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>>2013/07/24 (Wed)
>>22:27
Yヤビツ峠の夕闇(大宮)

YMネタバレ含みます。ご注意。

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「ちょっと…走ってきます」

GTチーム『TRF』の研究所にて、少しずつ秋が香る頃。当チームのチーフメカニックは、夏以降こうして夜に走ることが増えた。

「誰か連れてかなくていいのか?テスト兼ねてるんだろ?」

きっと自身の愛車に新たに乗せたパーツの試乗だと思ったチーム監督は、ガレージの外へ向かう彼女が横に首振ったのを見、ただ、走り屋たちによろしくなと、伝えるだけだった。


全戦、全勝。みんなの目指すものであったのだから、想いが叶い、その通りになったことに、何とも言えず、心がいっぱいになって涙が止まらなかった、あの日から。

何故か、ぽっかりと。ふ、と頭が真っ白になるときが、一日の中で何度もあった。公道チームに直接関わっていない自分。だけれど、高みを目指す兄弟をいちばん近くで見てきた自分。あの熱は、兄弟やDの仲間の心に今も燻っているに違いないけれど。

「……急に、さみしくなっちゃったな」

あれからもうしばらくの時間が経った。あんなに充実して楽しそうにしている兄弟を、もう見られないのかなと思う気持ち。さみしい、が最たる表現だった。

エボTを走らせ、視界を掠めた表示に見えた峠へ向かう。どこか特定の山を選ばず、無心で風を切った。木製で特徴的な展望台が見える。オレンジが黒に染まろうかという街並みに、深い溜息をついた。

菜の花台駐車場の柵にもたれ、眼下を見下ろす。夕闇の中、ぽつりぽつりと街に火が灯るところへ、何台かこちらへ向かってくる過給機音を聞いた。さもチューンドですと言うその音に振り返り、ボディに貼られた見覚えのあるナンバーステッカーが知り合いであると教えてくれた。


「ウィング、直されたんですね。大宮さん」

「あれからどんだけ時間経ってると思ってる。とっくの前に直したさ」

さっきまで見ていたオレンジと同じ色のロードスター。可愛い成りして、すばしっこいマシンの羽根が、元に戻っていた。

「どうしてんのかと、思ってたんだぜ」

「え…、」

「前はよく試乗テストだのなんだの理由つけて、来てたじゃねェか」

「…」

「全然顔見ねェからよ、青エボ見たか?っつって、ウチのヤツらも言ってたぞ」

「……すみません、全然、来なくて」


避けていた。

熱が残る、この峠を。

兄弟が、拓海くんが、Dのみんなが駆けた、神奈川の山を。

無心で走っていたはずなのに、決戦の地へエボは足を向けなかった。あの戦いを振り返って切なくなる、と、エボはわかっていたのかもしれない。

いつも、そうだった。


「…大宮さんは、相変わらずですね」

「前向きだっつーんなら、褒められたと思っていいんだな」

「…そういうことに、してください」

「久しぶりに顔見せたのに笑いもしねェヤツに褒められても、嬉しくないぞオレは」

しゃんとしろ、と、キャップの上から撫でられた。

理由を聞かずいてくれる大宮さんが、すごく、あったかい。

キャップを取って、ぺこり、会釈した。


「思えば、あっという間でした」

大宮さんが、柵にもたれる。

「夏に、次から神奈川だと兄から聞いて、すごくドキドキしたんです」

風に靡く髪を抑えた。

「そのドキドキが、一瞬で飛んでいった気がして」

街並みが、完全に黒になる。

「思い出すと、さみしいんです」

だから、避けてましたと、大宮さんに告げる。

「大団円で閉じたんだ。喜ばしいじゃないか」


「いつか終わると、理解、していたんです。けど」

「笑え」

「…大宮さん?」

「オレたち対戦者はな、あれからもっとのめり込んで走ってんだぜ。全然こっちに来なかったお前は知らないだろうがな」

使う言葉は強くても、発する声は優しかった。

「楽しくて仕方ねェんだ、前よりずっと」

キャップを被ってない頭を、ふうわり撫でられた。

「プロジェクトDは、走り屋連中の心を動かしたんだ。お前の兄貴は、すげェことしでかしたんだぞ」

そのまま、頬を優しくつねられた。

「さみしいなんて気持ちは、少なくとも神奈川の連中は持ってない。心を動かした、って今言ったろ。過去になると思うから、さみしいんだ」

みんな前進している。

だから、

「…ありがとう、大宮さん」

細めたことで落ちた涙は、大宮さんの指へ。頬をつねられたままの笑みは相当可笑しな顔だったろうが、それでも、大宮さんは優しく見つめてくれていた。

始まって、終わって、また始まる。

それはいつも、灯る街並み、煌めく星と、共に。




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きっと大宮さんが神奈川勢で最年長だと思うので、神奈川のお兄ちゃん立場から慰めてもらいました。246ステッカーは捏造です。神奈川ってみんなチーム名貼ってないですよね…。

大宮さんのセリフ、難産でした。フィナーレを納得できず落ち込んでいる私に、前向きになれるセリフなんて考えられないと。最終話を受け止める方、そうできない方、いろんなご意見を拝見しました。もう休もうかと、ハチロクが言ったのかもしれません。13歳の拓海が走ってから、19歳まで6年間。読み手からしたら18年間も走っていたんですもんね。

私は赤城でなく秋名で閉じてほしいです。始まりの夜は、あの峠道ですから。

自分で書いていて、泣けてきました。長くなりましてすみません。