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当初オールスターで書く予定でしたが人数があまりに多すぎて口調がわからなくなったのでメンバー選抜しました。

『きみを素敵にする五つ道具』
涼介→拓海→豪→京一→啓介
※時系列バラバラです。





@ネイル


今日はエアコンがいらないな、と、風呂上りの涼介は思う。湿度のない乾いた夏の夜に、涼しい風が窓からやってきた。少し乱暴気味に髪をタオルドライしながら、キッチン、リビングへ向かうと、ほのかに感じたアルコールのようなシンナーのような独特の化学薬品の香りに、くん、と鼻を動かす。

換気しながらその涼しい風をリビングへ誘い、世界で最も名のある会社が作った、レーシングカーを主人公にしたアニメを観ている妹の指先が、色彩豊かなそのアニメ同様にカラフルになっていた。


「これ、2か?」

「そー。まだ観てなかったからDVD借りてきちゃった」


鮮やかな市街地を走るシーン。まるでモンテカルロだと思いながら、これまた鮮やかな指先を見る。


「お洒落して、明日の日曜はお出かけですか?あきらお嬢様」

「ふふっ、いいえ。ただの気分転換よ」

「でしたら、私めの白い車でデートなどはいかがでしょう」

「まあ、どこへ連れていってくれるのかしら?」


あきらが座るソファに並び、途中までで止まっていたネイルをやさしく奪う。手を添え、甲にキスをするように、小さな爪に小さなブラシをそっと滑らす。白をベースに、爪の先だけに乗せた青と黄の小さなドット。涼介はそれを、兄に守られながら自由に遊びまわる、妹と弟のように見えた。

そうあきらに言うと、「お兄ちゃんよくわかったね」と嬉しそうな顔を見せた。




Aマスカラ

カーブ、ロング、ファイバー入り、ウォータープルーフにオイルプルーフ。この世の化粧品会社は一体どれだけのマスカラを出すんだと、次々に発売されるアイメイク技術に驚かされる。車のドレスアップパーツの数に比べれば女の子のメイクグッズはまだ少ない方なのかな、と、比較対象をいささか間違っているように思うが、そう言うと隣にいる少年は「そうですね」と私のポーチにあった1本をくるくると回し、スクリュー型になっている先端を珍しげに見ていた。


「拓海くん、興味あるなら付けてみる?」


自慢ではないが、自分の瞳は大きい方だと思う。しかしこの藤原拓海は女である私を遥かに超越したぱっちりとした瞳で、なんと言っても睫毛が長い。その澄んだ瞳を更に魅力的にしてみたいと思うとワクワクしてきた。小さい頃に何度も遊んだ『おけしょうごっこ』を思い出す。あのときはキラキラして可愛い子供用メイクグッズが大好きで、よくお母さんと一緒に遊んだなー、なんて思いながら、マスカラ片手に美少年へとにじり寄る。


「え、い、いいですよあきらさん…!!」

「大丈夫!絶対可愛いから!」

「なんスかその絶対って!根拠ねェ…!」


ちなみにあきらが使っているのは、仕事中もへこたれず常にキープしてくれる強力なカーブを誇るオイルプルーフ。しかもお湯でするりと落ち、値段も手頃。コストパフォーマンスが最高の逸品だ。


「ビューラーで睫毛上げるから目あけてー!」

「いーやーでーすー!」


腕をがしりと掴み、決して近寄らせてくれない拓海との攻防戦は、まだまだ続く。今は勉強中なんだがなとプロジェクトD涼介先生のゲンコツが届くまで、あと、ちょっと。




Bパウダー

訊けば今日は神奈川に泊まるというあきらを半ば強引に連れ込んで乗せたNSXは軽快に市街を走る。作業が終わり、お疲れ様でしたと富士を出ようとしたときに、むんずと柔らかい二の腕を掴んだ。

オレがまたココで走るようになったことがあきらにとって相当嬉しかったようで、以前、戻ってきたときに泣きそうな顔でおかえりと言われたことは忘れていないし、寧ろくすぐったくて、オレも嬉しかった。

今日はあきらがオーバーホールしたエンジンのテストだった。顔を出し、このあとどうすんだと訊くと、そしたら「明日もこっちで作業だから研究所に泊まる」と冒頭のように言うので、じゃあってことで呑みに行こうぜと誘った。まあ、ムリヤリだ。


「結果報告、まだ残ってたのに」

「ンなもん部下を頼ってチーフはオレに付き合え」


実際コイツを連れ出したとき、スタッフに「あとやっときますんで」と笑顔で返されている。それを伝えてやると、困ったように、でも少し笑って、まったくもう、と呟いた。


「運転してたら呑めないじゃない、豪」

「オレは呑むぞ。ハンドルキーパーなんてヤだね」

「じゃあ帰りどうすんの」

「代行」

「ちょっと、本気?」

「知り合いがやってんだ。コイツ乗れるぞ」

「あ、そ」


呆れてオレを見るあきらと、横目で視線が合う。オレは、ああやっぱりと確信した。

心地いい、あきらのそばが。やっぱ、好きだ。



赤信号で停まったときに、足元に置いた私物のバッグから少し大きめのエナメルポーチを取り出した。ファスナーを開け、手鏡で自身の顔を映している。


「安心しろ、見たってそれ以上キレイにゃならねェから」

「ありがとう、イヤミをくれて」


薄いペーパーで皮脂を抑え、小さなボトルの保湿液で顔を整える。ぱち、と小気味いい音でパクトを開いた。


「よくもまあこの不安定な中で直せるな」


青に変わり、Gが後ろへ。


「黄色いやんちゃ号で何度もやってたら慣れちゃった」

「あ、そ」


車の中で化粧を直されることを嫌う男は多いらしいが、オレは乗せる女と言えばあきらくらいだし、別になんとも思っちゃいない。至極残念なことだが、オレたちは恋人じゃない。けれどあきらが隣にいてくれるだけで、何でも許してやれる。まあ、惚れた弱みだ。それに車を大事に扱うことに長けているから、あきらは車を傷つけたり汚したりは絶対にしない。オレが惚れたのも、そういう配慮の心があるからだ。

しかし、姉弟だから当たり前だろうけれど、乗り慣れている、と言われ面白くない。負けた手前、今更あのFDに文句を言える立場ではないが、走りではなくあきらに関わることならば文句のひとつも言いたくなる。肌と同じ色のパウダーを柔らかいブラシに少量取り、するりと頬に滑らす仕草に、心臓が跳ねた。


「豪、前」

「あ、わり」


再び停まった信号が青になったことに気付かない。心臓がうるさい。ガキか、オレは。


「呑み屋に行くだけなのにそんなに必要かよ」

「誰かさんが直すヒマを与えず連れ出したからでしょ。さすがにメイク崩したままで出歩けないわ」


オレの前で整えるのは、心許しているからか、それとも、オレを男として意識していないのか。

今この空気の中で言えば、それは前者であってほしいと願う。悪かったなと言いながら、すべすべに流れる桃肌に触れた。



キレイだと、素直に言えたらいいのにな。




Cチーク


「きょ、いちさん!なにを…っ!?」

「顔にオイルが付いてるぞ、あきら」



兄弟に内緒で遊びに来ましたと、数々のヘッドライトに照らされながら笑うあきら。群馬方面から中禅寺湖を過ぎて一旦下り、その姿を見たチームメンバーの嬉しそうな声で『青エボが来ました』と連絡が入る。明智平からも目視出来るほどあきらが近づいたとき、隣の清次がやかましくなった。あきらが来るたびに「群馬と神奈川の真ん中みたいなモンだろが。近ェんだから栃木に住めよ」と話す。それはオレも同意見だ。

青いランエボはチーム内にも何台か居るが、さすがに初代はいない。物珍しさとあきらの人柄も相まって、彼女が来るといろは坂に色が灯る。


「嬢ちゃんよく来たなー!褒めてやるぜー!」

「わあっ清次さんっ、くるしい…っ!」


ぎゅうぎゅうと清次があきらに構う姿は、いつか見た啓介があきらにじゃれる姿によく似ている。まあ、どちらも見ていて可愛いモンじゃないが。


「そうだ嬢ちゃん、久しぶりにオレと"よーいドン"しようぜ!」

「なんですかそのかけっこみたいな言い方…」


清次とあきらのマシンはどちらもRSだ。馬力は清次が上だが、サーキットでの空力技術が成されているあきらの初代は軽い。終盤で力を見せる清次か、軽さが強みのあきらか。一斉にアクセルオンの"ヨーイドン方式"で走りたいと言うのだろう。あきらをからかうことが好きな清次はワザと子供のように言う。頬を膨らませ、からかわないでくれと文句を言うあきら。その表情は、本当にあの小憎らしい涼介の妹かと見紛うほどに愛らしい。

清次の希望通りになり、チーム内が沸き立つ。見届けるため下りのスタート地点へ着いて行くと、「こうなるならさっきコースチェックしておけばよかった」とココへ来る前を思い出し、不安そうにオレを見る。


「基本をしっかりすれば、自然に体が思い出すぞ」

「でも、前回ちゃんと走ったのは随分前ですよ?ワクワクはするけど、大丈夫かなあ…」

「走った軌跡を車はちゃんと覚えている。エボを信じろ、あきら」

「ん…、見ていて下さいね?京一さん」


がんばります、そうは言っても、不安が消えないらしい。


「あきら」

「はい、な、ん」



開けた窓を覗き込み、頬に軌跡を。



「顔にオイルが付いてるぞ、あきら」



離れる寸前、彼女にしか聞こえない嘘を放つ。

これでいらぬ不安はなくなっただろうと、桃色に染まった頬を撫でる。無言のままのあきらは、カウントが終わりアクセルを解き放った瞬間、バックファイヤーと共に爆発した。


「京一さんの…!!ばかぁああ!!!」


結局、下りで軽さが勝ち、あきらに軍配が。戻ってきた彼女は、さっきの頬紅を残したままに「みんなの前でキスなんて最低です」と零す。しかしそれはただの愛しい文句にしか聞こえず、可笑しくなって、その染まる頬をもう一度撫でてやった。




Dルージュ


「啓介、あきらを起こしてくれないか。オレはもう出ないといけないから」

「へ?アネキいんの?」


姿も見えず、物音ひとつしないし、てっきり姉は出かけているのかと思っていた。起こしてくれと言われて時計を見る。夕方、17時を指していた。


「ちょっと待てよ、まさかずっと寝てんのかアネキ!?」

「ああ、お前は気付かなかったか。あきらが帰って来たの、朝7時だぜ」

「また大層な朝帰りだな」

「オレたちが文句言える立場か?」

「走り込みじゃなくて昨日のは飲み会で、だろ。なかなかやるねアネキも」

「褒めるなよ。じゃあ頼んだからな。20時にいつものレストランで落ち合おう」

「はいよアニキ」


昨日、アネキは高校の同窓会だったらしい。社会が盆休みに入ると呑み屋はどこも予約でいっぱいで席の確保が難しいとかで、時期をズラし、なるべく人数が集まれる日を設定したのが昨日なんだとか。同窓会なんて、昔に消失した恋愛にもう一度火が付く典型的なイベントじゃねェかと思ったが、オレがまだ寝ている頃に悠々と朝帰りをした愛しの姉は、無事誰にもお持ち帰りされることなく、へろへろになってタクシーに乗ってきた。アニキが起きていたから介抱したそうだが、ナニをどう介抱したのか気になってたまらない。普段から早起きを習慣づけていれば、オレが請け負えたかもしれないのに。

後悔しても仕方がない。というか、寝起きのアネキなんて久々なんじゃ、と思うほど、最近姉と自分の生活時間が噛み合っていなかった。オレたちはDで忙しなかったし、姉もシーズン真っ只中で、ゆっくり話すことも出来なかった。この度めでたくDが快挙を遂げ、そして姉は来月まで大きなレースがなく時間に余裕が出来た。ということでアニキが兄妹弟三人で食事に行こうとセッティングしてくれたんだ。そのアニキは、今し方所用のため先に出て行った。と、いうことは、


「……やべ、ふたりっきり、だ」

寝ている姉を起こし、目覚めて最初に見るのが自分で、おはよアネキって、抱き締めたり、とか?

「マジ、か。耐えらんねェかも、オレ」

とりあえず、約束した時間に間に合わなければアニキに疑われちまう。どくんどくんと鳴る心臓を連れて、アネキの部屋をノックした。


「アネキ、入るぞ」


姉はいつもいい香りがするから、それを期待してドアを開けた啓介が急に顔をしかめる。


「さ、け、くさ…!ありえねェだろ…!!」


介抱した涼介は大丈夫だったのかと思うほどの強いアルコール臭。部屋に充満したそれを取っ払うため、閉じられた窓をすべて全開にする。一体どれだけ飲んだんだと、タオルケットに包まり猫のように丸まるあきらを揺すった。啓介は思う。さっきまでの純情なドキドキを返せと。今のあきらにそれは一切感じられず、ただの酔い潰れた酔っ払いが寝息を立てているだけだ。


「アネキ、あーねーき、起きろ」

「……」

「出かけんぞ、アニキと晩飯行くって言ってただろーが」

「……」

「…このっ、起きやがれェ!!」

「きゃあぁぁあ!!?」


泥酔し、ぴくりとせず寝続けるあきらを丸まったまま抱きかかえ、ベッドのスプリングを利用してぽいっと放り投げバウンドさせた。その拍子でやっと目覚めた愛しの姫は、ぼさぼさの髪を振り回し、焦点が合わない瞳で啓介を見、呆けて何も言えないでいた。


「お目覚めかよプリンセス。舞踏会に遅れちまうぜ?」

「け、い、あれ、わたし、きのう」

「昨日っつーか今朝な。アニキが運んだんだとよ。覚えてないっか」

「え、うそ、お兄ちゃん?ていうか、なんで、部屋に」

「…だーめだこりゃ。水浴びて頭覚ましてきやがれ!」

「ちょっ、啓ちゃ、いやああ下ろしてえぇ!!」

「黙れこの酔っ払い!」


タオルケットを剥がした姉は、花柄の部屋着を着ていた。ということは、アニキが着替えさせた、ってことで。泥酔しているとは言え大好きな姉のあられもない姿をアニキが独り占めした事実は許しがたい。アニキもアネキを愛しているんだから尚更だ。でも、アネキはこんな状態で記憶ゼロだし、ここでそれを問い詰めたって意味がないと思ったオレは、久々のアネキとの時間を有意義にしたくて、約束の時間までのオタノシミを考えることにした。何にも覚えていない酒臭いアネキを抱き上げ、部屋を出る。階段で暴れられると厄介なので、ここは黙ってもらうことにしよう。


「おとなしくしないと、風呂でえっちなことするからな」


「っ…、や、」


「ヤなら、いい子にしてて、アネキ」


細い首に口唇を寄せると、アルコールの香りで酔いそうになる。いや、触れたあきらの柔らかさに、の間違いかもしれない。


やっぱオレも一緒に入っちゃおうかなとからかってやると、ぷりぷり怒って風呂のドアを強く閉められた。腹から笑って二階へ戻り、あきらの部屋にアロマを焚いてアルコールを飛ばし、クロゼットを拝借する。


「上がったよー、啓ちゃん」

「完全に目ェ覚めたかよ、アネキ。今日の予定、言えるか?」

「夜にお兄ちゃんと三人でディナー。OK?」

「おっけ。じゃ、ドレッサー座って」

「…どういうこと?」

「ドレスアップはオレに任せろってこと」

「うそ!」

「うそじゃねェよ、オレのテク信じてみろって」

「……失敗しないでよね」

「かしこまりましたプリンセス」



心地いいアロマに包まれて、啓介に託したメイクアップは順調に進む。そういや啓介って意外と器用なんだよねと、ぼうっとリラックスした頭であきらは思っていた。フェイシャルに取り掛かる前に、あきらのコスメボックスからブルーのネイルを取り出し、両の指に色を置いて。乾かしている時間を使って、フェイシャルメイクに入る段取りだ。 手際よく触れる啓介の手や指が、まるでエステのようで。さっきまで眠っていたのにまた眠くなってしまうほどだった。


「こら、寝るなよアネキ」

「だってけいちゃん、エステみたいで気持ちいいんだもん…」

「そりゃ何よりだけどさ、ちゃんと前向いてて。でないと可愛くしてやれねェから」


さっき、ベッドに投げ飛ばされた仕草とは真逆の、極上に優しい弟。鏡越しに見る啓介が、なんだか、別人に見えた。それはとても、甘くて、かっこよくて、最高の、恋人みたい。


(…っ、私ったら)


想像したら恥ずかしくなって目を伏せた。眠気なんて飛んで行ってしまったけれど、自分の肌に触れている啓介には、きっと今の急熱に気付いているだろう。そう思って、もう一度鏡を見たら、


「なに?……あきら」


「〜〜〜!!」


ああもう、


やられた。


鏡越しに合った目が、すごく、熱っぽくて、すごく、優しくて、



(かっこ、よすぎ)



どうしてウチの兄弟はこう、いつも私を見つめるんだろう。今だけは、真ん中に生まれたことを少し恨みたくなった。


「はい、おわり。どう?アネキ」

「……すご」


丁寧に丁寧にメイクアップしてくれたおかげで、セルフメイクより断然きれいに仕上がっていた。おまけに、私のアイメイクより瞳が大きくなった気がする。どこで覚えてきたのかは、この際気にしないでおこう。髪もいじってくれて、コテでふんわり巻いてくれたボブヘアに、レースのカチュームをオン。気に入ってくれたか?という質問に、ぎゅっと抱きつくことで答えた。


「勝手にクロゼット開けちゃったけど許してな。言っとくけど下着は見てないから。信じてくれよ?」

「うーん、まあ、許そう」


こんなに可愛くしてもらったんだ。嬉しくて楽しくて、啓介になんでも任せてしまいたくなる。ハンガーポールに掛けられたワンピースを取り、姿見の前で私に合わせると、「よし、間違いねェ」と専属ヘアメイクのGOサインが出た。ボートネックに沿うように付けられた上品な丸襟。ころんとした半袖パフスリーブ。ハイウエスト切り替えのそれは、トップスがシャドーチェック柄のブラウスで、ボトムのスカートは薄手の無地ツイードを使った異素材のワンピース。黒を基調にした大人っぽくも可愛らしくもある一着は、今のあきらのメイクに良く似合っていた。つくづく、啓介のウデには感動させられる。


「ロイヤルブルーのヒールあるだろ、足元はアレな」

「啓ちゃんすごいね、ビックリしちゃったよ」

「お、っと。いっけね、大事なの忘れてた。ピンクとローズ、どっち好き?」

「…ピンク?」

「オレの方見て」


顎を取り、少し上を向かせた。自然、目と目が合い、自分でやっておいてなんだが、可愛らしく変身したあきらと見つめ合うとどうも気まずい。リップブラシを使って、これも丁寧に紅をひく。小さく熟れた苺の口唇に、ピンクのルージュが花咲いた。それを馴染ませるためにティシュを一枚取った啓介は、ドレスアップ=『オタノシミ』の最後にひとつ、思いつく。


「目、つむって。アネキ」

「ん」


ティシュを四つに折り、あきらの口元へ。それを挟むように、啓介はそっと口唇を押し当てた。


柔らかい紙から徐々に伝わる啓介の熱。驚いて一瞬だけ目を開けたが、安心させるように抱き締めてくれる腕が優しくて、しばらく、啓介に委ねていた。






「あきらとの時間は楽しかったか?啓介」

「……さんきゅ、アニキ」



所用はウソだったと、アネキに聞こえない声でアニキは言う。

自分だって、本当はアネキと過ごしたかっただろうに。ドライバーとして頑張ってくれた褒美だと、大好きなアネキとの時間をオレにくれた。


やっぱオレ、アニキにゃ一生、敵わねェや。