その後の幸村はいつものように柔らかい笑みを見せ、アイツの話をし始めた。小さな頃から一緒にいて、幼なじみというよりはまるで兄妹のようじゃったと。けれどいつしか恋をして、アイツのことを妹のようには思えなくなった。幸村の中で妹から一人の女の子になった。気を引きたくて恋人を作った。ブランケットの女の子に悪いことをしたと申し訳なさそうじゃった。
 そのブランケットの女の子に自分の偽った気持ちをきちんと告げた潔い幸村は、今ではその子と別れ、じゃけどでも、どうしてかとても仲のいい友達であるのだ。たまには一緒に登校している姿も目撃する。俺には理解できん。けど、きっと幸村はブランケットのあの子をいつか本気で好きになるんじゃないかとも思う。そしてブランケット女も中々にいい奴じゃと、幸村も案外、あの女を選んで正解じゃったのかもしれん。不思議なもんで、なんじゃか前よりも幸村とブランケット女は一緒にいて楽しそうに見える。

 けれども俺は、果たしてこのままでいいのかと悩むもんじゃ。幸村はアイツの気持ちをどうも勘違いしているらしくブランケット女と今度こそ本当にゴールインしそうじゃし、アイツはアイツで幸村の気も知らんで遠ざかろうとしている。二人のキューピッドになれるのはどうやら俺だけのようじゃし……。

「ねえ、聞いてる?」
「ああ、すまん、なんじゃっけ?」
「だーかーらー、わたし言ったよね?」
「ピヨッ?」
「責任取ってもらうって」
「ん?」
「精市に言ったでしょ?」
「あー」

 間延びした返事をして空を仰いだ。わざわざ休日に近所の公園に呼び出してきたんじゃからそのことなのは分かりきっていた。
 ――はて、本当にどうしたもんか?
 二人でベンチに腰掛けて、白い息を吐き出す。だいたい責任てなんなんじゃか。俺はそれよりも今、二人のキューピッドとなり自分で自分の恋を終わらせるか、知らない振りをして自分の恋を優先させるか決断を迫られているところなんに……隣でぷくっと頬を膨らませ、「あー、ってなんなのその返事」なんて怖い顔されても困る。

「のお、責任はちゃんと取っちゃるけえ、一つええか?」
「なに?」
「お前さん、幸村のことが好きなんじゃろ?」
「ん?……うん、好きだよ」
「……好き、じゃから、幸村の悲しむとこ見とうないから言えんかったんじゃろ?」
「うーん、まあ、それもあるけど」

 ちょっと渋い顔をしたあとに「わたしが精市に言ったら、意味ないんだもん」と、幸村同様コイツはよく分からないことを言って悲しそうに笑った。そんな顔をするくらいなら、自分の口から言えばよかったんじゃと思う。

「精市に、一番最初に伝えたら、きっと精市は勘違いしちゃうから」
「は?」
「ほら、やっぱり俺が一番なんだ!俺のこと好きなんだろうって」
「え?ん?……話がよう分からんのじゃが」
「今までさ、クラスが何組になったとか、あそこのケーキ屋さんが美味しかったとか、とっても嬉しいことがあったとか、小さなことから大きなことまで、なんでも精市に一番最初に言ってた。精市が一番だったの」
「……小さいことばっかじゃろそれ」
「ははっ、まあそうだけど……なんでも精市が一番最初だった。それを精市も分かってた」

 冷たい風が身に沁みる。
 どちらかというとコイツは分かりやすいタイプなのに、何が言いたいのか俺にはこれっぽっちも分からない。

 コイツの一番が幸村であるように、幸村の一番もコイツなんじゃ。なら、もういいじゃないか。長いこと幼なじみをやっていて、お互いをよく知っている筈なのにどうして素直に結ばれないもんか。
 俺が一言、幸村もお前さんが一番じゃよと言えば済む話なんじゃ。だから、だからと口を開こうとした時、コイツはそれを遮った。

「――精市も、わたしが一番だった」
「お前……知って」
「知ってるよ。精市の一番も、精市の好きも」
「じゃあ、なんでじゃ?」
「悲しむ顔が見たくなかったから言えなかったのもあるけど、精市に一番最初に言ったらわたしが精市を好きって勘違いさせちゃうから」

 少しばかり理解がおぼつかない。俺はコイツから幸村のことが好きじゃとさっき聞いたばかりなんじゃが?

「それにね、もう一つ理由があるんだ」

 好きな人ができた。一番に幸村に報告しようと会いに行った。じゃけど、それを告げる前に幸村から「好きだ」と言われた。
 吃驚した。小さい頃から一緒にいた幼なじみが自分のことを好きだなんて……。けど、わたしは精市のことを精市と同じ好きで想っている訳じゃない。だから「ごめんなさい」と言った。そうしたら「なんでだよ!」と精市には似つかわしくない声を張り上げた。「いつも一緒にいて、なんでも俺が一番じゃないか」って、「クラスが何組になったのも、テストでいい点とった時も、嬉しいことも悲しいことも、何かあれば、いつでも一番に、俺に言ってくれてるじゃないか……なのに、どうして」なんて言った精市の泣きそうな顔を見た時に、思ったの――いけなかったって。
 テニスで優勝したとか、精市と違ってとても小さなことだったけどいつも精市が一番だった。それがいけなかった。勘違いさせてた。悪いことをしたと思ったの、だからもう止めようと思った。これ以上、精市に変な期待をさせるのは止めようって。
 でもそれから精市は他の女の子と付き合い始めた。一番初めにそれを聞いた時は、幼なじみなだけあって流石にちょっと寂しくなった。けどもう大丈夫だと思った。それなのに、精市はその子のことを本当に好きじゃないって思えた。きっとわたしへの当て付けであの子と付き合ったんだって。自惚れかもしれないけど、今までずっと近くにいた存在が、一番だった人が他の誰かのところに行ってしまったら寂しいだろうって、わたしの気を引きたかったんだと思う。そんな精市にムカついた。精市の本当の気持ちを知ってて付き合ったあの子にも苛々した。だからわたしは、絶対に外部受験のことは自分の口から精市には言わないって反抗したの。

「だから仁王を利用した。ごめんね」
「俺を遣ったことには文句もあるが、ちょっ、まっ、え?お前さん、さっき幸村のこと好きって」
「言ったよ」
「それなら」
「精市のことは好きだよ。でもそれは、家族みたいな感じ、強いて言うならお兄ちゃんかな?」
「はあ?」
「精市に対して、愛はあっても恋はないんだよ」
「……なん、それ」
「精市にも言われた。なんだよそれって」

 フフッと、幸村みたいに微笑んだコイツに少々ムカムカした。
 何がなんだか一体全体。コイツの話からすると今までの俺の見解が間違っていたことになる。要するにコイツは幸村のことを愛してはいるが恋してはいないということじゃ。ならば、好きな人とは、コイツが今恋をしている相手が気になるのは俺がコイツに恋をしているからじゃ。それが気になるんに、コイツはまだ幸村の話がつきないようじゃ。

「昨日、精市が家に来たの」
「ほう」
「仁王に聞いたって」
「そんで?」
「外部受験受かったんだってね、おめでとうってさ」
「ほーか」
「彼女ともちゃんと別れて、わたしに会いに来た。だからもう、精市は本当に大丈夫だと思う」
「そうじゃのう」
「でもね、一番じゃなくても、せめて自分から言って欲しかったって怒られた」
「そりゃあ、そうじゃろう」
「仁王が言ったから怒られた」
「うっかり言わせるようにしたんはお前さんじゃろ」
「だから責任取ってね」
「あーあー、そうじゃったのー」

 大きなため息を吐いてコイツを見ると、嬉しそうな顔があった。責任でもなんでも取っちゃる。寧ろ嫁に娶っちゃるくらいの気持ちがあるが、今はまだなんとなく、コイツの一番はやっぱり幸村なんじゃないかと思ってしまう。
 俺は幸村のように期待をしてガッカリするのは御免じゃ。どうせコイツは何か奢ってとかそんな感じじゃろと思っていたからまさか「わたしと付き合って」なんて、そんなこと――。

「はあ!?」
「仁王って鈍いよね。確かに利用したけど、わたしは好きな人には一番に報告しちゃう素直な女の子なんだよ」
「え?」
「だから、責任取ってわたしと付き合って」
「…………」
「責任はちゃんと取っちゃるって、さっき言ったよね?」
「お、おお、責任でも嫁にでもとっちゃる」
「仁王って、わたしのこと相当好きだよね」
「…………」

 素直じゃないなんて、どうやら俺は、コイツのことをだいぶ誤解していたらしい。コイツは俺よりも詐欺師に向いているかもしれん。
 嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなるのはこういうことかと思った。前にも思ったがコイツの言った通り、俺はコイツのことが本当に相当好きらしい。何も言い返すことができないナリ。じゃけどなんじゃこの展開。これは夢かとも思う訳で、幸村のことが好きだと勝手に思い込んでいたせいかなんで俺なんじゃと思ってしまう次第じゃ。

「なあ、なんで俺な」
「――なんでだよ!そう怒鳴りつけられても、精市にはきっと一生分からないでしょうとわたしは思うのです」

 そう言ってコイツは細やかに笑った。俺は面食らった。

 「わたしは仁王のことが好き」って、昨日精市に言ったの。精市ってばすっごく悔しそうな、難しい顔して「なんで仁王なんだよ」ってさ。「だいたい、俺のことも好きだけど俺が思う好きとは違うってなんだよ。俺には理解できないよ」ってすっごく怒ってた。って。

「でも仁王には、分かるでしょ?」

 なんて、また細やかに笑うコイツに心の中で肯いた。
 コイツが俺を好きだという理由なんてどうでもいいと思った。ただ好きならそれでええんじゃ。コイツに愛してもらえるだけで十分じゃ。理由なんていらんと思う。それをコイツに尋ねたところで、答えはきっと「分からない」と言うじゃろう。「好きになったんだから仕方ない」と言うじゃろう。俺じゃってコイツを好きになった理由なんて分かったもんじゃない。だけど愛してる。

 幸村もきっと、幼なじみだからってコイツを好きになった訳じゃない筈じゃ。だから俺は、「幸村も馬鹿じゃないぜよ。一生ってことはないんじゃなか?」と、大袈裟に笑ってやった。

141017 / 愛の理解者

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