エンドロールケーキ [1/2] 「なあ、ふと思ったんだけどさ」 映画終わりに最寄りのカフェにて休憩。太陽が徐々に西へ傾き窓から見える街並みに薄い紅掛空色へ紅のヴェールが掛かる。 手元に置かれたカフェラテを口に運び(何も買わずに映画を観た)、乾いていた口腔内を潤した。右手首に嵌められた腕時計は午後6時を指している。 俺の声を皮切りに、スマートフォンをいじっていた向かいに座る友人は「ん?」と顔を上げた。遊びすぎて傷んだグレーの髪から覗く其奴の眼は、正直どうでも良さそうに俺を見ていた。 「映画の終わりにエンドロールってあるだろ」 「あー、人の名前とか流れてるやつ?」 「そうそう」 「それが何だよ」 興味無さげ。そんな事よりポコンと鳴ったメッセージの内容が気になる。顔に書かれた友人の真意に気付かないフリをして、俺はそのまま話を続けさせてもらった。 こいつはいつも俺の話を聞かないからな。偶には聞いてくれてもいいだろ。いや、聞かなくてもいいから話させてくれ。 人通りの激しいカフェは学校終わりの女子高生がレジで騒いでいた。五月蝿いな…眉間に皺が寄るのをカフェラテの甘さで解す。 「あれって何か」先程鑑賞した映画館でのそれを振り返る。暗い劇場で音楽に合わせて流れる文字。何も考えること無く流れていくエンドロール。 「人生の走馬灯みてえじゃね?」 「なに、お前死ぬの?」 ケラケラ笑う其奴はもう俺を見ちゃいない。スマートフォンの誰かに負けた悔しさなのか、俺の話を真面目に聞かない腹立たしさのせいなのか、俺はじとりと目を細めた。 こいつ…。だが文句を言う気も起きない。言ったところで直るとは思わないし、確かに内容自体どうでもいい話だからだ。 大学に入ってからよく連むようになったが、もともとけ毛色が違うのだ。女友達も多いそいつは毎日バイトと遊びの予定がびっしりで、比べて俺は基本バイトか家で読書。 よく一緒にいるよな、と毎回思う。自然と向こうが寄ってきて俺も逃げないからだろうな、とも思った。 「だって映画に携わった人達とか企業の名前が流れてんだろ?あれ。その映画の人生の走馬灯っぽいじゃん」 「いやあ、詩人ですなあ」 「揶揄うなよ」 「へへ」 へへ、じゃない。馬鹿にしやがって。 自分から持ち出したネタだったが、何だかこちらまで馬鹿らしくなって話すことをやめた。確かに少しポエマーっぽかったかもしれない。恥ずかしい。 じわじわ来る余韻に火照るのを隠したくて、映画終わりに買ったパンフレットを取り出し開いた。これで俺も視線は落とされ手元に。 たが目線はゆっくり隅に書かれた俳優陣や監督の名前のところに行き着く。知っている名前から知らない名前まで、丁寧に羅列させている。 走馬灯を記録に遺したものみたいだ。たった120分の映画にこんなにも関わっていた人がいる。まるで人間の人生みたいじゃないか? やはり俺の思考回路は小馬鹿にされたとて変わる事はなかった。外からの明かりが薄れたことで店内の照明を頼りに眺める。お供は半分ほど残るカフェラテ。 「俺はロールケーキ見てえだな、て思ったけどなー」 終了させたはずの会話が突然再開する。何事かと顔を上げれば、スマートフォンをポケットに仕舞った友人はココアを一口飲んで「だってよ?」と続けた。 そういうとこ。こいつにはそういうとこがある。終わっていたつもりなのに、向こうはまるっきしそのつもりがなかった時。人の話を聞いてないからこそできる所業だ。 また馬鹿にされてもかなわない、と思ったが甘党のそいつの言葉は俺以上に意味の分からない感性を秘めていて思わず惹かれた。気になったと言ってもいい。 「巻かれたロールケーキを剥がしていったら中の具も分かっし、案外ペラペラの生地も出てきて、なんか昔の人間が使ったみてえな巻物みてえじゃん」 「俺よりお前の感性のほうがぶっ飛んでるな」 「そうかー?そのまま食べて美味しい、ってなるところを剥がして食べたら『こんなのも入ってたのか』ってなるじゃん」 「まずロールケーキ剥がして食べねえよ」 呆れてパタンと閉じられたパンフレットを横に置く。走馬灯の記念品はもう俺の意識の外だ。 それもそうか。走馬灯の内容なんて普段は気にもしないもの。死ぬ直前とかにブワッと思い出されるから感慨深いものだ。遺されたところで、もう味わった後だ。 だがロールケーキとは、また理解不能な例えをする。友人が飲んでるココアに「クリーム追加すりゃよかったー、甘さが足りねえ」とケチをつけるのを聞きながら、俺の脳内は役者やスタッフ、企業の名前がコロン、コロン、とクリームを纏う果物に入れ替わっていった。 なるほど。ロールケーキ、悪くない。 友人のせいで、甘いものを食べたくなった。 [*前へ][次へ#] 1/2ページ |