ひまわり


大学の帰り、交差点の赤信号に捕まってゆっくりとブレーキペダルを踏む。人が行き交う歩道が視界に映り、ちょうど地元の百貨店のウインドウのそばにFDは停まったようだ。中心市街の大きな交差点は信号の待ち時間も長く、啓介はハンドルから離した手を後頭部で組み、ウインドウに飾られているディスプレイを眺めていた。

男性から女性へ愛とともに花を贈る海外の習慣が転じて、日本では何故かチョコレートが付加され『告白の日』となり、その恩恵、いや、聞こえは悪いが寧ろ被害と言った方がいいだろうか。とにかく、バレンタインデーは大変なのだ。胸ヤケというおまけつきで。今年も自分と兄が被害者になる日が近づいたと、溜息をこぼす。

壁面に『Try!フラワーバレンタイン!』と書かれたパネル。百貨店のウインドウには花にちなんだ可愛らしい小物や服が並べられ、海外に習って男性から女性への贈り物を促進していた。そこで青信号になってFDが向かった場所は、咄嗟に思いついた花屋だった。


「夏だけじゃないんだな」


冬の花、初春の花がまず店先に並んでいる。その奥の、温度が保たれたガラスケース。端のほうに、まるで自分はシーズンオフだと言っているような控えめな姿を啓介は見た。夏になるとさも自分はキングだと目立つかの花は、彼女がいつも、自分に例えてくれる花だった。


「温室のおかげですよ。夏に比べると入荷数はかなり少ないですが、冬にも元気に咲いてくれます」


どうぞ、とガラスケースから一輪出してくれた店員は、外のあのお車…と続ける。


「お客様はイエローがよくお似合いですね。お車も、とってもきれいな色で素敵です」


ひまわりと啓介を交互に見、にこりと笑う。花を愛する人は、笑顔も優しく、愛らしい。差し出された一輪を受け取って、啓介も頬を緩めた。


「……たまには、贈ろうかと思って。何がいいですかね、オレ、花ってあんま得意じゃなくて」


花屋に行こうと決めたはいいが、はて、姉、あきらはどんな花が好きだっただろうか。家の庭の花壇を思い出してみる。去年の春や夏に、あきらが母と庭を手入れしていたとき自分もそばで見ていたはずだ。そうだ、手伝ってと言われ、それで…


「どなたか、想われる方へプレゼントですか?」

「え?」

「先程からお顔を拝見していましたら、お優しい目で花を見ていらっしゃるので…。とても大事にされている方なのですね」

「そう見えました?」

「はい、とても。昔から、女性は花に例えられますしね。どんな方でしょうか?お花選びのお手伝いをいたしましょう」


そう言われたら、頭の中はあきらのことでいっぱいになった。車のこと、チームやレースのこと、オレとアニキと藤原と、腹立たしいけど仲の良い神奈川の連中のこと、好きな色や喰いモンのこと、えっと、それからこの前着てたかわいいワンピースのこと、あれめっちゃ似合ってたよなー…、そうだ、あれ、


「…イエロー、かな」


アネキには珍しい柄だったから特に印象に残ってたんだ。フラワープリントが好きなのは知ってるけど、あのワンピースみたいな柄は滅多に見たことがなくて。それが、FDみたいな明るい黄色だったんだ。


「まあ!おふたりお揃いで同じ色が似合われるなんて、とっても素敵なカップルですね!でしたらここはやはり…」



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「ただいまー」


花屋にカップルと言われ気を良くして帰った啓介の想い人は、どうやら在宅しているようだ。涼介のレザーシューズのとなりに、可愛らしいパンプスが行儀よく並んでいる。リビングを抜け、階段へ。だんだん、胸が高鳴ってきた。こういう気持ちになるのも、啓介はしばらく振りだった。


こん、こん、こん


「あねき、いる?」


後ろ手に隠した背中には、ひまわりが一輪。太陽に向かってまっすぐに咲く姿勢、オレに向けてくれる大きな笑顔。啓ちゃんみたいだねって、夏になる度に彼女は言うけれど。

オレにとっては、アネキのほうこそ、ひまわりだよ。


『イエローはビタミンカラーとも言って、気分を明るく元気にさせてくれる色なんです』


昼寝をしていたのか、ドアを開けた眠くてとろけそうな瞳をしているあきらに、啓介だけの大輪の笑顔が咲いた。



ひまわり=【あなただけを見つめる】




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兄を追う弟に似て…という啓介のイメージが強いひまわりですが、兄ちゃんや姉ちゃんこそがひまわりかな、と思って書いてみました。Dの成功へ邁進する涼介と、GTチームでレースへ立ち向かうあきらちゃん。上の兄姉が目標や夢に向かう姿勢は、下の弟妹にとってはとっても素敵でかっこよく見えますもんね。『まっすぐに咲く』という表現は、拓海のチューリップにも使っています。ダブルエースなのでお話の内容も少し似せてみました。

2014,4,1アップ