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>>2013/07/23 (Tue)
>>15:18
XX the cross(智幸/東堂商会社員)
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相棒のクロスバイクとの付き合いは、今年で五年目になる。通勤も遊びも、この子とならどこへでも行ける。
スポーツにおける自転車に出会ってからハマるまでは本当に瞬く間で、毎年盛夏になる前に行われる地元のヒルクライム大会参加への体力作りが日課となって、これも五年だ。女ゆえ、あまり体格がガッシリすると日常よろしくないので、筋肉の付き方の勉強も怠らない。
仕事の同期が教えてくれた山へトレーニングに来てみたのだが、これはまた急勾配の上りが続き、そのはずが急に下り坂になったり、何ともアップダウンが多彩で走っていて飽きてこない。おまけに、なんて景色が良いところだろう。涼しい頃を狙って来た、太陽が少し傾いた時刻。初夏特有の柔らかい青空と陽の光が交ざって、幻想的な色になっていた。
トンネルを抜け、うねった勾配を下り、橋を渡った駐車スペースで小休憩。水分を摂りひと息ついて周りを見ると、自分が常より目にするものが多数散らばっていた。それとさっきからずっと気になっていた、視界に入れるなと言うほうが難しいほどの、ブラックマーク。
「酒井め、だからオススメって言ったのね」
言わずもがな、職場の連中も使っている峠道だった。いや、『コース』と呼ぶべきだろうか。社長が走り屋育成塾を開校していることはもちろん知っているけれど(過去に何度も入塾を誘われたが)、私は車も好きだが自転車はもっと好きなので、あまり連中に連れだって夜の山へ赴いたりはしない。
しかしながら今は日中だというのに車の往来が一台もない。こんなに景色が素晴らしいのだから、絶好の撮影スポットになりそうなのに。日中がこうであると、夜はもっとなのだろう。
「だからみんな走ってるのかしら。穴場ってヤツ?」
そういうことなら、こちらとしてもトレーニングがしやすい。軽くストレッチをし、再び駆ける準備をした。
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橋から先はずっと上りで、体幹を鍛えるには申し分なかった。軽めのギアで上り切ると、さすがにフラフラになりかける。段々と日の入りが遅くなるこの季節、走り込む時間はまだありそうだった。
少し開けた場所に出る。チェーン着脱場の表示が見えたので、そこでマシンと自分のメンテをしようとハンドルを切った。春の緑に映える黄色い一台が、先客として停まっていた。最近職場のガレージで見かけた栃木ナンバーで、そのドライバーと会ったのは随分久しいような気がする。
「智幸、さん?」
「…おお、誰かと思えば。元気そうだな」
久しぶりだと言った彼は、私たち東堂商会の何代も上の人で、塾きっての大先輩。プロレーサーの智幸さんが、なぜ八方ヶ原にいるのだろうか。
「うちのシビックですよね。試乗ですか?智幸さん」
「まあな。たまには走ってみろと社長に言われてな」
お前は?と訊かれ、大会へ出るために、と答えた。
「酒井に薦められて来たんですけど、まさか『ご用達』とは知りませんでした」
「アイツらのホームは塩那だろう。たまにココも走ってるんだろうな」
智幸さんが峠で走っている姿を見たことがない(先も言ったように夜の山へは行かないので)と言うと、見ても楽しいモンじゃないぞと少し笑いながら返された。
「お前は相変わらず、車よりチャリなんだな」
「チャリも立派な車ですよ。走るときは車道ですし」
「はは。そういう意味だと、お前も立派な走り屋だな」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
ARAYA製、マディフォックスCX。フラット型だったハンドルを、使いやすく湾曲したドロップ型にカスタマイズした。真っ白いカラーのフレームに触れ、智幸との会話が弾む。
「見たことがないなら、見に来るか?」
「何をです?」
「正直オレはあまり、なんだが。塾生のヤツらが『リベンジ』だと相当乗り気でな」
「…ああ、公道バトル、ですか?気になってはいたんですけど」
「場所もちょうどココだ。来るなら別の相棒を連れて来いよ」
間違っても自転車で来るなとの先輩からのお達しに、『行くならこの子に乗って行こう』と考えていた図星を突かれ、吹き出した。
「智幸さん、このあとどうされるんです?」
「大体の感触は掴めたからな。一旦東堂商会へ戻るよ。お前は?」
「明るいので、まだ走っておきます。大会も近いし」
「無理して事故るなよ。道幅も狭いんだからな」
「ふふ、そのまま智幸さんにもお返ししますよ。バトル、見に行きますね」
シビックに乗った智幸さんは矢板の方へ。自転車の私は上ってきた塩原の方へと、進む道が交差する。
滅多に来ない夜の山へ誘われ訪れ、昼間の景色と違う闇と、乗用車が持つキャパシティに飲み込まれるように、カテゴリ違いの『走り屋』になるのも、また、瞬く間だった。
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今年5月に訪れた八方ヶ原。あの急勾配でヒルクライムは無理…サイクリストさんスゲェ。
マディフォックスCXは、私が迷ったCX86と同型です。せっかくなのでヒロインちゃんに乗ってもらいました。