V


>>2013/06/16 (Sun)
>>13:34
VVoice for the Victory
オリジナル要素満載です。ご注意を。


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神奈川県某市。

公道の話題をかっさらっているプロジェクトD、そのドライバーを弟に、そして指導者を兄に持つ彼女が、専属メカニックとして籍を置くGTチーム。

(相当、行きたいんだろうなあ)

明日の日曜にレースを控えているこちらでは、決勝を勝ち抜くための最終チェックに入ったところだ。フリー走行と予選を終え、明日のグリッドを決めて、先程研究所へ帰ってきたところなのだが。

夜半時よりも少し早い、晩夏を迎えた土曜日の夜。ガレージの時計が、一秒、一分、刻々と動く。

さっきから時計が気になって仕方がない。心ここに在らずなメカニックを見兼ねたチームリーダーの隼人(ハヤト)は、現在の時間を見、どうしたものかと考えた。

(まあ、見に行きたいのは僕も同じなんだけどねェ)

恐らく県内外の走り屋が集結するだろう。その中でもし、次期ドライバーになりうる逸材がいたら、ヘッドハントしてもいいかもしれない。

「いったぁー!」

安全メガネをしながら、リフトで上げた車体の下を弄っていた彼女から珍しい悲鳴。額をさすりながら、その場にしゃがみこんだ。

「どうしたの、大丈夫?」

「うぅ…ナットが…おでこに落ちてきた…」

「メガネしててよかったね、あーあ、赤くなってる」

チームロゴが描かれたキャップを取ると、少し赤く膨れていた。

……よし、

「結構腫れてるよ。保冷剤取ってくるから、ちょっと待ってな」

「え、自分でやるよハヤト」

「いいって。ついでに少し休憩にしよう」

「…ありがとう」


なんて、事のついでだ。本当はね、


「監督。少々、ご相談が」


外でタバコを吹かしながらドライバーと居た監督に、しっかり目利きしてこいと背中を叩かれた。と言われたからには、彼女の護衛も兼ねて、僕も行ってOKということだ。外出許可を頂けたのは、今日、彼女が提案したセッティングが功を成したことへの褒美だと、僕は受け取ることにした。



「ハヤト急いで!始まっちゃうよ!」

さっきまでの憂い顔はどこへ行ったのか。まったく現金なものだ。大観山の大きなパーキングは、予想通りたくさんのギャラリーで埋まっていた。ウチのデモカー、彼女のエボTで来た僕たちは、少し離れたTP近くの空きスペースに停め、一度プロジェクトDのベースへ顔を出しに行く途中だった。先を行く彼女の足取りは軽く、研究所から飛び出してきたせいで、背中のチームロゴが誇らし気に主張している。

悪目立ち、というか、夜目でもわかる我らのチームカラーは、周りの連中の視線を受けていたけれど、たぶん、彼女はそれに気付かずに、ひたすら前を進む。

あ、ホラ、まただ。

チームの贔屓目かもしれないが、キミってば可愛い顔してるんだからもっと自覚しようよ。サーキットでどれだけ声かかってるか知らないでしょう、キミ。それを毎回あしらってるこっちの身にもなってよね。ああもう、とうとうキミだと気付かれてカメラ向けられてるじゃないか。


アレって、TRFの高橋じゃね?

こんな近くで見んの初めてだ

顔ちっちぇー

つーか背もちっちぇー


……僕、彼女のお兄さんたちの気持ちがよくわかる気がする。自分の宝物や大事なものは、自分だけが見ていいものだから。『カワイイ』というやたらカンに障る声がそこかしこから聞こえてきたとき、早くこの人だかりから抜けたくて、彼女よりリーチのある自分の脚をフル加速、涼介氏の元へ急ぐとする。



「お兄ちゃん!」

「間に合ったか」

「啓ちゃん、は」

「今、スタート地点へ向かったよ」


プロジェクトDベース。バンの隣に涼介氏、つなぎ姿のメカニック、もはや誰もが知っているだろうあのハチロクと藤原くん。兄の姿を捉えた彼女は小走りで駆け寄り、間に合ったことと兄に会えたことで安堵し、すっかり妹の顔になった。


「啓ちゃんに、ひとこと言いたいんだけど…集中してるから、やっぱりダメかな…」

「少しくらいなら大丈夫さ。お前の声が聞けたら、啓介も喜ぶ」

兄にそう言われた彼女がその場を少し離れ、啓介くんと電波を繋げている間、僕は涼介氏と向き合った。

「ご無沙汰しています、隼人さん」

「覚えていてくれたのか涼介くん。嬉しいよ」

「妹がいつもお世話になり、感謝しています」

「ははっ、お礼を言うのはコチラの方さ。元はと言えば、彼女の知識量は涼介くんがキッカケなんだろう?明日の決勝も、彼女のおかげで良い位置に着けたんだ」

「明日、って大丈夫なんですか?ここにいて」

「最終チェックを部下に任せてきた。身の入らない彼女に作業させるより、よほど効率が良いと思ってね」

「助かります。弟も、彼女に会いたがっていましたから」






「啓ちゃん?」

『っ、アネキ!』

「今ね、上にいるの」

『来てくれたのか!?でも、チーム…』

「大丈夫。リーダーと一緒に外出許可もらってきたの」

『そ、っか……やべ、オレ、どうしよ』

「どうか、した?」

『…うれしい。すっげェうれしい。絶対そこ、動くなよ。オレが行くまで、そこに居ろよ』

「うん…待ってる。ここにいるよ」

『オレ、負けねェから』

「うん、でも、気を付けて。豪、すごいから」

『ああ、わかってる。アネキ、見ててくれ』

「…信じてるよ、啓ちゃん」


 


弟くんと電話を終えたお姉さんが、僕らの元へ戻ってきた。

「啓介、なんだって?」

「ん、負けない、って」

「そうか」

何でも本番前に誰かに勇気付けられ、それが愛する人の声なら尚更に力が湧いてくるものだ。兄弟が、彼女を家族以上に大切に想っていることは僕も既知で、だから、GTチームで彼女を預かっていることに、リーダーとして、この兄弟とりわけ兄を前に話すと、少しヒヤリとすることがある。


さあ、高橋啓介。お手並み拝見だ。

活動が終わったらどちらかウチにくれないかと訊けば、娘を持つ父親の如く、代表者様にぴしゃりと断られた。

いつか彼らがプロになって、もしカテゴリが同じで、それでチームが違えば、どこかで戦うことになる。

その日が来たら、この子はどう動いて、どう判断して、どんなセットを組むのだろう。

そんな様子を、神妙な顔で今スタートを迎えた兄君と共に、将来見守るのもいいかもしれない。


「信じてるよ、啓介」


弟を想う姉の声は、箱根の星空へと。

とても澄んで、やさしい声だった。



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リーダー隼人の独り語りでした。

オリジナルすみません。長編の要素を所々かじっています。隼人は30代ほどのお兄さん設定。決してアスラーダの風見ハヤトではございません。チームカラーはとにかく目立つ色というだけで細かく決めていませんので、皆さまにお任せということでひとつ。