>>2015/03/10 (Tue)
>>23:17
『雪のよるに、兄妹』
「お兄ちゃん、コーヒー」
「ん」
立春はどこへ行ったんだ。かくれんぼか。一体どこで遊んでいるんだ。
そう思ってしまうのも仕方がない。この、冷える窓ガラスに指を沿わせれば。冷気を遮断しているカーテンを少しだけ開け、外を見る。はあ、と吐けば、持つコーヒーの湯気とともにガラスは白く濁る。
「雪か」
「うん」
涼介の部屋で、ふたり。部屋の中心に据えたパソコンデスクから、涼介は顔を上げずに告げた。そのデスクの正面…バルコニーに続く大きな窓ガラスの前で、妹はひとりごちた。
「テスト…大丈夫かな」
いよいよ本格化してきたモータースポーツの春。開幕を来月に控え、準備も大詰めだった。来週には岡山で公式テストもある。だが。
「岡山に行くのにも、これじゃ大変だよ」
「大丈夫だろう」
ふたつのマグの湯気は、まだあたたかそうだ。涼介はデスクから立ち、同じく外を見る。
「来週には落ち着く見込みだよ」
「週間天気?」
「ああ」
勉強の合間に調べてくれたらしい。そっか、と小さく笑った妹に涼介も笑う。肩を抱けば、着ているニットがひんやりしていた。
「コーヒー冷めるぞ。窓から離れたほうがいい」
「でも外、きれいだよ。もう少し。ね?」
春がいなくなった隙に、厳冬が戻ってきたようだ。澄んだ空気の夜は、光を反射し、降る雪を煌かせる。冬がいなくなったらそれはそれで寂しいのか。寒い寒いと文句を言っていたはずなのに、なんとも都合のいい妹だ。
久し振りに降る雪。高崎の街が白く映える。涼介はやさしく目尻を下げ、妹と並んで外を眺める。カーテンを全開にし、彼女の肩を抱きこんで。
*****
>>2015/03/10 (Tue)
>>00:02
『雪のあさに、姉弟』
春用の布団にしたのが、間違いだった。
(さむ…)
今日は仕事もレースもなにもない、完全にオフ。昨晩は久し振りに宅呑みを楽しんでいた。リビングでひとりいい気分になっていたところ、毎晩の日課をこなしてきた啓介が帰ってきた。
「おかえり〜けいちゃん」
「うっわ、できあがってやんの」
「のむ?もう寝るだけでしょ」
「ん」
軽く着替えてきた啓介がソファに並ぶ。チーズとスナック、ワインとビール。ずいぶん嗜んでうとうとしてクッションに倒れたところまでは覚えている。それからだ。
(さむ…くない)
3月になり途端に気温が上がった。少しずつ衣替え…まずは厚手の布団を薄いものに替えた。それが、この冷えた朝には敵わなかった…と思っていた。啓介が同じベッドで、となりで眠っていたから。
(啓ちゃん)
並んで歩くとき。背の高い弟は、いつも自分を見下ろしている。アネキちっちぇーなと言われることに腹も立つけれど、距離を縮め屈むように自分を見てくれるそのやんちゃな笑顔が好きだ。
(調子に乗るから言わないけど)
今は、その身長差はない。同じ枕に、ふたりで並んでいる。目の前、すぐそばに。距離なんてない。
(あったかいなー…)
まるで湯たんぽ。とくとくと啓介の心臓の音が響く。大きな図体の弟が、寒い朝から守ってくれていた。
(出たくないなー…もうちょっと、このまま)
もぞ、と自分から啓介にくっつけば、ずっと抱きしめられていた腕がぴくりと動く。ん、と啓介の鼻声がした。
「あねき」
「はよー…」
「さみぃ」
「ん…そだね」
少しだけ覚醒した啓介の目は半開きだ。もうすぐにまた、硬く閉じるだろう。
「けいちゃん、外、雪だよ」
「走りにいけねー…、じゃん…」
「寝てる?おきる?」
「あねきと、いっしょ、に…、い、る…」
すう、とまた眠ってしまった。寒いと思って窓を見たら、降りかかる大粒の雪。3月になったけれど、まだまだ冬物は下げられないな。
(でも、お布団は、このままにしとこ)
こんなかわいい湯たんぽがいてくれるんだから。
*****
>>2015/04/04 (Sat)
>>17:40
『春の宵』
啓介祭『誰かの願いが叶うころ』スピンオフ。決戦前のガレージにて。
───
GTシーズン前。岡山での5日間のテスト、最終日。順を追って調整してきたことを全部試そうと、本気のアタックをしていた。
「気にしないで、と言いたいけど、まさかここまでやっちゃったとは」
「すまん」
「ベストバランスは概ね把握できてるから、元通りのセットは組めるけど…」
我らのチーフメカニックが、リーダー、エンジニアとスケジュールの調整をし始める。自分はというと、『オレも昔はこんなんばっかだぞ』と監督から言われ、『最初はみんなこうさ』とチームの先輩ドライバーに肩を叩かれ、ため息が尽きなかった。
「まあ、なんとかなりそうだね、仕上がってからシェイクダウンの時間も取れそうだし」
「予定通りになればいいけどねハヤト。開幕まで余裕ないのよ」
「もう一度最初から組み上げることで、もっと速くなれるポイントが見つかるかもしれないじゃないか」
「それが本当ならもうとっくにやってるわ。とにかく始めるわよ、メカ集合〜」
同じく不安そうにリーダー達を見ていたメカニック団が、彼女の周りに集まりミーティング。仕事を振り分け、各自作業に入っていった。
「あのよ、」
「んー?」
「ごめん」
「よくも仕事を増やしてくれたわね」
「っ、だから、」
「…ふふっごめんごめん、いじわるして。ドライバーは、壊して、失敗して、速くなるもんよ。だいじょうぶ、絶対間に合わせるから。マシンを直すのは得意なのよ?」
知らなかった?とこちらを見上げて笑う彼女。嫌々と言うのではない本心からの言葉に、救われたと思った。
_______
「あっれ、北条まだいたの」
「よォ」
ミーティングを終えた啓介が、各チームに当てた控え室前を通る。TRFの扉の前に凭れる豪を見た。
「帰んねーの?TRFとっくに終わってんじゃね?」
「ああ」
「つかアネキは?」
「…」
「先帰ったんか?」
「…いや、まだ」
「メカ会議とか?相変わらず熱心だねー」
「そうじゃない、ってこともないか」
「は?なんかあったのかよ」
「…オレさっき、500のマシンと接触したろ」
「ああ、フロントやったやつな。大事にならなくてよかったじゃん」
「それ、けっこう深手だった。今、直してくれてる」
何度目だろうか。ため息を吐き、垂れた前髪をくしゃと握る。
「負担かけちまった。アイツに」
「いや何とか間に合うだろ、メーカーも協力してくれるって」
「そういう問題じゃねェんだよ高橋…あーしくった!クッソ!」
要は、かっこいい自分でいたいのだ。惚れた女が、仕事とはいえ自分のそばに居てくれる。自分を見てくれる。こんな良すぎるチャンスはない。魅せようと張り切った結果だった。
「だっせ。調子に乗るからだバーカ」
「ほっとけ」
「そんなチョロいヤツにアネキはやんねーよ」
「は、絶対ェもらうし」
TRFの扉に揃って凭れるドライバーふたり。火花を散らして不敵に笑い合い、豪は電話を、啓介は愛車の鍵を持って場を離れた。
_____
「リフト上げるからみんな離れてー」
ういーっす、と団結した声。やらねばならないことを全員で把握したはいいものの、なかなか終着点が見えてこない。探りながらの作業を、事件発覚からもう何時間も行っている。
「あっちゃー…けっこう中までいってるね」
「貫徹決定っすねチーフ」
「あーあ、開幕までにお肌の調子整えたかったのに」
「もち肌じゃないっすか、だいじょーぶっすよ」
問題は深刻だとわかっても、メカニックチームには笑顔が咲く。嫌だと一言もこぼさず、クルマに触れることがもはや自分の一部になった彼女らにとってこの深夜の残業時間は、至福だった。たくさんの工具が入ったツールチェストを引っ張り、さあやるかと口角を上げたとき。
「あーねき♪おつかれ!」
「立ち去りなさい」
「うわひっど!今はただの弟なのに〜」
マツダの高橋が来た、とガレージが騒ぐ。レーシングスーツを着ておらず私服であるから、プライベート時間ではあるのだが。
「帰りなさい啓介。弟でも今この場には入れさせないわ」
フロントカウルを取り、エンジンルームがむき出し。リフトで上げて足回りもいじっているのだから、内部構造が丸見えだ。いくら啓介であっても…、と険しい目で制した。
「オレが入っていいっつったんだよ。ハヤトさんの許可ももらった」
「豪?帰ったはずでしょう?」
「…帰れっかよ、お前を置いて」
「え…?」
啓介の後から、チームドライバーの豪がやってきた。手には大きなビニール袋がふたつほど。
「コイツはただの『高橋啓介』だ。信じてやってくれよ、みんなも」
「…しょーがないなあ。いらっしゃい啓ちゃん」
「やっりー!さんきゅアネキ!TRFおつかれ!これオレと北条から差し入れな」
がさ、と啓介と豪が袋をテーブルに置いた。ほわほわと湯気が上がった、大きな大きなピザが何枚も。
「腹、減るだろ。オレたちドライバーのために、いつもがんばってくれてるから」
「そんな、気を遣ってくれたの…?」
「オレのせいだしさ、今回のは」
「…ばか、豪」
豪と向かい合いはにかむ彼女の頬に、黒いオイルが少し。照れて笑う彼女がさらに愛おしく、豪は指の腹で頬を拭った。
「ゴチになります」
「どーぞめしあがれ」
ふふ、とふたりで笑う。悔しいが、『今回だけだからな』と啓介は手を出さずに見つめていた。
桜の開花にはまだ時間がかかりそうだ。だが、春はもう目の前。花咲く頃に、会いましょう。もっと強く、速いマシンに。
*****
>>2015/04/16 (Thu)
>>22:41
『散ってしまえば』
お相手内緒×真ん中
「わっ…!」
突風にあおられる髪と、桜の花。空気を含んでふんわり膨らんだ髪を撫でる。その指先に、小さな、花びらが。
「髪にいっぱいついてる」
「もー…桜吹雪なんてシャレになんないよ」
ぱたぱたとはたいて花びらを落としていく。髪に忍び込んだ一枚を取り、ふと、告げた。
「まだ、続けるの」
彼女は顔を上げ、こちらを見る。
「いつまで、勝ちにこだわるの」
今度は、ふわ…と風が通る。彼女の前髪が、さらり揺れた。
「…その言葉を言うなんて意外だわ」
「怒ったか」
「ううん」
背を向け、歩きだす。ワンピースの裾が翻る。足元には、見事な絨毯が拡がっていた。
「散ってしまえばそれで終わりだなんて、誰が言ったの?」
先をゆく彼女に、並べなかった。
「華々しく咲いているときは、誰もがもてはやしてくれる。でもそれは、ほんの一瞬のことよ。散って、また咲くまでの一年に、花はどれだけ努力していることか。次の季節に咲くために、土から養分と水分をたくさんとって、自分のものにする。それをどう活かすか、どう使うか。考えて考えて努力した花たちだけが、今、咲いているの」
目先にある、小柄な彼女でも届くくらいの背丈の、桜。
「散ってからのほうが、私は美しいと思うわ」
それは、散り際のものだった。
「勝負は、散ってからよ」
だから、勝負からは身を引かない。
「お前には、野暮な言葉だったな」
「サイドワインダーチーフのきみがそんな弱気でいいのかしらね」
「うるせー」
歩調を速め、彼女に並んで手を繋ぐ。勝負から身を引いて、このまま自分のそばにいてくれと言えるのは、当分先になりそうだ。
「また咲くわ。何度でも」
******>>2015/04/28 (Tue)
>>22:56
『花より…』
啓介×奥様
今日は一年でいちばんの特別な日。だけど今年はまったくの無計画で、朝を迎えた。目的も決めず走り出したドライブ。クルマがからだの一部のようなふたりにとって、この無計画ドライブも楽しいものなのだが。
「そうだ、チューリップ観にいくか」
車窓から見えた植物園の宣伝広告。初夏の陽気、晴天の空。花畑を愛でるには最高の天気だった。
「赤、白、きいろ」
「どの花みても、てか」
「青は…やっぱりないのよね」
「いつか咲くんじゃねーか?今咲いてるやつらだって、昔はなかった品種なんだろ」
改良技術とは凄いもので、この植物園だけで1000種類はあろうチューリップは、どれも個性があり美しい。
「風車があるよ!かわいい!」
園内の奥に、小さなオランダ風景を模した一角がある。風車のまわりにはもちろんチューリップ。その画がとても綺麗だったので一枚撮ろうとバッグからカメラを出したときだった。
「あッ」
手元に集中したことで、足元に気付かなかったのだ。コンクリートの段差があることに。
「いっ…たあ〜」
膝からぐらりと崩れる。転んだ先が芝生でよかった。バッグもカメラも、自分のからだも、草の上に横たわった。
「いたた…膝から転ぶなんて子供みたい…ああああ内出血してるー!ってちょっと!なに笑ってるの!」
「くくく…急にお前が視界から消えたからさ…しかも血出てるし子供みてェだし」
「笑ってないで手貸してきゃあ!」
「ごめんごめん、あーびびった」
「…笑うなんて酷い。すぐ助けてよ」
「ごめんて。オレもびっくりして咄嗟に動けなかったんだ」
助けてほしくて差し出した手を、力強く引かれた。むう、と膨れ、不機嫌を訴える。
「いたい」
「あーらら、こりゃ風呂で染みるかもな」
「はあ…せっかくの記念日なのに最悪だわ」
「いいじゃん、思い出として傷痕残しておけば。今日のことは絶対ェ忘れねーだろ?」
見上げれば、ンなもん気にすんなといったポジティブな笑顔。傷痕が残ったらそれはそれで女として複雑だ。悔しくて、彼の腕をぐいっと絡ませた。
「転んで体力奪われた。甘いもの食べにいこう?」
「お前花より喰うことかよ」
「雑誌に載ってたカフェ!お抹茶たべたい!」
「はいはい、それでこそオレの奥さんだぜ」
ゲストから祝福され結ばれたあの日のことは、今もずっと覚えている。一年でいちばんの特別な日に過ごしたことは、どんなことであったって、それは大切な軌跡。ここで転んだよね、なんて、来年にはきっと笑ってる。
次は三人で来たいね。
帰り道、手を繋いで呟いた。
*****
>>2015/05/08 (Fri)
>>23:14
『祭りのあと』
小話『鈴鹿前夜』続き、皆川×真ん中
長い長い1000kmが終わり、ピットの撤去作業もそろそろ落ち着く頃。ちらと時計を見た。
「ごめん、あとお願いします」
残りの片付けをクルーに任せ、少し急いでパドックを出た。コース下通路を通れば、目の前に目的地。ピットレーンが見渡せる高台から、煌々と灯るガレージを望む。
「高橋」
自分が来た逆側からの足音。決して緩いと言えない坂を上って、待ち人がやってきた。
「お疲れ様です。皆川さん」
「ああ」
終わったら時間をくれと、待ち合わせに指定されたのはモートピアの観覧車。GPスクエアの端に位置し、乗車中に見える景色は圧巻だという。
「あの、どうして、ここへ」
「…好きな場所だからだ」
言うなり彼は腕を引き、観覧車の乗り場へ連れていかれた。閉園時間ギリギリだったが、今日の最後にと乗客は列を作る。さっきまでサーキットを走っていたレーサー皆川に周りが気付き始めたが、ちょうど乗車のタイミングと重なり、騒がれることはなかった。
「観覧車…」
「嫌だったか」
「いいえ、でも、急でびっくりしました」
「乗ったことは?」
「実は初めてです」
向かい合い、ぽつぽつと言葉を繋ぐ。強引に乗せられたけれど、初めて見る鈴鹿のパノラマが、嬉しかった。
「上からだと、こんな景色なんですね。西コースの奥は、あんまり見えないんだ…」
「高橋」
「はい?」
「好きだ」
頂上から見下ろす、闘いの舞台。未だ光るピットレーンの灯りが、ふたりの頬を柔らかく照らす。がた、と皆川が動いた。
「わっ、皆川さん、揺れ…ッん」
「…そのまま、しがみついていろ」
座席の片方に寄り、機体が揺れる。不安で咄嗟に掴んだ皆川の腕に、檻のように囲われた。
「は…、ん…」
「誰にも、お前を渡したくない」
「みな、がわさ…」
「オレだけを見ろ」
囲われて、何度も深いキスをされて。逃れられない、でも、嫌いじゃない。
「…負け、ました」
「それは、今日のレースか」
「そうですけど、そうじゃないです」
時間をかけて、ゆっくり地上へ戻る。降車をエスコートしてくれた皆川の手を、今度は自分が引いて、高台へと。先ほどより、ピットの灯りは少ない。
「責任とって、くれますか」
「上等だ。覚悟しておけ」
繋いだ手が、胸元へ抱き込まれた。頭上から響く低声が心地良い。
「容赦しないからな」
「それは、今後のレースですか」
「そうだが、そうじゃない」
くすくすと、ふたりで笑う。上を向けば、皆川が背中を丸めて屈む。やさしいキスだった。
*****
>>2015/05/13 (Wed)
>>14:41
『風を味方に』
台風一過。
空はまことにすっきりと晴れているが、未だ凄まじく吹く突風には困ったものだ。フェーン現象で気温も夏のように上昇し、風さえなければとても気持ちの良い日と言えるのに。
(たとえば…、晴れ、南風で速度10メートル、向かい風、気温が25度なら路面は40度近くで…タイヤはスリック、ウイングは少し立たせて、カナードもちょっと上向き)
風の抵抗をモノにすべく、この突風の中に敢えて拡げた、ミニ四駆のコース。庭に敷いたとなりにキャンピングテーブルを出し、小さなピット場を作る。コース、天候、風向き。それらを読み込み、実践の予行練習だと思いながら、掌サイズのマシンを組む。
(シャーシ変えよう、今日の風じゃ、軽すぎる)
組み立てていたら、先日の富士戦が浮かんできた。入り乱れる順位。激しい混戦。諦めない気迫。あれこそが、レースだと。フリーや予選で順調でも、何が起こるかわからないのが決勝。あの富士では、それが実証された。しかし、
「だから楽しいんだよね」
いつも同じチームが優勝していたら、面白くない。勝てる要素は、自分たちにもたくさんある。それをひとつずつひとつずつ、探って、試して、モノにしていくんだ。
「アネキー、勝負しよーぜ」
「いいよ、マシンある?」
「こないだ組んだ。ARをよ、逆さにしてFMにしてみた」
「啓ちゃんなかなか器用だね」
「工具かして。っしゃーセッティングしよ」
「負けたらハイオク満タンおごりね」
「ぜってー勝ってやる!」
逆境をモノにして。それで勝てたら、喜びもひとしおだから。
*****
>>2015/05/14 (Thu)
>>23:09
『最終戦、兄と妹』
※『春の子守唄』スピンオフ、涼介さんと妹
とすん、と背中にかかる重み。
「ああ、来たのか」
「…」
「どうした」
仕事を抜け出して観に行くと連絡はもらったが、何やら様子がおかしい。道中で良からぬことでもあったのか。涼介は屈み、妹に問う。
「啓ちゃんは…?」
「もう下に行ったよ。啓介と何かあったのか?」
「ううん」
顔色を見れば、悲しそうな嬉しそうな、目元を赤くして未だ泣いているようだった。涙を拭ってやり、こちらを向かせる。
「…豪と、話せたか」
「うん」
「そうか、よかったな」
「うん」
「…お前は、きっと観に来ないと思っていたよ」
「…」
「友達と弟。どっちを想っているんだ?」
「答えなきゃだめ?」
「来たところで、複雑な思いをすることくらいわかっていただろうが」
「…迷ったよ。ふたりとも大事だもの。勝敗は、知らないほうがいいって思った。でもね、豪に、やっと会えるかもしれない、ちゃんと話がしたいって、だから来たの。友達の大事なレースを、見届けてあげなきゃって」
「友達、ね」
「なに」
「さあ、始まるぞ」
「…うん」
無事に戻ってきて。
お願い、無茶はしないでね。
「武運を。啓介、豪」
*****
>>2015/05/27 (Wed)
>>10:33
『デートしましょう』
姉弟
高速道路のサービスエリア。高崎を出てずっと座ったままだったからだを、うんと伸ばした。
「ドリンク買ってくるよ。アネキどっか座ってて」
「うん、じゃあ、あのテラスにいるね」
ウッドチェアとパラソルのテラス席。冷房が効いた室内の席は、ほぼ埋まっている。まだ夏ではないし、初夏の爽やかな気候を楽しみたかった。木陰に居れば、充分に涼しいのだから。
このテラスからは駐車場がよく見える。ファミリーカーが多い中、チューンされたスポーツカー、おまけにあの鮮やかな黄色は目立ちすぎた。足を止め、じっとその黄色に見入っている小さな男の子が、もう行くよと母親に呼ばれて駆けていく。
「ほい」
「ありがと」
啓介がとなりに座る。かし、とプルタブを開けたアイスカフェオレ。清風と相まって、咽喉越しがいい。
「目立つね」
「オレ?」
「惜しい。FDだよ」
青い空と白い雲。新緑の稜線。人工的な黄色なのに、自然の背景に似合ってしまう。
「素敵だね」
「オレ?」
「またまた惜しい。FDだよ」
そよそよ靡く黒髪を、啓介は撫でた。これは甘えたい仕草だ。FDばっかり褒めて、ちょっといじけちゃったかな。
「なあ」
「ん?」
「オレとFDどっちがカッコいい?」
「うーんFDかな」
「即答すんなよ」
「うーんてちょっと悩んだじゃない」
「一瞬じゃねーか」
「ふふ、ごめん。どっちもカッコいいよ」
「ずっりーの、それ」
高崎から走らせて数時間。もうすぐ目的地だ。
「あのね、啓ちゃん」
「ん」
「いつもの通勤ルートが、誰かと一緒にいるだけで全然違う景色に見えるの」
「へー」
「…意味わかってる?」
「ワカンナイ」
「わかってるクセに」
御殿場に着いたら、富士で遊ぼう。カートもいいな。それからチームに少し顔を出して、芦ノ湖を散策して、サンセットを観て…。夜は山へ行こう、きっと誰かに会えるから。
「アネキ、手ェかして」
「なんで」
「つなぎたい」
コーヒー缶を捨てて、空いた手を啓介に向けた。ぎゅっと握って、へへっと啓介が笑う。
「デートだもんな!」
爽やかに晴れた初夏の日。黄色いFDのボディに太陽がきらと光った。啓介の金髪が風でふよふよ揺れる。似合いすぎて、まるで一枚絵のような構図に、涙が出そうだった。
(幸せって、こういうことかしらね)
*****
>>2015/05/30 (Sat)
>>01:20
『縁側にて、初夏』
奥山が恋するお話
「奥山さんが大人しいんです」
「シルビアでも壊れたか」
「いえ、壊れたのはむしろ本人のほうで」
池田邸の縁側は、スパイラルの憩いの場だ。初夏の風に、ちりんと風鈴が鳴る。しかし爽やかな風流に似合わず奥山の背中は、どよんと切なそうに丸まっていた。
「ますます根暗に見えるぞ」
「あっちいけ竜次」
「わらびもちでも食ってくか」
「…うん」
さすがである。坂本は、それに合う茶を淹れに席を立つ。しばらくふたりにしておいたほうがよさそうだ。
「話してくれんといくらオレでもわからんぞ」
「わかってくれなくていいし」
「だったらその膨れた態度は止めろ。自分でどうにかなる感情なら表に出すな。どうにもならないなら力になる」
「…ごめん」
「ああ」
根は素直なのだ。つんつんしているのは自己防衛が主で、少しずつ心を開いてあげればきちんと話してくれる。初対面や付き合いの浅い人間にはまず無理だ。唯一それは、池田と坂本のみ、担っている。それが、問題だった。
「…白いコペンに乗ってる、女の子」
「…ああ、いつも丁寧に挨拶してくれるあの子か」
「…」
「何か、やらかしたんだな?」
「…はあ…もうオレやだ…出家する…」
「えっ髪切っちゃうんですか!いよいよその前髪「去れ順一」…ひどいです奥山さん…」
盆に乗せた冷し緑茶。三人分をそれぞれの手前に置き、坂本も腰を据える。
「奥山さん、恋ですね」
「ほう」
「その態度で何か言っちゃったんでしょう、彼女に」
「順一だまれ」
「そんなに大人しくなるくらいですもんね、相当ですねー」
「またお前は。何を言ったんだ」
「……いつもパンツなのに、この前、スカートだったから」
『こ、こんばんは』
『峠でそのカッコ信じられないんだけど』
『え…』
『オトコ狙ってんなら街でも走ってれば?』
「このツンツン猫に手を差し出した勇気ある彼女に何てことを、広也」
「…完全に泣かした…」
「寄り付くなオーラがんがん出してますもんね、いつも」
ちりん、ちりんと涼しげな風鈴は、しばらくの沈黙を助けた。ホームコースのギャラリーにいた彼女に一目惚れをした不器用な奥山へ、池田は喝を入れる。
「今夜、走りに行くぞ」
「は?」
「収集かけますか」
「いや、オレたち三人だけでいい。大所帯は避けよう」
「おい竜次」
「アクセルを抜いていいのは運転だけだ。攻めない臆病者はスパイラルにはいらん」
「何ならゼロワンの称号、オレもらいましょうか」
「今日は週末だからな。走行会があると思って、彼女もきっと来るだろう」
「て、テメェら勝手に決めんじゃねぇ!」
かくして、夜半の箱根新道では。
「…あのさ」
「は、はいっ」
「この前、ごめん。その…、カッコのことで強く言って」
「いえ、わたしも、軽率だったから…」
「…お詫びになるかわかんないけど、クルマ好きなら、となり、乗る?」
「えっ、奥山さんの、シルビアですか…?」
「オレの名前、知っててくれたんだ」
「それは、あの、モチロンっていうか…えっと、」
「微笑ましいですね」
「根は素直なんだ。やりゃあ出来る」
「あ、一緒に下るみたいですね。オレ追いましょうか」
「楽しいのはわかるが茶化してやるな」
*****