>>2015/06/02 (Tue)
>>23:20
『迷子』
プロDと真ん中


たくさんの人の中を歩くには浴衣は動きにくい。それだけ、毎年地元の祭りは賑わっている。あまりに多すぎる人の波が苦手だから、滅多に行かない。しかし。

「遠征でもっと忙しくなる前に、レッドサンズで行きましょーよ!」

ケンタである。既にプロジェクトDは活発化しているのだが、次の闘いまで少し時間が取れたらしい。こちらも次のレースは今月下旬。珍しく涼介がGOサインを出した。

はぐれないようにと両側を兄と弟にガードされしばらく経ったとき、地元の祭りならではとも言おうか通りすがりに昔馴染みと出会うことが多々あった。それは涼介と啓介も同じで、お互いがお互いの相手と話していたら、なんと兄妹弟バラバラになってしまった。

「やばいなあ、はぐれちゃった」

マキシワンピースをひらひら揺らして歩く。着丈は浴衣と変わらず長いが、足捌きがいい分、歩きやすい。とはいえこの人混みでは、とても歩きやすくはない。

「電話、出ない…」

涼介にかけてみた。バイブレーションにしろ着信音にしろ、この賑わいの中でわかるものだろうか。啓介、史浩、松本に宮口、言い出しっぺのケンタ。誰かひとりくらい気付いてほしい。もしかしたらきっとそれぞれが探しているのかもしれない。こんなときはどこか目立つところで大人しくしていよう。焦って歩きまわったら逆効果だ。

「迷子の迷子のメカニックだよ、わたし。あなたのおうちはどこですか、ってね」

祭りの中心にある神社。境内の石階段はやや高台になっている。社は一番の目印だ。きっとすぐにわかるだろうと、大人しく座ることにした。途中に買ってきた、ベビーカステラを頬張りながら。

(…お祭りって不思議。はぐれたのに、全然不安じゃないの)

高台になっているから、少しだけ遠くまで見渡せる。カップルや家族や友達同士。ナンパしてる男の子、ちょっとガラの悪いお兄さんたち、法被を着てる小さな子たち…みんな楽しそう。

「そこのカワイイおねーさん、座ってないでオレとヨーヨー釣りやんない?」
「赤く熟れて甘いりんご飴、まるで可憐なきみのようだ」
「やあ可愛いお嬢さん、わたあめは好きかい?」
「射的、やりませんか?好きなもの撃ち落としてあげますよ」
「僕、輪投げ得意なんです!」
「焼きそばとたこ焼きどっち食いますー?!」

「ふふっ、見つけてくれてありがとう!はぐれちゃってごめんなさい」

迎えにきてくれた兄たちへ向かって、その場から飛び降りた。ワンピースの裾がふわり舞った。初夏、涼し気に泳ぐ、金魚のようだった。

*****

>>2015/06/13 (Sat)
>>00:32
『レースオフデー』
高橋の休日、2本立て

───
※姉弟

「アネキ出かけんの?」

夕方5時。夏に近付くほど陽は長くなり、夕方とは言えまだまだ明るい。姉の部屋をノックして覗けば、身形を整えて出発の支度をしていた。

「うん、東京行ってくるね」
「今から?」
「うん」
「東京のどこ」
「お台場。豪が声かけてくれてね、池田さんや大宮さんたちと会うの」

ラッフルスリーブのブラウスに、肩からカーディガンをかける。髪をちょいと摘み、整えた。テーパードパンツに皺はないだろうか。全身を鏡でチェックしながら、部屋に入らぬままこちらを窺う啓介を見る。

「どうかした?啓ちゃん」
「今日って、ル・マン?」
「あ、知ってた?そうそう、パブリックビューイング。みんなで観ようって」

ドアに凭れる啓介の顔は、面白くなさそうだ。膨れた頬で、そっぽを向いて。

「オレもいく」
「ええ?」
「FD出すから。帰り寝てもいーよ」
「え、あ、うん」
「WEC、気になるし。オレも観てーし。神奈川ムカつくし」
「こら」
「支度してくる」

(ったく…。啓介と一緒に行きます、と)

事前にメールしておかなければ、今度はアッチの頬が膨れそうだ。まあ、観戦は賑やかなほうが楽しいから、いっか。

───
※兄妹

リビングのソファには、サイズが様々なクッションが置いてある。一番大きなクッション…なんでも『人をダメにする』ほど使い勝手のいいそれを下に、うつ伏せになり寝転ぶ妹がいた。

「なんだ、寝てるのかと思った」
「おかえりお兄ちゃん」
「そんなに集中してると眼精疲労になるぞ」

見れば手元にはスマートフォン。両手で持ち、忙しなくタップし続けている。

「一所懸命だな、何やってるんだ?」
「ブログ」
「ほう」
「プライベート用じゃなくて、チームの。今日はこんな作業しましたーって、裏方目線で」
「オレはまた、お前の赤裸々なことが綴ってあるのかと」
「綴ってません」

ずっとその姿勢で書いていたのか、からだを起こし、背中をうんと伸ばす。

「気持ちいいな、このクッション」
「でしょ、お昼寝に最適」

何を書くか、途中から詰まってしまった。一旦画面をロックし、手から離す。ぽふぽふとクッションの形を整え、今度は涼介が使っている。

「大先輩がね、この前ご自分のブログに、チームエンジニアの話を書いてらしたの。そしたら、『もっと裏方を知りたい』ってファンの声が多かったんだって。それを聞いて、書ける範囲でやってみようかなって」
「チームを知ってもらって、モータースポーツへの共感を、ってことか」
「ドライバーが持ってるブログと併せて読んでもらえたら、双方の作業工程が見えて面白いんじゃないかと思ったの。監督の許可ももらってるから、ガレージの写真もいっぱい載せたよ」

チームへの貢献は、モータースポーツへの発展へ繋がる。小さなことからコツコツと、この小柄な妹は進んでいた。しかし、目頭が辛そうだ。さっきから目蓋の周りをマッサージしている。

「無理するなよ、ほどほどにな」
「うん」

自分の前に背中を向けて妹を座らせた。少し強めに、肩をほぐす。硬い感触は、頑張っている証拠だ。

「いたた、強いよお兄ちゃん」
「はは、ごめんごめん」


*****


>>2015/06/27 (Sat)
>>22:58
90000hit御礼『相棒』
綾香ちゃんGC8納車記念


拓海の運転に昔ほどの雑さはなくなったが、それに代わり走り込む時間が増え部品の消耗も激しくなった。顔が利きすぎる友人の店を頼り、定期的に診てもらっている。今日は特に急く用もない文太は、未だ他の作業中の政志を待つべくインプレッサを停めて店のロビーで寛いで待っていた。店員が勧めてくれた緑茶をすする。

(…ありゃあ、いい音だ)

自分と政志が手を入れたボクサーでないことを承知で外を見る。青年と政志がそのボンネットを開けて談笑していた。青年が出した右手を、政志はしっかと握る。商談成立らしい。

「あの兄ちゃんのか」
「そう思うだろ?」

必要書類を取りに一旦ロビーにやってきた。にやと企み笑う中年親父に文太は「んん?」と唸る。

「ま、今月末のお楽しみだ。気になるなら来てみりゃいい」
「オレはそう頻繁に来られるほどヒマじゃねェんだが」
「電話で言ってたタイベルの納期が今月末なんだよ。ちょうどいいじゃねーか」
「おいおい」 

何だか上手く丸めこまれた気がする。青年との話も終えた政志は、藤原家のインプレッサの整備に取り掛かった。政志が組んで文太が走り、拓海が仕上げるインプレッサ。成長ぶりを見てとれるこの整備の時間は、政志にも文太にも、昔を思わせどこか懐かしいものだった。

月末。

言われた通りにやってきた文太のインプレッサは、早速リフトアップされる。途中、客に呼ばれた政志は、共に作業しているスタッフに後を任せて場を離れた。政志が向かった先は、先日の青年。文太はその様子を、店外に併設された喫煙所で見ていた。

「やあ、いらっしゃい。彼から事情は聞いてるよ。おめでとう」
「本当に、なんとお礼をすれば良いか…。彼がいなかったら、私、この子と一生会えなかったかもしれません。店長さん、良い子を見つけてくれて、ありがとうございます」

(あのお嬢ちゃんのだったのか)

青年のとなりに、先日はいなかった可愛らしい女の子。どうやら、そういうことらしい。

(うれしそうに、なんとまあ。かわいいモンだねェ)

彼女が触れる、ダークグレーのインプレッサ。文太同様、型式はGC8。よほど嬉しいのだろうか、車体のまわりをくるくる見て回り、楽しそうににっこり笑っている。その笑顔を何度も恋人に向け、青年も穏やかに笑みを返していた。ときどき、彼女の目元にハンカチを添えてあげる姿のなんと優しいことか。

「微笑ましいな、政志よ」
「だろう。店やって長ェけど、こんな甘酸っぱいコト滅多に起きねェよ」

しばらく恋人ふたりにしてあげようと、政志は離れ、文太のとなりへ。

「あの子クルマが好きで、ずっとインプが憧れだったんだと。初めての相棒は、あの色であの型式がいいって。どうにか見つけてやってくれってダンナの熱意に負けちまったよ」
「泣くほどなんだ、いい仕事したじゃねェか」
「あんなに喜んでくれるたァ、車屋冥利に尽きるね。彼女に内緒で話を進めてんだから、ニクいダンナだよ」

にこやかな雰囲気に包まれる店に、一度、深く重いエンジンが鳴った。文太のGC8だ。

「藤原さぁん!ちょっと見てもらえますかー!」
「おー」

(…お?)

向けられた視線。あの彼女が、くりりと大きな目で文太と音を交互に見ている。何か言いたそうに。聞きたそうに。文太は彼女へと近付き、細い目をもっと細めて笑った。

「オレのインプ、見ていくかい。お嬢ちゃん」
「…っ、はいっ!」

生半可な想いでクルマを選ぶヤツが、あんなに嬉しそうに泣くだろうか。若者の好きという気持ちを、文太は無下にはしたくない。だからこそ、政志もより力になりたいと思ったのだろう。

(初めての相棒、か)

メンテが終わったら、今日は久しぶりに、本気で秋名を走ろう。初めてハチロクに乗ったあの気持ちのままに。


*****


>>2015/07/21 (Tue)
>>15:46
『夏の空色2015』
姉弟インサマー。


暑くて暑くてどうしようもないときは洗車に限る。クルマはピカピカ、シャワー代わりに水を浴びれば自分はヒンヤリ。どちらもさっぱりして気分がいい。海やプールに行かずとも手っ取り早く夏を感じることが出来て、啓介は好きだった。

「さーて、やっかな!」

スイムパンツとTシャツとビーチサンダル。サングラスを頭に乗せて、ガレージのシャッターを開けた。

「うっわ、アネキのエボ泥はねスゲーや」

先日の雨の名残で足回りやフェンダーに残っている泥。本当なら磨いてやりたいだろう本人は、愛車を労わるヒマなくいよいよ夏のレースシーズンに向けて毎日多忙のよう。今はエアコンが効いたリビングでうたた寝している。洗車を誘ったのだが、啓介は起こさず、止めておいた。

「いつもタイヤ交換とかしてくれてるしな、お礼さしてもらお」

玄関に戻り、定位置にある姉のキーを掴む。FDより先に、ランエボを動かした。


うとうとしていたソファには薄手のブランケット。眠ってしまった自分に、誰かがかけてくれたらしい。首をこき、と鳴らしからだを伸ばす。リビングのカーテン越しに見えるコンクリート敷きの庭には、啓介の姿が。

「啓ちゃん、エボありがとう」
「アネキ!なあ、一緒に水浴びねー?気持ちいいからさ!」
「ふふ、それ洗車なのか水浴びなのかわかんないよ」

テラスドアを開けて見れば全身ずぶ濡れ。自慢の金髪は垂れ下がり、Tシャツもからだにぴったりくっついている。楽しそうに笑っている啓介が眩しくて、どきどきして、見ていられなかった。俯き、目を擦るフリをした。

「アネキ?どした」
「ん…、急に眩しいトコ見たから、目が」
「ほれ、サングラス貸してやるよ。おいでよ、外」
「着替えてくるから待ってて」
「ついでに水着になっちゃえば?アネキのかわいいやつ見たいー」
「うるさい。着ません」
「ちぇ。はやくなー」

(うかつだった)

水も滴るなんとやらではないが、あれには少々動揺してしまった。濡れた髪、焼けた肌に水で張り付いたTシャツ、楽しそうな笑顔。しかも、洗っているのは姉のランエボ。

(あんな顔で、わたしのランエボ洗っちゃだめだよ)

暑くて暑くてどうしようもない。熱に気付かれないように、思い切り水を浴びてしまおう。水着用ホットパンツとラッシュガードを着てサンダルを突っかけ玄関を出たら、にか、と啓介が笑った。


*****
>>2015/07/25 (Sat)
>>22:35
『サクレ』

今日はかき氷の日ですー。去年は凛さんだったので今年は涼介さん。

*****

「あ〜ひんやり〜」

昔からあるカップ入りかき氷。コンビニやスーパーで見つけるとつい買ってしまう。冷凍庫から出したカップを頬にあて、その心地良い冷気に和んだ。

「ちょっと固いな、少し溶かそう」

エアコンの節電も兼ねて、高橋邸リビングのテラス窓にはレースの遮光カーテンが引いてある。庭の木々の陰もあり、真夏日でも快適であった。風が吹けば、なお良し。

「おとなり失礼しまーす」
「仕事は?」
「レースレポートは終わりましたー」
「今週末のテストは?」
「準備ばっちり」
「よし」

リビングテーブルに先客あり。読書中の涼介だ。

「外、暑そうだね」
「ああ」
「お兄ちゃんちょっと日焼けしたら?私より肌白いよ」
「お前こそ、もう少し健康的に焼いたらどうだ」
「アスファルトの照り返しでもう充分焼けてますー」
「ちゃんとケアしろよ」
「うん、だいじょぶ」

涼介の手元にアイスコーヒー。冷たいグラスの水滴が、そろそろコースターに届きそうだ。見ればかき氷のカップにも、水玉がじんわりと浮かんでいる。良い頃だ。

「サクレか」
「食べたくなるんだよね」

レモンスライスが乗ったレモン味のかき氷。スプーンを刺すと鳴る、あの音。ひと口食べると、待っていたあの味。

「ん〜!たまりません!」
「はは、そんなにか」
「スライスを崩すかそのままにするか、いつも迷うの。なんだかもったいなくて」
「かわいい悩みだな」
「かわいくないわ、私はいつも真剣なの。よし、今日は崩そう」

さくりさくりとスプーンを刺す。凍ったレモンスライスがほろほろと崩れる。レモン氷と果実が混ざり合ったところで、涼介がずい、と見つめてきた。

「なあ、オレにも」
「ええ〜」
「ひと口くらいいいじゃないか」
「…しょうがないなあ。はいスプー…きゃっ」

渡そうとしたスプーンを手ごと握り、涼介はカップへ突き刺した。ひと口分を救って、自分の口へ。

「うん、甘い。お前が食べさせてくれたから尚更かな」

ぺろ…と口唇を舐め、おまけにこちらへ上目遣い。かあっと顔が火照り言葉に詰まって動けなくて、それを良いことに、兄は囁きながら、

「直接、もらっちまうぞ」

氷が溶けて、甘酸っぱいレモン水になってしまいそう。

そんなキスだった。


*****
>>2015/08/19 (Wed)
>>21:44
『名前を呼んで』
神奈川です。

*****

ぴろん

「…小早川さん、今日来られないか」

ぴろん

「あー…カイくんもかあ。ミーティング長いんだ…てことは皆川さんもかな」

夏の夜、おなじみ大観山のパーキングにて。盆も明け、観光のシーズンも大分落ち着いてきたと、地元の走り屋たちは言う。ここへ来れば大抵誰かに会える、そう思いながら、彼らは続々と集まってきていた。

「なに、LINE?」
「うん。みんな来てるから誘ったんだけど、バラバラ。大宮さんはもうすぐ着くって。池田さんは、奥山さんと坂本くん連れて来るってさ」
「池田サンとこ、落ち着いたのかな」
「お寺だもんね、檀家さん廻りとか、大変だったでしょうね」

愛車に凭れてスマートフォンをいじって着信音のメッセージを確認していたら、後ろから豪がやってきた。肩越しに画面を覗かれる。ふわ、とコーヒーの香りがした。

「のむ?」
「いいの?」
「カフェオレ好きだろ」
「ありがとう豪」

豪の手には缶コーヒーがふたつ。ひとつは口が開いている。未開封の片方を手渡されたときだった。

「なあ」
「ん?」
「名前、呼んでよ」

突拍子に何だと思った。

「豪?」
「そうじゃなくて」
「…豪くん?」
「あ〜…ちょっと違う」

親しいからこその『豪』という呼び名。敬称や愛称ではない、呼び捨てられる関係なのだ。その関係が羨ましいと周りに言われたことすらある。それなのに彼は今さら何と呼べと言うのだ。

「じゃあ…北条くん」
「それ!イイね、その距離のある感じ」
「はあ?変な豪」
「ちがう」
「はいはい、北条くん」
「今日はそれで呼べよな高橋!」



「…初々しさを感じたかったんじゃないか?」
「お前の弟は時々おかしなことを言うな、北条よ」
「つかじゃれ過ぎ。見ててムカつく」
「奥山さん、未だに広也さんて呼ばれませんしね」
「坂本だまれ」
「智史さん、か。なかなか良いかもしれんな」

*****
>>2015/09/16 (Wed)
>>22:32
『たまにはこんな日も』


だらけきった一日。涼介さんと妹。

*****

長い長い1000kmの鈴鹿が終わり、スーパー耐久にスーパーフォーミュラも終わった。今はそれぞれ次戦に向けて調整に入る時期だ。各ファクトリーに出向き挨拶と反省を話し合い作戦を立てる日々も昨日が最後。あとは、各自のボディメンテナンスのみとなった。

「はあ…からだがダル重…」

秋めいた気候は涼しげで、ベッドと布団が自分を包み一向に離してくれなかった。今何時…と枕元のスマートフォンを見れば午後1時。いくらオフでも寝すぎである。

「今日はもうやる気しなあい。たまには何もしない日があってもいいよね」

こう正当化した彼女は、昨日までの怒涛の日々を今日だけ忘れることにした。レースウィークが続いたためケアが疎かだった髪が寝癖でボサボサになっている。ヘアターバンでボリュームを抑え、うんとからだを伸ばし、部屋着のまま階下のリビングへ。

「お前、今何時だと」
「わっ、お兄ちゃんいたの?!」
「いちゃマズいか。だらし無いな、年頃の女の子なのに」

ソファで寛ぐ涼介がいた。家が静かだから誰もいないと思い、あくびをしながらぺたりぺたりと歩く姿をばっちり見られてしまった。

「はあ…さすがのオレも萎えるぞ」
「なっ萎えるって…!いいじゃない今日くらい!今までずっと忙しかったのよ?!」
「啓介がふたり居るみたいだな、髪がそんなボサボサで。顔、むくんでるぞ」
「啓ちゃんと一緒にしないでよー!むくんでるのはしょうがないもん、今起きたんだから!」
「自慢気に言うことか、まったく」

はあ、ともう一度呆れた溜息を吐いた涼介は妹へ一瞥し、キッチンへ。彼女とすれ違うそのとき、「もし…、」とぼそり呟いた。

「愛しの京一が見たら、何と言うかな?」

「…ッし、シャワーしてくる!」

色んな意味で、眠気が覚めた。キッチンからは涼介が淹れるコーヒーの香りがする。遅すぎた休日の始まりだ。


*****
>>2015/09/26 (Sat)
>>00:45
『同じで違う、いつもの場所』

皆川と真ん中でジャパンライジング鈴鹿。

*****

欲を言えば、ピットウォークもしたいし憧れのレーサーとのフォトセッションにも参加したい。今日の自分は、とても浮き足立っている。いつもの鈴鹿が、いつも以上にお祭りだ。

「本当にいいんですか?チケット頂いても」
「行けなくなったチームクルーの無念をお前が晴らしてやってくれ」

レーシングチームカタギリのクルーが用意したF1日本GPのペアチケットを譲り受けた皆川は、去年観戦出来ずに悔やんでいたTRFの彼女の顔が浮かんだ。そして迎えたGPウィーク。

「去年は私たちタイにいましたもんね」
「そうだったな」
「お言葉に甘えて、本気で楽しませてもらいます」
「慣れた鈴鹿だからと言って、はしゃいで迷子になるなよ高橋」

パンフレットを購入して、スケジュールを見る。サイン会に間に合いそうだった。ドライバーリストを眺めている彼女の頭を、皆川が小突く。

「顔がにやけてるぞ」
「だ、だって!まさか来られると思ってなかったし、今から会えると思うと嬉しくって…」
「オレと待ち合わせたときより随分といい笑顔だな」
「…皆川さん、意地悪ですよ」
「で、誰に会いに行くんだ」
「あっはぐらかしましたね。フェラーリとメルセデス、もちろんホンダも!」

小雨の降る鈴鹿だが、観客は増える一方。パンフレットを彼女から取り、空いた彼女の手をしっかと握り締めた皆川は、彼女の行きたい目的地まで、GPスクウェアを歩く。

「皆川さん、手」
「フラフラしていたらライコネンに会えんぞ」
「それは困ります」
「ならオレから離れるな。今日は甘えると、さっき言っていただろう?」

見上げれば皆川は笑っていた。彼越しに映る観覧車の上空に、光が見えた。

いつもの鈴鹿が、いつもと違う。
空気も、景色も。



*****
>>2015/10/09 (Fri)
>>22:17
『ねこといぬ』

凛さんから見る豪と真ん中(義妹)。未来設定。

*****

こちらを見つけて一直線で駆けてきて、はち切れん笑顔で嬉しそうに見上げるのはまるで子犬。

姿を見つけて声をかければツンと外方を見て、しかししばらくすれば自分の方から擦り寄るのはまるで子猫。

このふたりは、とても仲が良い。

好きなものも、価値観も、真逆なもの同士が惹かれ合い、化学反応を起こし、時間を重ね今や途切れない絆となった。

このふたりに、凛はとても懐かれている。

子犬と子猫が、凛を挟み寝息を立てる。子犬は肩を、子猫は膝を枕にして。

(豪がこう甘えてくれるのも、いつ振りだろうかな)

伸ばしている豪の前髪がさらりと垂れた。凛はそれを直してやり、安らぎを表した寝顔に触れた。そのとき少し肩を動かしたせいか、可愛い子犬が身じろぐ。

「ふ…、ん〜…」
「おっと、起こしてしまったか?」
「…、…」
(…よかった)

うららかな秋の午後。柔らかい陽の光が三人を包む。凛にも自然と、欠伸がこみ上げた。

北条邸、縁側でのひととき。


*****
>>2015/10/21 (Wed)
>>11:02
『ぶどう畑のチャペルで』
長野県飯綱町のとあるワイナリーにて。豪さんと真ん中。

*****

秋晴れの青空が拡がる午後。ドライブの途中に見つけたワイナリーの広告。ここから20分ほどで着く距離だとわかり、豪は車を走らせた。

「りんご、いっぱい生ってるね」
「窓開けようか。香りがするかも」

NSXが加速する。目的地まで少し丘になっているようだ。道中には地物のりんごの木が茂り、赤い果実がたくさん見える。甘い香りが漂ってきた。

「NSXはりんごみたいね」
「成熟した、と捉えてもいいか」

ドライブデートの楽しさは、こういうところにあると豪は思う。同じ場所で、同じ風景を見て、ふたりだけの空間で話す睦言。助手席の彼女は窓から空とりんごの木を眺め、幸せそうに笑っていた。

「わあ、ぶどう!」
「すごいな、醸造してんのか?香りがする…」

到着したワイナリーは、入り口からしてぶどう畑が拡がり良い香りが出迎えてくれた。門構えを抜けると一面に芝生。ぶどうを煮詰めているのか、レンガ造りの小屋から湯気が立ち上っている。醸造所の他、カフェ、レストラン、ショップ、自由に憩うことが出来るテラス席が。その全てが欧州の造りになっており、まるで海外にいるかのよう。

「風景も、香りも、気候も、なんて気持ちいいところなんだろ。来てよかったね、豪」
「だな」

思い切り息を吸って吐くと、鼻腔に残る芳しい香り。ほう、と微笑みながらこちらを見る彼女がなんとも可愛らしくて。

(…コイツが笑ってくれんなら、オレはどこだってクルマを飛ばすさ)

敷地内を見れば、奥にチャペルがあるという。散歩するにはちょうど良い距離だ。ぶどう畑を抜けて、白いレンガ敷きの庭に辿り着く。

「素敵…言葉が出ないよ」

実る果実と秋の草花に囲まれて立つは白亜のチャペル。豪華過ぎず質素でもないが、この場所に相応しいと言える荘厳さが感じられた。自由に見学して良いとのことで、ふたりはそっと扉を開ける。

「歩く?」
「いい、もったいない」
「…そうだな」

参列席と祭壇。十字架にバージンロード。まだ、ここへ来るのは早いふたりだ。

「じゃあ、ちょっとだけ予行練習」
「え?んッ…」

祭壇への道にいつかの想いを馳せて微笑む彼女の横顔は美しかった。たまらず豪は繋ぐ彼女の右手を少しだけ強く引き、頬にキスを落とす。

「必ずまた連れてくるよ」

得意げに笑って豪は、彼女と額を合わせ囁いた。

「好きだぜ」
「…ばか」

永遠の誓いの前に誓う約束。誰もいない神聖な場所で、ふたりは口づけを。

チャペルのまわりに生るぶどう畑。たくさんの幸せが実るようにと、その香りは未来へのふたりを見送った。

*****
>>2015/10/24 (Sat)
>>15:23
『それはまるで落ち葉』
京一さんと真ん中。お付き合いしてます。

*****

スーパーGT公式タイヤテスト。ここ茂木にて2日間行われるデータ取りは、予定通りに進んでいる。だが、1日目が終わる頃にそれは起きた。

『ピット入っていいかな、油圧計がおかしいんだ』

ロングラン中のドライバーからのチームラジオ。その声には慌てる様子もなく、走行モニターを見ても操舵面や足周りに挙動は見られない。一旦調べようとリーダーのハヤトがサインを出し、迎え入れるピットは準備にかかる。


(22時…)

高回転なのに下がらない油圧計と、上がりすぎる油温。ふたつの関係は綺麗に反比例するはずが、まったくのちぐはぐ。幸い、1日目に測るタイヤデータは充分に取れていたこともあり、この日は結局遅くまでオイルとの闘いだった。

「チーフなんか予定あったんじゃないんすか?」
「え?」
「時計ばっか見てるから」

クルーに言われ手を止める。同時に、計器チェックのため回していたエンジンも止まった。

「おかしなこと言うのね。大事なテストなのに他に予定あるはずないでしょ」
「スマホもちらちら気にしてたのに?」
「それはたまたまでしょう」
「へ〜ほんとですかね〜?」

少し走れば、あの人のところへ辿り着ける。シーズン中は全国を飛び回って、まともに会いに行けないから。こんなに近くにいるのに、ほんの少しでも時間があれば、会えるのに。

(会いたいよ、京一さん)

最後に会ったのはいつだったろうか。
強面だけれど優しいその目で見つめてほしい。
あたたかい大きな手で頬を撫でてほしい。
力強い逞しい腕で抱きしめてほしい。
低く心に響く声で名前を呼んでほしい。

「……ッ」
「わっ!ち、チーフ、泣い…!あのオレっ、すんません余計なこと言って!」
「…へーき。なんでもない。さっ、この子直してあげなきゃね!明日も走ってもらわないと!」

会う約束なんて、していない。
だけど日光に行けば居てくれるはずだから。

(夜に見る紅葉も風流だって、言ってたものね)

月に照らされ仄かに灯る紅い木の葉。あなたといつ、見ることが叶うだろう。

(落ち葉になって、今すぐ飛んでいきたいよ。京一さん)

茂木に一陣の風が吹く。
足元に、小さな紅いモミジがはらりと落ちた。

*****