>>2014/01/07 (Tue)
>>18:30
兄妹
『冬の青ときみの白』
カーテンから漏れる朝陽。目蓋に感じた眩しさとまだ暖房が効いていない室内の冷たさに、彼女はもぞりと寝返った。もこもこの羽毛布団にくるまれて、ぬくぬく幸せなまどろみの時間。けれど聞こえたカーテンレールの音で、徐々に覚醒へと導かれる。
「…いい天気だ」
誰に向けてか呟いた涼介は、自分がとなりから抜けたことで入り込んだ冷気に身動いだ妹を、更に覚醒させるべく追い討ちをかけた。
「お目覚めのキスはいかがかな、プリンセス」
柔らかく囁かれた低音は、極上の目覚まし時計。慈しみを込めた想いを口唇へ落とそうとしたとき、まばたきが、一回。
「…さむい…」
「…色気もあったモンじゃねぇな」
睦言のような囁きと未遂になったキスを完全にスルー。寝惚け眼をしぱしぱと瞬かせ、眠りを妨害した原因へ抱きついた。
「はよ、お兄ちゃん」
「おはよう。いい青空だぞ、今日は」
涼介に手を引かれ連れられた窓辺。カーテンは全開。バルコニーへの鍵を開け、冬の空気を招いた。
「きゃー!つめたいー!」
「澄んでいて気持ちいいな」
「さむいさむい!閉めてお兄ちゃん!」
「赤城の風の子が弱音を言うんじゃない」
涼介にくっついたまま、見上げた空は曇りのない真っ青。清々しい山々の稜線。は、と息を吐けば真っ白い綿毛。寝惚け眼もはっきりしたところで、今度は涼介を見上げた。
「…お兄ちゃん、デート、しよ?」
「おっと、先を越されちまったか」
オレから誘うつもりだったのに、と見上げてきた妹へ、今度こそキスを。
「準備しておいで。せっかくの天気だからカフェでブランチにしようか」
「うんっ」
お気に入りのチェック柄のワンピース。コートとマフラーは真っ白なカシミア。玄関を出た先に待つ、真っ白のFC。
今日の空には、兄の白が一際美しく映える。これからのドライブに期待しながら、助手席にエスコートしてくれた涼介へ微笑んだ。
***************
>>2014/01/23 (Thu)
>>18:45
『整備士』
自分が生まれたころに公開された映画に登場する王国の姫が、家臣たちの汚れた手を見て『私はこの手が好きだ。働き者の良い手をしている』と言ったことが、その家臣たちにとってこの上なく幸福だったという。ふと、その言葉を思い出したのは、今自分が自宅のガレージにいて、軍手をせずに素手で作業をしていたからかもしれない。細かい部分をいじるために、時に厚い軍手は煩わしくなる。ボルトとナットを固く締め、上げたジャッキをやさしく下ろす。
「やっぱりどこも悪くない」
一旦ガレージから出て、陽気に当たる。うん、と伸びをして、掌を太陽にかざした。あの歌のようにはっきりと血潮が見えるほど、今日の陽射しは強くない。そのとき、自分の指先に視線がいった。日頃、軍手の下には更に極薄のゴム手袋をして作業しているため、爪の間や指紋に染み込むようなオイルの汚れは目立たない。しかし今は、まったくの素手で愛車に触れていた。短く揃えた爪のわずかな隙間に、黒い液体が拡がっている。何故、軍手もゴム手袋もしなかったのか。自宅に予備がなかったのならホームセンターへ行けば済んだことだ。
「直接触れれば、原因がわかるかと思ったけど」
本当は、原因なんてどこにもない。
最近、チーム戦歴が下降気味だ。スタッフのモチベーションが低いわけじゃない。ドライバーも監督も、リーダーも、下降しているからこその士気の高さ。それなのに、自分だけが空回りしている。セッティングがまとまらず、メカニックミーティングが深夜に及び、練習走行では整備面でのアクシデントが続いていた。まったくもってその気はないが『整備に気を抜いている』などと言われ、結果を見た誰もがそう思ってしまう事態だった。
いつも間接的に触れるボディに、『整備士の手じゃないよな』『アネキの手、きれい』と兄弟が言ってくれた指を滑らす。ひんやり鮮やかな青が、焦る心を落ち着かせてくれたとき、軍手も、ゴム手袋もせず、まるで小さなころの泥遊びのように真っ黒になろうと、ジャッキを上げて地面に滑り込んだ。
自分の、整備士の心を、もう一度強く、強く締めるために。
問題なんてどこにもないキレイな愛車には申し訳ないけれど、白さなんて遥かに遠い黒く汚れた指で、青いボンネットに黒い一文字を描いた。
***************
>>2014/02/14 (Fri)
>>21:17
真ん中→豪
バレンタイン
『try!』
落ち着こう。
大丈夫、いつも会ってるじゃない、それが『今日』ってだけでどうして緊張しなきゃいけないのよ、わけわかんないわよ。まさか真冬のこんな夜中に、路面の露が凍りそうなこんな寒い日になんていないよね、いなければいないで全然問題ないの、というかその方がいいかな!
って、思ってたのに
(なんで、フツーにいるの…)
どうやら年中ホームコースで走りたいらしい。そりゃね、群馬に比べたら降雪量は少ないでしょうけど。路面凍結は果たして怖くないのだろうか。…私は怖いよ、それを頑張って上ってきたんだよ、でもさ、やっぱり来なければよかったって思うわけで!
(なによ…あんなに笑っちゃってさ…)
こっちがどんな気でここに来たのか知りもしないで。知られたら恥ずかしすぎるけど。でも知ってもらわなきゃ、来た意味がない、わけで。
(…甘すぎた、かな…もっとビターにすれば…)
大観山の広いパーキングより少しだけ下に停めた。彼のことだ、音だけで気付かれてしまうから。自分の近くに何人かチームメンバーがいたが、目配せをして『内緒』のアイコンタクト。ラッピングした包みを掌で支え目を瞑り、胸に当てて息を飲んだ。
(大丈夫)
真紅のリボンは、あなたの色。やさしくて、時々いじわるで、いつも、そばにいてくれたね。
(言うんだから、絶対)
「あれ、お前いつの間に来たの。ってめっちゃ顔赤いなオイ」
頬に触れる、てのひらが
「走る…にしちゃ随分かわいいカッコだけど」
自分より高いところにある、瞳が
「寒くないか、オレの着とく?」
細く見えて力強い腕も、あったかい胸元も、近くに聞こえる掠れた声も、
どれも、全部
「豪が、好き」
あったかい胸元から彼を見上げたら、湯気が出そうな顔でした。
***********
>>2014/03/18 (Tue)
>>01:28
40000hit御礼『冷戦』
涼介×真ん中、とばっちりな啓介と拓海。
プロジェクトDへの参加が決まってから早数回開かれている涼介先生の勉強会。春の始動までに知識を増やそうと躍起になるダブルエースの目前では、冷ややかな沈黙戦が繰り広げられていた。
(涼介さんたちどうしたんですかさっきから)
(オレに訊くなよ)
(一緒に住んでるんですから何かあったか知らないんですか?)
(だから知らねェっつの。何日も前からずっとああなんだよ)
高橋家のリビングテーブル。ダブルエースは並んでラグへ座り、黙々とペーパーテストをこなす。だが、集中したいのに、それこそ涼介のために頑張ろうとしているのに、向かいのソファに座るその涼介の視線がさっきから鋭すぎてピシピシと刺さっている。コソコソと小声で会話する啓介と拓海だったが、これじゃ集中なんて出来るか、と、啓介がついに切り出した。
「何なんだよアニキ!オレたちに言いたいことあんなら言ってくれよ!」
「別に何もない。筆記は終わったのか」
「アニキがそんなんだから集中なんて出来っかよ。何でさっきからンな睨むんだよ!藤原はともかくオレは何も悪さしてねェだろーが!」
「ちょっ酷くないですか啓介さん」
「お兄ちゃんの目って昔からキツいしいつも怒ってるみたいだもの、仕方ないんじゃない啓ちゃん」
「……あ、アネキ?」
「拓海くん、わからないところがあったら『わたしに』聞いて?」
「は…、はい」
涼介のソファのまだ向こう側。キッチンのダイニングテーブルに肩肘をつき、仕事の処理をしているのか目をまったくこちらに遣らず、手元のノートパソコンでひたすらタイピングをしていた姉。ピシピシしているのはこちらも同じのようだ。珍しく兄へ小声を言ったり、拓海への笑顔にもトゲがある。
「教えているのはオレだぞ。お前は出てくるな」
「あら、プロの意見は参考にならないというのかしら。どれだけご自分の知識を過信しているの?」
「過信はお前だろうが。プロだからって偉そうに」
「…なんですって?」
(…ヤバイんじゃないスか啓介さん)
(アニキとアネキはオレにも止めらんねェんだよ)
涼介がゆっくりキッチンへ振り向いた。目線が合った兄妹の間には過ぎ去ったはずの冬の寒波が吹き荒れている。
「忙しい御身で勉強会をやってていいのかしら。春から実習がどうのってうるさく言っていたのに」
「はっ。お前こそ呑気にパソコンいじるくらいなら神奈川へ行って走らせてこればいいだろう。開幕を控えている多忙な『プロ』が現場ではなく家、とはな』
「『データ管理で速さを図る』誰かさんと同じことをやっているのよ?それを否定するのなら自分を否定しているのと同じよね」
「…なんだと」
「今日は神奈川に行く必要がないから家に居るの。たかだか一泊のスケジュールを空けられない頭の硬いお兄ちゃんと違って、私は時間を有効に使って予定を調整しているわ」
「お前が無理矢理休みを取ろうとするからオレは気が乗らずに予定を立てられないんだ。GT戦が開幕して間もない4月に連休なんて問題ないはずがないだろう」
「第2ラウンドまでは時間があるから連休取れるって言ってるじゃない。ちゃんとチームに言ってきたわよ」
「無理して行っても楽しくないじゃないか!」
「4月に旅行に行こうって言ったのはお兄ちゃんよ!自分こそ休みなんてないくせに無理しないで!体壊しちゃったら旅行どころかプロジェクトも実習も出来ないでしょう!」
「……啓介さん」
「ンだよ」
「あれってなんスか、ケンカ…に見えないんですけど」
「奇遇だな藤原、オレもそう思う」
お互いがお互いを気遣ったことが兄妹に溝を作らせた原因だった。多忙極める兄と姉を普段からいちばん近くで見ている末弟啓介は、自分は口では絶対に敵わないふたりの巻き添えを喰らわぬよう、ペーパーテストを終わらせ拓海を連れてリビングから出、ドアの陰からそっと兄姉の様子を見ていたとき。
「……は?…旅行?」
聞いていればただの愛ある痴話喧嘩。だが、単に聞き流してはいけない言葉を、啓介は拾った。
「アネキなんだよ旅行って聞いてねェぞオレ。まさかアニキとふたりだけで行くんじゃねェだろうな」
痴話喧嘩が、『オレを置いて行く気だったのかよ!』のマジ喧嘩になってしまった。兄妹弟の言い合いに関わりたくない拓海は、ペーパーテストに『涼介さんへ、添削お願いします』とメモ紙を添え、そろりそろりと玄関へ向かい、スニーカーをつっかけ、静かにそっと、扉を開けた。
「……平和だなァ」
このまま勝手に帰るわけにはいかない拓海は、しかしあのリビングには居辛くなったので一旦外に出ることにした。ずいぶん暖かくなった群馬の平野部。秋名と赤城にまだ少し残る雪が今日で全部なくなるかもしれない。いよいよ、発足の時がやってきた。兄妹弟のいがみ合いが早く終わるといいなと、ハチロクに凭れて早春の陽射しに欠伸をこぼすのだった。
****************
>>2014/03/29 (Sat)
>>21:03
40298hit御礼『どんな時だって』
北条次男と高橋長女
十年前
「ナマイキ、女のくせにランエボかよ」
「…大事な頂きものなの。ケチつけないでくれる?」
「初代か?また古いな」
「使いこまれているのよ、能力は後継に負けていないわ」
「ま、能力はどうあれ、走りが『進化』してるとは思えねーけど」
「…甘くみないでくれるかしら。そちらこそマシンを過信しているんじゃなくて?NSXのお兄さん」
「…へェ、言うねアンタ。名前は?」
八年前
「は?しばらくドイツ?」
「うん、次に載るエンジンの製造元にね、研修に行くんだ」
「ふーん…どれくらい居んの?」
「一ヶ月から半年くらいかな、出来るものならもっと長く居たいくらいだよ」
「…一ヶ月でも、長ェ」
「?豪、何か言った?」
「行くなよ」
「…え…」
「……好きだ。オレから、離れんじゃねェ」
三年前
「ちょっと、ストップ」
「なんで?もうすぐ花火始まっちゃうよ、急ごうよ」
「オレさ、回りくどいコト嫌いだからさ」
「ああホラ、お城のライトアップが消えたじゃない、花び「オレの話を聞けコノヤロ!結婚しようってんだよ!」……ぇ…」
二年前
「緊張してるか?」
「してるしてる。でもね」
「うん?」
「早くみんなにこの姿を見てもらいたい。みんなに会えて幸せだよって、たっくさん笑いたい」
「オレは、お前のとなりに居られて幸せ、だな」
「ふふっ、お兄ちゃんと啓ちゃんとケンカの果てに許してもらったあの日が懐かしいね」
「ヤツらと義兄弟ってマジあり得ねェ」
「兄弟が増えて私はうれしいけどなあ。あ、そろそろ入場?」
「…行こうか。お手をどうぞ、新婦さま」
「ずっと、離さないでね。新郎さま」
今年
「出会って十年経ったらしいぜ、オレたち」
「うそ、そんなに?いつも一緒にいるからすっかり忘れてた」
「てーことで、はい」
「なあに?」
「プレゼントです」
「わ、」
「好きだ。オレともう一度、付き合ってくれ」
「…はい。よろこんで」
****************
>>2014/04/06 (Sun)
>>15:07
『春を愛するひと』
鉄板5人で春をテーマに小話
『タイヤ交換』
「よし、お兄ちゃんと啓ちゃんと、お母さんお父さん、私のは後にするとして…」
「うおタイヤだらけ!庭がスゲェことになってる!」
「おはよう啓ちゃん。良いお天気だからね、まとめてやっちゃおうと思って」
「まじか。オレこれから出かけんだけどさ、FD、最初にやってくんね?アネキ」
「いいよ、じゃあお手伝いしてくれる?スタッドレス、洗って乾かしちゃってー」
「おっけー!…あれ、オレのノーマル、なんか光ってねェか?」
「さっきね、タイヤワックスかけて磨いたの。新しい季節だからきれいにしたんだよ、ピカピカでしょう?」
「…オレ、アネキのそんな気が利いてやさしいトコ大好き!大事に乗る!」
「ふふっ、喜んでくれてよかった。あ、洗い終わったらジャッキアップもよろしくね」
*****
『マリンブルー』
「お兄ちゃん、青いボタンダウンシャツ貸して」
「いいけど、着るのか?」
「うん」
「大きすぎるだろう」
「大丈夫、今年、ビッグシルエットでゆったり着るスタイルが流行ってるの」
「だが肩が合っていないじゃないか」
「ドロップショルダーになるから平気だよ、これを、ワンピースに合わせて、こうして、ね?」
「…うん、まあ、かわいいけど」
「少したくし上げてウエストで縛っちゃえば、サイズが大きいなんてわからないでしょう?」
「まったく…人の服を好きにしやがって」
「へへ、ごめんなさい」
「こっちにおいで、袖まくってあげるから。そのままじゃ長すぎだ」
「はーい」
「ところで何で青なんだ。シャツは他にもたくさんあるぜ?」
「春のトレンドカラーがね、今年は青と白なの。お兄ちゃんみたいだな、って思ったら急に着たくなったんだ。ね、だからワンピースも白にしたの」
「…あんまり、お兄ちゃんを困らすな」
「え?」
「すごくかわいい、ってコトさ。似合ってるよ、その色」
*****
『新緑』
「栃木の平野って、なんだかかわいいですね」
「…すまん、意味がわからんが」
「ふふっ、ごめんなさい。ほら、あの丘みたいな小さな山がね」
「ああ、そういうことか」
「至るところで小さな山がぽこぽこしていてかわいいし、それでいて緑がとってもきれい」
「市街地に溶け込む山か。春は緑、秋は紅葉、この光景は特徴でもあるが…小さな山の形状が乱気流を生んで天候が荒れることもあるんだぞ」
「そうなんですか?」
「お前もそうじゃないか」
「?」
「体格は小柄なのに、パワーに溢れ活発で明るく周囲を楽しませてくれる。だが時として、波乱を呼ぶことだってあるだろう」
「波乱…?」
「泣いたり怒ったり、わめき散らしたり」
「う…、子供ですみません…」
「そんなお前だから、オレは愛しいと思ったんだ。もっと、いろんな姿を見せてほしいと
思うよ」
「京一さん…なんだか今日は、饒舌ですね…」
「たまには、な」
*****
『アンサンブル』
「ちょっと、失礼」
「はっ?!おま、なに脱いでんだよ!」
「インパネ見せてー、うわ、外気温たっか!窓開けていい?」
「…ンだよ、半袖着てたのかよ」
「なーに豪、ヘンなこと考えた?」
「うっせ、オトコの前で急に服脱ぐなアホ」
「アンサンブルだもんこれ。脱いでも平気だよ」
「なんだそれ」
「長袖と半袖がセットになっててね、気温差がある春は特に便利なの。」
「オンナの服ってわかんねーやオレ…」
「朝や夜ってまだ肌寒いでしょう?そのときはカーディガン羽織ればいいし」
「……」
「ちょっと、どしたの、豪?」
「着とけ、それ」
「?エアコン?そこまで涼しくしなくたって」
「春の陽射しって強ェんだろ、焼けていいの」
「あ、そっか、じゃあ着てるね」
(ああもうウカツに肌出すなよばーか!狙ってやってんのか!)
*****
『夜桜』
「わ、ライトアップきれい!来てよかったね拓海くん」
「はい。でも、よかったんですか?外出して」
「『藤原に任せておけば安心だ』って、お兄様がね」
「…なんだか、オレすごい信頼されてますね…」
「本当はみんなで行く予定だったのに、啓ちゃん二日酔いでダウンだし」
「ああ、大学の新歓でしたっけ」
「そうそう。お兄ちゃんに春休みなんてないから、大学が終わって夜に行こうって言ってたのにね」
「今が見頃ですからね、逃したら、また来年になりますし」
「…わたしは、ね、拓海くん」
「はい?」
「みんなと一緒じゃなくて、ぜんぜん、かまわないの」
「え…」
「来年も、ずっと、ふたりがいいな、って」
「…まいった…涼介さんの信頼を裏切っちゃうな…」
「拓海くん?」
「夜桜に紛れて、オレから言おうと、今夜、ふたりになったら言おうとしてたのに」
「わ…っ、た、拓海く」
「好きです。ずっとふたりで、秋名の桜を見に来ましょうね」
***************
>>2014/04/21 (Mon)
>>21:53
兄妹弟と藤原
『お誕生日おめでとう』
『アニキいまどこ?』
「どこってお前、日曜だから家だけど…というか啓介こそどこにいるんだ。随分うしろが騒がしいな」
『いま、ケンタと高崎に来てんだよ!うしろウッセーから声デカくてごめんアニキ!』
久し振りに自由な時間が出来た日曜、さて何をして過ごそうかとコーヒー片手にゆるりと考えていたときに啓介からの着信。とりあえず今日はどこにも出掛けるつもりはないと告げたら、わかった!じゃーな!と元気な声で電話を切られた。嵐が急に来て急に去っていき、何だったんだとコーヒーマグを傾ける。
______
玄関のチャイムが鳴る。インターホン備付けのモニターを見たら、相変わらずの寝惚け眼。頭には、配送業者のロゴマークが。
「こんにちは。涼介さんへ、お届けものです」
「藤原か。仕事お疲れさん」
本人の声を確認して玄関を開けてやると、配送車の横に小振りの冷蔵庫くらい入りそうな縦長の段ボールがドンッと置いてあった。あんなサイズのものを通販した覚えはないし、送られる義理はどこにもないはずだ。
「…中身は何だ」
不審に思うのは当然。
「えっと…差出人は、啓介さん、なんですが…」
段ボールの送り状を確認している藤原は、その段ボール相手に何やら小声で話しかけている。いいですか?と聞こえた。すぐさま、藤原は段ボールに貼られているガムテープを剥がし始めた。差出人が啓介?一体、何なのだ。
「もうオッケーですよ」
四つのフラップがぱたん、ぱたんと開けられ、継ぎ目がバリッと破かれた。
「お誕生日おめでとうお兄ちゃん!」
飛び出してふんわり揺れるミニドレス。髪にレースのリボンを結わえ、丸いトウが愛らしいミドルブーツ。どれもが、まっさらな純白。白と赤のバラのブーケを抱えて飛び出してきたのは、涼介の天使。もとい、最愛の妹。
「これは…、どうした?」
「やったね拓海くん大成功だよ!」
「上手くいきましたねー」
にこにことハイタッチを交わすふたりを涼介は呆けながら見ていた。ああそうか、とようやくカレンダーが頭に浮かぶ。
「他に仕掛け人は?」
「啓ちゃんとケンタ。拓海くんと四人の合作なの」
「啓介がオレの所在を確かめたのはこのためか」
「あのとき拓海くんと私もいたんだよ、ドレス選んでたの」
妹が着るミニドレスは、フリルがたっぷりあしらわれたまことに愛らしいものだった。まるで、涼介に嫁ぐかのような。くるりと場でターンをして微笑む妹を、横抱きに担ぎ上げた。
「これはこれは、なんと可愛らしいプリンセスだ」
「せっかくだから、プレゼントはアニキの好きなモノにしようって、啓ちゃんが。えへへ、ちょっと恥ずかしいんだけどね」
「ケンタさんがノリノリで提案したんです。オレ、止めたんですけど…涼介さんが喜ぶのなら協力しようかなって」
「ありがとう藤原。最高にうれしいプレゼントだ」
横抱きのままくるくる回ると、きゃっきゃとはしゃぐ笑い声。妹の幸せな笑顔に、涼介の頬も緩く、優しい瞳になる。こつん、と額を合わせ、鼻先に小さくキスを贈りあった。
「受け取ってくれますか?お兄ちゃん」
「ああ、大事にするよ」
家族と、仲間と、愛しいきみ。大切な人たちと迎える幸せな今日に、感謝しよう。
Happy Birthday!My Bro!
***************
>>2014/05/01 (Thu)
>>13:13
兄妹
『ペディキュア』
カレンダーが変わり、初夏と呼べる季節になった。そろそろお気に入りのサンダルを玄関に並べてもいい頃だ。週間天気予報を見ても、今年のGWはまずまずの気候になりそう。これは連休中の富士も盛り上がることだろうなと、ドレッサー傍らのネイルボックスを手に、庭に面したサンルームへ。
「さて、何色にしようかな」
メカニックスーツ姿のとき、足元は安全靴。爪先に色を置いても隠れてしまいまったく見えなくなるが、折角の初夏だ、逸る気持ちをペディキュアに込め、小さなネイルボトルを吟味していく。
「いい天気だな、今日は」
となりのリビングでノートPCを相手にタイピングをしていた涼介が、うんと背伸びをしてサンルームに腰を下ろす。
「塗ってあげようか」
「ちょっと待って、まだ悩んでるの」
しろ、きいろ、あお、オレンジ、あか、みどり、くろ…何色がいいだろうか。
「ネイルを塗るときに色で迷ったらね、みんなのボディカラーを思い出すの。参考になるから」
「黒はやめておけ」
「なんで?」
「いい思い出がない」
「…それってグレーメタリックでしょう?違う色よ」
「似たようなモンだ」
「はいはい」
黒は拓海くんの色でもあるんだけど、と思いながら、爪先に似合う色を考える。
「赤もだぞ」
「なんでよ」
「気に喰わないから」
…結局は、身内の色しか塗れないのだ。白か黄色、それでも、白より黄色が目立っていると、兄は面白くないのだろう。弟も、然り。
白と黄色のボトルを選んで摘むと、兄は笑んだ。小さなところでこだわり頑固な兄を、なんだかかわいいと思う、妹であった。
**********
>>2014/05/18 (Sun)
>>16:57
高橋家
『afternoon repose』
気持ちよく目覚めた休日の朝。真っ青な空と、丁度いい気温。新緑の五月。珍しく早起きの啓介と共にロードワークをこなし、相変わらず寝起き低血圧な涼介と一緒に朝食を頂く。
早起きの理由は提出日がとうに過ぎたレポートのため。啓介はメッセンジャーバッグを下げて大学へと。
徹夜が続いた涼介は、啓介より時間をかけてコーヒーを楽しんでいた。濃い目に淹れたブラックが沁みていくように、深い息を吐く。
「ひと眠りするよ。片付け、頼んでもいいか?」
「いいよ。お疲れ様、お兄ちゃん」
片付けるついでに、ストッカーをチェック。シリアルと六枚切りのパン・ド・ミ、父が気に入っているコーヒー豆が少ない。予定もないし、あとで買い出しに行こう。
「あ、お洗濯…」
庭に注ぐあたたかい陽射しがもったいない。普段着と作業着は別個に洗って。自分と両親のシーツ、啓介がいない今のうちに彼のシーツも洗ってしまおう。眠っている涼介の分は、また今度。すべての洗濯が終わって干す頃には、もうお昼時。家族分の洗濯物が、庭ではたはたと風に泳ぐ。洗濯機を回している間に、出来る範囲で家の掃除を済ませてしまった。洗車は先週したばかりで、まだワックスが効いてピカピカしている。
「やることがなくなっちゃった」
グラスにたっぷりの氷を入れたカフェオレを傍らに置いて、庭に面した縁側でひと休み。素足に庭用のサンダルをつっかけ、ぷらぷらと揺らす。ふわり届いた柔軟剤の香りが、穏やかなこの気分をより和やかにしてくれた。
「お兄ちゃんが起きたら、お昼ごはんにしよう」
何を作ろうか。残りのパン・ド・ミを使ってサンドウィッチもいいな。このまま庭で頂くのも気持ち良さそうだ。あとで一緒に買い物に行って、それから…
秒針の音が、今日はゆっくり聞こえる気がした。コンマの世界、スピードに賭けた世界に居る自分がそう感じるのは、それだけ今日、心が休めている証拠だろう。
庭に咲くピンクと赤のツツジが、青々とした植込みと芝生の緑に映えて眩しい。新緑の風と澄んだ青空。あたたかい午後の陽射しが心地よくて、誰も居ないことをいいことに、大きな口で、あくびをした。
**********
>>2014/05/22 (Thu)
>>12:56
弟たちと真ん中
『オレらに敵うと思ってんの?』
「いーじゃん、カレシいないならオレたちと遊びにいこーよ」
「つーか何でおねーさんひとりなの?夜の峠って危ないよォ?」
「めっちゃチューンしてんだねそのクルマ!えっと、コレ、何代目かな」
実に面倒だ。こっちは次のレースまでスケジュールを押しているというのに。
新パーツの状態を見るべく、日中のサーキット走行テストでうまく結果が出なかったため、高速セクションが多くかつコーナー傾斜もある七曲りに訪れた。池田に連絡をするもどうやら今日は寺の予定があるらしく来ていないそうだ。何度か面識のあるスパイラルメンバーに一言伝え、邪魔にならないようコースを使わせてもらっている。
のだが。
(せっかくの時間、台無し…)
こうも彼らにクルマの周りを占拠されては身動きが出来ない。邪魔にならないよう走っていたTRFを掲げる愛車。それを興味深く見ている彼らこそが、邪魔で仕方がなく苛々が募る。ため息も出るというものだ。
「そろそろ走らせてくれないかしら。私、時間がないんだけど」
「じゃあさ、オレと一緒に走ってよ。んで、そのあと遊びに行かない?」
「行きません」
あの池田が統べるチームにこんな軽いメンバーがいるとは思えない。どこか別の走り屋だろうか。
「言ってるでしょう、時間がないって。私、遊びにココへ来たんじゃないんだから」
「へー、おねーさん、見掛けによらずけっこー強気じゃん。好きだなーオレ」
「かわいい顔してよく言うねー。ね、マジでオレ、狙っていい?」
にやにやと、三人の男たちが寄ってくる。相当面倒なことになった。常日頃より『ひとりで峠に行くな』と兄弟ないし走り仲間から言われてはいるが、今居るのは信頼ある池田のチーム、スパイラルのホームコース。だから安心していた。とん、と背中に当たるのは愛する青いランエボ。今日は同じく青いシルビアの姿を見ていない。ゼロとゼロワンが不在…自分の考えが、甘かったか。
「はーいそこまで」
「サンキュ、坂本。間一髪」
「いえ、当然のことをしただけです」
「え…?」
目の前を囲う三人の男たち。その肩越しから聞こえる、慣れ親しんだ声が。
「誰に手ェ出してっか、わかってんのか」
「お前ら、どこのチームよ」
威圧的な声色。ほとばしる覇気。ふたりが纏う空気が、燃えるように冷たかった。振り向いた三人の男たちは、彼らと、その後ろで待つ相棒を見、ひっ、と息を飲んだ。
「黄色のFD、だと…!?ンで神奈川にいんだよ!」
「NSX…サイドワインダーか!」
「まじ、ヤベェッ!」
「はい終了ー。逃がすかっつーの」
「ココ、スパイラルのホームだって知ってんの?なあ、ゼロツーの坂本クン」
「報告しておきました。車種とナンバーも控えましたよ、豪さん」
挑発するように嘲笑う啓介と、見下すような冷笑の豪。震え上がる男三人、しかし彼女は、ほうっと胸を撫でた。
「啓ちゃん、どうして?」
「北条に呼ばれたんだよ。ヒマなら箱根に来いってさ」
面倒くさい顔をしていても、ライバルからの誘いが嬉しかったのだろう。無邪気に笑う啓介は、姉の白く滑らかな頬に触れ、無事を笑んだ。
「椿に居たんだ。間に合ったな」
「豪…。びっくりしたよ、啓ちゃんと一緒に居るなんて。そんなに仲良しだったっけ」
「まあ、フツー?おい高橋ナニ抜け駆けしてんだよ」
つかつかと豪が向かう先には、自身で覆うように背後から姉をすっぽり抱き締めている啓介が。手触りの良い彼女の黒髪は、一束すくうと指からするりと流れ、ふんわり柔らかくまとまった。その質感が好きな豪は、彼女の髪を弄りながら時折、漂う香りに吸い寄せられ、髪にキスを落とす。
「…で?」
「てめェら」
「オレのアネキに何の用?」
「オレの女にナニしたの?」
愛する彼女を挟み凄むのは、あの夏の夜を沸かせたヒルクライマー。ふたりには、ドライビングも、容姿も、ケンカの腕も、敵うとは到底思えない。狙いを定めた女がこのふたりのステディだと知って、誰が立ち向かえるだろうか。
「もう邪魔しないで。私は真面目に走りたいの」
「「「すんませんっした!!!」」」
『スパイラルの坂本です。豪さん、今電話大丈夫ですか?』
「おー坂本じゃん、久しぶり。どうした」
『今こっちにTRFの高橋さんが来てるんですが…おひとりなんです』
「はァ?!アイツまた…!椿に居るからすぐ行く、ってオイ待てよ高橋!」
『…え、豪さん、高橋って』
「あー、啓介な。今コッチに来てんだ。オレたちが行くまでアイツのそばから離れんなよ、坂本」
(ところで何よ、オンナになった覚えないけど)
(…やっべ)
(…北条、タイマンすっか?)
>>2014/06/10 (Tue)
>>18:36
鉄板ファイブで『梅雨』
「髪が…うねる…」
「アネキなにやってんのさっきから」
「あーもーまとまらないよー!」
「ああ、今日湿気すっげーもんな。よし」
「わっ、なんでくしゃくしゃにするの啓ちゃん!せっかく頑張ってブローしてるのに!」
「ンなもんワックスでアレンジしちまったら?発想の逆転だぜ。湿気を味方にするんだよ」
「うー…」
「今日のワンピ、ストレートよりふわふわのが似合うと思うけど。オレこっちのが好き」
「…お任せします」
「っしゃ、サロンKEISUKEオープンな。かわいくしてやるよ、アネキ」
*****
「…」
「ただいま…」
「…傘、持っていかなかったのか」
「ちょっとそこまでだから、小降りくらい平気よ。こんなに強くなるなんて思わなかったの」
「梅雨空を甘く見るんじゃない。どうして連絡を寄越さなかった」
「だってコンビニなんてすぐそこよ?迎えに来てなんて言えないわ」
「全身ずぶ濡れじゃないか、とにかく拭け。ホラ、マスカラまで落ちてるぞ」
「え、やばい。目のまわり、もしかしてパンダ?」
「ああ、相当。じっとしてろよ…ダメだ、取れねェな。しっかり落としたほうがいい」
「はーい。あっそうそう、お兄ちゃんの好きなアイスの新作があったの!はいどうぞ」
「…ったくお前は。あとで一緒に食うか。風邪ひかないように温まっておいで」
******
「おーい高橋。呼んできてくれって頼まれたんだけどさあ」
「誰によ。というか私まだ課題中なんだけど」
「アレ。外、見てみろよ」
「?……っ!?」
「昇降口で待ってるって伝えt…ンな走ってっと滑って転ぶぞー!」
「よ、お疲れさん」
「な、なんで、っ、ここ、ぐんま…っ」
「ははっ、走ってきた?そんなにオレに会いたかったんだ」
「ちが、はあ、ビックリした、だけ…!」
「オレ明日休みなんだ。だからコッチの大学終わってソッコー飛ばしてきた」
「神奈川から?ばっかじゃないの、豪」
「…雨の日に、カノジョを迎えにいくって、やりたかったんだよ」
「え…」
「だーもー放課後デートしようっての!言わせんなバカ!」
「へっ、あ、はい!…あっ!課題まだ残ってる…」
「てめぇ…」
*****
「今どこだ、ああ、わかった。無事なんだな?すぐ行くから、待っていろ」
「嬢ちゃんからか?京一」
「スピンしたそうだ。剣ヶ峰で立ち往生らしい」
「マジかよ?!あそこはまだ広いからな、不幸中の幸いか…無事だといいけど」
「恐らく本人はな。状況は伝えるから、清次はここで待て」
「わかったぜ京一」
「…きょういちさあん、エボがあ…」
「お前は大丈夫なのか?どこかケガは?」
「わたしは、だいじょうぶです…けど…うわぁん!」
「ああ、縁石に乗ったのか。石垣に当たって…これは、見事に凹んだな」
「大事にしてるのにー!なんでスピンなんてするのー!」
「こんな雨じゃ、猿も木から落ちる。仕方がないさ」
「…ひっく、ぐすっ」
「ホラ、泣くな。自分の手で、大切に直してやればいい。お前が大事に乗ってることくらい、エボもわかってくれている」
「でも…やっぱりショックです…」
「…オレは、お前が無事で安心したよ。お前を守ってくれたエボに感謝しなければな」
「…ありがと、ね、きれいに、直してあげるからね」
*****
「かわいいですね、水玉模様」
「でしょう?どんよりな空でも明るい気分になりたくて選んだの」
「ああなるほど。だから青なんですね」
「拓海くんは傘持ってきた?なんだか降りそうな空ね…」
「一応…。雨の中、歩いてコースの下見に行くときのためにあるっちゃあるんですが…恥ずかしいんであんまり開きたくないんです」
「…水玉じゃなくてハート柄とか?」
「そのほうがまだマシですよー…笑わないでくださいね」
「…わあ!すごい!これ売り物?」
「いえ親父が…店の宣伝用に作ってそれっきりずっとハチロクの荷台に入れてあるんです」
「すごいすごい!私ほしいな、お豆腐屋さんのビニ傘!ね、私のと交換してって言ったら怒る?拓海くん」
「是非そうしてください」
(アネキどしたのその藤原製ビニ傘めっちゃウケるんだけど)
(いいでしょう!拓海くんにもらったの!富士でも使うね!)
(それはやめてください)
**********
>>2014/06/15 (Sun)
>>14:05
兄妹
『20周年』
「日曜に家にいるのも珍しいな」
オートポリス戦が終わり、現在はル・マン24耐戦で盛り上がっている週末。昨日、妹はレース仲間と共に東京台場にてル・マンのパブリックビューイングをしてきたらしい。楽しそうな写真が昨日の深夜に送られてきた。てっきりそのまま神奈川の研究所へ泊まってくるのかと思っていたのだが、自分が日を跨いだ朝に大学から帰ってきてみれば、ガレージにはランエボとフィガロがぴたりと並び、玄関にはこれまたぴたりとサンダルが並んでいる。高いヒールで運転するなと言ったことを守ってローヒールだった。それはさておき。
「静かだな…寝てるのか?」
盛り上がって帰ってきたのだ、相当疲れているのだろう。きっと安らかにかわいい寝顔ですやすや目を閉じている妹の部屋を、そうっと覗いてみることにした。階段を上がる足音も、静かに、そうっと。
かち、と開けば、彼の人はおらず。だがベッド脇に通勤バッグがある。在宅しているはずだ。
フィー…ン…シャアッ…
「…?」
なにか、回転する音。空気を切るような音。
「なんだ…?軽い、モーター音か?」
しばらく経つと急に静かになった。と思ったらまた鳴りだした。妹の部屋の中からか、隣の啓介の部屋か。それは涼介の近くから聞こえている。
ガッ…!
「きゃあああ!!ボディがー!!」
外から飛び込んできた妹の叫び。彼女の部屋の窓を開ければ下には高橋家の庭。刈り込んだ芝生に拡がる、幼い頃に祖父に買ってもらった懐かしい3レーンの白いコース。妹の所在がわかった涼介はひと息、ふうと吐きだした。
「どうしたんだ、そんな叫んで」
眼下の妹に届くように少し大きな声で。
「お兄ちゃんおかえりなさい!どうして私の部屋にいるのー?」
「お前が居るはずなのに家が静かだからどこに居るのかと思ってさ。そこだったんだな」
「部屋でヘンなことしてないよね?勝手になんでも触らないでね!」
「ふ、もう遅い。可愛いな、このブr「お兄ちゃんの変態!!」…冗談だ」
オレもそっちへ行くよと告げ、気温がぐんぐん上がった陽気を浴びる。しっかり寝ていない涼介には、いささか強い陽射しだった。きらきら光る庭の緑たちに目を細めた。
「自分でコース出したのか。大変だったろう」
「すっごくやりたくなったの!なんかテンション上がっちゃって!」
「ル・マンの影響か。サーキットマシンによく似てるな」
コースアウトし、鉢植えにぶつかって傷が付いたフロントフェンダー。見たことがなかったマシンを、涼介は手に取り興味深く見ている。
「お前が好きそう形状だな、流線型で」
「ふふっ、でしょう?まさにこれね、ル・マンのエントリーカーがモデルなの。どうしても走らせたくて」
フロントに開いたエアインテーク。滑らかなフルカウルボディに乗った風は、コクピットの後ろを通りリアウィングへ。それは、強力なダウンフォースを生み出す。風の力を最大に活かしたマシンを、妹へ渡した。
「オレもやろうかな。楽しそうなお前を見ていたらやりたくなった」
「やろうお兄ちゃん!レースしよ!」
一度自室に戻った涼介は、幼い頃から手を入れて今も現役で走る一台を、ガラス棚から持ち出した。煮詰まったとき、疲れたとき、迷ったとき、コイツを触っていると何故かいつもひらめいたものだ。FCと共に、もうひとつの相棒。赤と白にカラーリングされた、少し傷付き年季の入った愛機。大人になった自分の手にはとても小さく収まるマシンを持って庭に出れば、待ってましたと妹が笑った。
**********
>>2014/06/29 (Sun)
>>23:41
オールキャラと真ん中
『彼女が髪を切ったなら』
※高橋家
「あら、思い切ったわね!」
「夏らしくていいじゃないか」
輪郭よりもちょっと下、首が少し隠れるくらいのボブヘアを、もっと短くしたくてサロンに行って来た。こんなに短くしたことは今までで一度もないから、浮き足立ってサロン帰りに家業の病院へ直行、まずは両親に見せたくなった。
「襟足が短いとこうも軽くなるものなのね、びっくりしちゃった」
「スタイリングがもっと楽になるわよ。それにしてもよく似合うわあ、ねえお父さん」
「ふわふわした今までももちろん可愛いが、これはまた新鮮でお父さん好きだよ」
「ほんとう?うれしい!」
院長室へ向かう際、すれ違った看護師に挨拶するたびに驚かれた。二度見されたり、『失恋ですか!』と言われたり。院長室には父しかおらず、直ぐ様母が呼ばれた。携帯電話でも内線でもなく院内放送で呼び出された母は一体何事かと驚いたらしい。娘が髪を切ったくらいでまったく大袈裟な院長である。
「お兄ちゃんたちには見せたの?」
「まだ、これから。切ってすぐお父さんたちに見せたかったの。こんなに短くしたの生まれて初めてのことだから」
「そうか…それはまた嬉しいことを言うなお前は。涼介たちもきっと驚くぞ」
「啓介なんて、かわいいって褒めちぎるかもね。誰にも見せたくないって言いそうだわ」
「やだお母さん、さすがにそこまで言わないよー」
_______________
「アネキ…やべぇくらいだぜそれ…」
ただいまとリビングを開けたら珍しくソファにふたり並んでDVD鑑賞中。ああそれってウチの監督のヤツねと眺めていたら、おかえりとこっちを見た兄と弟が石化した。しばらく動かないので『金の針』ってお裁縫箱に入っていたかしらと某RPGのことを考えていたら、ガバッと啓介に抱き締められた。
「あーもー超かわいい!マジで似合う!アネキってばオレをどうしたいの!」
「そんなに?大袈裟だよ啓ちゃんたら」
「ふわふわもったいねェなあ…前のやつオレかなり好きだったんだけど」
「ふふっ、またすぐ伸びるよ」
指に絡む髪の長さの違いを楽しんでいる啓介は、サロンでアレンジされたワックスを更に揉み込むようにわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっと逆立てたらオレになるんじゃね?短いし」
「わっ」
「ははっ、ホラでーきた。アニキ、どう?」
「…いい加減離れろ啓介」
ゆらり、涼介が腕を伸ばすと啓介は即座に離れた。独り占めは許さんという兄の低い声は啓介に大ダメージを与え、弟は後退するしかない。
「…」
(お兄ちゃん…無言…)
「…うん、よし」
(逆立てたの、元に戻してる?)
「ちょっと、こっちに来てごらん」
手を引かれた先にはドレッシングルームの姿見。涼介の前に立たされ、後ろから被さるように髪を整えられた。
「こう分けたら、オレとお揃い」
「…あ、ほんとだ」
「お前はオレに似て黒髪だからな、ここまで短いとまるでオレを見ているようだよ、小さいけど」
「もう!ひとこと余計!」
「似合うよ、とても。さっきはどこの可愛らしいお嬢様が来たのかと思ったけど、まさかオレの天使だったとはな」
「言ってて恥ずかしくない?お兄ちゃん」
「事実なんだ、ちっとも恥ずかしくないよオレは」
鏡越しにこちらを見る兄は、とても『妹』を見ているように思えない。やさしい愛に溢れ、情熱的。大人の色香を持った瞳で。そのままぎゅっと抱き締められて耳元で囁かれたら、『妹』だって、堕ちちゃうよ。
「首も耳も、キス、しやすくなったな」
舐めても、いい?
兄のウィスパーボイスは、私のヒットポイントを赤くした。
*****
※神奈川
「誰にフラれた、言ってみろ。蹴散らしてくるから」
「池田さん、それはちょっと…」
今日は星が綺麗に見えるから来ないかと、夜空の写真付きで誘ってくれたのは皆川さんだった。仕事帰り、指定された大観山へ行けばなんとまあオールスターが揃っていて何か企んでいるのかと思ったほど。髪を切った私へ池田さんはそう言うが、それだとゼロ理論に反しているのではないか。走りに於いて様々な感情は不要なのではなかったのか。
「髪切ったくらいで失恋はねェよ、兄さん」
「大宮さんっ」
「おーおー、こりゃまた短くなって。初めて見たなァこんなに短いのは」
「へへ、どうですか?」
「いい感じだ。似合ってるよ」
パーキングに降り立ちキャップを取って会釈をすれば、わあわあ驚いたり唖然としたり一度逸らしてまた見たり。ボブからショートになっただけで本当、ウチの兄弟と言い大袈裟だなあと思う。
「キャップかぶってたから?ぺったんこだよ」
「奥山さん、こんばんは」
「直してあげる。こっちにおいで」
大宮さんに褒められて嬉しくて照れていたところ、奥山さんがぽんぽんと頭を撫でた。手を取られ、ドアを開けたシルビアのシートに座らされる。
「オレもたまに使ってんだけど、このワックスけっこう便利だよ」
「奥山さん、髪こだわってますもんね」
「わかってくれてありがと。きみって髪柔らかいからなあ、メンズのでも立たないかも」
「ふふっ、お任せしますよ」
独特の整髪剤の香り。赤いボトルをしゃかしゃか振って、何度か手に取り出し髪に揉み込んでいく。
「なんだか、サロンみたいです」
「ご要望あればいつでもしてあげるよ」
「ちーっす、広やん、何羨ましいコトしてんの?」
「あ、小早川さん、こんばんは」
「え、まじ、超短くね?ショートめっちゃかわいいんだけど!」
「…ジャマすんな小早川。お前って何でいっつもそうなの」
「独り占めはよくないってー。ホラ、あちらさんもすっげ睨んでっから!」
大観山に立ち込める暗雲…既に暗闇なのだが、更に真っ黒い渦のような空気が、誘ってくれた80スープラを中心に漂っている。しかし堂々たるや奥山広也は屈しない。あんなもん放っておけと、最後の仕上げにかかる。
「前髪、ちょっと上げるね」
ふんわり前髪を上げた奥山さんは『はい、おしまい』と額にキスをひとつ。照れながら礼を言えば、彼は満足そうに笑う。そばにいた小早川さんは直ぐ様奥山さんから私を引き剥がし、キスされた額をゴシゴシ拭っている。
「…どうして広也は彼女の前だと笑うんだ、いつもああ素直ならいいのに」
「ふん、奥山の笑顔なんぞ誰が見たいと思うか」
「皆川さん、眉間の皺すっげェですよ…」
調子に乗った奥山さんと引き剥がしてそのまま私を抱き締めてはしゃいでいる小早川さんを止めようと、保護者…池田さんと大宮さんがこちらへ向かおうとした、刹那。
「嫌がってンだろーが。離してやれ小早川」
「あぁん?」
「これはまた、可愛くしてもらったな。あとはオレに任せてそろそろ走ったらどうだ奥山」
「…チッ、死神」
仲が悪いように見えて、本当はウチみたいに阿吽の呼吸が成り立っている富士の北条兄弟。豪は小早川さんの肩を掴んで睨みつけ、凜さんはシルビアのルーフに肘をついて奥山さんにとっとと走ってどこかへ行けと促している。
「ったーくよー!おいしいトコってみんなお前らなんだもんなー、ズルすぎだっつの」
「それにはオレも同感だな小早川。カレシ気取りもいい加減にしたら?特に弟」
「弟言うな。別に気取ってねェよ、マジでカレシだから」
「違います」
「ふっ、未来の妹を可愛がって何がいけない?」
「北条家には嫁ぎません。もう!ケンカするなら私帰りますよ!」
折角来たのに肝心の星空を全然見ていない。ケンカになりそうな輪を抜け出し、誘ってくれた皆川さんの元へ。
「アイツらも落ち着きがないな。いい歳した北条兄も一緒になって何て様だ」
「皆川さん、手厳しい…」
「何か、転機でもあったのか?そこまで短くして」
奥山さんにアレンジしてもらった毛先を、皆川さんはくるんと弄る。
「急に、切ろう!と思ったんですよね。思い立ったら吉日ではないですけど…考えてみたらもう夏だし、サーキットも暑くてキャップも蒸れるし…切るタイミングとしてはちょうどいいのかなって」
「ふっ、作業着姿だと、まるで少年だな」
「あー、ひどいです皆川さん」
「でもオレ、ボーイッシュって好きですよ!超かわいいです!」
「ありがとうカイくん」
誘ってくれたことといい今日の皆川さんはいつになく饒舌だ。少し苦手としていた認識を改めるべきかなと思った。
「…近いうちに、御殿場へ買い物に行かないか。スケジュールがわかったら教えてくれ」
「…皆川さん?」
「その髪に似合う帽子でも、探しにいこう。オレとでは嫌か?」
「い、いいえ!」
そうかと呟く皆川さんの表情を、私は初めて見るかもしれない。
(皆川さん…笑ってる…)
その瞳はやさしい月のようで。星空の大観山、彼のピアスが、きらりと光った。
**********
>>2014/07/16 (Wed)
>>17:25
豪×真ん中
『きみがわたしを変えていく』
「雨…やまないね…」
ショッピングモールでの買い物が終わり、帰る前にひと息つこうと立ち寄ったコーヒースタンド。トールサイズのマグも空に近い。外は相変わらず、暗いままだ。
「雨宿りの時間も、そうかけられねぇしな…」
「うん…」
温かいソイラテを頼んだとき、明るかった空が一気にトーンダウン。ざあざあ振りの、夏の雨になった。こんな雨で帰るのもなんだし少し休むのにはちょうどいいと、豪は言うけれど。
「予約、大丈夫かな」
「出掛けるって言ってあんだろ?オニーサマに」
「うん。でも、豪と一緒とは言ってない…」
「はあ…ったく、お前は大事なことを何故アニキに言わない」
今日は家族揃ってディナーを予定していた。父の誕生日が近いこともあり、高橋家が全員揃う日も滅多にないので、少し早いがレストランで祝うことになっている。予約時間までには帰るからと、出掛ける前に涼介に伝えたのは確かだ。
「だって、」
「ん?」
「豪と会うのも、久しぶり、だし」
「…」
「お父さんも大事だけど、少しでも時間があるなら豪に会いた「あーあーストップ!」…なによ」
「お前って、ホント、なんつーか、変わった?」
「え?」
(オレのことダチとか走り仲間とかしか見てねェのかと思ったら…付き合いだしてコレってなんだよ…!)
きょとんと豪を見る彼女は、既に空になったマグを両手で包むように持っていた。その指先には、揃いのシルバーリングと夏色のネイル。かつん、とリングの軽い音がマグに響いた。
「高橋のアニキにオレのこと言ったら、絶対行くなって止められるからだろ?言わなかったの」
「うん…」
(恋したら女は変わるって言うけどさ、ヤバイだろ、コイツの場合…)
今まで恋人が居なかった彼女にとって最初の男が自分であること。それだけで豪は心から嬉しかった。もしかしたらあの兄弟すら知らない彼女の一面を、自分だけが知ることができる優越感。彼女の職柄、周りに男が居すぎた結果、いくらアプローチをしてもなかなか気持ちに気付いてもらえず豪は大層苦労した。恋愛に疎い彼女が一変、恋人になってからは甘い瞳で自分を見つめてくる。そのギャップが豪には少々、厄介なのだ。
(そんな目で、見んなっつの)
好きと、伝わってくる視線。彼女を捕まえてから、自我を保つことに必死になった。
(手、出ちまうじゃねぇか)
今日は彼女のGT戦の中休み。オフの日だと聞いていたからデートに誘ったのだが、予定が重なってしまい現在に至る。天気予報で午後から雨になることは承知だった。雨を理由に、どこか入って、それから…と、豪の頭は青春真っ只中のところ、デート中に彼女から聞いた今晩の予定で、豪の甘い計画は無味のものになったのだ。
(…ま、いっか。ずっとそばに居てくれんなら)
まだ、彼女のすべてを見ていない。だがオイシイものは後に回したほうが、深みが出るもの。不安げに外を見遣る彼女を、豪は少し笑って、愛しくてたまらないと思った。
「走れるか」
「え?」
「車まで。駐車場、入り口から10mくらいか…けっこう濡れるかもな」
「豪…?」
「シンデレラを12時までに帰さないと、な」
コーヒースタンドを出て、この雨の中自分に濡れろと言うのかこの男はと思ったのは一瞬だけ。かぶっとけと無遠慮に渡された豪のシャツ。柔軟剤の、爽やかなシャボンの香りがした。
「行くぞ」
「うん」
どんなに近くても離れないように、しっかり握ってくれた豪の手。シャツが顔にかかってあまりよく見えていなかったけれど、自分を託したその手だけは、何があっても絶対に離したくない。離してはいけない。走ったのはたった10mの短い距離だが、そう感じていた。
「っだー!びっしょ濡れ!」
「ありがとう豪。シャツ、助かったよ」
濡れた豪を拭こうとバッグから取り出したタオル。だが、いつもは持たない小振りなミニボストンに合わせ、小さいサイズのハンドタオルを持ってきてしまった。役に立たないかもしれないが、まず頭、腕、大事なシートに濡れた背中で触れたくないだろうから、肩のあたりの水分もしっかり取った。小さなハンドタオルは吸水して既に重い。それでもせめてあと少しと、頬に手を伸ばした。
「…あんまり、オレに触んなよ」
「え、だって、雨」
「オレが耐えらんなくなったら、困るの、お前だぜ」
手首を取り、助手席に覆いかぶさる。豪の髪から落ちた雨粒が、彼女の目蓋へと。驚き目を閉じた瞬間に、深い深い、口づけをした。
NSXのガラスすべてに、雨は始終流れている。まるで目隠しのようなそれに豪は甘えた。
「今度は、12時になろうが魔法が解けようが、帰してやらねぇから」
車内は、柔らかいシャボンで満たされた。