Call me.
「ただいまー。買ってきたぜー」
「ありがと啓ちゃん」
何だかんだ、いや、相変わらず、が正しいのか。この高橋兄妹弟はときどき、誰かの部屋に三人揃って三人三様好き勝手に過ごすときがある。今日は真ん中あきらの自室にて、仲良し三人は思い思いに時間を使っている。
涼介はノートパソコンとファイルを持ち寄りDのデータをまとめ、あきらはファッション誌とモーター誌を交互に眺め、啓介は買い出しに行って先程戻ってきた。あきらの部屋の中心、ディスプレイも楽しめる区切られた小物ケースがついたガラステーブルに、カップアイスが、とん、と三つ。食べたいと言い出したのは、涼介だった。
「はいアニキ」
「ん」
「お兄ちゃんがアイスってなんか珍しいよね。おつかれなの?」
「いや。ふと喰いたくてな」
「アネキ、チョコミントちょっとくれよ」
「いいよ。啓ちゃんのもちょうだいね」
ベッドに寝転んで雑誌を見ていた体を起こし、チョコミントの蓋を開ける。外気で少し溶けたようで、スプーンがすっと入り食べ頃になっていた。
「お兄ちゃん、ミント食べる?」
「アニキってバニラ以外あんま喰わねェよな」
「何事もシンプルが一番だ」
と言いつつもちゃっかりあきらがすくったひとさじをそのまま頂く涼介。所謂『あーん』というやつだ。
「あきらもバニラいるか?」
「うん、たべる」
「はい、口開けて」
「あー」
うまい?と言うその訊き方が、子供を優しくあやすように聞こえ少し照れくさくなったあきらだが、それが浸透したのかまるで子供返りしたように、甘える仕草でありがと、と微笑む。
「あー、アニキずっり。アネキ、オレにもあーんしてっ」
ひとりもくもくとチョコクッキーを頬張っていた末っ子が乗り出した。あきらが座るベッドに自分も座り、ちょっと開ければいいもののあからさまに大きく、これでもかというほど口を開けている。
「ぷっ、啓ちゃん、そんなにおっきく開けてもたくさんはあげないよ?」
「はーやーく!」
「はいはい」
ティースプーンが少し溢れるくらい。気持ちばかり多めに乗せたチョコミントを、ぴーちく鳴くかわいい弟に食べさせる。咀嚼する顔の幸せそうなこと。
(アニキ、か…)
「あ、お兄ちゃん、手の温度で溶けちゃうよ?」
「なあ啓介、お前いつから"アニキ"って呼ぶようになった?」
「へっ?どしたのアニキ急に」
「いや…なんとなく」
今日の涼介はどうしたのか。アイスのことといい、『ふと』『なんとなく』という咄嗟の感情で動いている気がする。普段ならば、道筋を立ててから発言や行動をするであろうに。手の中のアイスも気にしつつ、涼介の頭は自分の呼び名についての疑問が絶賛高回転中だった。
「昔は"兄ちゃん"だったよね啓ちゃん。小学生くらいかな」
「覚えてねーってアネキ」
「あ、私のことも"姉ちゃん"だった」
「いつのことだよそれー」
過去を掘り下げられて恥ずかしいのか、照れながらカップアイスにスプーンを差していく。そう言えば私は最初からお兄ちゃんは"お兄ちゃん"だったな、と思っていると。
「ところで、呼んでくれないかあきら」
「なにを」
「聞いてみたいんだ」
「なに言ってんだアニキ」
「それ」
「は?」
「"お兄ちゃん"でなくてだな」
「…………え、や、今さらじゃない?お兄ちゃん」
「イヤか?」
「あの、えっと、いやとかそういうんじゃなくてさ」
「なら、はい」
「う〜…」
「ほら、早く。アイスが溶けるだろ」
「…………ぁ、
……あ、にき」
持っているアイスで顔を隠すように、相当恥じらいながら小さな小さな声で放った言葉は、涼介のバニラをとろとろに溶かす熱源となった。
かあっ、と赤くなった顔で、スプーンを少し咥えながら。そのまま、ちら、とこちらを向かれては、たまったもんじゃない。
「アネキなんだよもーーー!!かわいすぎんだろー!!」
「どけ啓介!この愛らしいあきらはオレのもんだ!」
どうやら弟にも絶大な効果があったその言葉を(後で訊くと『めっちゃ萌えた』らしい)、今後は頼まれたって絶対言うもんかと心に決めた。
だって、こうも密着されて、抱き締められて、頬にも鼻にも額にも、く、口にも、いっぱいキスされたんじゃ、心臓、もたないよ。それも、ふたり分。
高橋兄妹弟は、今日も仲良し。
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スーパーカップて最高ですよね←元ネタです。
おちゃめ涼介。私は実兄を兄ちゃん呼びなので、"お"をつけるだけで恥ずかしいです。
愛ゆえにからかう兄と、照れながらワタワタする真ん中、ふたりがいちゃこらしてるのが面白くなくて姉に甘えまくる弟。名のある走り屋兄弟も、家に居るときはのんびり真ん中ちゃんとキャッキャしてほしいなと思います。
2013,8月アップ
おまけ
「どうして普通に言えるの?和美ちゃん」
「え?えーっと…うーん、私はずっと"アニキ"だから、逆に"お兄ちゃん"が恥ずかしいです。というか、似合わないですよ」
「ふふっ。そうね、渉くんは"お兄ちゃん"てキャラじゃないかも。まさに熱血だものね」
「言ってやりゃいいじゃねーかあきら」
「慣れ親しんだことから逸脱するには相当勇気と度胸がいるものよ渉くん」
「ご託言ってねェでそのアニキが呼んでっぞ。行ってやれよ」
「えぇー、なんだろ。なんかイヤな予感がする…」
「どうした涼介。秋山の兄妹が気になるのか?」
「……渉がちょっと羨ましいと思ったんだ」
「は?」
おしまい!