>>2015/01/12 (Mon)
>>23:47
『最後のオートサロン』
自工大時代の真ん中です。
学生チームとして毎年必ず出展していた東京オートサロンも、大学4年の今年が最後。ドレスアップやコンセプトカーなどのビジュアルで競う、カスタムカーコンテスト。そのチューニング部門に持ち込んだマシンが、今、審査員とクルマファンの目に晒されている。
所属しているGTチームTRFも出展者として参加しているため、スポンサーへの挨拶回りやレーサー、監督らと共に会場イベントに向かう彼女のスケジュールは分刻みだった。檀上やTRFブースにいる際はチームのメカニックスーツに着替え、それ以外の時間はずっと大学指定の作業スーツで過ごしている。事ある毎に着替え立ち回る姿に『お前って大変だな』と、学生メカニックのクラスメイトが労った。
"高橋、いまどこにいる?"
カスタムカーコンテストのブースに置かれた大学チームのマシン。そのボンネットを開けて一般客とあれこれ会話を楽しんでいたら、常備しているインカムに監督から声がかかった。
「お疲れ様です。今は学校のところですよ」
"キリいいところで2階ステージに来てくれ。ああそれと、学校指定ツナギでな"
こっちは分刻みだというのに何を言うのだ。このあとトークショーが控えているはずとスケジュールを見、2階ステージの催事もチェックした。
「ツナギ…コレクション…?」
________
何とか場を抜けて2階へ来てみれば、呼び出した本人はおらず、代わりに
「お兄ちゃん、啓ちゃん!」
「よ、おつかれアネキ」
「大盛況だな」
ステージの前にはランウェイ。照明も華々しく、ファッションショーさながらの設営。遊びに来てねと事前にチケットを渡しておいた涼介と啓介が待っていた。
「さっき偶然アネキんとこの監督サンに会ってさ、話してたんだけど」
「コレ、申し込んだから。その間のTRFのスケジュールは代わりにハヤトさんがこなすそうだ」
「……うん?」
「『学生として出るのは最後のオートサロンだから、出展以外に何か記念になることでもやっておけ』と、仰っていたぞ」
「は?記念?」
「ツナギ着こなしファッションショー!アネキ、出ろよ!」
_________
(なんで…こんな)
人前に出るのはあまり得意ではない。トークショーも、監督ないし誰かと一緒だから大丈夫なわけで。雑誌の撮影だって、自分が主役になることなど滅多にない。裏方に慣れている自分がランウェイなど…表情は暗くなるばかりだった。
控室にいくつかあるメイクブース。自分のとなりに、今日の空のような明るい色。ひとつに結った髪を下ろし整えている彼の人の表情も、その空色の作業着に反して暗かった。
「どうか、されたんですか?」
「えっ」
「ぶしつけにごめんなさい。可愛らしい方なのに、何だか、お顔に元気がないから…」
思わず声をかけた。こちらを向いたとなりの彼女は、沈んでいた瞳をぱっと開けた。真ん丸の、大きな黒い目だった。
「…出るつもりがなかったのに、同僚と後輩が勝手に申し込んじゃって…」
しゅん、と下を向いた彼女の胸元と背中に、『東堂商会』の刺繍。確かチューニングショップのブースにその社名があったと思い出す。どうやら彼女も仕事の一環に幕張へ来ているのだろう。
「ふふっ、私もなんです。知らないうちに、身内が勝手に応募してて。こっちのスケジュールまるで無視なんだもの」
「そちらもですか?なんだかお互い、大変ですね」
ふたつの暗い顔が、幾分か明るくなった。名乗り合い、自分の身辺を話すと、共通点が見えてきた。気付けば時計は、ランウェイを歩く10分前に迫っていた。
________
「だいじょうぶっスかねー酒井さん…」
「乗り気じゃなかったからな、きっと沈んでるかも」
「というか…トモさんに内緒ですよね」
「そうだね」
ランウェイそばで待つのは東堂塾の二宮と酒井。空色の彼女を他薦で申し込んだ犯人たちだ。『ショップのアピールになるから』と一言添えて、東堂商会紅一点の背中を押した。
「ショップのためにって言ったらしぶしぶ出てくれましたね」
「アニキ、もうすぐじゃね?やっべめっちゃどきどきする!なあ、アネキ優勝だよな絶対!」
「ま、彼女なら優勝間違いないけどさ。トモさんが知らない間にさらっと優勝もらって驚かせようぜ」
「当然だろ啓介。どうせてんでカスぞろいだろう、オレたちの天使が負けるはずがな……ん?」
「「あ?」」
「ああん?」
一瞬、時が止まる。
そんな身内の自慢で火花を散らす4人の前を、己が推奨する彼女らがふたり揃って歩く。出場前のような暗い顔などせず、ランウェイの端でピタと止まり少しのポージング。楽しそうに仲良く歩く彼女らに、はしゃぐ二宮と啓介、にこやかに拍手を送る酒井と涼介。
「お兄ちゃん!啓ちゃーん!」
「だーいきー!酒井ー!」
にこにこと笑顔で手を振る、作業着女子がふたり。見目愛らしい彼女らの姿に、会場内は魅了された。その後、背中に書かれた大学とショップのブースに、より見物人が集まったことは、言うまでもない。
そしてこの年の春。栃木は塩原にてこのふたりの男と敵として相見えることなど、このとき後のプロジェクトリーダー涼介にはまだわからぬ未来の話だった。
※水色スーツの彼女は藍ちゃん宅の智幸夢主さん
******
>>2015/01/18 (Sun)
>>22:49
ツイッター転載『140字』
○○で始まる140字SSを書けというお題。フォロワーの文士さんたちが次々とすてきな140字を上げているのでわたしも負けていられません。SS苦手なのでいい訓練になります。『』内がお題。
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●凛さん×R32
『そう言えばあの子は今も空を眺めてるのかな』なんて想うほどセンチメンタルな人間だったろうかと凛は口角を上げた。箱根の空を見上げれば思い出す、彼の意思。もういない、共に進むことも出来ない。もう、休ませてやりたいと思った。だけどまた、ココへ自分は帰ってくるよ。あの子の"遺志"を継いで。
>>手離した32を思って。だけど走りを忘れた、辞めたわけじゃないから、共に走った軌跡を、いつか遺志を継いだマシンと一緒に…というお話。凛さんにはまたGT-Rに乗ってほしいので、宅のお話にも何度か34に乗ってもらってます←捏造です。
●涼介さん×羽根つきFC
『飛んでもいいよ、って言われた気がしたんだ』「大丈夫、オレがついている。必ず、あのヒトを助けよう」そのための、翼だと。主を信じて、操舵に応えることが僕の使命で、誇りで。だから僕は、あのヒトのところまで力いっぱい飛んでいく。主が助けたいと、切に切に、願うから。
>>主人を想うFC。男の子にしちゃったけど女の子かもしれませんね、色白美人さん。涼介さんを信じて、彼が行くところには自分も一緒。凛さんは走りを教えてくれた人だから、FCにとっても特別気持ちが強いかもしれません。
●豪さん×恋する女子
『チョコレートの封を開けた』ら昨日の情景が全部、ぶわっと香り立った。声も、科白も、瞳も、一度だけの抱擁も、全部、ぜんぶ。『アイツが待ってんだ』と、きみは低い唸りを上げて、箱根新道を駆け下りていく。くしゃっと握った、赤い包装紙と金色のリボン。きみの相棒のような、"特別"になりたかった。
>>豪さん→真ん中前提、恋するモブ女子の悲しいお話です。豪が真ん中に恋していることを知りながら、でも彼に想いを伝えたい。受け取ってもらいたい一心で手作りしてラッピングも頑張ったけど、やっぱりだめで。それまでの想いが、悲しいかな自分で箱を開けたときに溢れ出してしまう。ふわっなんてかわいいもんじゃないんです。ぶわっなんです。それだけたくさん詰め込んだ想いですから。
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>>2015/01/20 (Tue)
>>10:24
拍手通算4000打記念『いつでも笑みを』
美容師設定奥山。
「イラッシャイマセ」
「心籠ってない」
「るせ、こっちはお前に構ってられないの」
「営業時間外ならいいって言ったのはどいつよ」
「コピーロボット。オレじゃない」
「2時間前に時が戻らないかしら。聞かせてやりたいわ」
仕事が終わって幼馴染みに連絡した。むしゃくしゃして、すっきりしたかった。営業時間が過ぎたら構わない、確かに言われてやってきた午後8時のサロン。トップスタイリストを務める奥山の手技には、"幼馴染み"以外の安心感。
「寝ないでよこら」
「だって広也シャンプーうまい…」
「伊達にテクもってねーよ」
トップスタイリストという自信と地位、それを実証するテクニックが、疲れたからだを癒していく。髪を切る前のヘッドスパに、心地良い息を吐いた。
「どれくらいにするの」
「すっごく短くして」
「は?」
「いいから」
「お前今よりたくさん切ったら竜次になるけど」
「池田さんはさすがにやめて」
スタイリングチェアに座った彼女の髪に、奥山は指を入れる。今でも充分短い髪を更に切るとは何事か。
「なんかあったの」
「仕事でミス、厄払い、フラれた」
櫛で毛足を揃えて、ハサミを沿わす。手が一瞬、止まった。
「失恋して髪切るならもっと長いときにやんなよ」
「『長い髪の女性が好き』って言われたの。女は中身よ、外見がすべてじゃないわ。だから見返してやりたくて敢えて短くしたいの」
「男だって中身だろ」
しゃき、しゃき、
慣れた手つき。でも少し、奥山の心はざわつく。
「広也は根暗に見えてやさしいもんね、前髪いつ切るの?」
「ほっとけ」
はらり、はらり、
彼女の髪が、負の想いと一緒に落ちていく。拾うのも捨てるのも、自分の仕事だと奥山は思った。
「ネガティブな感情は不要ってよく竜次が言うじゃん」
「ああ、ゼロ理論?」
「それ、クルマだけじゃないと思うんだよね」
「ふんふん」
「だからオレと一緒にいてくんない?」
「ふんふん」
「髪と一緒に、ネガティブぜんぶ切り捨ててあげる」
「ふんふん」
「お前をいつも、身軽にしてあげる」
「ふんふん」
「永遠の顧客サマになってよ」
「ふんふん」
「てかいい加減気づけ」
「なに」
「好きだ」
仕上げた髪を撫でて、鏡越しに目が合って、
「よし、すっきりしたろ」
笑う奥山が、ベリーショートになった彼女の短い前髪からぺかっと覗く額にキスをする。
「片付け手伝え。ドライブ行くぞ」
「え、え、ひろ」
「返事、あとでな」
表情がわからないその長い前髪。だけど頬が少し、赤かった。シルビアのエンジンが鳴るまで、ふたり静かな無言の片付けは続く。
******>>2015/01/28 (Wed)
>>16:07
『あの子のために』
失恋ショコラティエパロ
うちのショーケースは割と背が高いものを使っている。広々とした専用の空間には、姿形様々なチョコレートが並ぶ。定番、新作、限定…特に今の時期は、一年で一番、数も種類も多い。
その背の高いショーケースから、ぴょこんと背伸びをして受け取ってくれる小柄な彼女。どうやら近所に住んでいるのか、頻繁に来てくれている。
「いつもありがとうございます」
真っ白のコートを着て、ふわふわのファーティペットに顔を埋めるように綻んで笑う。その笑顔が可愛いと思った。
「お住まい、お近くなんですか?」
「え?」
「いえ…何度も来て下さっているので、ご近所さんかと」
オープンして1年。顧客と呼べるお客さんも増えてきた。彼女の来店ペースもその内に入るくらいだった。
「住まいではないんですが、職場が近いんです」
「そうでしたか。では是非、お仕事の皆さまにもご紹介くださいね」
「ええ、もちろんです」
今の時間は彼女以外お客さんはおらず、珍しくゆったりとしていた。忙しいときにはしていない、クロージングのお見送りのため、彼女と一緒に店外へ出る。
「わざわざありがとうございます」
「いえ、とんでもない。職場までは徒歩ですか?」
「いいえ、クルマですよ」
店の隣に構えている3台分の駐車スペースに、青くて、お世辞にも可愛いとは言えず、ステッカーもいっぱいで、車高も低くて、クルマに疎い自分でも凄いと思うほど、見た目が派手な1台が停まっていた。まさかと思うが、本当に…
「…すごいクルマですね」
「通勤用なんですが、仕事でも使っているので…」
ちゃり、とキーを回してエンジンをかける。彼女が来店したとき、こんな音は聞こえなかったはずだ。…あ、自分、店の奥に居て気付かなかったのか。可愛い彼女に不釣り合いの低い低い音が、腹部に響く。
「失礼ですけど、お仕事って」
「レーシングチームのスタッフなんです。いつも富士スピードウェイにいますから、よかったら遊びにいらして下さいね」
では、と小さく会釈をして、彼女は走っていった。可愛い外見で、やってることが正反対。そんな子も、魅力的だなと思った。可愛いさを武器に男に迫る女なんか、つまらない。
なにか、彼女をテーマに作ってみてはどうだろう。それを持って、御殿場へ遊びに行ってもいいかもな。
仕事上りに食べてくれたら嬉しい。
あの可愛い笑顔を思い描いて、僕はたったひとつの限定を作る。
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>>2015/02/10 (Tue)
>>17:36
77786hit『きみのいちばん』
涼啓恭と藤原、ヒロイン真ん中
「あれ、めずらしーのがいる」
待ち合わせは、おなじみ富士スピードウェイ。兄弟の愛する天使は、今日も今日とて最強のマシンを作るため奔走中だ。作業中のガレージに向かえば、久しく会っていなかった先客が。
「け、啓介さん!」
「よー、恭子じゃん、久しぶり。なにしてんの?」
「いらっしゃいお兄ちゃん、啓ちゃん。寒い中ようこそ」
空気は冷たいが日射しはぽかぽかと暖かい立春の二月。ガレージ前のキャンピングベンチに座り、談笑中のふたりがいた。
「恭子ちゃんからね、手作りバレンタインもらったんだ。すっごくおいしくてかわいいの!」
「えへへ、おねーさまのためにあたし頑張ったんです!」
ねー、とふたり揃って小首を傾げる仕草がなんとも可愛らしい。が、先を越された涼介と啓介は見るに耐えられなかった。
「そうか…残念だな、オレたちからもお前にと用意したんだが…岩瀬のがあるんじゃ、コレはいらない、な」
「そうだなアニキ、せっかくあのショコラティエ限定のヤツだけど…オレたちで食っちゃおーぜ」
「…限定?」
女子にとっての禁句。それは甘くて、たまらなく欲しくて、ずっと耳に残る言葉。
「あ、あたしのだって、おねーさま"限定"の、世界にひとつだけの手作りだもの!」
「ね、どんなチョコ?いらないなんて、言ってないでしょ?」
「おねーさま…!」
「(ふっ、勝った)じゃあ、おねだりしてごらん?」
「(ごめんな恭子)可愛く言えたら、プレゼント。な?」
「えっ!おねだり?うーん…」
限定とはどんなものだろう。ご近所のお菓子屋さん?それとも海外の有名ショコラティエ?どんなデザインで、どんな味なんだろう。期待を膨らませ、ただ純粋に『ほしい』と思っただけなのだが。
「お兄ちゃん、啓ちゃん、おねがい。ちょうだい?」
小さく合掌した手を口元に沿わせ、こてん、と顔を傾げる。上目で兄弟を見つめてにこりと笑っただけで、完全に堕ちてしまった。
「アネキまじ天使…!(やべェだろくっそ!)」
「あ、ああ。はい、オレと啓介からな("ちょうだい"か…たまんねェな)」
「わあ、ありがとう!可愛くおねだりなんてどうしたらいいかわからなかったけど、あんなのでよかったの?」
「おねーさま、ほんと小悪魔ですね…」
「?」
「ちょっと、なんすかこの状況…」
「ふ、藤原!?」
「拓海くん!待ってたよー」
「え、アネキどういう…」
「オレ、今日TRFのマシン、ドライブすることになってんです。監督さんに呼ばれて」
お遊び感覚で乗ってみろと、TRF監督が拓海を呼びつけた。将来、チームに起用するかどうかは別として。
「コンビニで見つけたんですけど、これ、よかったら」
「メルティキッス!大好き!」
「…ちょっと、そのまま」
「うん?…っ、たく、み」
「…チョコ、ついてますよ」
くい、と顎を取り、拓海は口端をぺろりと舐めた。
「…なーんてね。"メルティキッス"、好きなんでしょ?」
「ふ、ふ、じ、わらあああ!」
「テんメェ今すぐココで勝負しやがれくっそムカつく!」
「ふ、いいですよ啓介さん。でもFDがTRFのマシンに勝てますかねぇ?しかも、乗るのはオレですよ?」
「ンだよその自信!つーかズルすぎんだろハチロクもってこいや!」
「あーすみません、今日インプなんで」
「騒がしいねー、なにやってんの」
「ハヤト」
「おや、涼介くんと啓介くんも一緒だったの。ちょうどいいからきみたちも走っていくかい?実践かねて、藤原くんの相手になってあげてよ。FDの彼女もどうかな?」
「「「ぜひお願いします」」」
テストとは思えないほど白熱したバトル。果たして栄冠は?
**********
>>2015/02/22 (Sun)
>>23:33
『まねく』
ねこの日※おふざけお許しを
晴天に晒された青いエボの上で、黒猫が眠っていた。
啓介が帰宅すると、洗車したばかりなのか玄関前の地面が濡れていた。ぴかぴか光るボンネットの上で丸まる小さなからだ。洗ったそばから乗っかると、姉に叱られやしないか。姉はその場には居らず、どこかで片付けでもしているのだろう。
「おまえ、ここにいたら叱られっぞ?」
ちょいちょい、と指で頭に触れてみる。耳をぴくぴくしただけで、起きそうにない。
「うーん…弱ったな。アネキ呼んでくっか」
啓介が近付き、黒猫のからだに影が降りた。ぱちりと開けた眼は大きく、まばたきをして啓介を見つめる。
「み、」
「お、起きたか」
「み、み」
「こら、そこに爪立てるな」
小さな黒猫はボンネットに立ち、啓介に向かって両手を挙げる。踏ん張る足で少し、表面に傷を付けてしまった。
「みっ、み!」
「…もしかして、降りらんねーの?」
「みゃあ」
言葉がわかるのか。啓介は小さなからだを救ってあげた。しかし姉はどこへ行ったんだ。ガレージにもいない、庭にも気配はない。車を出しっぱなしで自室には行かないだろうし。
「しばらく付き合ってやるか」
ぽかぽか陽気の冬。庭に離してやると、元気に走りまわった。啓介の脚に擦り寄り、嬉しそうにみゃあ、と鳴く。
(つやつやだな…めっちゃ手入れされてんな)
抱き上げると胸元に顔を預け甘えてきた。ふんわり柔らかい香り。見つめる黒い眼。人懐っこい仕草に、啓介は笑った。
「啓介、帰ったのか」
「おう、アニキ。なあ、このネコどこのやつか知ってる?」
「さあ、知らんな…首輪は?」
「ないみたい。アネキのエボの上で寝てたんだよ」
庭に面したサンルームに涼介がやってきた。啓介から黒猫を預かり、じっと見つめる。み…、と小さく鳴いた。
「可愛いな」
よしよしと、首元を撫でる。心地良さそうに涼介に甘え、眼を細めた。
「みぃ、みぃ」
「本当に人懐っこいな」
「だろ。つかアニキ、アネキ知らね?エボ出しっぱなんだけど」
「部屋にはおらんぞ」
「は?マジ?」
「靴もない」
「え、じゃあどこ…、……な、なあ、まさか、」
「……現実的に言えよ啓介」
「だ、だってよ!なんか似てねェかアネキに!毛並みつやつやだし、でっかい目ェしてっし!」
「……まあ、な」
「エボの上で寝てたのも、自分の車だから落ち着いたんじゃねェ…?」
「…」
涼介は黒猫を抱き上げ、もう一度じっと見る。上質な毛並み、整った顔立ち、黒々とした大きな眼…。確かに、妹との共通点はありそうだ。もしそうなら。
「み?」
こてん、と首を傾げる可愛らしい仕草。見上げる黒目。…間違いないかもしれない。
「やはり…」
「…アネキ?」
「なぁに?」
「「!?」」
「え?な、なに!どうしたの!」
「いやいやこっちのセリフだぜアネキ!猫じゃねェのかよ!」
「は?!」
涼介と啓介が黒猫を抱き悶々と考えていたそのとき。後ろからかけられた声に、ふたりの肩が大きく跳ねた。
「お前…今までどこへ」
「洗車してたらワックスが一度になくなったの。自転車でホームセンターに行ってたのよ、お天気もいいし」
「だから靴がなかったのか…」
「何のこと?」
「いや、いい。戯言だ、忘れてくれ」
「なによ、お兄ちゃんまで。って、わあかわいい!どうしたのその子!うちの子にするの?」
抱っこしたいと彼女が言うので、兄弟は彼女そっくりの黒猫を渡す。変わらず可愛らしく人懐っこい仕草に、彼女もまた、愛らしく笑うのだった。
********
>>2015/03/03 (Tue)
>>18:04
『シキナ』
啓姉←拓、未来設定@ニュル24h
※姉ちゃんお名前"あきら"固定です。
春のドイツは、日本より少し肌寒い。
予選も終わり、明日の本戦を待つだけ。やることを終えたチームクルーとは、苦楽を共にし、もう長い。
『タクミ、今晩空いてるだろ?』
『ああいいよ。どこのバル?』
シーズン中は仲間とこうして過ごすことが多い。既に家族である。日本人スタッフもいれば、海外スタッフも。自然と語彙力も身についた。
レーシングスーツの首元を緩め、まだ賑わっているパドックやコースを眺める。路面が冷えるギリギリまで調整をしておこうという他チームだ。
(日没…もうすぐか)
一台のマシンが、拓海が見つめるコースを横切る。過ぎていったカラーは、自分がいちばん、抜きたい相手。
(啓介さん)
_____
「では、明日のセットはこれで。お疲れさまでした」
TRF、チームNUR。ニュルブルクリンク耐久レースのみで戦う精鋭たちで組まれたチーム。スポンサーの繋がりあって、いつもは別チームで走っている啓介がスポット参戦することとなった。
「どう?」
「うん、いいと思う。でもピックアップ多いな」
「それはどのチームも同じよ、うまくよけてね」
「無茶言うなって、北コースどんだけ飛ばしてっと思ってんだ」
メカニックと、ドライバー。TRFでマシンを支える姉と、国内外で活躍中の弟。最強タッグだなとNURチーム監督がにこやかに話す。高橋の姉弟がニュルで走るとあって、国内の仲間、家族、そしてかつての走り屋たちが注目していた。
「アネキ、終わったらメシいこーなー」
「あれ、みんなと行くんでしょ?」
カラカラとクリーパーを転がして車体下から出てきたあきらを、啓介はがしっと捕まえた。
「今日は、オレとふたりで。ディナー行こうぜ?」
「…もう、この子は」
「のあと、部屋で"前哨戦"なッテェ!」
「顔がやらしい!」
ファイルでべしりと叩き、からだを起こす。機材の電源を切り、サポートクルーに終了の合図を出した。
『ヒュ〜♪、ケイスケは本当に、"アネウエ"が好きだねー』
『まるでステディみたいだな!』
『みたいじゃなくて、ほんとだッテテ、アネキ!耳!痛ェ!』
『みんなじゃあね、また明日!』
_____
トランスポーターで簡単に着替えを済ませた啓介は、同じく女性用クロゼットで着替えるあきらを外で待っていた。
「啓介さん」
「……よォ」
リストに名前があった。
お互い、連絡は今でも取り合う中だけれど。
「TRFだなんて、きいてませんでした」
「言ったらお前、どうしてた」
「……どうも、できませんけど」
「だったら睨むなよ」
パーカーを羽織り、スニーカーをつっかける拓海の姿は相変わらずだ。あれから数年が経ち、拓海も啓介も、凛と精悍になった。身形だけでなく、瞳も。だが心は。
「ずるいです」
「アネ…、あきらのことかよ」
「名前で呼ばないでください」
「ココは日本と違ってオネーサマを名前で呼んでいーんだよ」
「…日本にいるときも、オレが入る隙間なんてなかったのに」
「あ?」
「久しぶりにあきらさんと同じレースで走れて、やっと会えるって、なのになんで啓介さん邪魔するんですか!」
「邪魔ってお前、チームメイトなんだからしゃーねーだろ!」
「日本と変わらないじゃないですか!いっつもあきらさんにべたべたして!いい加減アネキ離れしろってんですよ!」
「うっるせーなーくやしかったら明日オレに勝ってみろや!」
「じょーとーですよ、啓介さんなんてグリーンヘルで本当に地獄行きですよ」
「ちょ、っと!なにやってんのよまったくもうアンタたちは何も変わってないのね!」
レース前日。ライバル同士ぴりぴりした空気…なのは、このふたりだけ。参戦チームはみな朗らかに、楽しげに、明日の開戦を待っている。
*****