」
不思議そうな友人を適当にはぐらかしながらも、その視線は絡み合ったまま。
「…まぁ、席は前後してたけどな。それだけだ。」
ただ席が前後していたから、ただ何となく話をして、それからただ何となく―…
一瞬懐かしい情景が脳裏に思い浮かび、それを振り払うようにゆるりと頭を振ってようやくそこから目を逸らすことが出来た。
「驚いたよ。『出席する』なんて一言も言っていなかったじゃないか。」
通話を終え、会場に戻る前に一服をと思い、ロビーの喫煙所に留まっているところへ掛けられた声。
それに苦々しく「こっちの台詞だ」と返しながら煙草を咥えれば、すっとジッポの火を差し出される。
「…天下の工藤優作大先生に火を着けてもらうなんて、贅沢過ぎる話だな。」
「フフッ、そんなことはないさ。君と私の仲じゃないか。」
「………」
ちらりと周囲を窺えば俺と優作以外に姿はなく、恐らくその辺りも織り込み済みで話し掛けてきたのだろうと思えば、相変わらず流石としか言いようがなかった。
なので、遠慮なくそれに顔を寄せる。
見覚えのあるそのジッポは、いつだったか俺が忘れていった物らしい。
ただ「席が前後していた」ことを切っ掛けに俺達が付き合っていたなど、きっと誰も想像もしないことだろう。
とは言え、学生の頃はまだ放課後の誰も居ない教室でキスを交わす程度の可愛いもので、それも惚れた腫れた云々ではなく思春期特有の好奇心をお互いに満たすため、遊びの延長に過ぎなかった。
その関係がより深くなったのは卒業後のことで、それでもやはり「本気」というにはほど遠く、そうこうしている間に優作から『結婚報告』を受けても俺は特に何とも思わなかった。
いや、「この辺りが潮時か」ぐらいは考えていたかもしれない。
『そうか、それはおめでとう。』
だから純粋に祝いの言葉を贈り、優作もまた心の底から嬉しそうに「ありがとう」と返した時点で総てが終わったはずだった。
少なくとも俺の方はそのつもりだった。
だから―…
「この後の予定は?」
「何人かで二次会に行くつもりだけど…お前も来るか?」
「いや、折角のお誘いだが遠慮しておこう。まだ仕事が少し残っているんでね。」
「相変わらず忙しそうだな。」
世間話、社交辞令と元同級生らしい当たり障りのないやり取りが続き、そしてそれらが終わりに近付きつつあるのを察して、つい油断してしまった。
備え付けの灰皿に吸い殻を落とした瞬間、唐突に手首を掴まれ、引き寄せられた勢いに体勢が崩れそうになる。
「っ、おい、」
「また今度連絡するよ。」
『彼女』についてはその時にゆっくりと話そう。
そう耳元で囁くように言いながらそっと「それ」を一撫でした推理小説家は、どうやらあの会場内でたった一人、その存在に気付いていたらしい。
俺の誕生石があしらわれた、カフスボタン。
数分前、俺が通話していた相手。
「…お前、本当は俺のことが嫌いなんだろう?」
「まさか。そんなはずがあるわけがないじゃないか。」
今も昔も変わらず、君は私にとって特別なんだ、と。
つい先程まで「高校生探偵」と呼ばれる息子について誇らしげに語っていた癖に、同じ唇で昔の恋人に平然と甘い言葉を紡ぐ男に、俺は思わず溜め息をこぼしてしまった。
罪深き善人
(誰にも知られずに始まり、)
(誰にも知られぬまま続き、)
(いつ終わるのかさえも、誰も知らない)
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こっそり名探偵祭より。
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嘘つき、ロンリー。