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>>2013/04/04 (Thu)
>>17:36
IIn the Illusion(京一)

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いろは坂も驚くほど綺麗な紅葉を残して。


「京一さんなんて嫌いです!」


頬に熱が、

脳裏には恋人の涙が、



離れない。




ホテルのバンケットで開かれていた、高橋主催のパーティー。縁のある友人や好敵手達を招待し、盛り上がっていた最中だった。

突然響いた、ぱしん、という音。それ自体はとても軽い音だけれど、当人達には、とても、重くて。


「……何をやっているんだ、京一」

「テメエ、アネキ泣かせやがったな……!」


只でさえ、大事な妹(姉)を取られいきり立っている兄弟である。それが泣かせたとあれば、怒りの矛先は当然、目の前の須藤京一にあった。



頬を叩き、バンケットを出て行った彼女は、勢いでホテルの屋上まで来てしまったことに気付いた頃には呼吸も動悸も落ち着いていたけれど、

「きょ、いち、さ…ん……!」

くすん、くすん、と嗚咽と共に込み上げる涙は、まだ止まりそうにない。



せっかく、お洒落したのに

大人な貴方に似合うような、女性になりたくて

貴方のパートナーに、相応しくなりたくて

"黒"を、着てきたのに



『似合わない』なんて、



「ひどい…っ、よ…!」


ほろり、ほろり、と零れる涙は、彼のために色づけたメイクを連れていき、目を擦った指にはマスカラの繊維質。

年下だから、幼い妹のようにしか見られていないんじゃないか。私は、貴方と肩を並べて歩けるレディになりたいのに。

そのためのドレスもメイクも、貴方の言葉で、すべて、台無しになったなんて。



ホテル屋上のフェンスに凭れ、しゃがみ込み、流れる涙が地面に跡を残したとき、


「やっと見つけたぜ嬢ちゃん!」

「……清次、さん?」


顔を上げれば、息を大きく切らした清次が、屋上入り口からこちらへ駆け寄ってきた。


「バカ野郎!ケータイも持たずに飛び出しやがって!連絡取れねェから嬢ちゃんの兄弟も今必死で探してんだぞ!」

「っ…!ごめん、なさい……っ」


身一つ、勢いで出てきたものだから、当然何も持っていなかった。清次の言う通り、今頃兄と弟は必死だろう。


「……泣いてたのか、ずっと」

「……、は、い……」


今もずっと止まらない。
すごく、すごく、悲しかったから。


「京一、10階の109号室で待ってる」

「え……?」

「もし、まだ京一を好きなら、行ってやってくれ」

「……」

「確かにさっきのは京一の言葉が悪いが、オレから見たらありゃ照れ隠しだ。自信持てよ、嬢ちゃん」






バンケットを飛び出した彼女の表情は、今まで見たことがなかった。アイツは、オレの隣でいつも笑っていた。時々見せる真剣な顔、驚いた顔、はにかんで照れた顔。笑顔だけじゃない、くるくる変わる表情に、どれだけ癒されて、安らいでいたか。


「悔しいがな京一、アイツはお前じゃないと救えないよ」

「涼介」

「アイツを泣かすのも、笑顔にするのも、お前にしか出来ないんだ」

「……」

「これは兄としての言葉だ。妹を頼むぜ」

「アニキ…」

「だが、同じ"女"に惚れた男としては、さっきのアレは許しがたい。頭をよく冷やせ、京一」

「……アイツが敬愛する兄上に『頼む』と言われるとはな」

「アイツの幸せはお前が作れ。とにかく、今は探しに行くぞ、啓介」

「おう!ってアネキ、ケータイ置いてってるし…!」






『高橋のヤツらにはオレから言っとくから』と清次さんに言われて、エレベーター、10階のボタンを押す。

……会って、何を話せば。それ以前に、会って、くれるのだろうか。嫌われた、かもしれないのに。

泣いて崩れたメイクをなんとかしたいと思っていても、皮肉に、エレベーターは到着していた。


フロアの地図を見て、109号室を探す。奥の方らしく、カーペットの上をヒールで歩く。どうしよう、どうしようと悩ませ、少しでもゆっくり、足を動かした。



こん、こん、こん


「…誰だ」

『きょう、いちさん?』




オレ達が必ず見つけ出すからお前は部屋で待っていろ、と涼介に言われたことを素直に聞き入れ、どれだけ時間が過ぎたのか。考えても考えても、占めるものはアイツの泣いた顔だけで、いつもの笑顔が、さっぱり頭から消えていた。今どこで、何をしているのか。何を考えているのか。オレのいないところで、泣いているのか。想いを伝えたあのときの笑顔は、もう、見せてくれないのかと、思っていた。


震える、か細い声が、聞こえた


「今、開ける」

『…っ、そのまま、で…、』

「…顔を、見せてくれ」

『だめ、です』

「しかし、」

『京一、さん』

「…なんだ」

『…好き、なんです』

「…」

『京一さんが、すき、です』

「…っ」

『子供で、ごめんなさい。でも、京一さんの、となりに、いたいんです』


嫌いにならないで、


そう聞こえたとき、もう、耐えられなかった。



「…っ、誰が、嫌いになるか」

「きょ、いちさ」

「悪かった」

「っ…、ふ、う…!」

「綺麗だ」

「…っく、ふえぇ…っ」

「もっと見せてくれ」

「京一、さん…っ」


部屋の扉の先、漆黒のドレスに包まれた彼女の腕を取り、強く強く抱きしめた。

何が、『似合わない』だ。

誰が、『子供』だ。

こんなにもオレの感情を狂わせ、扇情的で、艶やかで、可憐なのに。



「似合ってる。とても」



そっと顔を上げた彼女は、オレが泣かせてしまった潤んだ瞳を、ゆっくり細めた。


ああ、やっと、笑ってくれた。


たまらず、その目蓋に、やさしくキスを。





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ID.じゃなくてしっかり京一さんのお話として書けばよかったかなと思いましたどうでしょう←

元ネタは私が見た夢の内容です。いやあ、いい夢だった…京一さん好きなんです…。

夢に少し着色しています。高橋は出てきていませんが、ビンタ→泣きまくる→屋上で清次に見つかる→エレベーターで部屋に行く→京一さんに抱き締められる、の流れは一緒です。しかし夢の中では10階109号室でなく40階1109号室だった気が。なんだ40階て\(^^)/夢を無理矢理お話にしてしまったので、変なところもございますが、大目に見て下さい…!