俺の幼なじみは世界一かわいい。
「なまえ! 次の練習試合、スタメンだ!」
「すごーい! 観に行ってもいい?」
「当たり前だろ! あ、だけど先輩たちには見つかるなよ」
「うん」
不思議そうながらも素直に頷くなまえの頭を撫でれば、嬉しそうに笑った。あぁ、かわいい。絶対にあの先輩たちには会わせたくない。
なまえのことが好きだ。大好きだ。
けど、なまえにとって俺はなんなんだろう。好かれている自信はめちゃくちゃある。そうじゃなかったらわざわざこうして俺の部屋に来たりしない。それも週に何回も。だけどそれは幼なじみとして好いていてくれるだけなんだと思う。
「やっぱり工ちゃんがいないと寂しい」
高校に入学してすぐだ。練習を終えて家に帰るとなまえがいた。眉を下げて困ったように笑う。きゅんとした。
「ほらな、だから言っただろ」
ドキドキと騒ぐ心臓を必死に隠して、いつもそうするように兄貴風を吹かせた。内心は嬉しくて叫びたいのに。
まだろくに歩けもしない頃からずっと一緒だった。「工ちゃん工ちゃん」って、なまえは俺の後ばかり付いてきた。そんななまえを疎ましく思ったことは一度だってなかった。むしろいつもニコニコと見上げてくるなまえがかわいくて仕方がなかった。
なまえはむかしから平均よりも体が小さく、運動神経もお世辞にもいいとは言えなかった。だから余計なのか、スポーツが得意な俺のことをいつも大袈裟なくらい褒めてくれた。
運動会で一番になれば自分のことのように喜んで「凄い凄い!」と手を叩いた。バレーを始めてからぐんぐん背が伸びる俺を、きらきらした眼差しで見上げ「工ちゃんおっきいねぇ」と笑った。なまえが笑っていると俺も嬉しかった。
「工ちゃんどうしようー......」困ったことがあると涙目で俺に助けを求めてくる。ふわふわしていてどこか危なっかしい、そんななまえの傍にいなければと思った。この気持ちが恋だと気付いたのも遅くはなかった。
だけどやっぱりなまえはふわふわしてて、俺に向ける笑顔と変わらないそれを周囲にばらまく。幼なじみとして好かれている自信はあったけれど、それ以上の好意があるのか、なまえの心はさっぱり掴めなかった。
それでも「わたし工ちゃんがいないとダメだー」とへにゃりと笑うなまえを見てるとやっぱりなまえには俺しかいないと思った。
「私立には行けない。それに、工ちゃん離れもしなくちゃ」
だからなまえからそうやって他の高校への進学を決めたと聞かされたときはめちゃくちゃびっくりしたし、それ以上にショックだった。
「工ちゃんと一緒にいたいけど私立には行けないなぁ」白鳥沢から推薦の話しが来たときからなまえはそう言っていた。それでも俺は最終的になまえは白鳥沢に来ると思っていた。天然だけど成績は良かったし、何より、なまえが俺と離れる選択をするはずがないと過信していた。
希望も自信も粉々に打ち砕かれた。なまえはもう俺がいなくてもいいのか。こんなになまえのことが好きなのに、やっぱり俺だけだったんだ。
傷心で迎えた高校生活だった。しかし白鳥沢のレベルの高さと、目指し、追い越すべき人がいることは強烈な刺激となって俺を奮い立たせた。高校生活は部活に捧げると決めた。そんな矢先にまたなまえが現れた。
もちろんバレーに打ち込む決心に揺らぎはない。そもそも白鳥沢への進学を決めた時からもう決まっていたことだったんだ。
ただ、
「頑張ってね」
その一言がどれだけ俺の力になってるのか、なまえは分かってるだろうか。
春休みから練習に参加してるけど正直散々だった。調子が上がってきたのはなまえがまたこうして家に来るようになってからだ。つまり今回のスタメン入りもなまえのおかげなんだ。
......分かってないだろうな。無邪気にニコニコと話しかけてくるなまえを見て思う。
ああもう、俺はこんなになまえが好きなんだって言いたい。思いっきり抱きしめたい。その衝動を鎮めるように、もう一度なまえの頭を撫でた。
◇◇◇
ピーーーー。
25点目を決めてなまえを振り返ると、笑顔で拍手をしていた。今日はめちゃくちゃ調子がいい。どんなトスでも決められそうな気がする。
「工、今日調子いいな」
「はい! エースなんで!」
「かわいい彼女が観に来てるからでしょ」
「なっ......!?」
天童さんの一言でいい気分が吹っ飛んだ。
「彼女? なんだよお前彼女いんのかよ」
「ほんと生意気な奴だな」
「ち、違いますよ! なまえは幼なじみで......あぁ!」
「ふーん、なまえちゃんて言うんだぁ」
「どの子?」
「あの端っこの子だよーん」
わらわらと集まる先輩たちに天童さんは余計なことを言いまくる。
「ちょ、ちょっ......! なんで天童さん知ってるんですか!?」
「だって決める度にあの子のこと見てたじゃん」
わっかりやすいよねーとニヤニヤしながら頭を叩かれる。あぁ、俺のバカ! ていうかこの人どんだけ観察してるんだ。
天童さんのお陰で結局なまえを紹介するはめになった。俺を無視して川西さんがタイプだとか言い出したからだ。
ほんとこの人たちなんなんだ......!
その後のゲームで先輩たちへの怒りをボールに込めたら決定率はさらに上がった。なまえも喜んでるし、まぁ......いいとしよう。
ミーティングを終え早く早くと騒ぐ先輩たちと一緒に校門を出るとなまえが待っていた。
こちらを見て目を丸くする。そりゃそうだ。先輩たちに見つかるなよ、なんて言った俺がその先輩たちを連れてきたんだから。
「あ、あの、えっと......工ちゃんがいつもお世話になってます......」
どこかずれた挨拶をするなまえを先輩たちが取り囲んだ。
「なんだこの子かわいい」
「工と違って礼儀正しい」
「なまえちゃん、LINE交換しよ」
「今度一緒にご飯行こう」
川西さんの発言に慌てて間に入る。本当は先輩たちと話してほしくないしLINEの交換もしないでほしい。一緒に遊びに行くなんて絶対に嫌だ。
「そんなのダメです! ダメ! 絶対!」
「なんだよ、お前彼氏でもなんでもないんだろ。そんなこと言えるのかよ」
うっ......と返事に詰まった。確かに俺はただの幼なじみで、こんなこと言える立場じゃないのかもしれなけど、だけど俺はーー。
その時、背後にいるなまえからの「工ちゃん」という響きが、詰まっていたもの全部吐き出させた。
「なまえは俺の彼女です! だからLINEの交換も遊ぶ約束もしないでください!」
全員が目を広げて押し黙る。
サァーと血の気が引くのと、ヒュウと天童さんが口笛を吹いたのとは同時だった。
「じゃ、俺たち邪魔みたいだし帰るわ」
「なまえちゃーん、また試合観に来たねー」
「工に泣かされたら俺のところにおいでー」
好き放題言って先輩たちは颯爽と帰っていく。
あー楽しかったー。あんまりいじめるなよ。いやーあいつ面白くってつい。なんていう先輩たちの会話を拾う余裕なんてあるわけなかった。
「......」
「......」
いままでこんな沈黙があっただろうか。勢いであんなことを言ってなまえにどんな顔をすればいいのか分からない。背中に感じるなまえの視線に答えることはできず、
「帰るか......」それだけ言うのが精一杯だった。
早足で歩いた。なまえは小走りになりながら付いてくる。
家が遠い。永遠にも感じる今、ずーっとなまえの視線が背中を突き刺している。きっと何か言おうとしてる。だけどそれを受け止める勇気がなかった。
「ねぇ、工ちゃん、さっきの......」
「う、うるさい!」
なまえの言葉を遮るように叫ぶとまた暫く沈黙が続いた。
ふと、一所懸命付いてきていた足音が止んだ。
速すぎたかと心配になって脚を緩めるとなまえがぽつりと呟いた。
「嬉しかった」
え、と振り返る。なまえは頬を染めて照れながらも俺を見つめていた。
「わたし、工ちゃんの彼女かぁ。そっかぁ」
両手で頬を包み幸せそうに笑うなまえは、
「俺、なまえが好きだ」
「わたしも、大好き」
やっぱり世界で一番かわいい、俺の彼女だ。
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