走り納め


関東地方の路面凍結が示唆された、ある日の夜のことだった。


「アネキは?」

「今こっちへ向かってる」


涼介のID宛に『走ってます!』とスタンプがひとつ。チームミーティングを終え、富士から直接来るらしい。


「たまにはイイコト言うじゃん、北条」

「うっせ。別に来なくてよかったんだぜ高橋」

「…お久しぶりです、藤原さん」

「信司くん、元気だった?」


防寒装備で来られたし。

プロジェクトDを迎え撃つ箱根勢力の頭取として、豪が企てた本日の集会。最終戦に関わったチーム全員で、今年の走り納めをしようというものだった。


「長い研修生活が始まるな、涼介」

「またよろしくお願いします。先輩」


凛は実家へ戻り、家業を継ぐため奔走の毎日。走りの前線から卒業した兄ふたりは、若い彼らの『これから』を、少し離れて、見守っている。


「うーさっみ!ンだよ12月に呼ぶなよ北条弟!」

「広やん何枚着てんのそれ」

「それじゃ運転出来んと、家を出る前に言ったんだがなオレは」

「走る気なんて元々ないだろ、奥山」

「そうっすね、奥山さん、しっかりスタッドレスですしね…」

「せっかくあきらが来るってのに、走らないのは勿体ないぞ」


大観山の広いパーキングに、かつての敵が集まり出す。冬仕様になっている奥山以外は皆、通常セットのままだった。今日の集会を境に、シーズンオフに入る算段で。『同じ青いクルマでお揃いですね、奥山さん』過去にそう言われて嬉しかったことを忘れていない奥山は、あきらが来ることを知らずにいたため、大宮からの一言で完全にやる気をなくした。寒さも相まって、肩がズドンと重くなる。


「あ、あきらさん来ましたよ」

「相変わらずすげー聴覚だな藤原」

「ああ、見えた。あきらのヘッドライトだな」


拓海が捉えた4G63のエンジン音が、国道246号線から箱根新道を経由して、椿ラインへ差しかかる。本当はもっと楽な道もあるだろうが、この道を選んでしまうのは妹の性(さが)かと涼介は思う。


「遅くなってごめんなさい。急いできたけどやっぱり遅刻しちゃった」


チームつなぎの上からダウンジャケットを羽織る。皆が集まる場所へ小走りで慌ててやってきたあきらの頬が、寒さでほんのり桃色になっていた。


「おせーよばーか」

「むううやめてごーおー!」

「あねきー!おっつかれー!」


豪のレザーグローブで両頬を挟まれる。啓介が後ろから抱きついてきた。


「寒くないかあきら。鼻、赤くなってるよ」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんこそ、指、つめたい」

「涼介、カイロがあるぞ、使うといい。あきら、よく来たな。お前はいつも本当に愛らしい」

「先輩邪魔しないで下さいよ」

「凛さん…く、くるしい…」


兄弟たちが腕を拡げてあきら出迎える。執拗なまでの歓迎に、拓海と信司は、乗り遅れた。


「あ、あの、あきらさんが、苦しそうです…」

「啓介さん、涼介さん、そのへんで…、でないと「もー!皆さんにご挨拶できないでしょう!離して!」…ほらね、あきらさん怒った」


彼女が輪に入るだけで、空気がほんのり、いや、それ以上に暖かくなる。兄弟たちから解放されたあきらは、待つ走り屋たちに向かってぺこりと礼を贈った。


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「あのね、走る前に、やりたいことがあるの」

「なに?『豪が負けて啓ちゃんが勝ちますよーに、ちゅっ』とか?」

「ぶっ殺すぞテメェ」


啓介と豪の言葉を背中で聞きながら一度ランエボに戻ったあきらが、よいしょと抱えているもの。一升瓶が、ふたつ。


「神酒か」


意図に気付いた池田が、彼女から瓶を預かる。一本を涼介へ、一本を箱根勢へ。


「今年一年息災で走れたことと、来年また元気で走れるように。峠とクルマの神様に、みんなでご挨拶しようと思って」


途中の酒屋さんで買ってきちゃった、とはにかんだ。

それぞれの愛車に、少しずつ。支えてくれる四輪に、酷使している車体に、清酒をかける。


「邪気が取り払われ、一段と走りやすくなるかもな、広也」

「…竜次が言うとシャレになんねー」

「あら?奥山さん、今日はスタッドレスなんですね。走りますか?」

「…ううん、溝減るし今日は大人しくしてる。来年また一緒に走ろ?あきらちゃん」

「ふふっ、もちろんですよ」


さむいさむいと文句を言っていたワガママなゼロワンはどこへやら。あきらを前に、すっかり元気になっていた。


「よし、始めるか。啓介、藤原」

「はい、涼介さん」

「っしゃ、かかってこいや北条」

「信司くん、よかったら私のお相手してくれる?」

「ぼ、僕でいいんですk「ンなオイシイこと信司にさせるかよ、今日のオレの相手は高橋じゃなくてあきらな?」…豪さんのばか」

「えー、豪とだったらいつでも富士で走れるじゃない、やなこった」

「だーはっはダッセェ!フラれてやんの!」

「だまれ高橋てンめぇブチ抜いてやる!」

「そうだ藤原くん、オレと走ってみる気はないか?涼介の弟子と一戦願いたいね」

「え、あの、」

「走ってこい藤原、先輩の走りは勉強になるから」


寒い、寒い、大観山。轟音を上げた名車が熱を持ち、駆け抜ける。椿ラインを舞台にもう一度、今年最後の大勝負。

路面凍結、そして箱根に雪積もる、ほんの数日前の夜だった。



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当初クリスマスとして書いていたものを急きょ変更。ゆく年くる年、年末のお話に仕上げました。TRF主催のクリスマスカップ@富士とか楽しいかなーと書いていたらなんだかダラダラとなってしまったので…『走り納め』でまとめた方がすっきりしました。

神酒のくだり。中学の頃、体育大会の初めと終わりに、先生たちがグラウンドに清酒を撒いていたんです。安全祈願や成功を祈ってくれていたのかもしれません。聖地箱根の神様に、走り屋たちの祈りが届きますように。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。そしてメリークリスマス!!!2015年の私はリクエスト消化とお裁縫をがんばります!仕事もあと3ヶ月!

2014,12,24りょうこ