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>>2013/12/19 (Thu)
>>17:24
F不穏で不満な藤原拓海

澪さまリクエスト
お相手:拓海
ヒロイン:ディーラー営業

涼介と啓介からイチャイチャとアプローチされつつ、おいしいところは拓海のもの。三人に挟まれてください。

澪さまへのご挨拶はあとがきにて。

コチラよりどうぞ。

「ちわー、三河屋でーす」

「マジで勝手口から入ってくんなよお前」

「デカいモノ持ってるんだから表の玄関から入っておいで澪」

「や、ちょっと彼の気分を味わってみたくてさ」


ブラックスーツのセットアップ。ジャケットのフラワーホールに、フライングMの社章。OLスタイルによくあるタイトスカートではなく、センタープレスされた品の良いストレートパンツからは、華奢なヒールがちらりと見えた。


「わざわざウチで純正頼まなくてもよかったのに。このエアロなら松本くんトコでも扱ってるよきっと」

「松本に頼むにしろ、結局はディーラー経由じゃないか。納期が早い方が今後何かと動きやすいだろう」

「まあねー、これから細かいセッティングしなきゃだもんね。リーダー様もお忙しいことで」


襟足がすっきりとした、黒髪のショートカット。髪から見える耳に、小さなピアスが光っていた。


「もう仕事終わったんだろ澪。上がってけよ」

「でも、お客様いらっしゃるんじゃないの?靴、あるし」

「ついでに紹介しておくか、エースだしな」






出会いは、こんな感じだった。


高橋家と彼女、澪さんは、もう長い付き合いらしい。なんでも、涼介さんが高校生の頃から通い詰めていたディーラーにFCが納車された当初から良く面倒をみてくれていた整備士さんが、澪さんのお父さんなんだとか。そのお父さんは現在、一介の整備士ではなくディーラーの工場長。就任後、FC専属整備士がいなくては困るというので、会社で繋がりのある松本さんの工場を紹介してもらい、今に至る。

澪さんは啓介さんと同い年で、オレの三つ歳上。お父さんの姿を子供の頃から見ているため自然と車業界の仕事を目指し、高校を卒業してすぐ、父親と同じディーラーの営業職に就いた。工場長としてチームの上に立つ父親に代わり、担当顧客である高橋家は彼女が請け負っている。啓介さんが四輪を志したとき、提示した条件にピッタリ合うFDを探し出したのも、澪さんだった。松本さんの工場とディーラーとのパイプのような役を担ってくれているおかげでプロジェクトも動かしやすいと、澪さんをオレに紹介してくれたとき涼介さんが言っていた。

それが、オレが参加を決めた冬のころ。凍結が終わり、春を迎えた。


「こんばんはーたっくん」

「澪さん、お疲れさまです」

「やだ、社会人ね、たっくん。お疲れさま」


遠征バトル=週末。お客様ありきのディーラーではイベントを催したりと、忙しい週末にメンバーと一緒に県外へ赴くことは不可能だった。澪はその分、平日のプラクティスには顔を出すようにしている。


「今日、いつもより早くないですか?」

「火曜日だもん、お店は定休日なの」

「あ…、そっか、今日火曜か。オレ、自分の休みがシフト制だから曜日感覚あんまりなくて」

「ふふっ、サービス業ってそんなものよ。接客やってるとわかんなくなるよね」


ふんわりしたパステルカラーのニットワンピースは、やさしいオレンジ色。首に巻いたベージュのチェックマフラーに顔を埋め、愛車キャロルに凭れた。


「あら、兄弟お揃いで」


赤城のストレートを音を揃えて仲良く走ってくるは名高いブラザース。白と黄色が、ローズ色のキャロルのとなりに並ぶ。


「火曜日だから必ず来ると思ってたよ澪。いらっしゃい」

「こんばんは涼くん」

「夜更かししてっと肌荒れんぞー」

「おでこに小っちゃいニキビもってる啓くんに言われたくないー」


拓海を交え、全員が揃ったところで本日の流れを涼介が伝える。前回プラクティスの復習を兼ねて、今日の路面コンディションをレポートさせるべくエースたちにまずは一本走るよう指示を出した。


「初戦突破、おめでとう涼くん」

「なんだ、知ってたのか」

「ホームページ見たの。開設してたの知らなかったんだけど」

「内緒にしてたんだけどな、惜しいコトしたぜ」

「仲間外れにする気?ひどくない?」

「はは、そうじゃないよ。ほら…、戦況報告と銘打って、逢えるだろう?澪に」


細いな、と涼介の手が澪の腰に添えられる。ぐ、っと寄せれば、目の前は涼介の胸元。近付いて触れてわかる、逞しさ。


「好きだよ、澪」

「…しってる。もう、ずっと前から」

「いい加減、振り向け。でないと離さない」

「離してくれなきゃキライになるって言っても?」

「それはゴメンだ」


ずっと抱いていたい。出会ったときはあどけなく無垢だった少女の、今の姿を。FCと出会ったときに、きみにも出会った。あのころから変わらない自分の気持ちを、綺麗な大人の女性に変わったきみへ何度でも言うよ。でも、きみは一度も、オレへ振り向いてくれないんだね。


名残惜しげに力を緩めた手を、瞬間、澪の顎に沿えた。


「このくらいもらってもバチはあたらないよな」

「〜〜〜っ不意打ち!反則!」


掠めたキスが、澪の顔を朱に変える。激しいロードノイズが響いたところで、涼介は澪から今度こそ離れていった。






「アニキになんかされたんだろ」

「ひぇっ!」


一本ずつ走り終えたエースたち。今日は拓海から細かい調整に入るスケジュールのようで、松本と涼介がハチロクを囲んで打ち合わせをしてるその隙に。


「顔、まっか」

「っ、そんなに近づかないでよ…!」


不意打ちで喰らった涼介のキスで熱を持った顔をパタパタと手で仰いでいたとき、啓介がやってきた。仕事で使っている背の高いヒールではないフラットパンプスを履いているため、見上げる啓介の顔がいつもより遠い。肩を抱かれ、遠かった距離が一気に近付いたときに少しだけ掠めた、汗の香り。近付いて触れてわかる、熱い鼓動。


「…もう、涼くんといい、どうしてあんたたちはこう、強引なの?」

「だって取られたくねーんだもん。澪はオレのだって、まわりに見せつけたいじゃん?」

「まだ誰のものでもありません」

「澪に出会ったのは運命だと思ってんだぜ。オレのFDを見つけてくれた、幸運の女神サマ」

「うわ、くっさいセリフ」

「アイツと今こうして走ってられんのは、澪のおかげだ。いつも、感謝してる」

「啓くん…?」

「だから、さ」

「ッ!んっ、」

「FDはもう手に入れた。あとは、お前がほしい」


肩を抱かれたまま胸元で聞く啓介の言葉。話すたび声が震動になって頬へ伝わる。耳にかかる、低くて甘い吐息。額に小さなキスをされ、見上げた彼は、真剣な顔。


「好きだ」


出会ってから今まで、何度も聞いた、いや、聞かされた彼らの想い。今日こそは、応えるべきなのかもしれない。澪の心が、大きく波打つ。


「目、つぶって」


アニキじゃなくて、オレを選んで

そう、耳で囁かれ、麻痺してしまうようだった。強い眼差しにとうとう負けて、目を閉じた。






「はい、そこまで」





「…ジャマすんなよ藤原。空気読め」

「〜〜〜〜〜たっ、たっくん!!」

「我慢、しないことにしたんです。オレ」

「はァ?」

「啓介さん、涼介さんが呼んでます。早く行かないと怒られますよ」

「ンだよ、今はハチロクの調整だろが」

「終わったからここにいるんです。つーかさっさと行ってください」

「…っち、覚えとけよ藤原」

「お構いなく。覚えてませんから」

「ふん、ナマイキ。またあとでな、澪」

「んっ、ちょ、こら啓くん!」


頬にちゅ、とキスを残して啓介が去ったとき、拓海の眉がぴくりと歪む。


「モテモテですね、澪さん」

「いやだ、見てたのたっくん」

「視界に入っちゃうんです。澪さん、かわいいから」


たしか、拓海は自分から離れた位置に居たはずだ。松本が弄るハチロクは、現にここから距離がある。邪魔にならないようにと、みんなから遠いところにキャロルを停めたのに。


「たっくん、目、よすぎ」

「毎日走ってるんで、見える範囲は広いと思ってます」

「……なんか、怒ってる?」

「澪さんに怒る理由なんて、オレないですよ」


いや、ウソだろう。目ヂカラが強いその瞳で言われて、怒っていないとは思えない。ほやんほやんしたやさしい表情がきりりと締まり、湛えられた内なる炎。


「澪さん」

「は、はい」

「どっち、好きなんですか」

「え…」

「涼介さんと啓介さん。ずっと前から仲良しなんですよね」

「うん、そう、だけど、でも、まだ」

「啓介さんにキスまでされてたじゃないですか、そういう仲なんですか?」

「えッ、あ、あれは、アレだよ、その、昔からのスキンシップっていうか、」


どうしたのか、どちらかと言えば賑やかな啓介とは対照的で穏やかな拓海が、ぐいぐいと迫ってくる。涼介と啓介よりは幾らか身長が低い彼だけれど、澪にとっては充分な高身長だ。とん、と背中に当たるのは愛車キャロルのハッチ。拓海がルーフに手をつき、いよいよ彼から逃げられなくなってしまった。


「……もっと、近付きたいって、思ってたんです。ずっと」

「た、く」

「澪さんの近くに、いたかったんです。プラクティスに来てくれるの、いつも楽しみにしてたんですよ。だって、オレ」

「ちょ、待っ、たく」

「涼介さん啓介さんばっかり、ズルいじゃないですか。昔から知り合いってだけで仲良しだなんて」

「わ、ちょ、どこ触って…ッ、んっ…!」

「この細い腰にも、柔らかそうなほっぺたにも、あのふたりには触れさせて、ズルいって思ってました」


不満たらたら。拓海が、自分と兄弟に対する気持ちをぶつけてくる。負けず嫌いで、一直線。いい意味でもちょっと困った意味でも、純粋な彼。ふわふわした栗色の髪をポンポンとあやしたくなるかわいい弟のような少年は、今、目の前にはいなかった。ニットに触れた手は熱く伝わり、有無を言わせない強い瞳。大きくて澄んだ彼の目に、本当に吸い込まれそう。捕えられて、逸らせない。


「だって、オレ」

「た、っくん、」

「好きなんですもん。澪さんのこと」



男らしい強かった瞳が、瞬間。

ふにゃり、かわいいいつものやさしい瞳で笑われた。



「〜〜〜〜ッッ、ぁ、その、ぇ、と」



かああっ、と顔から汗が噴き出した。涼介や啓介にされた比じゃないほど頬が熱い。

そんな、不意打ちで笑われたら。決まっている、もう、ノックアウトだって。














六月。最近、藤原の目つきが変わってきたと松本は思った。春から順調に勝ち星を稼ぐダウンヒラーに、テクニックと比例して自信が付いてきたのかと考えていたのだが。


「こんばんは、松本さん」

「やあ澪さんいらっしゃい。今日はちょっと蒸すね」

「と思って、冷たいモノ差し入れです。みなさんでどうぞ」

「ありがとう、頂くよ。今日は仕事上りに直接ですか?」


彼女の華奢な肩を覆う小さな袖の白い開襟ブラウス。三角の襟にはフライングMの社章。センタープレスされたブラックのストレートパンツ。赤城道路を運転してきたのだから、足元はさすがにヒールではなく、きらきら光るビジューが付いたバレエパンプス。仕事のスタイルと靴とのアンバランスさを、松本は微笑ましく見遣る。


「澪さん」


プラクティス前の伝達事項をリーダーから聞き終わり、拓海がやってきた。すぐ後ろから、啓介も向かってきている。


「たっくん、啓くん。こんばんは」

「……なんでブラウスなの」

「はい?」

「白は透けるから着ちゃダメって言ったばっかじゃん」

「だって、仕事終わってすぐ来たかったから着替えるヒマな「言い訳もダメ」……はい」


間髪入れず説き伏せた拓海を、啓介と松本は怪訝に思う。Tシャツに羽織っていた薄手のシャツを澪の白いブラウスに重ねた拓海は、「あとさ」と続ける。


「なまえ、違うんじゃない」

「…みんなの前で、言えないよ」

「おい藤原、なんかヘンじゃね?確かお前、澪に敬語…」

「啓介さん、今後は気安く呼ばないでくださいね。あ、触っちゃダメですよ」


まさか、と松本は思った。涼介さんに伝えるべきか否か。これは一悶着ありそうだと、巻き込まれたくない松本はその場を離れた。


「ほら、澪さん。ね?」


「……た、…たくみ」


「はい、よくできました」


にこにことかわいらしく笑う彼の瞳は、それはそれは満足そうだった。でも、そのふんわりした瞳は時として、男らしくて強い光が発せられることを澪は身を持って知っている。自分たちが知らぬ存ぜぬところで動いていた真実を見た啓介と涼介の長年の想いが、この天然純粋最年少の拓海に奪われてしまった。この日、涼介が拓海に与えた課題はいつもより少々手厳しく、啓介は走行中にハイビームで余計なパッシング。それでも拓海が怯むところを見せないのは、宝物を手に入れて幸せいっぱいだからだろう。


澪さまへ

この度は20000hitリクエストへのご応募、ありがとうございます。10月下旬にメールを下さって、ちょうど2ヶ月ですね。大変お待たせいたしました。

兄弟で取り合い、かーらーのー、拓海オチという。なんッッとも羨ましいヒロインちゃんを書かせて頂きました。涼介と啓介のアプローチを敢えて個別にして、好きな彼女へ彼らはどんな落とし方をするのかなあと考えていたらこちらも照れてしまいました。それぞれの愛車と共に出会ったヒロインちゃんに対する兄弟の想いは、とっても大きいと思うんです。FCが納車された当時から誰よりも長く彼女を知る涼介さんと、最大のパートナーFDを見つけてくれた彼女へ感謝が尽きない啓介。愛車と共に、彼女を手に入れたい。『両手に華』ってヤツです。

が、そこへ現れたのが純粋培養藤原拓海。彼だって、やるときゃやります。負けず嫌いで一直線、がココでも発揮されました。歳上のヒロインちゃんが兄弟と仲良くしていると何かおもしろくない。プロジェクト発足と同時に、拓海の恋も発足しちゃいました。歳下が突然敬語を使わなくなる瞬間、キュンときます。ちなみに春=4月で書いています。初戦のもみじが4月、栃木が5月、6月が埼玉、という感じで。美佳ちゃん完全にフェードアウト(^^)/

補足。ディーラーはマツダです。火曜定休が全国一致ではないようですが、地元がそうなので設定しました。キャロルは5代目、アルトのOEMです。あの丸い形が歴代キャロルでいちばん女の子らしいかなと思いまして。わたしは、レトロな初代が好きです(*´ω`*)カワイイ…

もっとねちっこく取り合ってほしい!などご注文ございましたら、遠慮なくお申し付けください。久し振りの拓海のお話、楽しく書かせて頂きました。澪さま、ありがとうございます。


12月19日、りょうこ