Starlight


縁側の雨戸を全開にして夏の風をたくさん誘い込むと、庭で一番大きな木に託した笹の葉がさらさらと音を成す。日本の夏特有のしっとりとした空気は一切感じられない、爽やかな今日。

七月七日。願いを天へ。



Starlight



兄弟のDの活動も自身のレース活動も一先ず落ち着いた今週、『丁度七夕だし、おばあちゃんちのお祭りに行ってきたら?』と母からの薦めもあり、久し振りに兄妹弟揃って母の実家へ訪れた。祭りは花火が上がる夜になるまで待っていようと啓介の提案に、じゃあ今は何をするのと訊けば、『じーちゃんが笹取ってきてくれたってさ!』と大きな一本笹を抱えて立っている啓介。祖父は一体どこから取ってきたのか疑問だが、孫たちのために用意してくれたのなら使わないわけにはいかない。


「千代紙、買ってあるわよ。使いなさいな」

「もしかして、これもおじいちゃん?」

「ふふ、あたり。孫が三人揃って来るのが嬉しいみたいね」


その祖父はどうやら祭りの準備で商工会へ出向いているらしい。あとできちんとお礼を告げなければ。大きな笹を一旦座敷に横に寝かせると、その圧巻の大きさに改めて感動した。


「七夕飾りか…すごく久し振りだ」

「私、大学のイベントで何度かやったよ。これと同じくらいの大きな笹を使ってね、たくさん飾ったなあ」

「よーっし、願い事書こうぜ!夜までに作っちまわないと花火間に合わねーよ!」


用意してくれていた千代紙を何等分かに切って短冊を作る。また、細く切ったものを輪にして繋げ、カラフルな飾りに仕上げた。


「啓ちゃんたら、金色の短冊?」

「やっぱ、目立つ色じゃないと神サマに見つけてもらえねーじゃん、願い事!」

「ほう…神に願いを乞わないと、自分の夢は叶えられないというのか?啓介」

「ゲッ、アニキ超現実的…!」

「バカ、冗談だ」

「今日は夢を見る日だものねー、で?何て書いたの?」

「へへっ、これっきゃねーじゃんアネキ!」


真っ直ぐ力強い太字で書かれた啓介の願い。それは、神の力を頼ることなく、チーム全員の力でもって、このあと一か月と少し先に現実となる。



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「ばーちゃん、笹、どこに立てればいい?」

「啓ちゃんの好きなところになさいよ。そうね、お願い事が空に届くような…」

「啓介、灯篭のとなりの木にしよう。それが一番、背が高いから」


三人三様の願い事を吊るした笹を涼介と啓介が持ち上げ、庭に立たせた。一番大きくて太く背が高い木に、啓介が藁ひもでしっかりと結わえ、少し離れた位置から涼介がバランスを見て調整をしていく。まだ夕方とは言えない空、青とオレンジが交ざった淡い光に、三人の七夕飾りがきらきらとなびいていた。


「さあさ、一服しましょう。羊羹とわらび餅、どっちがいいかしら?」

「「どっちも!」」


昔からずっと不思議に思っていた。祖母の家へ行くと決まって、自分たちの好きな甘いものが現れる。それも絶妙のタイミングで。いっぱい遊んで喉が渇いたときにはドリンクはもちろん、小腹が空いたおやつ頃にもおいしいスイーツが現れた。子供のときは、『おばあちゃんちはおかしのおうち?』なんて訊いたものだ。ふたつの甘い誘惑をどちらかに決められない欲張りな妹と弟に、涼介はやれやれと溜息をひとつ。


「まったく、お前たちは」

「涼ちゃん。はい、栗羊羹。好きでしょう?」

「…うん」


母と祖母は、良く似ている。ふんわり笑う目が、やはり母娘なんだなと涼介は思った。冷えた緑茶に浮かべた透明な氷が、涼やかにグラスで泳ぐ。縁側に三人腰掛け、小皿に乗った和菓子に舌鼓。ほの甘い甘露に頬が緩む。


「あきらちゃん、お茶が終わったらおばあちゃんのお部屋で着付けしましょうか」

「え、アネキ、浴衣?」

「うん、折角だもの!」

「おばあさん、オレたちの、すぐ出せる?」

「ふふ、もちろん準備してあるわよ」


三人で浴衣を着て夜の祭りへ。何年振りだろうか。時間に追われた日々を過ごしている三人にとって、今日はとても、ゆるりと時間が流れている。縁側に吹く夕刻の風がひんやりと心地良かった。


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「何を願ったんだ?あきら」


右手を涼介に託し、カランと下駄を鳴らす。


「オレたちでも叶えられないコト?アネキ」


左手を啓介に預け、ふわりと髪を揺らす。


「ひとつに絞れなかったから、ふたつ、書いたんだけど」


夕陽に照らされた影。一本に繋がって地面に映っている三人の手に、目がいった。


「ひとつは、GT戦の表彰台」

「調子は?」

「ぼちぼち」

「まだ前半終わったばっかじゃん、狙えるだろTRF」

「これからが勝負よ。だから、神様にお願いしたの。無事故息災で戦えるように、見守ってくださいって」


歩幅が小さいあきらに合わせ、涼介と啓介もゆっくり歩く。今日この時間を、一秒でも大切にするように、少しずつ進む。


「あの輪飾りの意味、知ってるか?」

「さっき作った、カラフルの?」

「そう。小さな輪を繋げて、大きな輪にするだろ」


涼介が、繋いだあきらの手を自分の口元へ運んだ。そのまま、妹の白い甲にそっと口づけ、こう告げる。


「どんなに小さな夢でも、途切れずに繋がるように。あきらの夢は、きっと叶うさ」


「お兄ちゃん…」


それなら、もうひとつの願いもきっと…


「あーねき!もういっこのは?」

「うーん…ヒミツ!私のより、お兄ちゃんのお願いが知りたいなー」

「オレの?じゃあ、当ててごらん」

「え、アニキもアネキもズルくね…」


夕陽が落ち、群青の空に光るひとつの一等星。もう少ししたら、無数の煌めきがやってくるはず。揺れる提灯の明かりが見えてきた。はぐれないようにきゅっと握った左右の掌は大きく、いつもどんなときでも、あきらを守ってくれている。


(ずっとずっと、三人でいられますように)


祖母の家に帰って笹を見ればバレてしまう、もうひとつのあきらの願い事。空の彼方から降り注いでくる星の光が、あきらの青い短冊を照らしていた。



おまけ

「で、白い彗星さまは何をお願いしたのかしら」

「見ても面白くないと思うよ」

「アニキの願いってずっげー気になる!」


『眠らなくていい身体になりたい 涼介』


「「…」」

「だから言ったろ」

「寝ようぜアニキ」

「がんばりすぎも良くないよお兄ちゃん」




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七夕です。間に合った。啓介の願いはもちろん、プロジェクトD完全制覇です。『神奈川ぶっ潰す』とか書いてます。あとは、兄ちゃん姉ちゃんの気付かないところに『アネキとイチャイチャしたい』とか書いて吊るしてあるんですよ、で、バレて姉ちゃん真っ赤になってるとかわいい。二年前の夏に浴衣をテーマに高橋母の実家のお話を書いたので、今年は七夕のお話でばーちゃんちを書いてみました。ちょっと、私の母の実家を元にしています。ばーちゃんちって不思議と落ち着くんですよね…。

ちなみに地元の七夕は八月なんです。なので七夕イベントを一ヶ月間やったりする地域もありますよ。久し振りの兄妹弟、いつもより少し短いお話ですが、楽しんで下さると嬉しいです。タイトルはYMCKより。

2014,7,5アップ