E
>>2013/11/24 (Sun)
>>22:37
E遠距離恋愛とエンプティエネルギー(京一)
メグミさまリクエスト
お相手:京一
ヒロイン:真ん中ちゃん
京一とお泊り。面白くない高橋。京一さんとデートしちゃってください。
メグミさまへのご挨拶はあとがきにて。
コチラよりどうぞ。
『歳上のカレシだと疲れない?』
友人たちからたびたび言われる。どんなに共通事を持っていても、歳の差ゆえの価値観の違いで亀裂が生まれることがあると。以前『私が小学生のとき、京一さんは中学生か高校生なんですね』と言ったら、彼には珍しく声を上げて笑われてしまった。けれどそのあとに続く彼の言葉で、とても、安心させられたの。
さすが全国トップクラスの観光地。まして秋が深まるこの時期の観光客の数は計り知れない。いや、計ろうとも思わない。平日であってもこの人だかりを見、一体どこから集まってくるんだろうと、彼の愛車の車窓から銀杏並木を眺めていた。
『いい時期だから街を流すか』との提案に、自分の愛車は群馬でお留守番。JR宇都宮駅西口。陸橋付近のロータリーで待っていたら、弾ける音と一緒に昼間の栃木には不似合いな漆黒が目の前に停まった。わざわざ外へ降りて出迎えてくれた京一さんは、トレードマークのバンダナではなくグレーのヘリンボンハンチングを頭に乗せていた。未だに慣れない三代目の助手席。それと同じ色のラムレザージャケットの袖をきゅっと握り、彼が企てたこれからのプランに、どきどきと高鳴る。
『十月の予定を教えてほしい』
京一さんと恋仲になって、今年の秋で一年が経つ。お出かけのお伺いを立てるのはいつも私からだったから、彼のこの電話には驚いた。
「上旬に九州の参戦予定があって、それ以外なら神奈川にいますよ」
『ああ、オートポリスか』
「はい。今季も終盤なので、少しずつ忙しくなってきました。500の皆さんも何やら大変そうで…」
『大幅にルールの変更があったようだな、そっちは大丈夫なのか』
つい先日発表があった、来季のGT戦レギュレーション。今季の残りのレースも大事だが、先を見据えたスケジュールに追われている日々。なかなか群馬にも戻れずにいて、現在も神奈川で電話を受けている。栃木と群馬、そして神奈川。近くて遠い、逢えない時間。遠距離恋愛のよう。
『二日ほど休みは取れるか?』
「レースが終わったら必ずインターバルを置くので、中旬でしたら大丈夫ですよ。下旬だと、来月の準備が始まっちゃうんです」
それが、夏の終わりの頃の電話だった。予定を早めにチームへ連絡しておいて正解。おかげで今、京一さんの隣に座っていられるのだから。
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「あれアネキ、エボもフィガロも置いてってる」
上毛三山が色付いてきた。栃木に劣らず多くの紅葉の名所を持つ群馬県。高橋邸の植込みのモミジも、程よく赤くなっている。部屋にもいない、ガレージにもいない、彼女お気に入りだというブーツもない。でも仕事用のバッグやチームつなぎは定位置に置いてある。はて、姉はどこへ行ったのだろうか。啓介は悩む。
「アニキ、アネキ知らねェ?どこにもいないんだけど、車置いて」
「連絡しても繋がらない。今朝、友達と栃木で一泊旅行だとメールが来た。一泊なんて初耳だ」
「え、オレも聞いてないよ。アネキなら予定あったら前々から言ってくれんのに。急だよな、珍しー」
「ちょっと心当たりを探ってみるよ、何かひっかかるんだ」
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「大丈夫だったのか」
「何がです?」
「実家。あのふたりが許してくれたのかと」
「あー…実は…」
早朝、ほの暗い午前五時。確か啓介は三時くらいに赤城から帰ってきてそのまま爆睡。寝始めたら絶対に起きないことを知っている。そしてFCは主人と一緒に群馬大学でお泊り中。帰宅は日が昇ってからと聞いていた。自分が外出する絶好の時間だった。自宅近くのコンビニでタクシーを捕まえ、高崎駅まで。宇都宮に着いたら、しばらくコーヒーショップでゆっくりと待っていた。
「京一さんとお出かけ、なんて言ったら、絶対、いい顔しないんですもん…」
「一度腹を割って真剣に話すべきかな、あいつらと」
「……なんだか恐ろしいことになりそうな気がします」
京一さんとデートのときは、いつも友人らに口裏を合わせておいてもらっている。自分の居場所を兄弟に訊かれたら誤魔化しておいてと。しかし今回は特に念を押して、友人らに限らずチームメンバーにも伝えておいた。何せウチの兄は、どうしてこの連絡先を知っているのか疑問に思うほど、業界で顔が広い。バレずに遂行できるか。兄弟と私の戦いである。
(だってさ…、じゃま、されたくないんだもん…)
弾ける音は、今はやさしい。これが夜になったら、まるで、皇帝が駆る神馬のように雄々しい猛りが木霊する。
今日と明日の二日間。ずっと、京一さんとエボVと一緒にいられる。初めての、お泊り。
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「お忙しいところ失礼します。高橋メグミの兄、涼介ですが」
『大学時代の友達と栃木に一泊で遊びに行ってきます。朝早く出たからお兄ちゃんに会えなくてごめんね』
こんな内容のメールが帰宅した朝九時頃に届いた。大学時代の友人、まあ妹には数多くいるだろうが、その中でひとり、恋人がレッドサンズメンバーだという繋がりで連絡先を交換した女性にコンタクトを取ってみた。しかし繋がらない。もちろんメグミ本人にもだ。車を置いていったということは現在電車で移動中の可能性もある。彼女らへの連絡はまた改めるとして、涼介はチームTRFへと電波を繋げた。
『やあ久し振りじゃないか涼介くん。隼人です』
「ご無沙汰しています隼人さん。妹がいつもお世話になっています」
『相変わらず丁寧だなあ君は。何か僕に連絡かい?ウチにダブルエースをくれるとか』
「ご期待にはお応え出来かねますね」
『おや残念。冗談だよ。メグミちゃんのことかな?』
「ええ、そちらに行っていませんか?妹と連絡が取れないのですが…」
TRFチームリーダー、隼人(ハヤト)。メグミが敬愛する兄涼介を、彼もまた気に入っている。知識もさることながら、ドライバーの育成能力、統率力、人となり。涼介本人をチームへ招きたい気持ちでいっぱいだが、医学へ進む彼の足止めなど出来ず、代わりに『ダブルエースをウチにくれ』と涼介に会う度に茶化しながら話す。
『二日間お休みを取ってるよ、お友達と旅行なんだろう?』
「同行していると思しき友人とも連絡が取れなくて…隼人さんなら何かご存じかと」
『ははっ、メグミちゃんのことは僕よりお兄さんの方が詳しいはずじゃないか?』
「…オレにも話せないことが、あるのでは」
『うーん、どうだろうねぇ。お友達と楽しんでいるのなら、信じてあげたらどうかな』
(誤魔化してくれって言われてもねぇ…ずっとこのままじゃダメでしょうよメグミちゃん)
「そうですね…すみませんでした、お忙しいのに」
『いやいや気にしなくていいよ。そうだ、涼介くん』
「はい?」
『妹愛も、ほどほどにね。もっと自由にしてあげなよ』
じゃあねと電話を終わらせた隼人は、ふ、と息を吐いた。約束だから、ハッキリと彼女の『友達』が誰かを伝えることは出来ない。仲が良すぎるのも困ったものだと、神奈川より今頃恋人と笑っているだろうメグミを想う。
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目的地が日光であることから、京一さんにすべてお任せしながらドライブは進む。東武日光駅からの沿道の駐車場はどこも満車。さすが親しい地元というべきか、商店街に居を構えるお知り合いの方に許可を頂いて敷地内に停めさせてくれた。陽射しはあるが、冷たい秋風が頬を撫でる。持ってきたアームカバーからはみ出ている指先に、はあ、と吐息をかけた。
「山の麓だからな、夏の終わりでも冷えるくらいだぞ」
日光東照宮、入り口までの砂利道。ざくざくと音を鳴らして、並んで歩いていた。
「きょう、いちさん」
「人が多いから」
なんて冷たい指だ、と口角を上げて笑われた。
その大きな左手で、私の右手はすべて隠される。
「…そんなに見るな、メグミ」
「だって京一さん、顔、赤い」
邪魔をする人は、だれもいない。いつも一緒の清次さんだって、今はいない。ふたりだけの時間が、やっと作れた。
「うれしい。すっごく、うれしいです。誘ってくれてありがとう、京一さん」
「…そうか」
こっちを見ずにただ前を見て答えるのは、照れ隠し。そんな歳上の彼を、かわいいと思った。
恐らく日没まで人で溢れているだろうと、毎年のことながら厄介そうに京一は言う。今日は天気が良かったから、夕焼けの明智平を見てみたかったなとメグミがぽそり呟いた。
「…行ってみるか」
「え…」
「この時間から上る車は地元くらいで観光客はそんなにいない。下りは大渋滞だろうがな」
「…はい!」
日光東照宮から、男体山へ。120号線を真っ直ぐに走る。見慣れた入り口が見えてきた。
「メグミ」
「はい」
「触ってみるか、エボV」
「…え?」
「まだ視界が明るいから車両感覚も掴みやすい。攻めなくていい、上ってみろ」
「そんな…っ、京一さんのシートに座るなんて…!恐れ多いです!」
「はは、お前はオレをなんだと思ってるんだ?そこのパーキングに入るぞ」
「ええ〜…」
第二いろは坂、入り口。シートとハンドルの位置をメグミに合わせ、端的に操作の手解きを受ける。
(京一さんのバケット…おっきい…)
肩のアジャスターでシートベルトの弛みを調節してくれた京一。バケットシートのヘッドレストの位置が自分に全然合わなかったり、腰に当たるクッションの感触が自分のより硬かったり。すべてが京一のものだと思うと、どきどきしてまともにハンドルが切れそうにない。彼に包まれている。心も、からだも。
「ゆっくりな、メグミ」
「うう〜…緊張する…」
日没までに到着せねば。せっかくのワガママが無意味になってしまわないように、紅葉が煌めく夕刻のいろは坂を漆黒が滑っていった。
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「わかったぞ、居場所が」
「ほんとか!」
「栃木なのは間違いない。問題は相手だ」
栃木は群馬同様、車社会の県なのは誰もが既知であろうが、サーキット所有県ということもあり『それらしい』車も公道にはたくさん走っている。ここで発揮されるのが、涼介の精通した情報網だった。先程連絡を試みたメグミの友人にはやはり繋がらず、本人も然り。となれば、自らの根強いネットワークに頼るしかない。
「最初からこうしておけばよかった。メグミは栃木にいるとわかっているんだから、行先の目星をつけて地元に捜索を頼めば一発じゃないか」
「どしたの、なんか焦ってねェ?」
「オレはまだ許した覚えはないぞメグミ。くそッ、こうなるなら昔いろは坂に連れていくんじゃなかったぜ!」
「…は、まさか、ちょ、待て!アネキ泊まりって、須ど「言うな啓介!京一の名など聞きたくない!」
「言ってんじゃんアニキ!マジかよアネキ…うそだろ…」
その業界の目なら、すぐにわかる漆黒の皇帝。そのオーナーの仏頂面がほのかに緩み、彼のとなりには可憐な微笑み。日光東照宮に隣接する、縁結びの神を祀る日光二荒山神社。境内を歩く京一とメグミは、幸せな恋人の姿だった。それは、ふたりを見かけたひとりの走り屋が、涼介に報告することをためらうほどに。
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「覚えてますか、京一さん」
「ん?」
「初めて会ったの、ここなんです」
頑張ったな、と緊張しっぱなしだったヒルクライムを上り終えたとき、頭をくしゃりと撫でられた。日没まであと少しと迫った明智平。展望台へのロープウェイも、本日の営業を終えようとしていた。木々の紅いモミジへ、夕陽の朱が重なる。第一いろは坂が見渡せる木柵へ歩み寄り、京一は続けた。
「…怖々と、涼介の後ろに隠れていたな、お前は。どこの子供かと思った」
「子供って…、そりゃ、まだ十代でしたし、背も小さかったですよ」
「背丈は今もだろう」
「あ、ひどい」
「でもな」
「きょ、」
「メグミが小さいから、こうしてやれる」
辺りが暗闇になっていく。夕陽の最期を、見届けられなかった。
「メグミのすべてが、オレの胸にある。この身長が愛しいんだ」
彼が着ているニットの柔らかさが、頬に当たる。包まれている、すべてを。
「『愛しい想いに、年齢や外面は無関係』。この言葉、うれしかった」
「なんだ、まだ気にしていたのか」
「…だって、チビだから子供に見えると思って」
「そんなことを言うヤツがいるなら連れて来い。引っ叩いてやる」
「ふふっ、シャレになりませんよ京一さん」
抱き締められながら、大きな手で髪を梳かれる。明智平に吹く山風に身震いをし、甘えるようにくっついた。
「…メグミ」
「ん…」
「逢いたかった。ずっと、こうしたかった」
「…わたしもです、京一さん」
「今夜、メグミのすべてを、オレにくれ」
きゅう、とニットを掴む。怖い。けど、京一さんになら。ぜんぶ、全部、あげられる。返事は、小さく頷くことしかできなかった。
昼間と同じように、右手をとって。助手席に誘われ、彼の得意とするダウンヒル。日光の街なか、京一さんの住むマンションが、視界の先に見えてきた。
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翌日の夕刻、群馬県高崎市
「…た、だいm「おかえりメグミ、栃木は楽しかったか?」……お兄ちゃん」
玄関をそっとそうっと開けて入ろうとしたら、勘のいい兄はどうやら気付いていたらしい。まるでAT車のクリープ現象のように静かに高橋邸へ到着したエボVの有り得ないほど控えめなエンジン音に、この涼介は目を見開いた。電車で帰るから宇都宮駅まででいいとメグミは京一に言ったのだが、『大事な恋人を家まで送らせてくれ』と真剣に言われてしまっては反論などどうして出来ようか。
「どうやら『友達』も一緒のようだな、せっかくだから上がってもらえ」
「え…」
「オレたちが知らないとでも思ったー?アネキ」
「けい、ちゃ」
「友達とだなんて嘘をついて、京一と何をしていたんだ」
「……ッ」
「妹を困らせるのは止せ涼介。泣きそうじゃないか」
メグミが家に入るまで見届けようと愛車から玄関を見ていた京一は、扉を開けても中へ入らない彼女に不審を抱く。まさか、と、咄嗟に飛び出した。一度腹を割って話すべきか、昨日挙げた提案が、こんなすぐに実行されようとは。
昨日の日光と同じ、晴れて夕陽に染まる群馬県。高橋邸にのみ、黒い雲の嵐が吹き荒れた。
メグミさまへ
この度は20000hitリクエストにご応募下さいまして、ありがとうございます。9月にメールを下さって約2か月…お待たせいたしました。
京一さんとお泊りで、兄弟が悔しがるというご注文でしたね。…悔しがるというよりあのラストだと喧嘩になってますよね!すみません!そしてお泊り、ちょっとえっちっぽくなってしまいました…これもすみません…
京一さんと真ん中ちゃん、涼介と啓介、というペアの時系列を揃えて、視点を切り替えながら書いてみました。『一方その頃あの人は』のような感じで。『お兄ちゃんたちも大事だけど、私にだって譲れないものがあるの!』と京一さんを選んだ真ん中ちゃん。勝ち誇ったようにほくそ笑む京一さんと、ものすごく悔しがる涼介さん。啓介はますますランエボが嫌いになりそうです(お姉ちゃんの初代は別格ですよ)
京一さんと疑似デートをして頂こうと思って、今年の春に私が体験した栃木旅行を参考にしました。土地感覚や各名所など思い出して、楽しく書かせて頂きました(^^)栃木、一度の旅行で本当に好きになってしまったんです私。ものすごく素敵なところですね!住みたい!
もっとこうしてほしかった等、ご意見ございましたら遠慮なくお申し付け下さいね!お読み下さりありがとうございます、メグミさま(^v^)
11月24日、りょうこ