メヌエット
あなたが見えるただひとつの
光であればいい
「しまった……」
大学が思いのほか早く終わり(先生の急な出張でね!)、そう言えばあのお店からフェアDM届いてたななんて考えながら、久しぶりに駅前のファッションビルに寄り道した、高橋家の長女は
終電を逃した。
今日に限ってのんびり電車通学、今日に限って買い物がしたい衝動に駆られ、今日に限ってとても良い天気と、誰かに『寄り道したら』と言われたような日だった。最近大きなレースが終わって、メカニック業も忙しさが少し落ち着き、そこへ久しぶりの寄り道。楽しくないわけがない。
そして、冒頭である。
終電を逃すまで何をやっていたのか。駅前のファッションビルは夜21時までの営業なのだが。
「まさか菜々と会うなんてね」
菜々とは、高校時代の同級生だ。卒業以来の再会で、しばらくカフェで花を咲かせていたのである。
現在、夜23時。
「……とりあえず、連絡しとこ」
『涼介だ』
「お兄ちゃん、今どこにいる?」
『史浩のところだけど…どうした?』
「大学じゃなかった…よかった。あのね、ちょっとバカなことやっちゃって」
『ははっ、何だよ』
「今、高崎駅なんだけど、色々あって、終電、逃しちゃった……」
『……あきら、お前な、』
「あっ、でもね!最寄り駅には停まらないけど一つ先の駅に停まるの見つけたの。それに乗って、何とかして帰るね!」
『バカ言うな、啓介使えよ』
「啓ちゃんに電話繋がらなかったの!お兄ちゃん、無理?」
『実は今、FCの調整をしに来ているんだ。動かすのにまだ時間がかかる』
「そ、か……難しいかぁ」
『先の駅に着いたらタクシー拾えよ。夜遅いから、絶対一人で歩くんじゃねぇぞ、あきら』
「ん……がんばる」
『じゃ、気を付けてな』
…………とりあえず、最寄り駅ひとつ先の駅に着いたけど。
「タクシーひとっつも居ないなんてどーいうことよぉお!!!」
もうすぐで日付が変わる。
閑散とした駅に突っ立っているより、少しでも家に近づこうと、あきらは大きな県道に向かって歩き出した。
県道に続く細くて暗い道は、不思議と、怖くなかった。外灯も申し訳ない程度にしか点いていないのに、それが逆にあきらをワクワクさせた。
「なんか、冒険してるみたい」
慣れない道を、ひとり歩く。RPGの勇者って、こんな気分なのかな。
細い道を抜け、この時間でもまだ車が行き交う県道に出た。冒険の気分が抜けなくて、しばらくは自宅方面にひた歩いていた。手頃な時にヒッチハイカーにでもなろうかなと、タクシーを探して車道を見ていたとき
こっちに向かって、ゆっくり近づく、ヘッドライト。
暗いからボディカラーはよくわからないけど、割りと高さがあるバンだった。
何か探しながら運転してるのかな。
そのバンが、一言二言、声を鳴らした。
MAZDAの、ボンゴブローニィ
見慣れすぎた、
PROJECT D
「……見つけた」
「お兄ちゃん!?」
「県道走って見つからなかったら電話しようと思ってたんだけど、見つかってよかった」
乗れよと言われ、隣へ。
ドキドキしてる
すごく、心臓が、うるさいの
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
(ところでこのバンどうしたの?)
(史浩に頼んで借りてきた。明日FCと交換しに行くさ)
知らぬ間に夜の闇が包んでも
たとえ言葉を失ったとしても
あなたが見えるただひとつの
光であればいい
あなたが触れるただひとつの
安らぎであればいい
やがてあなたの心の中に
注がれていけばいい
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山崎まさよし『メヌエット』お借りしました。
実話なんです!
今日仕事帰りに間違った路線バスに乗っちゃて、降りた場所は勝手知った地域だから帰り道はわかるんですけど如何せん家まで距離があったんです。歩けないことはなかったけど、一応だんなさまに間違ったことを連絡して、帰りがいつもより遅くなると伝えて、暗い道をしばらく歩いてたら、
まだ仕事中だったのに会社用ハイエースでピックアップしてくれたんです…!(彼の職場は家から歩いて5分)
もー!即お話にしなきゃと思いました!←
2012,11アップ
おまけ
「涼介、あきらちゃん見つけたかな」
「しっかし凄い慌て振りでしたね」
「オレも久々に見たなあれは」
「というか、『今からバンで迎えに行く』って前もって連絡しなくて良かったんですかね」
「…………」
お兄ちゃんは急ぎすぎてそこまで頭が回らなかったんだよ松本くん\(^o^)/
おしまい!