>>2014/08/05 (Tue)
>>17:50

神奈川と真ん中※未来設定
『残暑お見舞い申し上げます』


---拝啓、お兄ちゃん、啓ちゃん。なかなか会えませんが、お元気ですか。こちら神奈川では、夏のサーキットイベントや毎週のレースに向けて奔走の日々です。夏休みの宿題以上に、頑張っているかもしれません。今週末には、いよいよ富士でのGT戦が開幕します。ホームコースなだけに、絶対に負けられません。どうか、群馬から勝利を祈っていてください。かしこ---

「送信、と」
「ふーん、仲良しだよなァほんと」
「ちょっと、見ないでよ豪」

日中の暑さは夜になってもまだ引かない。黒いアスファルトには熱が残り、その上から更にタイヤ熱が加わった。軌跡を残して、サイドワインダーメンバーが走り抜ける。

「帰ってねェの、最近」
「帰る時間があるならセット考えるわよ。今、天気予報が微妙なの。台風も近いっていうし…」
「雨の富士だもんな」
「夏だから尚更よ。ゲリラ豪雨がきたらたまらないわ」
「の割には、ココに来てんだもんな。余裕?チーフ」
「あるわけないでしょ、息抜きよ」

何も考えず、ただスキール音を聞いているだけでいい。相棒に凭れ、となりには豪。今日はすこぶる暑い夜だが、夜空がきれいに晴れている。豪を見上れば、肩越しに三日月。この空気感が、彼女の張り詰めた力を抜いてくれた。

「あ、返信」
「だれ」
「啓ちゃんだ」

『オレのココ、空いてっから!』と、啓介がプロになって最初のレースで勝ち取った記念盾の写真が添付されていた。となりにGT戦の優勝盾を並べろというのだろう。

「くっそナマイキ。テメェの勝利なんざ興味ねェわ」
「ふふっ、負けられないや」

がんばるね、と啓介に送る。その様子を見ていた豪は、なんだか面白くなくて。

「なぁ」
「んー?」
「ほしいモンとか、ないの」
「え?」
「勝ったらゴホウビあげようと思って」
「べつに…いいよそんなの、悪いし」
「オレがしてあげたいの」
「って言われてもなあ…」

多少の無理があるものでも、彼女が望むものなら何でも贈ってあげたい。友達以上恋人未満。豪と彼女は、微妙な関係にある。先へ進みたいと思っているのは、果たして豪だけなのか。彼女がホームコースで勝って、おめでとうと伝えるときに。贈り物と一緒に、気持ちも伝えようか。彼女の望みは何なのか。早く言えと、せっつこうとしたとき。

「あ、ぼくコーラほしいです」
「…テメェにゃ聞いてねーだろが信司…」
「おかえり信司くん。どうだった?」
「ハイグリップのタイヤなのに、ハンドルがすごく軽いんです。乗りやすかったですよ」
「そっか、よかった」

信司が割って入り、豪は益々面白くない。自分で取ってこいと言ったら私もほしいなと彼女が言うので、豪は仕方なく自販機へと向かう。

「豪さん、上手くいかないですね」
「なにが?」
「いいえ、案外奥手なんだなーって思ったんです」
「そう?イロイロ遊んだって聞いてるけど。凛さんから」

高校を卒業した信司はあの夏以降走りに対する楽しみを見つけ、今は豪の元で更に磨きをかけている。消極的だった態度も薄れ、よく笑うようになったと豪は言っていた。

「…アツイなあ、今日は。ほんとうに」
「ね。夏は好きだけど、熱帯夜はちょっとやだよね」

ソッチのことじゃないんだけど、と信司は豪の方を見る。ペットボトル2本を抱え、面倒くさそうな顔で戻ってきた。

「ホラよ」
「ひゃあっ!?」

作業着の上半身を腰で結び、半袖のインナー姿の彼女の首元はガラ空きだった。信司から見ればそれは正面でも、彼女の背後から戻ってきた豪は、冷えたミネラルウォーターのペットボトルを彼女のうなじにくっつけた。

「もうっ何するのよ!」
「るせー、ばか」
「バカはそっち!幽霊かと思ったんだから!」

信司は思った。よく笑うようになったのは、豪さんもだよな、と。信司にはコーラを渡し、彼女にはミネラルウォーター。糖分を気にする彼女のための豪の心遣いだと、果たしてこのメカニックは気付くのだろうか。じゃれ合っているふたりを余所に、信司は彼女が組んでくれた足回りをもう一度試そうと、ハチロクを動かす。

ボトルホルダーに、未開封のコーラを置いて。

(うわあああ!あふれた!)
(信司くん、どれだけ振り回してきたのよハチロク)
(おー、コーラの水柱だ)


**********


>>2014/08/17 (Sun)
>>19:25

TRF
『たとえ誰が相手でも』


「まさかこんなに早く、こっちに来るなんて」
「ほんとだね、てっきり啓介くんはお姉さんとは離れていくと思ってたのに」
「あちらさん、よほど啓介のこと気に入ったのね。今回だけでいいからって泣き付かれたんですって」
「泣いたの?」
「ばか、本気にしないでよ。何度も言ってきて相当しつこかったから一回だけって、承諾したらしいの啓介は」

鈴鹿戦を前に発表されたドライバーエントリーリスト。TRFに留まらず、各チームにちょっとした騒ぎが起きた。

「ライセンス持ってるのにまだアマチュアチームに居るのはもったいないなと思っていたのよ。でもね、あっちで連勝してても、こっちで勝たせてはくれないわ」
「厳しいね、お姉ちゃん」
「手を抜かれることはあの子一番嫌いなの。さあ、最高のマシンで迎えてあげましょうハヤト。ミーティングやるわよ」

______


「…アネキ」
「大きいね、こっちは」
「…たまんねーよ、ったく」

長い一日が終わり撤収作業中、参戦したチームのトランスポーターに凭れる啓介を見た。少し離れるねと片付けを部下に任せ、弟の元へ。

「表彰台、狙ってたんでしょ」
「手応えを感じたら行けって作戦だったんだ」
「前半は…各チームの力量を見て、作戦を読んで…甘かったわね、啓介。後半、見事に置いていかれていたわ」
「うん」
「鈴鹿ももう何度も走って、コースには慣れていてもね。走る相手は、プロなのよ」
「…っかー、なっさけね…」
「…GT初参戦で、5位入賞。充分よ。むしろ、さすがだわ」
「アネキ…」
「アマチュアには限度がある。GT300も500も耐久にも、啓介を欲しがるチームは本当に多いの。もし、先を迷っているのなら…」
「オレは、アネキと一緒にはやんねェよ」
「…」
「アネキとは、敵として戦いたい。アネキが誇りにする世界がどんなもんか、戦って確かめたいんだ」
「啓介」
「すげーよ、やっぱ。感じるものが全然違う。楽しくって仕方ねェ」
「そっか」

今日の鈴鹿はよく晴れた。車体に凭れる啓介の顔も、言葉では悔しがっているが晴々している。兄が示してくれた道を、とうに自分のものにして。弟の目線の先は、日本ではなく、世界だ。

「はい高橋。今?パドック裏よ。…はいはい、戻るから」
「呼び出し?アネキ」
「片付け放ってきたから。早く戻れって」
「…今日、群馬帰れんの?」
「の、つもりだけど…ウチの打ち上げは後日だし」

インカムから流れた連絡を切り啓介を見れば、眉を下げて『もっと構ってくれ』という弟の顔。凛々しいレーサーはどこへやら。

「…一緒に帰る?」
「ん」

家に帰る前に病院へ寄ろう。きっと、今日のレースは既にチェック済の兄が出迎えてくれるから。

「お兄ちゃんにいっぱいお話しなきゃね」
「あーやべ、絶対ェダメ出し喰らうわ」
「うれしいくせに」

勝負事に手は抜かない。たとえ相手が家族だろうとも。だけど一歩、バトルフィールドから抜ければ、可愛くてたまらない、大事な大事な弟だ。


**********


>>2014/08/18 (Mon)
>>21:18

京一と清次と真ん中
『いろは坂の盆』


「ぎゃッ!」
「あ?」

真夜中の黒髪。前髪が垂れ下がり、顔を覆うほどの長さだ。突然そんな姿を見てしまえば、誰だって肩を跳ねさせる。

「お、落武者…!」
「誰がだよ!」

今日の走行テストは茂木で行っていた。現地の走り屋に伝えれば、夕涼みに来い=いろは坂で待つ=一本走っていけと誘われたので、仕事上がりの夜半時に訪れた観光名所。明智平、夜風に揺れる柳の木。その傍らに、髪をほどいた清次が立っていた。

「幽霊かと思いました!」
「アホか!髪しばり直してただけじゃねェか!」
「だって、へっ、ヘッドライトに照らされて余計に怖かったんですもん!」

幽霊だって嫌でも逃げていくだろう。それくらい、ぎゃあぎゃあ騒ぐふたりの声は大きかった。

「ええいやかましい!静かにしろ清次!」
「オレだけ?!嬢ちゃんは?!」
「怖がらせたのはお前だろうが」
「京一さん…怖かったです…」

涼みに来いと誘った当人が現れた。Vネックの白いTシャツに、ワークパンツではなくデニム姿の京一。怖かったと近付けば、嫌味でない汗のにおいがした。

「…まだ、清次でよかったな」
「まだ…?どういうことです?」
「ここは華厳の滝が近い。その下には涅槃の滝もある。…意味がわかるか?」
「…、…ッ!?いやああきょういちさああん!!」

ぎゅうっとTシャツを握った。顔を埋めて抱きつけば、そのまま逞しい腕にすっぽり包まれる。ぞわりと凍った背中を、京一があたためてくれた。

(嬢ちゃんに涼みに来いって、確信犯だろ!ニヤけてんじゃねェ京一!)
(何のことだかな)
(ひっく、っぐす、)


**********


>>2014/08/31 (Sun)
>>02:58

皆川×真ん中
『鈴鹿前夜』


陽が落ちた群青、メインスタンドの遥か上空に、祝いの花火が上がった。

(今年もまた…始まる)

​───────

夏が少しだけ遠退いた、澄んだ空の今日。早朝から三重県に入り、チームの設営をしていた。

「高橋、早いな」

パドックに出て腕を伸ばし、頭で今日のスケジュールを流していたら、背中から声。

「…皆川さん?おはようございます!まさか、今日…」
「まさか、だ」

スーパーフォーミュラが終わったばかりの皆川が、直後の鈴鹿戦にスポット参戦するという。それも、同じGT300で。

「先週発表のリストにはなかっただろう、オレの名前。直前ですまんな」
「知ってたらこんなに驚きません!ああ、もう、どうしよう、ますますプレッシャーだわ…」
「オレよりも上のドライバーを何人も相手にしているチームがなにを言う」

アスファルトに光る朝露が、陽に当たりきらきらと反射している。湿った路面が乾いていく。今日のコンディションは、間違いなく上々だ。

「皆川さん、スリップに入るの、上手なんですもん。レース観ていていつも思います」
「…こんな風にか?」

す、と後ろにまわった皆川に抱きしめられる。彼の腕が腹の前で組まれ、逃がさないとホールドするように。

「…ッ皆川さん、」
「…今日、終わったら付き合ってくれないか」

​───────

どのチームも、どのサポーターも、笑顔で花火を見上げていた。みんなが、ひとつに。鈴鹿が、明日の大きな祭を、秒速の闘いを、祝福していた。

「…鈴鹿に来て、何年目だ、高橋」
「…もう、3年でしょうか。負け知らずの3年でしたが」
「ポールを取るだけのデカい口は持っているようだな」
「ふふっ、恐れ入ります」

ライトアップされた、モートピアの観覧車の前で、ふたり。今朝交わした、皆川との約束。

「明日、負けませんから」
「1000km、バテるなよ」
「耐えられる準備は、してきました。チーム力と、最良のマシンと、ドライバーの集中力。3つ揃わないと、勝てません。すべてが普段の3倍以上…耐えてみせます。だからこそ、ポールを取れたんです」
「ふっ、生意気なことを」

花火が上がる度に、お互いの顔に光が射す。皆川は、妙に大人びた彼女をまた、背中から抱きしめた。

「オレが後ろのときは、覚悟するんだな」

振り向いた彼女の丸い瞳に光が射した。皆川は、『宣戦布告』のキスを額に落とす。


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>>2014/09/03 (Wed)
>>13:58

兄妹
『お迎えにあがりました』


迎えにきてくれると助かります。

なんとも控えめなお願い事だと笑った。忙しい自分の身を思って、『可能であれば』の意味を込めた妹からのメール。ああしてほしいこうしてほしいと、自分の欲望をハッキリ言わない謙虚さが時々、涼介はもどかしく思う。

彼女の願いなら何だって叶えてやりたいのに。

向かった先は、沿道の呑み処。自工大時代の同窓会らしい。駐車場には派手なクルマが何台か揃っていた。

「お、たかはしー、兄貴きたぞー!おきろー!」
「んん…あ〜おにいひゃんだぁありがと〜」

ふわふわと笑う妹は目もうつろで焦点が定まっていない。友人らに介抱され、ようやく身体を起こした。

「ったくお前は。どれだけ飲んだのか知らんがもっとわきまえろ」
「だあって〜みんなと会うのひさしぶりでぇ〜たのしいんだもん〜」
「だってじゃない。明日神奈川だろう、しっかりしやがれ」
「はあい…ちぇ。でもぉ、むかえにきてくれてありがと〜おにいちゃんっ」

手を取って立たせれば、ふらりともたつく足元。咄嗟に腰に手を添えれば、酒で真っ赤な目元がにこりと笑う。瞬間、


ちゅっ


「おーおー、仲良しなこって!」
「いいなーあたしも涼介さんみたいなお兄ちゃんほしーなー」
「いちゃつくなら帰ってからやれ高橋ー!くっそむかつく!」
「へへーだ。おにいちゃんはだれにもあげないも〜ん!ばいばいまたねー!」

触れただけの可愛らしいキス。妹からの不意打ちに、兄は彼女の手を引き慌てて店を出た。

「煽るな、ばか野郎」
「やろうじゃないもん、レディだもん」
「じゃあもっと淑やかになりなさい」
「はあいおにいさま。おむかえ、ありがとごじます」
「ございます、だろ」

ワンピースの裾をちょいとつまみ、腰を落として淑女の一礼。呂律も回っていない、ふふっと笑う妹は、普段は紛ごうことなく世界一可憐なレディなのだが。

(まあ、たまにはいいか)

FCの助手席を開け、エスコート。頭をぶつけないようにルーフに手を添え、シートベルトを留めてやる。瞬間、


ちゅう、


「続きは、帰ってからな」


自分だって、いつもスマートな紳士であるわけがない。バケットにちょこんと収まる、真っ赤なりんごのように熟れた可愛いレディに、欲望を込めた、愛のキスを。


**********


>>2014/09/15 (Mon)
>>00:48

拓海と真ん中※未来設定
『9月15日』


拓海の運命を変えた一戦から、もう何年経っただろうか。かつての師は、最近やりとりしたメールでは海外にいるとのこと。自分も自分で、国内のレースに参戦するようになってそろそろ軌道に乗ったかなというところだった。

三連休、最後の今日。この三日間はずっと天候に恵まれ、空は秋を描いていた。ここ東京、台場のドリフト特設会場へ、拓海はいち観客として訪れていた。イベントが終わったら海浜公園へ行ってみよう、そうのんびり考えながら、目はレーサーのそれで。目の前を走るクルマの挙動、タイヤの使い方を追っていた。

「だから、間に合わないって言ってるんです!もうなんで了解しちゃったんですか!」
「ンなもんすぐだろうが。ココからメガウェブまで10分かからねェよ」
「そんなことわかってます!ご自身のスケジュールちゃんと見てから言ってくださいよ!」

聞き慣れた声がした。それは拓海が居る観客席のちょうど前の通路。関係者専用レーンを横切って行った。

(あれ…あ、そっか。監督さんて、主催の人か)

数年経った彼女とは、群馬で会うより今はサーキットで見かけることの方が多い。相変わらず元気でいきいきとした笑顔に出会うたびに、拓海はレースへの緊張が解れる気分だった。監督である彼の人と同じスポンサーロゴが入ったレーシングスーツを着ていた彼女は、師匠の後を小走りでついていっている。あとで挨拶に行こう、拓海は再び、テクニックを盗む目に切り替えた。

__________

「もうこんなギリギリなことしないでくださいね、サポート隊も大変なんですから」
「なんだよ間に合ったんだからいいじゃん」
「どこがですか!トークショーの予定時間大幅にオーバーさせておいて!さっさと行ってください!」
「へいへい」

彼女のチーム監督のトークショーが終わったのは、海に向かって夕陽が少し近付いた頃だった。予定時間をオーバーしちゃってごめんねと、ステージ上で観客へ朗らかに笑う彼の人は、降壇直後に猛ダッシュして車に乗り込んでいた。見送る彼女を見付けたので、拓海はようやく声を掛ける。

「こんにちは」
「わっ、拓海くん!来てたんだね、今日はお疲れさま!」
「あ、いえ、今日オレ走ってないんですよ、見学に来てて」
「あれ、そうだったの?せっかくだから走ってみればよかったのに」

現に、自分を知る参戦中のレーサーからも『走ってみないか』と今日何件も誘いがあった。けれど拓海は、今日は走る気にはなれなかった。

「監督さん、すっごい急いでましたね」
「あー…あの人、ほんっとイベントが好きで。声がかかったら少しくらい難しいスケジュールでもこなしちゃうんだ。さっきも、急きょメガウェブから連絡がきてね」

なんでも、同時開催のイベントにサプライズで飛び入りゲストとして来てくれないかとの誘いだったらしい。先方も、監督が台場に居ることを既知だったのだとか。

「予定通りにトークショーが終わったことなんてないのにさ、お話好きもほどほどにしてほしいよ」
「それだけ、ファンを大事にされているんですね」
「それだけ、裏方はバッタバタだけどね」

私マネージャーじゃなくてメカニックなんだけどな。そうは言っても、彼女は嬉しそうに笑った。

「…今日、走らなかったの、理由があるんです」
「理由?」
「覚えてくれていますか?涼介さんとの、秋名の、バトル」
「…あ」
「オレの道を拓いてくれた人とのバトルが、今日だったんですよ」

ほやんほやんした気の抜けるような拓海は、あの頃から少し姿をひそめている。

「だから、自分を見つめるために、走りに対して初心に帰ろうと、クルマの動きを外側から見ていたんです。あの日みたいに、自分より上手い人の走りを見て、何かを得られればいいなって」

強い瞳で、顔つきも男らしくなった。表情も豊かになって、精悍な青年に成長していた。

「…いつか、また」
「はい」
「お兄ちゃんと走るときがきたら、拓海くん、勝てそう?」
「今度は、もっと大差で勝ちますよ」

ただ、笑顔は。

やさしくて、少し可愛らしくて、昔と変わらない、柔らかい拓海のままだった。

(あ、そういえば監督が)
(はい)
(今のチームに不満があるならいつでもウチに来いって)
(…考えておきます)
(私も一度拓海くんと組んでみたいなあ)


**********


>>2014/09/27 (Sat)
>>12:48

TRFとモテモテ啓介※未来設定
『お嫁になんて、あげません』


「となり、よろしいですか?」

朝からチームミーティングに始まり、メカニック講習会、11月のスプリントカップの全体会議と、休むタイミングをことごとく逃して時刻は夕方17時。忙しくても水分補給をしていただけまだマシだった。すべてが終わって時間が作れたとき、ふ、と肩を落としたら、ぐう、と虫が鳴った。

なにかお腹に入れようとやってきたカフェ。こってり系は胃にもたれるから、やさしいスープスパにした。くるくる、フォークに巻き付け、ひとくち。ちゅるりとパスタをすすったとき、となりのイスに誰かが座った。

「…」
「あ、すみません、食事中に」

口からパスタが1本はみ出たまま、相手を見上げる。咀嚼して飲み込んで、ようやく、会釈をした。

「高橋さん、ですよね?TRFの」
「ええ」
「あ、どうぞ食事なさったままで結構ですよ」
「いや、あの、そういうはしたないことは出来かねますので…ご用件は何でしょうか」
「お気遣いありがとうございます。お時間は頂きませんので。今日は、高橋さんにお願いがあって参りました」
「私はただのいちメカニックですので、何かご依頼でしたらチーム代表に「弟さんを、ウチに下さい!!」……は?」

―――――――

「…って。熱烈オファー、これで3件目」
『知らねーよ、ったく何で直接オレじゃなくてアネキに言うかな』
「プロポーズみたいで楽しかったよ、断ったけど」
『たりめーだ。勝手に受けてたらアネキだろーが殴るぜオレは』
「出来ないくせに」
『…TRFにゃ乗らねーからな』
「わかってます。いい加減チーム決めたら?」
『もう決めてる。アネキ、タイ戦が終わったら、ちょっと付き合ってくれねーか?』


**********


>>2014/10/02 (Thu)
>>00:04

豪と真ん中と皆川
『朝の一杯』


標高差で僅かの違いはあれど、霊峰富士を守護する山々が色づき始めてきた。ああ、いよいよ年間で一番混むシーズンかと、朝靄の中で思っていた。

「さみーな、さすがにもう」

豚革は柔らかく保温性に優れ、湿気を適度に放出してくれる。黒いそのブルゾンを勢いよく羽織り、彼女の傍へやってきたのは北条豪。

「寒くても、私は好き。空気が澄んで、太陽がきらきらして」
「さすが風の子」

いつものメカニックスーツに、ダウンベストを重ね着して。商売道具を冷やしてはいけないから、気が早いかもしれないが手指にはモコモコのミトン。吐息を吹きかけると淡白く拡がった。

(無理しちゃって、ったくよ)

朝陽が彼女の髪を照らす。ぽん、と撫でて、豪は少し離れた。

________


「いよいよ鈴鹿だな」
「…それ、観に行けない私への嫌がらせですか」
「安心しろ、写真添付してやるから」
「うれしくありません」

タートルネックにネルシャツを合わせた皆川は、彼女と同じ景色を見ていた。少しずつ朝靄が切れて、芦ノ湖面に棚引く様がなんとも美しい。

「どうしても時期が被りますから。観戦は諦めてますよ」
「贔屓しているレーサーに会いたくないのか?」
「会いたいですけどチーム最優先です。でもせめてフリー走行くらい、観たかったな」

今週末、GT組はタイへ出発する。同じ国内であれば、まだ時間が作れたかもしれない。10月のGT戦には不参加の皆川は、国内に残りF1観戦を予定していた。

「国内組が海外へ、国際組が来日か…ややこしいな、今年は」
「あーあ…諦めてるとは言っても、本音は諦めきれないです。去年はオートポリスだったし、毎年観戦出来てないんですよね…来年の10月もタイなんです」
「観戦したくば、GTから離れることだな。カタギリに来るか?歓迎するぜ、チーフ」
「ふふ、ご遠慮します。私はGTから出ませんよ」

鈴鹿でイベントが始まるころ、彼女はタイへ向かう飛行機の中だろう。年に一度の大きなレース、みやげは何がいいかと、観戦出来ず悔しそうに頬を膨らましている彼女を見ながら皆川は思った。

_________


「ちっす、皆川サン」
「ああ」
「80の音聞こえたんで。朝早いっすね」
「お前らこそ、朝っぱらから逢引か」

そばを離れていた豪が戻ってきた。寒そうに肩をすくめて、両手をブルゾンのポケットに仕舞いこんで。

「どこ行ってたの?」
「ん?ちょっとな」
「北条、お前今週末空いてるか」
「お誘いですか皆川サン。デートはちょっと」
「馬鹿か。友人でも誘って、鈴鹿へ来いよ。チケット2枚あるから」
「え、マジすか、それってまさか」
「F1、本当は、私が譲り受ける予定だったの。信司くん、誘ってみたら?」
「オレはどうせならお前と行きたいぜ」
「だから私は無理だってば。おみやげよろしくね豪」
「信司…かアニキでも誘ってみっかー。ありがたく頂いときます。じゃーお礼に、どぞ」

両ポケットから取り出した缶コーヒーはふたつ。無糖を皆川に、カフェオレを彼女に。

「はい、甘いやつ」
「あれ、豪のは?」
「オレはこっち」

本当は、自分と彼女のふたつ分を買いに行っていた。戻る途中に聞こえたのはスープラのエンジン音。F1のチケットをくれた皆川に礼として自分用のコーヒーを渡し、再度買いに行くのも何だか癪だったので、代わりに懐からシガレットケースを取り出した。

「…準備、しなくていいの」
「このあと、一旦群馬に帰って支度するよ。明日の朝に発つから」
「しっかりな、高橋」

ミトンを外し、あたたかいカフェオレを両手でつつむ。かじかんでいた指先がじんわりと温まった。ひとくち飲めば、柔らかい甘さに頬が緩んだ。香ばしいふわふわの白い湯気がふたつと、少し苦いタバコの白い煙が揺らめいている。しかし朝靄は途切れ太陽は目覚め、視界がよりクリアになっていく。カフェオレを飲んだら、さあ、戦いの舞台へ。

霊峰富士と聖地箱根の加護があらんことを。


**********


>>2014/10/11 (Sat)
>>18:51

豪×真ん中
『そのひとつは希望』


咄嗟に手首を取った。

折れそうだとか、筋肉あんのかとか、それはいつも思うことだけど。

「なに?」
「いや」

オレの知る限り、整備士のダチとかチームのメカニックは、もっと、違う。やつらだって、決して不精しているとは思えないが。

「指、キレイだなって、思った」

やっぱ、そういうとこ、オンナなんだなって思う。コイツは、クルマだけじゃなくて常に人と接しているから、身形には特に気を遣っているんだろう。石鹸でゴシゴシ洗ったせいで逆に荒れた…という手触りでもない。手首から先、甲、平、指の間も、キメが整ってキレイだった。

「オイル汚れ、全然ねェな」
「弱酸性にお世話になってます」
「爪の間とかも」
「あー、そこはけっこう大変なのよね」

爪を伸ばすと間にオイルが染み込んで落としにくいと。だからいつも短いのか。短い方が、オレは好きだけど。

「ネイル、いつもやってんの?」
「これ、爪を保護するものなの。割れないようにとか、血色をキレイに見せてくれるのよ」

ドレッサーの引出しから、ネイルプロテクターなるピンクの小瓶を見せてくれた。彼女の小さな手の小さな爪には、同じピンクがほんのり。潤って滑らかな手に、かわいいピンク色はよく似合う。

「貸して」

『天使』は、キレイでなくては。

爪の先をやや厚めに。あとは薄く、ムラにならないように重ね塗る。

他の誰でも何でもなく、着飾るのも穢すのも、いつだってオレだけでいい。

約束の薬指を、豪は丁寧に丁寧に、染めていく。


**********


>>2014/10/18 (Sat)
>>00:40

ミニ四レーサーの真ん中
『明日にとどく』


小学生の頃から愛用しているピットボックスは、もうずいぶん傷付き、塗装も剥がれ、昔貼ったステッカーもボロボロだ。それでも、決して捨ててはいけない。なくしてもダメだ。自分の、大事な思い出が入っているから。その傷付いた外観からも伝わる、たくさんの思い出。

「これで…大丈夫かな」

車検には間違いなく通る。レギュレーション説明を何度も何度も読み込んで、車幅と車高の調整も済んでいる。

「本当に、GTマシンと同じね」

モーターの位置を、中心へ。カチリと嵌め込み、そこから伸びるダブルシャフトが特徴のMSシャーシ。前後に同等の駆動力を伝えることで安定性が増し、フロント、センター、リアを三分割に組み合わせたシャーシは、MS=ミッドシップだからこそ可能なレイアウト。コーナーで抜群の安定力を発揮するこのマシンは、実車同様の構造だ。

「ウチのマシンも三分割できたら、セット組むのも早いのにな。ふふっ、まあ無理だけど」

GT戦も、残すところあとひとつ。11月の最終戦を前に、今はしばしの休息を。兄弟が不在なのをいいことに、ガレージを広く空けてミニ四駆サーキットを組み立てた。傍らに置いた愛情たっぷりのピットボックスには、小学生より使い込まれた専用工具たち。本職のそれより年季が入っている。

「明日、勝てますように」

実車と同じく、サーキットの周回を重ねてタイムを計り、細かくセットを変え、徐々に完成させていった戦闘機は、明日、数多のレーサーたちを相手にして、傷付いて帰ってくるだろう。大事なマシンが傷付くことは悲しいことだが、限界域で戦った証であればそれはとても誇らしい。

今、目の前にあるものすべて、勝利へ届きますように。

keep on running!!!


**********


>>2014/10/22 (Wed)
>>23:12

兄妹弟
『秋深し』


啓介がくっついてきた。

「わ、ほっぺ冷たい」
「そと…風めっちゃさぶかった…」

ふらっとコンビニに行ってきたらしい。早々と冬季限定チョコが並んでいたのか、ビニール袋には複数のそれ。

「アネキ、ぎゅー」
「きゃっ体温が奪われるー!」

ソファに座る正面から抱きついて、羽交い締めにされた。身動きが取れない。かろうじて腕を動かし、背もたれに掛けてあった大判のブランケットを引っ張った。

「啓ちゃん、ちょっと離れて」
「えー、やだ」
「ちょっとだけ」
「アネキあったけーから離れたくない」
「ちょっと、ね?」
「…ん」

不貞腐れた末っ子が少しだけ離れている隙に、両手でもってブランケットを掛けた。自分にくっつく啓介ごと、ふんわりまあるく包み込む。

「これならもっとあったかいでしょ?」
「アネキ最ッ高ー!」

ふわふわのブランケットから顔だけを出し、頬を擦り寄せる。きゃっきゃとはしゃぐ啓介の頬はぽかぽかとしていた。

「あったかいねー」
「ねー!」

子供のように、姉の言葉を真似て返す。暖房まではいらないけれど、深まる秋にはこのくらいのあたたかさが心地良い。

23時になった頃、涼介が帰ってきた。これまた寒いと言いながらブランケットに加わり、兄妹弟仲良く秋の夜長を過ごすのだった。


**********

>>2014/11/01 (Sat)
>>22:33

高橋北条が仲良しです
2周年御礼『ハロウィン・ナイト・フィーバー』


富士スピードウェイで開催されている、有志によるハロウィンイベント。明日から連休ともあって、夕方から深夜にかけての異例とも言えるスケジュールだ。いつもと違う富士の空気に、胸が高鳴る。

だが。

「コスプレはガールズだけでいいじゃない!」
「なに言ってんの、若いんだから何事もチャレンジしなきゃ」
「それとこれは別でしょう!私はイヤよ!」

チーム控室。本番…ナイトレースに向けて準備中のTRFではちょっとした騒動が起きていた。かたや本気で乗り気、かたや本気で拒絶な、我らがリーダーとメカニックである。

「一年で一度だけなんですからぁ、チーフも着ましょうよぉ」
「そーですよー!チーフぜっったいカワイイですから!」
「メイクは任せてくださいっ!」
「ちょ、ま、きゃあああ!」

既にパドックへ出陣準備万端のチームガールズにより、彼女はメイクルームへと連行されたのだった。

__________


「おー、すっげー人!」
「仕事帰りに寄れる時刻だから、余計だろうな」
「なんで高橋も一緒なんだよアニキ」
「目的が一緒だったんだ、仕方ないさ」

一体どう仕方ないのか豪は凛が言う意味がわからない。目的が一緒でも別に行動まで一緒でなくてもいいのではないか。

「聞けば家族用のパドックパスがあるそうじゃないか。大学の帰りに涼介に会えてラッキーだったよ」
「聞こえなかったんですか先輩、"家族用"ですよ」
「ああ、言わなかったか涼介、彼女はオレの"未来の妹"だと」
「…おいテメェ、うぜェアニキ連れてとっとと帰れ」
「テメェこそ邪魔なんだよ弟。いっつもオネエサマにベタベタしやがって」

どうやらこういうことらしい。
涼介の大学が終わる頃を見計らって啓介が群大へ向かい、兄弟揃って富士へ行こうとした矢先、ちょうど群大に所用で来ていた凛と出会った会話の中で、今日のイベントについてお互い既知だと判明、チケットの有無を問えばかくかくしかじかで、それならオレもご一緒していいだろうかと凛がしゃしゃり出た、のだとか。富士へ向かう間に、凜は豪を忘れずに呼び出した。

「つーかお前アネキの何なんだよ、ダチにしか思われてねークセに」
「は、オレはアイツのイチバンのダチなんだよ。その証拠にオレだけ『豪』って名前呼びじゃん。他の連中は敬称つけてるけどよ」
「せいぜいダチで終わるのがオチだな」
「知ってるか高橋、ダチから恋人になるケースって多いんだぜ。お互いを理解してるから気が楽なんだとさ」
「っざけんな北条、アネキは絶対ェやらねーからな」

兄も兄なら、弟も弟である。睨みを効かせた目をしながら歩いている4人は普通にしていれば二度見してしまうほど美丈夫なのだが、今はその禍々しいオーラに周囲は見ずに避けて通るのだった。

__________


「うう…落ち着かない…」
「はい、笑顔ー!」
「ハヤト、自分はいつも通りだからって楽しんでるでしょ!」

ピットウォーク真っ最中。ガールズたちの衣装も、いつにも増して煌びやかだ。デザインは通常同様だが、ハロウィンに合わせオレンジとブラックのカラーリングになり、ヘッドドレスにも小さなツノが付いていたりと、遊び心に溢れている。

「みんなよくいつもこんな短いの着てるね…」
「何事も慣れですよチーフ!」
「そーです!ほら、カメコさんいっぱいいるから笑いましょ!」

控室から出るだけで恥ずかしくて死にそうだったのに、外で待ち構えるカメラに向かって笑えとは…いつもこのフラッシュを浴びているガールズたちを偉大に思った。

「あれ…涼介くん?」
「!!!!????」

なんで、

なんで!

(来るなんて聞いてないよばか!パスはあげたけどなにもハロウィンに来なくたっていいじゃないー!!)

「やあいらっしゃい涼介くん。啓介くんもお揃いで」
「ご無沙汰していますハヤトさん。すみません、知り合いも一緒に着いてきてしまったのですが…」
「構わないさ。今日は楽しんでいってね」

ピットウォークの反対側。パドックよりチームガレージ内に入った4人は、リーダーのハヤトに挨拶し入場承諾を得た。ハヤトが涼介に気付いたと同時、彼女はいち早く物陰に隠れる。

「…あれ、あの子どこ行ったの」
「妹、ですか?」
「うん、さっきまでガールズたちと同じ衣装で写真撮られてたんだけど…」
「…すみませんハヤトさん、あの、妹はいつもの恰好ではなくて、アレ、だと…?」
「うん、そう。すっごいかわいいんだから。ねえキミたち!」

はいリーダー!と元気な声に、兄弟らはガールズたちの出で立ちを見た。

「…ヤベェだろ」
「だな」
「あんな短いトップスだと腹が冷えてしまうぞ涼介!」
「先輩もう黙ってください」

そういう兄たちも、彼女のあの姿を見たいのだ。ハヤトも一緒になって、兄弟らは愛しい姿を探し始める。どうやらガレージ内にはいないようで…。

「探しものはコレかー?」
「きゃあああ監督ひどいーーー!!」

イベント限定レースの戦略をスタンドで練っていたチーム監督が、まるで首根を掴むように子猫を連れてきた。

「ウォールスタンドに隠れてたぞ。ったくどこのノラ猫だ?」
「やだなあ監督ウチの子ですよ、はっはっは」

衣装のトップスの襟元を掴んだチーム監督にずるずると引っ張られハヤトに受け渡される。真っ赤になり、もうどうにでもしてくれ、そう諦めた顔で、しゅん…と項垂れていた。

三角襟が付いたノースリーブのショートボレロに、胸元を覆うチューブトップ。マイクロミニ丈のプリーツスカートには、細いウエストを強調する太ベルトが付いている。そして、サイハイブーツ。いつもは公に出ず裏方でチームを支えている我らがチーフメカニック。マシンに華を添えるガールズたちの衣装を今、兄弟らが愛する彼女が着ていて、冷静でいられるはずがない。涼介は片手で顔を覆い、啓介は今にも飛び出しそうで、凜は目を見開き、豪は照れすぎて目線を逸らしている。

加えて、ヘッドドレスに、ふわふわの黒猫の耳とあっては。

萌え、というポイントを見事に擽られた兄弟たちだった。

(顔…上げられない…っ)

口唇をきゅっと締め、恥ずかしくて縮こまってしまった。まるで震える子猫のように。

「ほらチーフ、みんなで練習したやつ言ってあげなきゃ!せーの、」
「…おかしくれなきゃ、イタズラするよ…?…です…っ」

顔を上げられずちらちらと見遣るだけの彼女は、恥ずかしすぎてガールズたちの背中に隠れてしまった。のだが。

その仕草、その恰好、その、声。

きゅん、と心を奪われた兄弟らは、言うまでもなく、4人一致で敢えてイタズラを選んだのだった。


**********


>>2014/11/04 (Tue)
>>00:23

京一さんはお料理上手。※not真ん中
『いろは坂のおかん』


連日の残業がたたって、熱が出た。

自己管理は怠っていない。手洗いとうがいはもちろん、しっかり風呂で温まって、夜更かしもそこそこに身体を休ませていたはずだ。

(こうなると誰のせいでもないよ…ひくときはひくんだから)

体温を何度測ったところで何も変わらない。測るたびに下がっているのなら、今頃とうに元気になっている。

(……ごめん、京一)

せっかくの休みなのに。仕事が忙しく、体調を優先して最近は夜の日光へ出向いていない。『それなら昼間に会えば済むだろうが』と、京一が私と休みを合わせて取ってくれた、今日。

(あー…さみしい…)

彼が作ってくれた時間を、自分が壊した。風邪をひいたのは仕事のせいか、自分のせいか、不特定多数の周囲の人間のせいか。誰のせいでもないと言っていても、頭では納得がいかない。くやしい。せっかく、久しぶりに会える日だったのに。

ぱん、と外から音がした。

久しく聞いていないマフラーの破裂音。一度だけ鳴らし、到着の合図。昼間の街中では騒音になってしまうから、極、控え目に。

(来ちゃだめって、言ったのに)

独り暮らしのアパート。ベッドからもぞもぞ顔を出して窓の外を見れば、スーパーの袋を持って愛車を施錠している恋人が。会いたいけど、会いたくない。嬉しいけど、困る。高温の頭で、ぐるぐる渦巻く背反の想い。

「入るぞ」
「…もう、入ってんじゃん…」
「どうだ、調子は」
「こほっ…、見ての、とおり」

喉が刺すように痛い。今は京一よりマスクが恋人だ。

「うつるから。近づいちゃだめ」
「インフルエンザじゃないんだろう、季節風邪など怖くない」
「ばか、きょういち」

額にあたる京一の掌は、ひんやり心地良い。ふ、と息をついたらメンソールの香りがした。

「…冷えピタ?」
「熱が高いんだろう?」

そのまま、掌をあてていてほしかった。近付いたらうつしてしまいそうだけど、やはり、私は人恋しくてたまらなかったのだ。

「少し寝ていろ。キッチン借りるな」
「なに…」
「食ってねェんだろ、どうせ」
「ゼリー、くらい」
「任せておけ」

今度は子供の面倒を見るように、頭をぽんぽんと撫でられた。いい子で待っていなさい、そう言われたように。しばらく、お母さんのような恋人に、甘えることにした。

「熱いからな」
「…なんで」
「お前、何年オレと付き合ってるんだ」

恋人の好みくらい知らいでかと、和食御膳が運ばれてきた。

「…おいし」
「そうか」

肉じゃがと、たまご粥。量は少なめで、濃くなくやさしい薄味だ。高熱で喉も痛い自分にはちょうどいい。少しずつ箸を進めれば、なんだかほっとしたような顔をされた。

「すった林檎、食うか?」

尽くしてくれる京一は、強面のくせに心底やさしい人。面倒見がいいから、仲間もたくさんいて、慕われているんだろうな。

…なんだか本当、お母さんみたい。だったら今日はとことん、甘えてやろう。

「…あーん、だめ、ですか」
「…ほら」

さすがにこんなことまで、エンペラーの仲間にはしていないよね。優越感に浸りながら、私は林檎を頂いている。

「…京一、お嫁に、きてください」
「とっとと治してお前が来い」


*************

>>2014/11/16 (Sun)
>>16:12

TRF
『最終戦、出陣』


ポイントリーダーに食い込むには、トップ3に上がるしかない。食い込むだけじゃだめだ、そこから、蹴落とすくらい走らないと、優勝なんて、出来っこない。

(お兄ちゃんたちだって、成し遂げたのよ)

この夏、涼介が企てたひとつの夢が大団円で幕を下ろした。啓介と拓海はその後、どこのチームでどのカテゴリーで走るのか、オファーがあったところを見てまわっているらしい。

「啓介くん、来てるみたいだね。さっきインパルに居たよ。こっちに呼ぶかい?」
「いいよ呼ばなくて。あの子はあの子の目線でチェックしてるだろうから」

まだ慌ただしくない、朝の茂木。あと1時間もしたら、各チームから爆音が鳴り、空に轟く。

「路面冷たいな」
「お日さまもう少し強くほしいね」
「キミは晴れ女じゃないか、大丈夫大丈夫」
「5戦目の雨の富士を忘れたのハヤト。天気は読めないわよ」

グリッドに出て、ハヤトがうんと腕を伸ばす。予選で落とした位置をなんとかしなくては。リーダーの手腕が問われる決勝、この肩にかかる重責は、監督と同等のもの。

「天候は仕方ないけど、マシンの調整ならメカニック部に任せなさい。巻き返すから」
「ははっ、頼もしいな。弟くんが見てるもんね」
「啓介だけじゃないわ」

さっき届いたLINEとメール。地元栃木の京一たちはもちろん、埼玉からも。

「神奈川のみんなも、来るって」
「そうかい、じゃあ、カッコ悪いとこ、ますます見せられないね」
「うん」

朝の一杯でも淹れようかと、ハヤトがガレージへ戻る。澄んだ青空は、チームにとって幸をもたらしてくれるのか。仰ぎ、目を瞑り深呼吸。浮かぶものは、あの夏の勝利を手にした、兄と弟の、笑顔。

「朝礼始めるぞ、来いよ」
「はい!」

監督の一声で、チームはひとつに。

目指すは、ポディウムの頂点。

(いってきます。お兄ちゃん、啓ちゃん)


***********
>>2014/11/18 (Tue)
>>21:21

TRFと啓介と豪
『結末、来季へ』


チェッカーを切った。ピット陣が騒がしくなった。背の小さな彼女は、クルーたちに囲まれて観客席からは確認出来なかった。

結果、3位。
順位でもポイントでも、トップには追いつけなかった。騒がしくなったのは優勝チームの声。TRFのピットでは、共に戦ったメンバーと静かに労りのハグを交わしていた。

「あ、チーフどこへ…」
「しー、今はそっとしてあげなよ」

メカニッククルーが彼女を呼んだ。しかしリーダーがそれを止める。勝つための、攻めのマシンを組んだのは、彼女だから。作戦会議で提案した彼女のセットアップが、結果を出せなかった。

「悔しさは、ひとしおだろうさ」

インカムを取り、グローブを外す。スーツの前ファスナーを下ろし、陽が落ち始めて冷えた空気を吸う。今日の茂木は、良い天気だった。一生忘れられない、良く晴れて、かなしい日になった。

「…っ、く、ひっく、」

いけると思った。
今日は特に、ドライバーとマシンの相性は完璧だったから。この状態は、狙えると。

「判断、ミスだ…っ、わたしの、」

タイヤ無交換作戦。
朝のフリー走行で、ドライバーが乗れている確信があった。予定していたタイヤを、耐久性のあるグリップが強いものに変えようと提案したのは、彼女だった。それに合わせた、足回りの強化。各チームより周回数を重ね、中盤にはトップ独走へ。しかし途中アンダーが出始め、グリップが低下。挙動がおかしく、緊急ピットイン。ガレージに入れてみれば、ドライブシャフトの異常…。すぐに修正して立ち直すも、その間に現ポイントリーダーへ順位を譲ってしまうことに。

最後の最後で、足回りに特化するあまりマシンへの負担を大きくしてしまった。勝てる、レースだった。

「…もう、やめ、ようかな、レース」


「アネキ!」


トランスポーターに隠れて泣いていた。パドック裏、誰にも見られないように、しゃがんで、からだを小さく丸めて。見つけた、と、啓介がやってきた。

「けい、どう、して」
「パドックパス。最終戦はコレで観に来てってくれたじゃんアネキ。おーい北条!いたぞー!」

首から下げた関係者用のパドックパス。涼介と啓介に渡したことを、すっかり忘れていた。

「どこにいんのかと思ったぜ!クルーに聞いても見てないとか知らないって言うし!あー探した―!」
「豪、」

こつん、と頭を小突かれた。しゃがんでいる姿に合わせ、啓介と豪も、腰を落とした。

「こら、なに泣いてんの」
「…っ」
「アネキ、泣いちゃダメだって」
「だ、って、わたしの、せい」
「誰がお前のせいって言った?さっきガレージ行ったけど、ンなこと誰も言ってないぜ?」
「むしろアネキのことみんな探してっぞ。世話んなってる仲間に心配かけんなよ」
「勝てた、のに、絶対、優勝できたのに、わたしが、」
「あーもー、お前ね、それは言ったらダメな言葉だろうが」
「…?」

豪に言われ、きょとんと顔を上げる。真っ赤な目で、ぽんぽんに腫れた目蓋で。すげー顔だなと、啓介が涙を拭ってくれた。

「勝負事に絶対はないんだぞ?それはお前が誰よりわかってることじゃないの」
「…う、ん」
「この結果に、誰が文句を言ってる?来季の出場枠があるなら、また走りゃいいじゃん。絶対勝てる保証がないから、レースってのは面白いんだぜ」
「テメェ、オレが言いたかったこと全部言いやがったな」
「は、ざまーみろ高橋」
「…」
「…おい、聞いてんのかよ」
「っ、う、ん、うんっ!う、ああああん!わああ…っ」

ぎゅ、とふたりに抱きついた。くやしい、くやしい。一年間が、終わった。終わってしまった。声を上げて、泣き崩れた。全部、堪えていたものが、ぽたりぽたりと落ちていった。


「戻ってこい。今季の終礼だ」


監督が彼女を呼んだ。ぽん、と、啓介と豪が背中を叩いた。泣き腫らした左右の目蓋に、ふたりはそれぞれ、称賛のキスを。

「おつかれさん」
「がんばったな、アネキ」

ふにゃ、と力なく笑った顔は、今までのどんな笑顔より、綺麗だった。

「ったく、勝手にいなくなるな、お前がいなきゃみんな困るんだよ。おう、ウチの見つけてくれてありがとうな」

迎えにきたチーム監督に、彼女を差し出す。ぽん、と頭を撫でられる姿が、師弟というより親子に見えた。ガレージに戻る小さな背中が、逞しかった。


**********

>>2014/11/23 (Sun)
>>00:36

『イイニイサン、イイニッサン』

日産組×妹
池谷→健二→ケンタ→中里→淳郎→好ちゃん→奥山→池田→凛

【秋名/S13】
「お兄ちゃん、真子さんとデートなのにまたそのポロ?」
「ワリーかよ、気に入ってんだよ」
「お兄ちゃんは気に入ってても少なくともあたしからしたらダッサいのよ!ちょっとはオシャレしなきゃ真子さんに呆れられるよ?」
「ぐッ…!ならどーすんだよ」
「とりあえずそれにジャケット羽織ればいいんじゃない?あっあと、身繕ってあげるからシルビアちゃんでお買い物連れてってね!」
「お前…それが狙いか」


【秋名/180】
「お兄ちゃーん携帯鳴ってるー」
「おー」
「あ、池谷さんだ。もしもーし」
「おい勝手に出るな」
「え?今から碓氷?わあっ真子さんとデートですね!…ふふっわかりました、伝えます。お兄ちゃん、池谷さんが絶対着いてくるなよって。店番わたしやるからお兄ちゃん碓氷行ってきたら?180うるさいから気付かれないようにそうっとね?」
「…要はお前も気になるのね」


【赤城】
「お兄さんが出来たみたいで嬉しいんでしょ、ケンタ」
「呼び捨てすんなよ妹のくせに」
「…啓介さん啓介さんて、なによ、あたしには全然かまってくれないのに」
「…は?」
「毎晩走りに行って、帰ってきたら啓介さんの自慢話ばっかり。ケンタなんて本当に啓介さんの弟になっちゃえばいいんだ!」
「お前…ッ、なんつーカワイイことを!」
「きゃあああくっつかないで兄ちゃん!」


【妙義】
「…鉄仮面」
「違うだろ」
「怖い顔なんだもの」
「そうか?」
「兄さんみたい」
「…お前な」
「夜に走ってる兄さん、とっても険しいから」
「そりゃ、真剣に走ってるからな」
「まだ慎吾さんの赤い子のが可愛いし、慎吾さん楽しそうに乗ってるわよ」
「アイツが楽しそうってのは違うベクトルだろ、相手を蔑むような…、って、乗ったのか!?いつ!?」
「…なんでそんなの聞くの」
「もう乗るなよ慎吾のは!乗るならオレの助手席だ!」
「えーだって32の顔怖いし今の兄さんも怖「怖くない!」…はいはい」


【もみじ】
「わあっすごいねあっちゃん、紅葉のトンネルだよ!」
「ああ、ちょうど良いタイミングだった」
「よかったー今年も見られて。あっちゃんとターボちゃんと一緒に毎年の恒例だもんね」
「毎日走ってると、見頃はすぐにわかるからな」
「えへへ、教えてくれて嬉しい!もみじラインの紅葉が全国一きれいだよ!来年も来ようね!」
「…お前に恋人が出来たら、それは難しいかもな」
「…あっちゃん、私、助手席から退くつもり、ないよ…?」
「…こら、まったく困った妹だ」


【茨城】
「兄さん、お元気?」
「おい、腹を触りながらどこに向かって言ってんだ」
「あらら、これじゃ城島先生が心配されるはずだわ」
「定期的に通ってんだ、問題ない」
「大丈夫って言われて安心したら、またお酒でしょう?太るわよ。昔はアクティブでスラッとして自慢のお兄ちゃんだったのに」
「お前だってアイドル扱いされて可愛かったじゃねぇか、なのになんだよ、またずいぶん老け「兄さん?」すんません」
「それより、せっかく久しぶりに兄さんに会ったし、お昼ご一緒しない?チームの若い走り屋たちのお話、してちょうだいよ」
「お前はほんと、クルマ好きだな。ディーラーの業績は?」
「ぼちぼち前年クリアってトコかしら。うちも若いのが頑張ってくれてね」
「さすが天下の日産様ですな」
「ご贔屓下さって感謝いたしますわ星野様、次はR35なんていかがです?」
「いやだね」


【七曲がり/S15】
「きれいな青」
「好き?」
「うん」
「オレも気に入ってる」
「わたしより?」
「いいや、お前以上に気に入ってるの、ないよ」
「そっか」
「お前は?」
「広にぃ、が、いちばん!」
「上出来。出掛けるか?」
「うんっ」

【七曲がり/Z33】
「燃える色ね」
「オレには派手だと思うか?」
「兄さんは熱い人よ、Zの赤は、兄さんのための色だわ」
「ふ、嬉しいことを。天気も良い、少し走りに行くか?」
「乗ってもいいの?助手席」
「どうぞ、オレのフェアレディ」


【大観山】
「薄暗い中にこれがいると、凄く怖い。まるで凛兄さんの存在のよう」
「…お前な」
「性格の違い?豪兄さんはあんなに明るい赤なのに」
「オレは色より走りに惚れたんだ」
「惚れた相手を、キズ付けて苦しめちゃったんだ。悪い兄さんね」
「…それを言うな」
「手離すの?」
「今まで悪かったからな、もう休ませてやりたいんだ」
「…凛兄さん」
「ん?」
「私は、離れないからね。どんなに苦しくたって、辛くたって、兄さんたちから離れないよ」
「ああ…離さないよ、もう二度と、な」


**********


>>2014/12/01 (Mon)
>>18:12
69556〜70000hit御礼
池田×彼女
『グロスの伝言』


慈悲の心は持ち合わせていても、女性を理解する心には疎かった。

「おい、どこまで行くんだ」
「ついてこないで!」

芦ノ湖に着いた途端、Zの助手席を開けてすたすた歩いて行った彼女を追いかける。空はこんなに晴れているのに、この恋人たちにだけ、濃霧がかかっているようだ。

「あまり遠くへ行くんじゃない」
「子供扱いしないでよ!」
「まったく…何がお前を怒らせているんだ」
「…っ竜次のばか!」

原因は自分なのか。はてさてまったく見当がつかない。ドライブ中は、至っていつも通りだったのに。しかしひと息ついた大観山から芦ノ湖まで、彼女はてんで無口だった。

「わかったわかった、オレが悪かった。だから悪いオレに教えてくれ。オレの何が気に入らない」
「もう全部よ!大っきらい!」
「なら別れるか、それじゃ仕方がないからな」
「ッ!」

やっと、足を止めてくれた。振り向いた彼女は、とてもとても悲痛な顔で。

「少し落ち着け」
「…ごめんなさい」

下を向いた彼女を、池田はやれやれと抱き締めた。きゅ、と服を掴んでくれる弱々しい手が、愛しい。

「本当にオレが悪かったのなら、謝るよ」
「ううん、竜次のせいじゃなくて…あ、でも、ほんの少し竜次のせいでもある、かな」
「なんだそれは」
「ほとんど、身勝手な自分のせい。ごめんね、竜次」

もぞりと顔を上げた。眉を下げ、申し訳なさそうに見つめる。池田はこの瞳に、滅法甘い。

「そんな目で見るな」

ひとつ、目蓋にキスを。

「で?何なんだ、怒った原因は」
「あのね、コレなの」

小さなハンドバッグから、長細く透明なモノを取り出した。先端がピンク色の、ブラシのようなものが見える。

「新しく買ったグロス」
「グロス?」
「口紅より軽いメイクグッズなの」

スクリュー型の蓋を開け、透明な液体をブラシに適量つける。そのまま、池田の手の甲へ。

「初めはね、こんなにクリアなんだけど」

緩やかに、ブラシを滑らせる。

「肌のpH値で、だんだんピンク色になるのよ」

浮かぶ、愛らしいハートマーク。

「pH値は人様々だから、誰もが一緒の色にはならないんだって」
「…良い色だな」
「うん、竜次、すっごくきれいな発色だね」
「いいや、お前の口唇だよ」


気付かなくて、悪かった


彼女の頬に手を添えて、愛らしく誘う口唇へ。

その鮮やかなピンク色は、『ずっと見ていて』という、恋人からのメッセージ。


**********


>>2014/12/09 (Tue)
>>15:53

中里×彼女
『真夜中の純愛』


ずっと、悩んで悩んで、ようやく踏ん切りがついた。他人にとっては『それくらいで?』と思われることでも、私にはけっこう重い問題。…ふたつの意味で。

「ありがとうございましたー」

わざわざこの日のために、ラッピングまで頼んだ。自分から自分への誕生日プレゼント。大好きな漫画、全48巻の大人買い。仕事帰りの夜に受け取りに書店へ行ったはいいけど、嬉しさが勝っていて持ち帰ることを考えていなかった。大判だから尚更重い。

(弟…呼ぶか)

確か家にいたはず。書店から家は近いから配送ではなく持ち帰りを選んだのだが、さすがにこの重さはたとえ家が近かろうがひとりではしんどい。台車を借りてゴロゴロ運ぼうか…それはそれでめちゃくちゃめんどい。突起物にぶつかって転んで本が傷付こうものなら泣き叫んでしまうわ。助っ人に弟を呼ぼうとスマートフォンを懐から出したら、鳴り響いたトッカータ。

「…は?」
『おい、聞いてるか』

取り出した勢いで触れていた通話ボタン。彼氏サマだった。

「なに、急に」
『や、こっち仕事早く終わったから、お前どうしてるかと思って』
「…」

ぴん、と頭にアンテナが立った。この手を使わなければ勿体ない。

「毅くん、あの、本屋さん来てくれる?」
『本屋?どこの』
「大通りの」
『お前んちの近く?』
「重いもの注文して持って帰れないの」
『…どうせ漫画だろ』
「お願い、大事なものなの。だめ?」
『はぁ…寒いから店ん中にいろよ』
「ありがとう毅!」

会いたくて連絡すれば、言い様に足に使われてしまった中里。彼女が「毅くん」と呼ぶときは大抵、甘えたいとき。

「…ったく、しょうがないやつ」

ここから書店まではほんの15分ほど。自動ドアのすぐ手前、赤い包装紙にラッピングされた箱を載せた台車のそばに立ち、スマートフォンを弄る恋人がいた。彼女が愛する…いや、彼女も愛してくれているRB26の声を聞かせてやれば、ぴんっと顔を上げてこちらを見てくれた。

「毅ありがとう、おかげで転ばずにすんだよ」
「は?転ぶ?」

持ち上げると意外に重い箱だった。トランクに載せて恋人を見れば、とても満足そうな笑顔。

「このあと、時間は?」
「帰ってご本を読みます」
「…の前に、妙義行かないか。星、きれいだし」

決して言えない。漫画に、嫉妬したこと。

「本読みたいけど…、ふふっ、いいね妙義。じゃあ、100%全開でね?」
「任せろ」

R32に乗せて流してやれば、彼女は中里が好きないちばんの笑顔を見せてくれる。

(漫画に笑顔を取られて悔しくて妙義に誘ったなんて恥ずかしくて言えるか)

RB26の激しい回転音が、中里の女々しい思考を全部隠してくれた。


**********


>>2014/12/16 (Tue)
>>12:32
24プチネタお迎えまとめ


2014-12-02 12:34
啓介@従業員口

「おせーよ、待たせんなバカ」
「ま、待っててほしいなんて言ってないし!ていうか何でいるの!?」
「るせーなさっさと乗れよ、さみーんだから」


2014-12-02 16:56
涼介さん@従業員口

「…こら、通り過ぎるな」
「えっ…な、なんで?迎えにいくなんて言って…」
「言ってなかったら来ちゃいけないか?」


2014-12-02 17:03
豪さん@従業員口

(うっるさ…誰よ従業員口の真ん前に停めてんの)「…は?」
「は、じゃねーよ。迎えにきた」
「…なんで、」
「さみーし。まあ、会いたかったし?」


2014-12-04 12:43
京一さん@職場(百貨店の売場)

「終業時間はいつだ」
「…は?え、1、8時」
「従業員口前にエボを停めて待っている。雪、降ってるからな」
「え、ちょ、京一!?(やばい今日納品多いのに…)」


2014-12-04 16:46
慎吾@帰り道

(クラクション?なによビックリするじゃ)「って、慎吾…」
「よー、見慣れた丸い背中が歩いてると思ったらやっぱお前か。乗ってけよ、送る」
「丸いは余計。寄り道しないで送ってね?」
「それはオレの気分次第」


2014-12-05 17:42
京一さん@お迎えその後

「わ、ほんとに雪…」
「スタッドレスに替えて正解だったな、今日は積もるらしいぞ」
「あー…わたしまだだった…やばいなー…」
「…替えなくていい。お前にはオレとエボがいる」


2014-12-14 01:31
藤原家ご夫婦@雪の渋川

(…あら、この音…寄合終わったのかしら)
「こんな足元が悪い日にひとりで出かけるんじゃねェ」
「お酒切らしてたの、すっかり忘れてて…よく居場所がわかったのね」
「台所見りゃ、大体わかるさ…今日はオレが飯作るよ」
「…どうしたの、文太さん」
「お前は炬燵であったまってろ。腹、冷えちまうだろうが」


*******

>>2014/12/20 (Sat)
>>20:46

綾香ちゃんお誕生日記念の文太さん
『年の差なんて!』


どうにも夜更かしが好きな体内時計を正常にしたくて始めた住み込み早朝バイトのおかげで、毎日が快調で一日中気持ち良く過ごせている。地元観光地のホテルの厨房。仕込みや食材調達の手伝いがほとんどの、裏方の仕事。朝から忙しなく大変だが、充実していた。

その、充実の大部分は、彼にあった。

「あれ、今日って拓海くんの番?」
「親父じゃなくて悪かったですね」

藤原とうふ店のクルマを出迎えることが、毎朝最初の仕事。

「昨日と今日、親父と交代したんです」
「なんだ、そうだったんだ」
「…そんなに好きならウチに来ればいつでもいるのに」
「そんな、むり!あ、あ、会いに行くなんて、絶対、恥ずかしくて無理!」

藤原拓海くんの父、文太さんに、恋してしまった。

朝からあの人に会えるかどうかで、その日を幸せに過ごせるか否かが決まる。自分の父親ほどの年齢の人だけど、恋に年の差なんて関係ない。あの、ちょっとぶっきらぼうな話し方、いつも眠たそうな目、耳に響くやさしい低い声。とってもすてきで、とってもセクシーなの。

「はあ…なんで親父なんですか」
「あら、私は拓海くんも好きだよ。いつも一所懸命だし、お豆腐、まったく崩れてないし」
「…っ毎度どうも」
「ふふっ、帰り気を付けてね拓海くん」

______


ぶお、と毎朝必ず聞く音がやってきた。聞いただけでドキドキする。朝靄の中、黄色いフォグランプが進路を照らしている。今日は拓海くんかな、それとも。

「藤原さんっおはようございます!」

運転席から出てきたのは、今朝は、藤原さんだった。

「おー、朝から元気だなァ」
「えへへ、元気だけが取り柄ですから!お豆腐、いつもありがとうございます!」
「そりゃこっちのセリフだ。ありがとな。厨房まで頼んだぞ」

備えておいた台車に大事なお豆腐を乗せて、厨房へ運ぶ。と、

「ほれ」
「はい?」
「いつもご苦労さん」

手渡された小瓶。

「豆、乳?」

それ以外は何も言わず、藤原さんは少し笑って、

「また頼むな」

そう言って、三角巾をかぶる私の頭を、ぽん、ぽんと二回、撫でてくれた。

いつもなら見えなくなるまで見送るとうふ店のクルマ。呆けて立ちつくし、目線なんて焦点が合っていない。何やってんだ、と料理長の声で、はっと目が覚めた。


(…笑って、くれた)
(あたま、撫でてくれた)

「え…、え、ええ?!」

今日は、仕事にならないかもしれません(お豆腐はしっかり運びます)


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>>2014/12/25 (Thu)
>>19:35

豪×真ん中
『クリスマスはきみと』

24日は富士でGTチームによるファンイベントだと伝えたら、25日は絶対に空けておけとスケジュールを決められてしまった。『オレがいない間に間違いなく誰それからも誘いがあるだろうから。先手な』と言われたのが12月の始め頃。そしてやってきた24日。

「よ、おつかれ」
「…え、なんで富士…レストランで待ち合わせって」
「時間余ったから観に来たんだよ、したらハヤトさんが入れてくれた」
「憎らしいほど見慣れた顔がウロウロしてたからね」

パドックでイベントの片付けをしていた頃、居ないはずの豪が現れた。彼も今日は予定があるから会えるのは夜だって言っていたのに。

「…なんだ、サンタじゃねーの」
「あのねぇ」
「ハロウィンみたいにコスプレしてんのかと期待してたんだけど」
「そう安々と見せませんよーだ。第一、ガールズじゃないのにそんな格好出来ないわ」
「じゃあ、このあと。な…?」

ホテル、取ったから

耳元で、掠れた声で告げられた言葉。意味は誰だって、わかってしまう。

「〜〜ッばか」
「パーキングで待ってるから。片付けやっちゃいなよ、チーフ」

キャップの上からポンと撫でた豪はなんだか、機嫌が良さそうだった。

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レストランへは2台で行くと思っていたら「アホかばかやろう」と貶された。

「お前ね、クリスマスなんだぞ」
「だって帰りどうするのよ」
「ンなこと気にすんな。明日の夜までには富士に送ってやるよ」
「明日…ってホテルっ、泊ま」
「の、つもりだけど?」

ランエボは富士にて強制一泊。ディナーのためのドレスに着替えれば、丁寧なエスコートでNSXに乗せられた。

「オレに、お前を独り占めさせてくんない?」
「…ばか豪」

右手を取られ、甲にキス。『プレゼントはお前がいい』と、豪の甘い瞳が語っていた。

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いつかの秋、冬だったろうか。赤いNSXを、彼女が『クリスマスみたい』と言っていた。車高が低く緩やかな流線型が、まるでソリのようだと。確かに、世界中の子供たちにプレゼントを配れるくらいの速さを誇るから、例えとして間違ってはいないかもしれない。

(それにかこつけた、って言ったら、笑うかな)

『じゃあ豪はサンタさんだ』あのとき、彼女はこうも言っていた。

いま、あたたかいベッドで眠るきみ。出会った街の夜景が見渡せる部屋で、抱きしめ、時に鳴かせ、ありったけの愛を囁いた。

(オレと居て、お前、幸せ?)

いや、幸せにするんだ。

ふわふわの枕に横顔を埋めて、こちらを向いて眠る彼女の丸い頬。思わず触れて、耳にかかった黒髪を撫でた。

(…かわいい)

声、視線、鼓動、体温、そして、柔肌。彼女の全部が、いとおしい。

誰かを幸せにする。
それがサンタクロースってもんだろ。

(早く、起きろよな)

約束の左に、真っ赤なルビーを。そっと、眠る彼女の指へ。

「…メリークリスマス」

安らかに寝ていてほしい。けど、目を開けて気付いてほしい。

背反な考えに豪は笑って、額に慈愛のキスを贈った。


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