一日中傍に居て欲しいと言っていたのに
店長×死神(恋人/原作完結後)
事の発端は、瀞霊廷通信のとある1ページだった。毎月さりげなく楽しみにしている質問コーナー。今月は「恋人に誕生日を祝ってもらうなら?」という中々攻めた質問。それに答えているのは、死神なら誰もが知っている名の知れた隊長格の方々だ。それぞれのユニークで微笑ましい回答を眺めていた瞬間――突然、そこに自分の恋人の名前が飛び込んできた。
『恋人に誕生日を祝ってもらうなら?』
「一日中ずっと傍に居て欲しいっスね。――浦原喜助」
そして迎えた、十二月三十一日。
……どうして私は今、一人で空を見上げているんだろう。
あれが、私に読ませるために答えたものだろうというのはすぐに分かった。人よりもうんと頭のいい彼のことだから。ああして私がいつも読んでいる瀞霊廷通信で答えれば、確実に自分の要望を伝えられると思ったんだろう。ずるいというよりも、不器用な彼の甘え方に微笑ましさすら感じていた。当日は絶対ずっと一緒に居よう、そう心に誓って、前日までに仕事を完璧に終わらせた。三十一日は休暇を申請して、何があっても絶対に仕事しませんから! と、涅隊長には念を押して伝えてきた。すごく嫌な顔をされたけど、気にしてない。
そして私は、きちんと前日の夜に浦原商店へ赴いて、日付が変わった瞬間に「お誕生日おめでとう、喜助さん」と祝うことが出来た。嬉しそうに垂れる眦に、きゅぅっと胸がときめいたのだって覚えている。彼にこんな顔をさせられるのは私だけなんだと、幸福を感じながら彼の腕の中で眠りについたのに。
「……あれ、喜助さん?」
翌朝目が覚めると、ふたりで寝ていたはずの布団は温もりが半分になっていた。違和感と寒さで意識を浮上させれば、布団の中はおろか、室内にすら彼の姿はない。
……御手洗にでも行ったのかな。そう思ったけど、それにしては布団が冷えすぎている。寝起きの覚醒しきらない体で懸命に彼の霊圧を探ってみた。――けれど、いつもの霊圧遮断義骸に入っているのか、感知することが出来ない。
「……もしかして、起こしてもらったのに気が付かないまま爆睡してた……?」
まさか彼が、私を放って先に起きてるなんて――急用が出来た時ぐらいしか思い浮かばない。であれば、きっと私が起こしてもらったのに全く起きなかったんだろう。今日一日ずっと一緒に過ごすと決めたそばからこれだ。彼への罪悪感ですっかり目が覚めて、急いで身支度を整えて部屋を出た。
「喜助さん!」
「……おはよう、朝緋サン。こんな朝早くからどうしました?」
彼の私室でもある研究室へ向かえば、やっぱり彼はそこにいた。私が眠りこけてたとはいえ、まだまだ朝日は眩しく輝いている。どちらかと言えば昼まで寝ていることが多いはずの彼は、いくつものモニターに写されたデータを見ながら作業をしているようだった。
「え、いや、その……起きたらもう居なかったから。起こしてくれたのに起きれなくてごめんねって――」
「いやぁ、別に今朝は起こしてないっスよ」
「え?」
「すいません、今ちょっといいところなんで……その話は後でもいいっスか?」
彼は一度もこちらを振り返ることなく、目線は手元に向けられたまま淡々とそう述べた。……起こしてないって、つまり彼は自分の意志で先に起きてたってこと? 今行ってる作業が、それほど大切ってことなのかな……。いささか軽薄なその態度に少しだけ違和感を抱きつつも、彼の邪魔をするのは私の本望ではない。言われた通り、研究室に置かれた私の椅子に座ってその背をじっと眺めていた。
けれど。ただじっと待っているのが退屈なのも事実で。今日の休暇のために仕事を無理やり終わらせてきた私は、かなりの寝不足だった。おそらくはそれのせいで、彼が先に起きたことにすら全く気が付けなかったんだろう。彼が機械を操作する静かな電子音がまるで子守歌のように、私へ眠気を運んでくる。……そうして微睡みかけていた時。彼はふらっと研究室から立ち去って行った。ほかの部屋に用事でもあるのかな。ああ、お茶くらい私が淹れてきてあげればよかったな。そんなことを考えて彼の戻りを待っていたが、彼は一向に部屋に戻ってこない。
「喜助さん? ……どこ行ったんだろ」
重たくなった瞼を擦って椅子から立ち上がる。分厚い研究室の扉を開けて外に出れば、なんだか店先の方がやけに騒がしかった。――微かに、彼の声も聞こえてくる。……お客さんかな? でも、今の今まで作業してたはずなのに、なんで急に……? そう不思議に思い、店先に続く襖を少し開いて様子を伺ってみる。すると、普段はお世辞にも活気がいいとは言えない店内は大勢のお客さんで賑わっていた。駄菓子を好む子供たち……というよりは、お年寄りや主婦の方が多いような気がする。
「……おや。どうかしましたか、翡葉殿」
「ああ、いえ……珍しく賑わってるなぁって、思って」
「本日は大晦日ですからな。書き入れ時、という訳です」
様子を伺う私の後ろから、鉄斎さんが声をかけてくる。その言葉を聞いて、今日が“大晦日”だということをすっかり忘れていたことに気が付く。――彼の誕生日だということに気を取られて全く頭になかった。
……きっと、年末年始だからと営業していない店が多いのだろう。そうなれば、開いている浦原商店にお客さんが集中するのもわかる。……私のよく知らない、“人間としての浦原店長”は。お客さんに親切で、商売上手で、人気者なのかもしれない。彼が人間のお客さんをおざなりにするような人じゃないのも分かってる。……それでも。店番なら、鉄斎さんがいる。ジン太や雨ちゃんだって、手伝ってくれる。普段だって、研究が優先の時はそうしているはずなのに。どうして、今――……なんて、嫌なことを思ってしまう自分にため息が出る。そんな気持ちになるために、今日ここへ来たわけじゃないのに。
襖を静かにそっと閉じて、目を瞑る。……今の私は、義骸に入っているとはいえ店員でもお客さんでもないから。店先に顔を出すことはせず、居間へ向かった。台所に置かれている私専用の湯呑にお茶を淹れて、彼の対応が落ち着くのを待つ。
(……楽しそうだな)
彼とお客さんたちの、弾むような声が時折聞こえてくる。襖を隔てた向こう側にいるのは、私が知らない“人間の浦原店長”だ。まだ知らない彼の一面があることくらい、今まではなんとも思わなかったのに。……どうしてだろう。今は不思議とそれが寂しくて、湯呑を握る手に力が入る。……私だけしか知らない、恋人の浦原喜助を知っているのに。私はいつから、こんな欲張りな女の子になってしまったんだろう。
ガラガラッ――と、年季の入ったガラス戸の音。ふと店先のほうへ意識を向ければ、そこにあったお客さんの気配はもうなくなっていた。それと同時に、とん、とん、と足音が迫ってくる。お客さんの相手をし終えただろう人気者の店長へなんて労いの言葉を掛けようか、いくつかの言葉たちを頭の中に思い浮かべる。――けれど、その足音は居間を通り過ぎてどんどんと奥へ消えていった。
(……なんで)
私が居間に居たことに気が付かなかったんだろうか。……いいや、彼に限ってそんなことはない。どれだけ必死に隠れたって必ず見つけるのがあの男だ。――なら、どうして。声もかけずに通り過ぎて行っちゃうの。
「……喜助さん」
「はい?」
「……お店、すごい賑わってたね。大繁盛してるじゃん」
「おやぁ、心外っスねぇ。まるでいつも賑わってないみたいに聞こえる」
彼が研究室に戻ったのを見て、続けて私も室内へ入った。そうして先ほどの様子について声をかけてみても、私が店先の様子を知っていることに彼が驚いたり疑問を持っているようには見えない。……だから、やっぱり。私が居間で待ってたことには気が付いていたんだろう。
「あはは、やだなあ。そんなこと思ってないよ」
「これでもご近所じゃ評判のお店なんスよ?」
「……喉乾いたでしょ。お茶淹れてくるね」
――相変わらずこっちを見て話してくれない彼に、胸の奥で何かが弾ける。お茶を淹れると言って適当に誤魔化し、彼の傍から離れるために研究室を出た。居間を通り抜け、縁側に膝を抱えるようにして座って空を見上げ――冒頭へ戻る。
……どうして。誕生日は、恋人の傍で一緒に過ごしたいんじゃなかったの? それとも、あれは冗談だったの? ……私が会いに来ても、もう嬉しくないのかな。付き合いたての、ラブラブなカップルじゃないもんね。くだらない嫉妬と執着がふつふつと湧き上がり、どんどん私の心を蝕んでいく。真っ黒で、ちっとも可愛くない気持ちを隠したいのに、なかなか消えてはくれない。
……私は、私はこんな思いを抱えるために来たわけじゃない。別に、もう誕生日は祝えたんだし、直接おめでとうと言えたのだからそれでいいじゃないか。彼が私と一緒に過ごす気がないというなら、傍に居たいと思うのは私のエゴだ。……だから、もう、帰ろう。帰って、ゆっくり寝て、この気持ちを飲み込んで。明日からまた一年、頑張ろう。
「――お茶、こっちに置いとくね」
「ああ、はい。ありがとうございます」
再び研究室に戻って、お茶を差し入れる。置いておくね、と言ったってその場所を確認するわけでもなく、視線は変わらず手元のままで少しもこっちを見てはくれない。……だから私も、くるりと彼に背を向けて扉を見つめたまま、少しだけ声を張りあげた。
「喜助さん。私、帰るね!」
「――!」
「お店忙しそうだし、明日は私も仕事あるし。……今年も、お誕生日祝えてよかったよ」
「……」
「じゃあ、またね!」
「……反則っスよ、それ」
「!」
その瞬間――後ろの作業机に向かっていたはずの彼の声が急に耳元で響いた。え、と呆気に取られていると、すっと伸びてきた腕ががっちりとお腹に回される。突然の出来事に驚いて振り返ろうとするも、背中からはぴったりと彼の温もりが伝わってきていて。……後ろを向かなくたって、抱きしめられていることに気が付くのは簡単だった。先程まであんなに私を遠ざけていたのに。抱きしめられていることを理解出来ても、状況には全く追い付かなくて、「え、」という戸惑いが口から溢れ出ていく。
「……思っていたよりもずっと可愛いかったんスよ」
「な、なにが」
「アナタが必死にアタシの傍へついてこようとするのが」
「!」
「……ボクの為に、ボクを探しにくる朝緋が可愛くて意地悪した。……ごめん」
「っ、べ、べつに……怒ってない、よ。……ちょっと寂しかっただけで」
思ってもいなかった甘すぎる彼の言葉に、心臓がうるさいくらいに異常を訴えている。それに気が付いているのかいないのか、普段より幾分低い「うん、」という相槌と共に、首筋を這うような口づけが降ってくる。後ろから抱きしめられたままじゃ、彼の動きは何も分からない。突然与えられた甘い刺激に、私の口からは自然とくぐもった吐息が漏れた。……その瞬間、抱きしめている腕の力が急に強まって――待っての意味で彼の腕に手を添えれば、あっという間にその手ごと抱き留められてしまう。
「“一日中傍に居て欲しい”っていうのは――一日中、アタシの事だけで頭いっぱいになってるアナタが見たかった、ってことなんスよ」
「っ、」
「だから……帰るなんてそんな寂しいこと言わないで下さい」
「わ、わかったよ。帰らないから、と、とりあえず離して?」
「ダメ」
「え、……な、なんで」
「こうやって捕まえてないと、すぐどっか行っちゃうでしょ」
「っ、い、行かないってば」
ちゅっ、とリップ音が聞こえるようなわざとらしい口づけが、耳やうなじ、首筋に何度も落ちてくる。……私がそれに弱いのを知っているくせに。わざと耳元で低く甘い声で囁きながら、私の反応を楽しむように口づけを落とす彼に――先程まで抱えていた真っ黒な気持ちがどろどろに溶けていく。
絆されている事への悔しさと、純粋な羞恥で私が何も言えないでいると……彼はふっと小さく息を漏らして、やんわりと腕を解いた。そして、私の両肩に手を添えて優しく体を反転させると――向かい合って初めて見上げた彼の顔には、愉悦と愛おしさでいっぱいになったような、なんともだらしない笑みが浮かんでいた。
「朝からずっと……ボクのこと考えてたんスよね」
低く掠れた声が耳元をざわつかせ、背筋が粟立つ。両肩に添えられていた手は、いつの間にか逃げられないように腰を抱いていた。もう片方の手で私の顎を掬い、目を逸らすことは許さないと言いたげな熱の篭った瞳が、鍔の下から真っ直ぐこちらを向いてる。
「今だって、ホラ。……本気で帰ろうと思えば帰れたくせに、ちゃんとボクに捕まってる」
「……っ、そ、れは、」
「そういうところが可愛いって言ってるんスよ」
逃げ道を塞ぐように顎を支えられ、視線を絡め取られたままそっと重ねられる唇。瞼を閉じる間際に見えた余裕のない彼の表情が、私の真っ黒な気持ちだけでなく心そのものを甘く溶かし崩していった。……この人にこんな顔をさせられるのは、やっぱり、私だけだ。溢れ出る愛おしさに答えるように、彼の胸元に添えた手をぎゅっと握る。吐息の隙間に舌を押し込まれ、互いの唾液が混ざり合う音が静かな研究室に響いた。
「……んっ、ふ、」
決して焦らさず、でも逃がさない。彼に与えられる欲で私が満たされていくのを、丁寧に、執拗に味わうように何度も口付けを重ねられる。その度に、頭の中から余計な思考が一つずつ削ぎ落とされていった。……息が苦しくても、離れたいとは少しも思わない。寂しいと拗ねて帰ろうとしていたことなんて、頭からすっぽり抜け落ちて。ただただ、彼から与えられる甘さに身を委ね、愛おしさで胸がいっぱいになっていく。
「……喜助さん」
「はい」
「大好きだよ」
生まれてきてくれて、ありがとう。精一杯の感謝と愛情を込めてそう伝えれば、喜助さんは嬉しそうに眦を垂らして微笑んだ。――その幸せそうな笑顔を、この先もずっと、隣で見ていたい。そう思って今度は私から彼の唇にちゅっと軽く口付ければ、痛いほどの抱擁と共に「アナタに出会えて、ボクは世界で一番幸せですよ」と、甘ったるい声が届いた。
――喜助さん、お誕生日おめでとう。また来年も、あなたの隣でお祝いさせてね。
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