ラベンダー


※原作数年後、愛車は捏造です。




強い志を秘めた走りが忘れられずに選んだ34GTR。闇から脱し陽を浴びて走る愛車は、以前のメタリックよりもずっと明るいスパークリングシルバー。チューンは一切なしのノーマルのまま純粋に楽しもうと決めて、山は攻めずに気ままに街を流していた。大学時代の教授から声がかかり、今日は一路、群馬へ向かっている。


「あれは…あきらの、か?」


明らかに他とは違う雰囲気を持つチューンドが、とある路面店に停まっている。絶対に見紛うことはない彼女のチームロゴのとなりに、凛はR34を横付けた。教授との待ち合わせまでまだたっぷりある余裕を、彼女をからかうための時間にしよう。

ちりんと鳴った鈴の音。ドアを開ければ芳しい香りで包まれた。それほど大きくない店内で小柄な背中を難なく見つけ、凛は小さく笑んだ。


「探し物は見つかったか?」

「ッッ!?……凛、さん?」


肩から声をかけたら考え通りの反応で、目を見開いて驚く彼女に、久しぶりだなと告げた。緒用で群馬に来たこと、表通りから青いランエボを見つけたこと、ついでに豪が寂しがっていることを伝えた。


「なんで豪が出てくるんですか」

「アイツの機嫌はあきらに左右されるんだ」

「知りませんよ」

「ケンカか?」

「いいえ、まったく。大方、構ってもらえなくて拗ねてるんです。彼は放っておいてください」

「たまに豪のとなりに乗ると運転が粗っぽくて困るよ。頼むから会ってやってくれ」

「ええ〜?もうバカだなあ…」


困りながら見上げてくる笑顔は、弟へのためか。ちょっと面白くないから、ここであきらに会ったことは豪に内緒にしておこう。


「何を選んでいたんだ?」

「ハンドクリームとボディクリームです。最近の空っ風で、特に乾燥しちゃって…。ここのボディコスメが好きで、毎日使っているんですよ」


香りごとに陳列され、クリーム、ジェル、パフューム…様々なアイテムを展開しているフランス産ブランドのコスメ。あきらが手にしたテスターは、アロマテラピーの代表格。薄紫色のボトルのクリームを、指先につけた。


「花のオイルは殺菌や鎮痛力が高いんだよ」

「さすが、ご存知なんですね凛さん」

「リラックス効果にも優れているから、ウチの病院でも取り入れている病棟があってな」

「香りで癒されますもんね」


指先につけた小豆くらいのクリームが、そのまま手ごと凛に奪われた。彼はあきらの手を包み込み、体温で溶かすようにクリームを伸ばす。


「はは、手、小さいな」

「む…、小さい方が便利なことだってあるんですよ?細かいことが出来たり狭いところに届きますもん」

「…こんな小さな手と細い手首、男に一瞬で奪われそうだ」



凛の体温でぬくまり、あきらの手から花の香りが一層強く立ち込めた。騎士が甲にキスをするように、凛は彼女の手を口元へと運び見つめる。にやりと、誘惑する目で。


「『あなたを待っています』、花言葉だ」

「りん、さ」

「オレはな、あきら。あきらの笑顔が好きなんだ。いつか、オレのそばで笑っていてほしい」

「え…?」

「北条に来い、ってことだよ。涼介が許すはずもないが、考えてみてくれ。なるべく前向きに」

「え?……ええ?!」


それは『義妹』としてなのか、『伴侶』としてなのか。からかうだけのつもりが少々本気になってしまったと、戸惑い泳ぐあきらの瞳を見、ふ、と微笑んだ。


「それ、もう決めたのか?」

「…あ、はっはい、あとひとつ、リップバームと…って凛さん!なにするんです?!」

「ホワイトデーが近いだろう。贈らせてくれ」

「そんな!」

「次のバレンタインは倍返しで頼むな」


店内用のワイヤーバスケットをあきらから奪い、流れる所作でキャッシャーへ。ちゃっかりギフト包装まで頼み、リボンは青で、と告げている。


「なにか、お礼をしないと」

「来年のバレンタインに期待してるよ、今年、くれなかったろ」

「あ…す、すみません…!」

「ははっ、いいさ、いじめて悪かった。さ、受け取ってくれ、あきら」

「…ありがとうございます、凛さん」


店を出、お互いの愛車の前で凛からギフトを受け取る。自分を見上げるあきらの柔らかい黒髪を、凛はふわり撫でた。長く店内に居たため髪に香りが移っていて、揺れるたびに風に乗る。質の良い艶が、群馬の空っ風になびいた。


「繊細と、優美」

「?」

「ラベンダーの花言葉、まだあるんだ。あきらにぴったりの言葉だよ」

「私はそんな…きれいな言葉は似合わないです」

「何より、オレを癒してくれるしな」


ギフトを両手で大事に持つ姿をそのまますっぽり抱き締めた。過去、自分が愛した彼女よりずっと小柄で歳下でまったく似ない風貌だけれど、この小さなからだに詰まった優しさや清らかさ、そして、プロジェクトD最終戦の箱根で出会い知り合ってからずっと、あきらの存在自体にたくさん、癒しをもらっている。手放したくない。鼻腔に残る、この香りも、柔らかさも。


「前言撤回だ。涼介が許さなくても、あきらはいつか必ず北条がもらうよ」

「ええッ?!もッ、もらわれませんから!なに言ってるんですか!っていうかここ、お店の前!はっ離してくださいー!」



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ロクシタンのハンドクリームが好きです。群馬に路面店はないらしいので捏造。整備士さんは手が荒れますからね、ケア大事。凛さんから見る真ん中ちゃんは、ラベンダーのような女の子かな…と。『疑惑』という花言葉も持っていますが、プラスの意味で『疑問を持つ=探究心』と思ってくだされば。常に前向きに進む彼女を、凜さんは気に入っているようですね。

2014,3,24