ヒーロー


それは、涼介が赤城で精鋭チームを誕生させてしばらくの頃。啓介も加わり、一軍、二軍とメンバ―の数も増え、群馬で唯一無二の存在へと成長した、とある夜のことだった。


「私、一度も行ったことないんだけど」


これから走行会へ向かう兄弟車。自宅のガレージにて、涼介と啓介が出かける支度をしていたとき。


「来る必要ないだろアネキは」

「なんでよ」

「普段からもっとすごい走りを間近で見ているじゃないか」

「公道とサーキットは違うわ。たまには峠の走りだって見たいよ」


涼介が大学から帰ってきてから赤城へ向かうのがいつものパターン。留守番は、もう飽きた。


「そっちの課題だって、まだあるんじゃないのか智牙」

「そーそー、アネキはアネキのやることやんなきゃ」

「残念ながら、全部終わってるの。完全に、フリーなんですけど」


FCとFDはいつでも発車できる。まだ行かないの?と尋ねているような相棒たちのエンジンの音。だがガレージの前で、兄弟がもっとも愛するプリンセスが明王のように御冠であるため、動けない。


「なんで、私をいつも置いて行くの」

「忙しい姫君をお誘いするわけにはいかないだろうが」

「大学終わって、いつもそっからチームの仕事してんじゃん、パソコンに向かってさ。つーか今日神奈川行かなくてよかったの?」

「今日は何もない日。課題も報告も終わった。私は今、フリーなの!」


連れて行ってくれるまでここを退くつもりは毛頭ない。プライベート用のつなぎを着た智牙は、FCとFD同様、出発の準備万端だった。


「…わかった」

「アニキ!?」

「絶対にそばを離れるな。オレたちが走ってるときは「史浩くんがいるんでしょ?彼のところにいます」…よし」

「いいのかよアニキ!ウチの走行会つっても他の峠からもヤロー共が来んだろ!アネキに何かあったらどうs「啓ちゃん嫌いになるよ」すんません」


_______________



「さっきも言ったけど、今日は他の峠からも大勢来るからな」


街灯が徐々に減り、いよいよ赤城道路へ。


「はあ…オレは心配だ…」

「お兄ちゃん、私もう大人よ?大勢に飲まれるなんてサーキットじゃ常よ。自分の身は、自分で守るわ」

「分別のある走り屋ばかりではないんだぞ。残念ながら、中には善くないヤツもいる」

「関わらなければ平気でしょう?大丈夫、そんなに心配しないで」

「…『お兄ちゃんとの約束』は?」

「絶対!」


妹は時に頑固だ。甘えたりワガママを言うことが少ない分、一度コレと決めたら徹底して動かない。涼介と啓介が智牙を峠に連れて行かない理由は、単に、


(ったく…こっちの気も考えやがれ。かわいいお前を誰にも見せたくねェんだよ)


とにかく、兄との約束を頑なに守ってもらはねば。今もすでに道路脇にギャラリーが集まり、流れる車窓からもその人の多さを把握できた。ため息をひとつ吐いて、涼介は最終コーナーを曲がり、後ろからFDが並んで到着した。



_______________



「アニキずりィ」

「なにがだ」

「アネキをとなりに乗せてイチャつくなよ」

「最終勧告が必要だったんだ。念には念を押しておかないと」


啓介はまわりに挨拶する前に涼介へ愚痴をこぼす。きっと面白くない顔をしながら、涼介の後ろを走っていたのだろう。甘えたような膨れ面で文句を言っていると、FCの助手席が開けられた。


「あれ、智牙ちゃん?」

「本当ですね、一緒にいらっしゃるなんて珍しい」


涼介と啓介の登場に、一層、場が沸き立った。だが一瞬、その空気が色を変える。史浩とメカニック松本は、夜の赤城で滅多に見かけない彼女に驚いていた。


「啓ちゃん、怒らないで。帰りはFDに乗ってもいい?お兄ちゃん」

「ああ、そうしてやってくれ」

「やっり!寄り道して帰ろーぜアネキ!」


ざわざわと、辺りが騒ぎ出した。今まで一度だって、峠に女性を連れてきたことがない高橋兄弟。FCから降りたのは、小柄で黒髪の女の子。降りた彼女を涼介が手を引いてエスコートし、啓介が駆け寄る。いつもクールで神妙な面持ちでいる涼介が、極上の笑みで彼女に触れている。啓介は狼のような鋭い眼光を潜め、じゃれる子犬のようにきらきらと笑っていた。


『だれ、あの子!』
『涼介サマの恋人?!』
『それとも啓介くん?!』
『っていうかふたりとも笑ってるなんて超貴重じゃない?!』
『いや〜ん涼介サマの笑顔ステキすぎるう〜!』


騒がしい甲高い声が耳障りだった。FCの助手席=特別な存在、兄弟の笑顔を独り占め、仲睦まじい甘い雰囲気…ギャラリーからの智牙への羨望は、涼介と啓介の背中にピシピシと伝わってきた。


「お前たちが智牙ちゃん連れてくるなんてな、どうしたんだ」

「史浩」

「ちっす啓介さん!ご無沙汰っす智牙さんー!」

「あーケンタもちょっと聞け」


事の発端を涼介が伝える。史浩、松本、途中からやってきたケンタは合点承知と約束した。


「私そんなに過保護にされなくてもいいのに」

「あのなあ智牙ちゃん、今までアイツらがどうして連れて来なかったか、わかるかい」

「色んな人がいるからでしょう?変な人に攫われないようにって」

「智牙さんが大事だからですよ。可愛くて仕方ないんです、あのふたりにとって」


涼介と啓介は今日の流れを確認するため、他チームのトップと何やら会談している。今夜の走行会は、レッドサンズ主催のお遊びバトルのようなものだ。肩肘張らず、気楽に流していても高橋兄弟は負けはしない。今日の自分たちにはいささか心の余裕があると言ってもいいくらいだったため、智牙を連れ出す決心をした涼介だった。


それが、 あまり善くない暗転をするとは知らずに。


_______________


他チームとのバトルは、まずタイムアタックの結果順に対戦ペアを決め、どちらのチームの勝者が多いか競うものだった。元来から交流のある相手側のトップとの話し合いもスムーズで、ぜひ涼介にも走ってほしいとの願いに応えることになった。まあ、相手も涼介には敵わないとわかって言っているのだから、本当にお遊び程度の走行会なのだ。それでもこの集いを催したのは、普段忙しい自分の息抜きのため。レッドサンズリーダーが自チームに顔を出せていない現状をなくすために、涼介が企画したものだった。ダウンヒルに向かうFCをスタートラインに並べる。涼介が動くとあれば、ギャラリーが今夜で一番盛り上がった。


「智牙」

「はい」

「下ったら、すぐ戻るから。いいコにしてるんだぞ」

「もう、子供みたいに言わないで」

「返事」

「はあい」


一体、彼女は何者なのか。ざわめくギャラリーが集まるスタート地点。FCのそばへやってきた彼女を、運転席の涼介は窓から手招き、顔を近付けて囁いた。ちゅ、と、額にキスをひとつ残して。


「〜〜お兄ちゃん!みんな見てる!」

「勝利を祈ってもらえますか?愛しのプリンセス」

「祈らなくても勝てるでしょう!」

「はは、じゃあな、いってくる」


史浩のスターターを振り切り、トップ同士のバトルが始まった。


「啓介さん、下で待ってるらしいですよ」

「勝ったんでしょ?」

「モチロンですよ!」


先にバトルを終えた啓介は、麓の駐車場で涼介のゴールを待っているらしい。涼介の次に出走を控えているケンタが、智牙のそばへやってきた。


「へへ、なんだかオレ、智牙さんのナイトみたい。涼介さんと啓介さんが戻るまで、智牙さんはオレが守ります!」

「もう、揃いも揃って。でも、ありがとケンタ」


にこ、と笑うとケンタは照れくさそうに頭を掻いた。そのとき。


「あの…もしかして、高橋智牙さんですか?」


依然として賑わっている赤城山頂パーキング。史浩と松本は他レッドサンズメンバーとバトルの行く末を話していて、智牙の隣にはケンタがいる。そこへ、相手側のメンバーだろうか、数人の男性がやってきた。


「そうですけど…どこかでお会いしましたっけ」

「やっぱり!オレたちTRFのファンなんです!握手してください!」

「まさか赤城で会えるなんてなー、びびった!」

「えと…GT戦か何かでかしら?」

「そーです!ピットウォークあるじゃないすか、それのTRFのガレージに、やたらちっこい女の子がいるなーって思ってたんすよ」

「チームスタッフ調べたらまさかメカニックだなんて」

「そうそう」

「それにかわいいし!」

「そうそう!」

「オレらGT戦が好きでけっこう観戦してるんですけど、これからは高橋さん目当てで行っちゃおうぜ!」

「レースクイーンよりオレ好みなんですよー、カレシとかいないんすか?」

「ってお前らさっきから何フザけてんだよ!智牙さんに近付くなァー!」

「こらケンタ、やめなさいって!」



わいのわいのと目の前で話し始めた男性陣に多少圧倒されながら、GT戦を見てくれていたこと、TRFのファンでいてくれることが嬉しくて、智牙は頬を緩めて手を差し出した。握手交わす瞬間、ばっとケンタが間に立ち、男性陣から智牙を守ろうと…智牙からすると少々邪魔な位置でふんぞり返った。


「智牙さんはー、レッドサンズ高橋兄弟の大ッ事なお姫様なんだぜ!気安く触るな!」

「ちょっとバカなに言ってるの恥ずかしい!ウチのファンだって言ってくれるのに失礼でしょう!」


どきなさい、とケンタをずらして男性陣と向かい合った。かぶっていたキャップを取り、ぺこ、と会釈して。


「改めて、TRFメカニックの高橋智牙です。応援ありがとうございます」


再度手を差し出して、にっこり微笑んだ。キャップに収まっていた黒髪がふんわり靡いて、男性陣の心を擽る。それぞれと握手を交わし、最後のひとりと手を繋げたときだった。


「あの…お願いがあるんですけど」

「はい?」

「オレたちのクルマ、見てもらえませんか?セッティング教えてほしいんです」

「いいけど…今すぐには無理よ。あなたたちの運転を見てからじゃないと」

「じゃー乗ってもらえばいいじゃん!高橋さん、来てください!」

「ちょ、っと!え、ええ?!」


涼介が麓に着き、遅れて相手も到着した。次はお前だぞと史浩に言われてシルビアを動かしに向かったケンタと、智牙が男性ファンに手を引かれていったのはほぼ同時。ギャラリーの多さが隠れ蓑のように、智牙の姿を包んで、消した。


_______________



「おつかれーアニキ」

「軽く流すのも、たまにはいいもんだな。スッキリした」

「よく言うぜ涼介。えらく大差をつけてくれたな、こっちは必死だっつーのに」


麓のゴール地点で待つ啓介と、今しがた走り終えた二台のドライバーがバトルを振り返る。相手ドライバーと涼介は、同じ赤城をホームとする友人だ。そんな彼が、ふと、気になることを呟く。 


「FCに乗せてたあの子、」

「ん?」

「どっちのカノジョなんだ?てっきりオレは、ふたりとも年上美人が好みかと思ってたけど」


小さくて愛らしいな。言いながら、彼はシガレットケースを取り出した。敵の走りを労い、兄弟へも一本薦める。


「智牙は、まだ誰のモノでもないさ」

「ま、いずれアネキはオレのモンになるけどな」

「智牙を幸せにするのはオレだって言ってんだろ啓介」

「アネキ…?姉、なのか?お前らの?」

「真ん中だ。オレにとっちゃ妹だ」


彼と高橋兄弟の間柄はそう短いものでもないが、兄弟の中心にもうひとり居ることは初耳だった。それが、先ほどちらりと見えた彼女で。見るからに兄弟が溺愛していて、恋人のように仲が良くて、オマケに涼介はバトル前にキスまでしでかした、あの子が、そうなのか。それって家族なのか、それ以上にしか見えんぞ…と、彼の指先から伸びた灰がぽろりと落ちた。


「戻ろーぜアニキ。早くアネキにあいてーし」

「走ってエネルギー使ったからな、智牙を抱き締めて充電しないと」


白煙が三つ、たゆたう麓。お前らの兄妹弟愛ってどんだけだよと呆れつつ、携帯灰皿にそのひとつを押し込み、楽しそうに上っていく兄弟を見送った。



_______________



ケンタが出走準備をしている間、史浩と松本はスタートのサポートにまわる。だから…と言えば言い訳になってしまうが、智牙への目が疎かになっていた。気付いたときにはもう、恐らく資料館の駐車場内に姿は確認できていない。ケンタに問えば、TRFのファンがいて話していたと言うが。どんな風貌のファンだったのか訊いても、ケンタの答えは曖昧で当てにならなかった。


「悪い、一時バトルを中断してもいいだろうか。身内が行方不明のようなんだ」


涼介と啓介が戻り次第スタート予定だったケンタのバトル。相手に詫びを入れ、松本はギャラリー内を探してまわり、ケンタはシルビアに乗ったまま大沼の方へ走り出した。史浩は、兄弟から託された重役を果たせず、このあとどんな激昂が降りかかるのか…と顔を青ざめた。


_______________



「TRFのファンってのはウソじゃないぜ。でもチームより智牙さんが好きになっちゃったんだよね」


赤城神社、本殿。三人の男性に言い寄られ、逃げ場がない。背中には鳥居。振り切って境内へ逃げ込もうか、走って皆の元へ戻れるか…いや、それだと彼らのクルマに追い付かれて振出に戻る。とにかく、赤城に行きたがった数時間前の自分を悔やんだ。ナンパされるなんて思っていなかった。しかもこんな、度が過ぎる事態など想像していなかった。きっと、兄弟に知られたら『だから言ったろ』と怒られる。世間知らずにも程があった。所詮、女ってものはか弱い存在かと、泣きたくなった。


「付き合ってるヒト、いないんでしょ?男っ気ないしクルマが恋人って感じだもんな」

「オレたちクルマ好きだしさ、彼女にするなら同じ趣味のコがいいなーって」

「っていうか、智牙さんてマジで高橋兄弟のオヒメサマなんだね、すっげー大事にされてんだ」

「っ離して!いくらファンでも、許さないわよ!」

「待って待って、襲うつもりなんてないからオレたち。ただちょーっと、オトモダチになりたいんだよね。メルアドかLINEのID教えてくんない?」

「だったらさっきの駐車場で訊けば済んだでしょう!なんだってココまで連れてくるのよ!」

「だって、智牙さんのまわりに邪魔な連中がいたんですもん。ゆっくり話も出来ないじゃん」

「…教えたら、みんなのところへ帰してくれるの?」


言えば、彼らは智牙から少し身を離した。つなぎの胸ポケットからスマートフォンを出し、その隙に涼介か啓介に発信を…とパスコードを解除した瞬間、相手に機体を奪われた。


「すっげ、高橋兄弟からめっちゃ着信入ってる」

「か、返して!なに勝手にいじってるのよ!」


プライバシー問題で訴えられるレベルだ。なんとしても返してもらわなくてはと、智牙は手を伸ばす。身長差でそれは叶わなかったのだが、その拍子に相手の指が着歴に触れた。しかし、だれもそれに気付いていない。返して、と困り果てた智牙は涙目だ。あとのふたりが智牙を押さえ、スマートフォンを持つ彼がさてゆっくり操作しようと画面を見れば、もう遅かった。恐る恐る耳を近付ける。




『聞こえてんのか?あ?アネキ泣かせたなコラ。ぶっ殺してやんよ』



空気が通る夜中に、怒り狂うロータリーの爆音が響く。駐車場から距離のある本殿へ、軋むタイヤの音が届いた。男たちの表情は、硬い。



『おっと電話、切るなよ。無事に帰りてェんなら、切らないことを薦めるぜ』




自分のスマートフォンを持つ彼の動きが止まっている。「やべ…」と呟いた小さな声で、智牙は感づいた。涼介か啓介か、どちらかに繋がったと。


「助けッんんー!」

「バッカ喋っちゃ…!!……おいおい、マジかよ…」


本殿へ繋がる赤い橋。今夜は月の光が強く、湖面に反射して大沼一帯が光っていた。その中を、ゆっくりゆっくり、こちらへ向かってくる様は一見、怒り狂う明王のよう。


「それ、アネキのスマホだよなァ?なんでテメェが持ってんだ?」


繋がったのは啓介のスマートフォン。通話を切り、パンツのヒップポケットへ雑に仕舞う。ざり…、と本殿の砂利を踏む。冷たく、表情のない啓介の気迫に、男たちはたじろいだ。


「さって、どうすっかね。オレのアネキに手ェ出しやがったんだ。覚悟あんだろーな」

「くっ、高橋啓介…!」

(おい待てよ、弟ひとりだけならなんとか巻けんじゃねーか?!)
(三対一だ、いけるぜ!)


未だ、智牙は男たちに捕まって身動きが出来ていない。口を手で塞がれ訴えることも出来ない。そのまま男たちは智牙を担ぎ本殿を駆け出そうとした。


「やっべ!」


本殿に敷かれた砂利が、彼らの慌てた足元を捉える。智牙を担いでいたひとりが、智牙共々その場に崩れ落ちた。


「アネキ!!」
「った…ッ」
「おいおい、まじでヤベェよオレたち…!」
「早く立て!逃げるぞ!」
「っち!待ちやがれテメェら!」

「啓ちゃん、だめ、」


きゅ、と、啓介の袖を掴む。少し、震えていた。その間に遠ざかっていく、ざくざくと砂利を蹴る音。彼らのクルマのエンジンが聞こえ、そして、消えた。


「何でだよアネキ!拉致して襲ってケガまでさせたのに逃がすのかよ!?」

「あのまま啓ちゃん、殴るつもりだったでしょう。彼らGTのファンなのよ、GTチームの身内がファンに手を上げて問題になったら、GTAが黙っていないわ」

「だけどよ!アネキだって怖い目にあってんじゃん!それを訴えれば」

「拉致されたけど、疚しいことはされていないわ。連絡先も知られていない。彼が転んでくれてラッキーよ、こうして離してくれたんだから」


智牙は努めて笑うが、口の端や目元がぴくぴくと震えている。気丈に振舞っている証拠だ。砂利に落とされたとき咄嗟に手をつき受身を取った智牙の掌に、血が滲んでいる。細い肩を抱き締め、啓介は智牙の手を取った。


「…アニキたちも、手分けして探してる」

「どうして啓ちゃん、わかったの?」

「わかったっつーか、ケンタがキャンプ場とか大沼の湖畔あたりに行くっつったから、オレはその先の神社へ向かっただけで…偶然なんだ、アネキを見つけたの」

「…偶然か…来てくれなかったら、ちょっと、怖かったな」

「偶然っつか、運命じゃね?オレとアネキは、つながってるって」

「…ふふっ、そうかもね」

「すっげー、心配した」

「…うん」

「アニキが何と言おうと、やっぱ、連れてこなきゃよかった」

「ごめん」

「もう会えねーかと思った」

「それは大げさだよ」

「大げさじゃねェって」


深く、深く息を吐く啓介から力が抜け、更にぎゅ、と胸元に抱き込まれた。怒りのためか、啓介の鼓動は未だ落ち着いていない。だがすぐ近くで聞こえるその音に、気丈にしていた智牙の震えも鎮まっていく。


「啓介」

「ん」

「ありがとう」


本殿の砂利に座ったまま。智牙は、今度は本当に、にっこりと笑った。


「手、見してみ。痛ェだろ」

「そんなに酷くないから、大丈ぶ…ッ」


ぺろり、ちゅ、


「啓ちゃんっ、砂とかついてるから…っ」

「だからだよ。消毒しなきゃ」

「ん…っ家に、帰ってからで、」

「それじゃ間にあわねーかも」

「平気だって、やんッ」

「へへ、なーに今のカワイイ声。指舐められて感じちゃった?」

「ばか!」


ぱちん、と反対の手で啓介の頬を叩く。決して痛くないのに『いてー!』と態とらしくさする弟の頬へ、智牙は手を添えた。


「ピンチのときには、ヒーローがつきものなのね」

「ヒーローもいいけど、オレはアネキの王子様になりてーよ」

「だめよ、王子様は白馬に乗ってなきゃ」

「…黄色じゃ」

「だめ」

「ちぇ、冷てェプリンセスだぜ」


先ほどの怒気を含ませた明王はどこへやら。ふいっとむくれた弟が可愛くて、智牙は添えた手を引き寄せた。


「ありがとう、わたしのヒーロー」

「アネ…っ」


頬にひとつキスを。真っ赤になった啓介は、目元を崩し、へにゃりと笑い、愛しいプリンセスへ深く、深く口付けを贈った。


_______________



その後、高橋邸リビングにて。


「アネキがさ、言うんだよ。王子様は白馬に乗ってなきゃだめだって」

「ふーん」

「だからアニキ、馬」

「買わんぞ」

「ったた、お兄ちゃん、ちょっと染みる」

「消毒くらい我慢しなさい」

「なーアニキ、馬」

「白い馬は二台もいらん」

「二台、台ってなんだよ馬って頭(とう)だろ」

「智牙の王子様はオレだ。すでに白馬がいるだろう?いつでも駆けつけてやれる最速の、な」

「「は?」」

「はい、おしまい。早く治りますように。オレの可愛いプリンセス」


智牙さま

この度は60000hit啓介祭へのリクエスト、ありがとうございます。

お待たせいたしました…!すみませんお時間を頂いてしまって!そして途中で内容を取り違えてああああその節は申し訳ありませんでした…なんとかリカバー出来たかと…涼介さんばっかり目立っていてこりゃいかんと修正をかけましたので、ちゃんと、啓介が、主役です!

ちょっとだけ裏要素を入れましたが…ほんとーにちょっとだけになっちゃいましたので、こんなんじゃ生温いわと思われましたらご連絡くださいませ。その他気になる点などございましたらお気軽に仰ってくださいね。いくらでも手直ししますよ〜(´∀`)加筆するのも、楽しい工程ですvv

リクエスト以外でも、智牙さまからあたたかいお言葉をたくさん頂いております。励まして下さって本当にありがとうございます。またいつでもいらしてくださいね!

2015,4,27りょうこ