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>>2014/03/25 (Tue)
>>14:17
Honest Hospitality for...(啓介)

るなこさまリクエスト
お相手:啓介
ヒロイン:真ん中ちゃん

気持ちが不安定なお姉ちゃんのために弟が企てました。秋のお話です。

るなこさまへのご挨拶はあとがきにて。

コチラよりどうぞ。

「涼介、少しいいか」


留年の危険性が見込まれた啓介がマメに大学へ通い出した、初秋のある日。今日も頑張ったなオレと自画自賛して帰宅すれば、この時間には珍しく父が在宅していた。玄関を通ってリビングの扉を開けると、コーヒーマグを持ちキッチンから出てきた涼介を呼び止める父の声がした。


「ああ、おかえり啓介。ちょうどいい。話があるからふたりとも座りなさい」


医者の息子たるもの、小さい頃から習慣ついた手洗いとうがいを入念に済ませ、涼介が座るソファへかける。テーブルを挟んで反対側のひとり掛けソファに、息を吐きながら父が座った。


「お前たち、最後にるなこに会ったのはいつだ」

「…どうしたんだ父さん」

「先月からウチに通院している。父さんも今朝初めて知ったことだ」

「は?アネキなんかあったのかよ」

「父さんや母さんより、お前たちの方がるなこと過ごす時間が多いだろう。何か変わったことは見受けられなかったか?」


医者の顔で話す父に、息子たちは委縮した。疑問符を頭に置きお互いに顔を見合わせ、何も思い当たることはないと涼介が話す。


「るなこが通っている科は?」

「精神科だ。あいつめ、『父には内緒にしていて』と担当医に告げていたらしい。まったく、何を考えているんだ」

「先月って…一ヶ月バレずにいたってのもスゲェよな」

「感心するな啓介。今朝寄ったナースステーションで、看護師がるなこの名前と薬の話をしていたんだ。担当医に問い詰めてカルテを見せてもらったよ」


かさ、と茶封筒から少し厚手の白いカルテを引っ張り出す。そのまま手渡され黙読する涼介と、兄の見解を待つ啓介。父の吐く息が、更に深くなった。


「…心配させまいとする気持ちは嬉しいが…少しは親に甘えてくれてもいいじゃないか、るなこよ…」


父に黙って、父の知らないところで娘に起こっていた病状。幸い重いものではないが、娘の笑顔を曇らせる事態に、父と涼介、そして兄から説明を受けた啓介は、今ごろ神奈川で奮闘しているるなこを想った。



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原因不明の眠れない夜が続いている。レース前の緊張か、セッティングへの不安か、もしくは身体のホルモンバランス…女性特有の心の乱れ。いろいろ模索して相応の薬を投与しても、なんら改善されていない。どうしたものかと、ペットボトルを額に当てた。初秋だというのにまだ暑さが引かない日本列島、夜風が幾分の冷たさを連れてきた。


「疲れた顔もかわいいけど。どしたの」

「奥山さん」

「夏バテ?」

「うーん、そういうわけでもないんですけど…」


有料道路の下にうねる、箱根七曲り。プロジェクトD戦で使用されたコースということが業界で知れ渡り、決戦以前に比べてクルマもギャラリーも多くなった。この現状が気に入らない奥山は、来てみたものの人数が多くて走る気にもならず、道端に見慣れたチームロゴの小さな背中が見えたので近付いてみた。今日は走らず、彼女をからかって過ごそうと決めて。


「今日ひとり?るなこちゃん」

「いいえ、ウチのドライバーと一緒に。今ダウンヒル中なんです」

「なんだ残念。お持ち帰りしようと思ったのにな」

「私を持って帰っても邪魔なだけですよ」

「そうじゃなくてさ…まあいいか。で、最近お疲れなの?」


同じ青でも、自身のランエボよりシルビアの方が鮮やかだ。陽の光に当たるともっと綺麗に映えるその青に凭れ、奥山はるなこを覗きこんだ。


「眠れないんです。ここ、二、三か月くらい」

「なに、マジでどうしたの」

「こっちが聞きたいですよ…どんなに疲れていても、寝付けないんです。だから最近、あ、もう最近とも言えないか…睡眠薬がないと、眠れなくて…集中しないといけない時期にこれじゃいけないから、日中は栄養剤でなんとか…」

「それ、兄貴とか知ってんの?医学生じゃなかったっけ」

「知らないです、だれも。チームにも言ってないんです。家業の病院で処方してもらっているので、院長の父にバレるのは時間の問題かもしれないけど」


GTシーズン真っ只中、多忙極めるるなこは、薬を貰うためだけに群馬に帰っていた。実家に立ち寄る時間もないほどで、病院へ行ってすぐに神奈川へとんぼ返り。もし実家に寄って家族が在宅ならば、よろしくない血色を誤魔化すファンデーションの濃さに母と兄弟は当然気付くだろうことは想像できる。処方するならばバレない別の病院で、とも考えたが、やはり父の病院に勝る信頼は他にはない。だから担当医にも父には内密にと言付けた。それがもう今となっては家族全員が既知だとは知らず、るなこは奥山と共に初秋の箱根の夜に投じていた。

突然、啓介からメールが届いたのは、「来たのなら一本くらい走れ」と池田に発破をかけられた奥山が渋々シルビアに乗り込んで離れて行った、そのすぐあとだった。


_______________



青空を背に、黄色いやんちゃ号が元気に走る。上信越道を抜け、長野方面へ。松本市を隔て、進路は岐阜へ向かっている。助手席の車窓から、見頃はまだまだ先の少し紅くなった木の葉を見ていた。軽快に走らせる運転手は、気持ちの良い気候と、姉を独り占めできる嬉しさからか、オーディオに合わせて上機嫌な歌声を披露している。


「なんでまた岐阜?」

「絶対アネキ気に入るから。まあ楽しみに待ってなって!」


先日メールで送られてきたものは、アネキとドライブに行きたい!とこちらの予定を無視した弟のかわいいワガママだった。スケジュール調整に奔走して迎えた十月。上旬のGT戦を終えた次の土曜日に出かけようという啓介の誘いに乗って、にこにこ顔の隣に座り約三時間。行先は教えてもらえぬまま岐阜県へ入ったときに立ち寄ったサービスエリアでひと息つく。ずいぶん遠くまで来たなあと、初めて見る山の稜線を見ながら深呼吸した。肩が少し、軽くなった気がした。


「もう少し先な。あとインター三つくらい」

「ね、そろそろ目的地教えてよ。気になるよ」

「ここまで来たら最後までナイショ」


FDに凭れて、カシ、とコーヒーのプルタブを開け、にやりと笑って企む啓介の顔には、『オレには自信がある』、そう書いてあった。


_______________



東海北陸道を走り、スマートICで降りる。ずっと高速回転していたロータリーエンジンがようやく落ち着いた。目先には、グリーンシーズンのゲレンデ。秋の花が拡がる草原があった。


「ほい、着いたよ。だーっ、さすがに腰痛ェー!」

「ふふっ、お疲れさま啓ちゃん。ここ、高原、牧場?」

「そ、赤城のドイツ村とはまた雰囲気違っててなかなかいいかなーと思ってさ」


うん、と背伸びをして身体を解す啓介が指差した、牧場の入り口。時期なので、収穫祭のデコレーションが出迎えてくれる。かわいいカボチャ細工に触れていると、入園チケットを手に満面の笑みで啓介が告げた。


「教会があるんだ、ここ」

「え?」

「花畑の真ん中に、レンガ造りの教会。ネットで見たんだけど、その景色がすっげェきれいでさ。アネキに見せたかったんだ」

「啓ちゃん」

「ほら、いこ?写真もさ、いっぱい撮ってアニキに自慢しよーぜ!」


入り口から園内の敷地までは少し坂道が続く。危ないから、と向けられた左手に迷いなく自身の右手を添えた。


「わ…!すごい…」


敷地がすべて見渡せる、すこし高台になった場所。常緑樹の葉がさわさわと泳ぎ、その風はたくさんの花の香りを連れてきた。高原いっぱいに咲き誇るコスモスやブルーサルビア、カラフルな花たちのコントラストがはっきりと見える。その奥に佇む、三角屋根の十字架。その周りにたくさん咲いている、コスモスにもひまわりにも似ている鮮やかなイエローの花に目を奪われた。


「教会って、あのこと?」

「近くまで行こうか、中も入れるらしいぜ」


今いる高台から教会までは少し距離がある。舗装された園内の道を、仲良く手を繋いで歩いた。絨毯のように拡がるイエローの花畑は、まるで黄色いレンガの道。映画に出てくる草原の少女になった気分だった。



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背の高い木製の扉には蔦が巻き付いていた。冷たく古めかしい歴史の中におとぎ話のようなあたたかさも見受けられる。るなこひとりの力では到底開けられない重厚な二枚扉を、啓介はギィ、と両手で開けた。瞬間、鼻腔に伝わる、少しの埃っぽさと、たくさんの装花の香り。祭壇には、赤くて太いロープが張られていた。


「祭壇から奥は、さすがに行けねェんだな」

「本当の式のときしか、入っちゃいけないんだね」


しばしその聖なる空間に魅入られる。ステンドグラスや煌びやかな装飾はどこにもないが、この高原に咲いている花たちで彩られた装花がその役割を充分すぎるほどに果たしていた。誓いや祈りを捧げる神聖な空気に、るなこと啓介は自然と背筋が伸びる。啓介が続けた。


「…なんか、あったのか?アネキ」

「え…」

「親父んとこ、通ってんだろ。ついこの前、知ったんだけどさ」

「…うん」

「悩み?仕事、うまくいってないとか」

「そういうわけでも…なさそう」

「じゃあ…恋、とか?」


るなこの目元にうっすら見えるクマに触れ、俯くるなこをそっと自分へ向かせた。改めて見ると、やっぱり、顔に元気がない。


「眠れてねェってのはマジなんだな」

「うん…」

「なんでオレにもアニキにも言わなかったんだよ。親父に言いにくかったらせめてオレたちにはさぁ」

「…ごめん」

「そんなに…思い詰めるほどのオトコなの?」

「違うよ、そんな人いないよ。……ただ、ちょっと、考えてて」


るなこの顔を包む啓介の両手に、自分の掌を重ねた。瞳を閉じ、弟のあたたかさに触れる。


「いつまでこの世界にいられるんだろうとか、私はいつまで、このチームにいてレースが出来るのかなとか、歳をとっておばさんやおばあちゃんになっても、ずっとクルマのことが好きでいればずーっとこの世界に携わっていられるのかな、って考えてたの。そうだ、ちょうど、夏くらいから」

「親父んとこ行ったの、先月からなんだろ。眠れないって」

「その前までは、市販のお薬やホットミルクでなんとか眠ってた。けど、最近はホント、眠れなくて…」


ふ、と瞳を開けたるなこは、今にも倒れそうだ。今日ここまで来るために、元気に見せようと相当に気を張っていたのかもしれない。痛々しい姉の姿を、啓介は腕の中に閉じ込めた。


「無理すんな。ンな考え、今は必要ねーじゃんか」

「だ、って…不安、で」

「先のことは、頭いいアニキにだって誰だってわかんねーよ。アネキの今が順調なら、それでいいじゃねェか。余計なコト考えてっから、眠れねェし不安になるんだろ?」

「でも!いつか、離れなきゃいけないかもしれないじゃない、それこそ、結婚とか、出産とか…」

「なに、まさかマジでンな男いたりすんの」

「だからいないってば!今は自分のことで精一杯で、恋なんてするヒマないよ!今が幸せだから、余計にこの先もずっと変わらないでいてほしいってワガママ思っちゃうの!でもそんなコト考えて現状維持に甘えてる自分がイヤなの!それなのにもし突然自分の力不足でチームから追い出されたらどうしようって不安で、怖くて」

「落ち着けアネキ!」


瞳にたっぷり蓄えた涙が、啓介の声で流れて落ちた。一度零れたしずくは溢れ出し、丸い頬の上を滑る。元気のない瞳が、啓介を見上げた。


「ッ…!啓、」

「先を見据えて行動することはすっげェ大事だってアニキにも口煩く言われてるからオレだってわかるよ。だけどアネキが不安に思ってるのって明日明後日のコトじゃねェじゃん、ずーっと先の、未来のコトだろ?」

「…急、に、チームが解散したりしたら」

「暗い未来を考えてどーすんだよ、ンな頭でいたら勝てるレースも勝てねーじゃん。解散しないように勝ち続けるのがアネキたちの仕事だろ。チーフメカニックが、現場を引っ張っていく人間がマイナス思考でいたらクルーはどうなる。余計不安になるだろが」


肩を抱き、見上げるるなこの瞳を見つめ諭す。チークで誤魔化していてもやはり肌の血色はよろしくない。再び頬を両手で包んだ啓介は、その白々とした肌にぬくもりを贈る。諭すときは、少々強く張った声だった。今度は、至極柔らかく、愛しさと慈しみを込めて。この教会で誓うように。


「どうせ考えるなら、明るくて幸せな未来にしてくんね?先のことを怖がってたら、今、なにも出来ねェだろ?」

「啓、介」

「オレは、ってオレだけじゃねーか、アニキだって、いっつも笑って元気なアネキが好きなんだ。嫌なコト考えてる時間があるなら、次オレとどこ行きたいか考えろよ。無理して笑っても、全然かわいくねェ。…あ、ごめん!勢いで言っちまった!アネキはどんな顔もかわいいから、な!」




(……ああ、そうだ。啓介は、こんな子だった。昔から、人の気持ちを見るのが上手で…、ほしい言葉を、くれた)


「…っ、う、ん…うん!」


元々寝不足の顔だ、キレイにメイクなど乗っていない。今きっと、マスカラが落ちて更に酷い顔になっていることだろうな。けど、そんなの、かまいやしない。啓介のために、本当の心で、笑ってあげたかった。

黒いの付いてる、と目尻を拭ってくれた指はそのまま輪郭へ。イエローの花畑…満開のゴールデンピラミッドに囲まれた教会に、秋の柔らかい陽が差した。私たち以外誰もいないふたりだけの教会、真っ白のバージンロードが、出窓からの陽の光で黄金に輝く。


「るなこ」

「え…?…ん、けい…」


キスしたこと、アニキに内緒な?

滅多に私の名前を呼ばないイタズラ小僧が「ししっ」と笑うその表情がとてもかわいくて、見上げた金の髪が、光に透けてとてもきれいだった。





_______________



「…でもさ、もし、もしな」


長距離運転して腹減った!と、ガーデンのウッドデッキに高原の手作りパンを並べ、ランチに頂いた。ミルクパンを頬張りながら、啓介はるなこに告げる。


「本当に、将来、アネキがクルマ世界から離れてしまったらさ、」

「うん」

「今度は、プロドライバーになったオレの、専属メカニックになってくれよ。オレがまた、アネキをこの世界に連れ戻してやる!な?」

「え…?」

「だってサイコーじゃん!アネキが組んだマシンにオレが乗って、レースに出んだぜ!オレは、運転も好きだしアネキも好き!これって両手に華?!」


きらきらと楽しそうに話す啓介の口元に、ミルクパンのクリームが付いていた。私のためにここまで連れてきてくれたこと、元気になる言葉をくれたことに感謝して、顔をこちらに向かせ、クリームをキスでぬぐってあげた。


「ふふっ、そうね。そんな未来も、いいかもね」

「ッアネキ!いま…!〜〜〜なあ!もっかい!もっかいちゅーして!」

「だーめ」


ゴールデンピラミッドが敷き詰められた黄色い花畑。あの映画の少女は、願いを叶えるために黄色いレンガの道をひた歩いて進んで行った。それなら、私はこの花畑から進んでみようか。啓介の言う、明るい未来のために。あの少女を真似て、るなこはデッキチェアの足元で靴のカカトを三回鳴らした。






(もう薬はいいんだね?るなこちゃん)

(はい。ご心配おかけしました、先生)

(あんなに辛そうにしていたのに…ずいぶん顔の血色が良くなったね。何があったんだい?)

(ふふっ、家族のおかげですよ)

(家族かぁ……、あ、ごめん、お父さんにバレてるよ、この薬のこと)

(なっ内緒にしておいてって言ったじゃないですか!)

(あの怖い形相で言われちゃ僕だって逆らえないよ…娘が心配でたまらなかったんだろうね)

(お父さん…。帰り、院長室に、寄っていきます)

(うん、それがいいね。院長も安心なさるだろうから)

るなこさま

今ではもうずいぶん時間が経ってしまいましたが、改めまして、20000hitへのお言葉とリクエストのご応募、本当にありがとうございます。

るなこさまからのリクエストは、ご注文を募ってすぐのご連絡でした。サイトをよくご覧になって下さっているんだなと、とても嬉しかったです。今年に入り、私の身辺上にたくさん良くないことが起こりました。そのせいで今回のリクエストがこんなにお時間を頂戴してしまったこと、お詫び申し上げます。しかし、日頃よりご訪問下さっているるなこさまから、諸々の事件についてあたたかいお言葉を頂けて、とても励まされました。それも、事件が起こってすぐのメッセージだったので、余計に…。

以前からるなこさまのお話を執筆していて、事件が起こりずっと途中でストップしていたんです。だからといって中途半端に仕上げたくない気持ちが強く、あれから少しずつお話を紡がせて頂きました。お時間はかかってしまいましたが、お気に召して下さると嬉しいです。気持ちが不安定な真ん中ちゃん、なんだか最近の私と同じのような…自分が啓介に励まされているような気分になりました。自分で書いていて(笑)『未来より今』『今を変えれば未来も変わる』そんなメッセージが伝わればと思います。

お話の元ネタを…。
岐阜県にある、ひるがの高原『牧歌の里』という牧場をモデルにしています。私が去年の秋に訪れた体験をお話にしてみました。黄色い絨毯のような花畑がとってもキレイだったんです。お話に出てきた映画の一説。ご存じでしょうか『オズの魔法使い』です。主人公ドロシーが元の世界に戻るため黄色いレンガの道を進み、到着したオズの城で『カカトを3回叩いて願い事をすると叶う』と言われ…という。ちょっと、真ん中ちゃんにドロシーになってもらいました。

気付けばもう40000hit、まだまだ、お話は続けます。どうぞまた、遊びにいらして下さいね。今回は本当に、ありがとうございます。


2014,3,25りょうこ