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>>2014/06/21 (Sat)
>>13:23
Large Love of the Liberty Lady(涼介)

広美さまリクエスト
お相手:涼介
ヒロイン:延彦妹

FD後期スピリットR、イノセントブルーマイカ、2シーター乗り。埼玉エリアのダウンヒラー。群大理工学部の2年生です。


※RX-8にちょっと触れていますが、お話の時間軸はエイト現行時期としています。

※オリキャラあり。宅でたびたび登場する涼介さんの友人・岡田くんです。ご存じない方でもお読み頂けるかと。

広美さまへのご挨拶はあとがきにて。

コチラよりどうぞ。

群馬に住んで2年。特に何か変わったこともなく、極静かに、極慎ましく過ごしている大学生活。故郷の埼玉から栃木を挟んでふたつ隣の群馬県。何故、地元を出て県外へ進学したかというと。


『迷ってんならウチ来いよ』


中学時代の先輩の、このたった一言。地元を離れずに兄と同じ大学へ通うことも考えてはいたが、昔の先輩に誘われて調べてみると、気になる学部がひとつ。お前ならどこでも現役だろと真面目な兄に言われた通り、前期一発合格。センターの結果だって群馬は安定のAだった。


「よー広美チャン、元気かー?」

「岡田先輩、桐生に何のご用ですか」


次の講義が中止だと、ゼミのネットワークからLINEが入った。いざ移動教室、と席を立ってすぐのことだったので拍子抜け、廊下に背中を預けゼミメンバーと今後のやり取りを送受信していた。


「なに、次の授業中止?」

「担当の仲井先生が午後から急な出張だそうです」

「マジ。じゃー広美、これからヒマなの」

「そうなりますね。でもゼミメンバーと打ち合わせがあるんで先輩とは遊べませんよ」

「あいっかわらず真面目だなー。どっかの誰か見てるみてェだわ」


中学時代、陸上部の先輩だった岡田という男。頭は良いのにどこか抜けているひとつ歳上の彼は、後輩にも先輩にも慕われる存在だった。生徒会役員にも選ばれ、それと勉強、更に部活との兼ね合いも何ともないように過ごしていた。ように見えた。陸上部では部長ではなかったが、その分、部活を息抜きとして遊んでいるのかいつも部長に小言を言われていた記憶が鮮明に残っている。やるときゃやる、それが先輩の口癖だった。彼が真面目に走ると本当に速かったし教え方もとてもわかりやすかったので、本当に頼りにしていた。群馬の高校に進学されると聞いて淋しくなったものだ。だから、信頼ある岡田先輩が言うのならと、群馬大学を希望したのだけれど。


「それは、オレのことか」

「そうそう、無駄なことはひとつもないとか言いながら勉強ばっかするどこぞの車バカっテェェエ!!」

「戻るぞ岡田。遅れるだろうが」

「お前を待ってたんだよ涼介!話なっげェんだよ!つーかアタマ叩くな!」

「教授がなかなか離してくれなかったんだから仕方ねェだろ。話し中にすまんな。失礼」

「い、いいえ…」


私にヒマかと訊いてきたくせに、自分はこれから授業なんじゃないか。相変わらず、自由な人だ。毎日『やるときゃやる』だったらもっと素敵な先輩なのになと苦笑いをして、広美はゼミメンバーとの待ち合わせ場所…カフェテラスへ向かった。



_______________



授業のない週末は埼玉に帰ること。

この条件を守れば群馬へ進学してもいいと、両親との約束だった。必然的にバイトは授業が終わった平日の夜しか入れられず、お小遣い程度の稼ぎにしかならない。両親からのありがたい仕送りから少しずつ定期貯金をして遣り繰りしていた。


「ドレスアップ代もバカにならないものね」


RX-7、FD3SスピリットR。FDの中でも最高値の280馬力を持つ最終型。足回りと空力のみに手を入れ、動力部はノーマルのまま。定期貯金の積み立ては、このFDのため。いざ資金が必要になったときの、後ろ盾だ。


「広美、溝減ってないか?」

「まだ大丈夫よ兄さん。最近天気が良くてドライばかり走っているせいね。一度でも雨が降ればいいのに」

「今のを街用に下ろしてオレのやろうか?17インチだろ、FD」

「えー、兄さんのをー?もうお下がりは卒業したはずよ。アルテッツァの新しいタイヤ買いたいからって、私に譲るのやめてよね」


秋山広美、20歳。愛車FDとの付き合いは2年目を迎える。どうにも家族にクルマ好きが多いせいか、18歳で免許を取得して最初のクルマ選びには従兄妹を巻き込んでの家族会議にもなったほどだ。だが広美自身はとうに心で決めていたので、誰がなんと言おうと『青いFDに乗りたい』、この一点張りだった。


「…ウルサイ音ね、どこか弄ったのかしら」

「アイツ、広美が来るって教えてやったらすぐ行くって喰いついたぞ」

「渉ちゃんにモテても嬉しくないなあ」
 

ゲートから空気が抜ける独特の音が聞こえてきた。定峰峠の茶屋に、武骨なレトロカーがするりと入る。


「ターボにしたの?渉ちゃん」

「それが聞いて広美、挙動でまくりで乗ってると怖いの!」

「ならついてくるなよ和美」

「だって久しぶりに広美に会いたかったんだもん」


和美は昔から、従姉の広美を姉のように慕う。普段は兄の渉の後をついてまわっているが、広美に会えると彼女にベッタリだった。


「わーメーターついてる。ターボ化かあ…手強いなあ」

「ってーことで勝負しやがれ広美」

「え、急だね渉ちゃん」

「そ・れ・だ!オレが勝ったらその呼び名止めてもらうからな!」


秋山の家系は、父方の血が強いのか乱れのない真っ直ぐな黒髪で生まれてくる。従兄妹たち…延彦と広美、渉と和美の兄妹も皆、艶黒だ。


「そう言って何度も負けてるじゃない」

「るせー。延彦!スターターな!」

「はいはい」


ひとつに結わえたロングヘア。渉と対峙し愛車FDへと振り返れば、艶々の黒髪がふわりと揺れ、元にすとんと収まった。


「ち、妙に色気付きやがって」

「心配か?渉」

「群馬でオトコでもできたんじゃねーの」

「まさか。だとしたら、親との約束だろうが大学が休みの週末に帰ってこないだろ」

「…案外、落ち着いてんだなノブ。地元から離れてるんだし心配になんねェ?」

「…まあ、な。広美ももう20歳だ。うまくやってるさ」


延彦と渉。兄たちは、大事な広美が善からぬ輩に取って喰われぬよう、遠く埼玉から目を光らせていた。


『埼玉にバカッ速のFDがいる』


流れるように駆け下りる姿がどこか似ていると、近県の走り屋たちが徐々に騒ぎ始めた頃。『似ている』と言われた群馬の公道キングが、独自のチームを結成したという。情報を担当するメンバーが青いFDの詳細を得、チームリーダーにすべてが伝わった。


「スピリットRか。果たして、どれほど使い込んでいるかな」


高橋涼介、21歳。赤城レッドサンズ誕生からすぐのことだった。



_______________



群馬は、ひとり当たりの保有台数が全国一位となるほど、クルマが普及している県である。自分の足となるクルマは大事な移動手段だ。

群馬大学、桐生キャンパス。駐車場には、もはやひとり一台ではないかというほど、白線の中が埋まっていた。だが、あまり人気のない…昇降口から遠く離れた場所は比較的空いている確率が高く、広美は普段からそこへ停めていた。昇降口に近ければたくさん歩かずに済むが、クルマが停められずにウロウロするよりよっぽどいいと、いつも思う。


(狭いところに停めてぶつけられたら、イヤだものね)


今日の群馬はいい天気だ。まだ夏になりきっておらず、梅雨入りしたはずなのにとてもからりと晴れている。自慢のブルーマイカが一段と輝いているように見えるのは贔屓目だろうか。FDの施錠を確認し、爽やかな風が吹く中、広美は一コマ目の授業へ向かって歩く。


「走り屋って知ってる?秋山」

「なに?」

「クルマ好きが、サーキットとか山道、ああ峠っつーんだけど、自分の愛車で攻めんだよ」

「ふーん」

「なんだ、興味ねェ?」

「ないね」

「秋山のクルマ、あれ走り屋にスッゲェ人気高いんだぜ。女でアレに乗るなんて相当好きじゃないと乗らねェよ」

「へー」

「つーかお前ネオバ履いてるクセに走りに無頓着なハズねェだろ!」


本当はひとりでゆっくり使いたかったランチタイム。お天道様のおかげで朝から気分が良かった広美は、持ってきた弁当を木陰のベンチで拡げていた。ところ、同じゼミメンバーの彼が話しかけてきた。どうやら彼は走り屋に憧れているらしい。


「クルマとタイヤは兄と従兄の趣味。だから私はよくわからないの」

「ほー…なーんか、隠してねェ?秋山」

「うるさいなあ、悪いけどひとりにしてくれない?私静かに過ごすのが好きなの」

「今度さ、赤城山いかねーか?あ、ギャラリーっつーんだけど。有名な走り屋チームがいてさー、あの走り見たら秋山もどっぷりハマると思うぜー。せっかく良いクルマ乗ってんだからさ」

「はいはい、考えておくからあっち行って」


ちぇ、となんだか面白くなさそうに離れていった彼が見えなくなって、広美はスケジュール帳を確認した。今日は午後にふたつ授業があるだけで、バイト先の店も定休日。まだ明るいうちに帰宅出来る予定だった。それならばと、広美は兄の延彦に一報メールを送る。


(明るいうちなら、峠に行っても文句ないでしょ、兄さん)


バリバリの激しいGTウイングこそ付けていないが、自慢のFDに特に力を入れているのが空力だった。フロントやサイドのエアロパーツももちろん、ダクトの拡張、リアスポイラーの角度、CD値とCL値のバランス…空力に詳しくなりたいだけに選んだのが理工学部だった。将来研究者になりたいワケじゃない。今、自分が知らないことを知りたいだけだ。ゼミメンバーにも、自分と同じ考えだったり、それこそ走り屋の生徒もいるが、友人になって一緒にどこかへ走りに行くとか、別に興味がなかった。FDと自分の時間が、広美には一番、大事だったから。だから自分が走り屋であって、とりわけ埼玉ではかなりの手練れであることを誰にも話していないのだ。

馴れ合いの時間があるなら、ひとりで悠々と風を切っていたい。青空に溶け込むように、遠くまで。



_______________



「広いなー…来てよかったかも」


赤城大沼までやったきた広美は、穏やかな水面に近付いて深呼吸。平日の昼間…まだ夕方とも言い難い柔らかい陽射しを浴びて、うん、と背中を伸ばす。群馬に来て2年が経っていたが、赤城に上ったのは初めてのことだった。牧場やドイツ村、キャンプ場があって、景色も素晴らしく自然豊かな名所だとTVや観光雑誌で見掛けるが、『近いのだからいつでも行ける』と思い込み、未だに来たことがなかったのだ。某テーマパークを有する千葉県や大阪府のような感覚だと、広美は大沼を見渡して少し笑った。


(同じ、音?)


自分の周りにいるとすれば、散歩している赤ちゃん連れのママさんだったり、ウォーキング中の老夫婦、夏に開催されるマラソンに出るのかトレーニング中のランナー。愛するFDと同じ、空気が抜けるタービンの音。RX-7、2代目がするりと停められた。自分の、FDのとなりに。


(なんでわざわざ私のとなりに停めるのよ…セブン同士だから仲良くしようっての?)


誰しもが、クルマを通じて仲良くなりたいと思っていると思わないでほしい。地元の埼玉以外では、ひとりで走っていたいのだ。


(街を走ってるだけで、好奇な目で見られるんだもん。いいじゃない、女でセブンに乗って何がいけないの)


サーキット県…隣の栃木でなくたって、ここ群馬にもソレらしいクルマをたくさん見かける。夜に幹線道路を走っていたら、後ろからパッシングされて勝手にバトルモード。どこまで行ってもしつこく追いかけてくるから、こっちも本気になって振り切ったけど。


(そういうの、めんどくさいのよ)

「ほう、振り切ったのか。最高速はいくつ出たんだ?」



「……へ?」

「失礼、声に出ていたから聞いてしまったよ。すまなかった」

「え、ええ?!」

「あの綺麗な青いFDは、きみのかい?」


頭でぐるぐる考えていたことが、ぶつぶつ呟いていたらしい。なんて、恥ずかしいんだ。

自分の隣に立つ人は、2代目セブン、白いFCのドライバーなのか。駐車場を指差し、怪しい者じゃないと彼は言うが、人の小さな呟きを聞き取るくらい近くに寄っていたことがすでに怪しいと思った。だが。


「きみは確か、岡田の後輩だったか」

「…は?」

「このあいだ桐生に行ったとき、アイツと話していたからさ。あとで訊ねたら中学の後輩だって?」

「はい、そう、ですけど…、あっ、あのとき、廊下でお会いした…」

「オレは高橋涼介。医学部だ。アイツとは高校から一緒なんだ。3年間…いろいろ手を焼かされたよ」

「…ふふっ、先輩は高校でも相変わらずだったんですね。私、理工学部2年の秋山広美です。えっと、改めて。初めまして、高橋先輩」


初対面同士であっても、お互いの共通事を出されれば一瞬で空気が和むこの感覚が不思議でならない。怪しい者じゃないと言った彼は正解かもと思った。


「FDに乗って、長いのか?」

「まだ、2年ちょっと。免許取って、すぐに乗ったので」

「ははっ、最初のクルマがFDか。また荒馬を選んだな」

「先輩のFC…白って台数少なかったやつですよね」

「なかなか、詳しいな。オレが注文した通りの一台を、信頼している整備士が見つけてくれたんだ。絶対FCがいいとずっと言っていたから」

「あーわかります!私、最初は何が何でもFDがいいって家族に断言してたんです。両親は、『最初は軽にしたら』とか『女の子らしい可愛いのにしたら』とか言うんですけど、兄と従兄が賛成してくれたおかげで、ぴったりの子に出会えました」


立ったままじゃなんだからと、ウッドベンチに並んで座る。話につい夢中になって、広美は斜めに座るように涼介に向き合った。


「秋山は、どうしてFDを?なんだか、ただ好きだから選んだだけに見えなくてね」

「先輩こそ。今、ロータリーの現行はエイトなのに。FCを選んだ理由ってなんですか?」


岡田という存在が繋げたこのふたり。けれど話すことはずっと、愛車自慢や歴代セブンのことばかり。自分は埼玉で走っていて、兄と従兄を相手に走り込んでいることも打ち明けた。気付けば、空は青くなくなっていた。

お互いが想う、セブンへの愛。自分は群馬の走り屋だと教えてくれた涼介が考えるFCへの熱意は、広美には少し難しいようで。でも、自分が望むものを与えてくれるFCは、涼介にとって最高の相棒なんだと知った。


「先輩の話を聞いていたら、もっともっと上手くなりたいって思います」

「埼玉だけじゃなくて、こっちでも走ればいいさ。平日だったら峠も空いているから」

「うーん…実は、兄に止められているんです。兄か従兄と一緒じゃないと、夜の峠には行くなって」

「それはまた、大事にされているんだな、妹君は」

「FDだと尚更目立つからでしょうか…。それとも、県外ナンバーが来たらいじめられます?」

「まあ、良からぬ輩も居るかもしれないし…今度、オレと走ってみるか。それなら、心配ないと思うぜ」


走りたいときに連絡してくれと、涼介とアドレスを交換した。登録グループをどうしようかとボタンをいじっていたら、貸して、とケータイを奪われた。


「岡田と一緒にされるのは、ちょっと」

「え、群大に登録しようと思ったんですけど」

「ただでさえ一緒なんだ。どうせならココがいいな」


広美の登録グループは、上から順に家族・友達(ほとんどが地元)・バイト先・群大(ゼミメンバーだったり教授だったり)となっている。それぞれ頭に番号が振られているのだが、涼介はそのひとつ、まだ誰も居ないまっさらな数字へ自分の名前を打ち込んだ。


「これで絶対、オレのこと忘れないだろう?」


7:走り屋 高橋涼介


「勝手にグループ名も作るなんて!」

「セブンだぞ、よりわかりやすいじゃないか」

「もー…高橋先輩、なんで岡田先輩と仲が良いのかわかった気がします」


不思議な人だ。あまり表情を見せないけれど、言葉巧みに話してくれるからとても楽しいし、何よりこの空気感が心地良い。岡田先輩と長いご友人なんだ、信頼してみよう。きっと、大丈夫。



_______________



「FCと知り合った?」

「うん、2シーターのね、とってもきれいな白だったよ」


秋山家、リビングのソファ。毎週の約束を欠かさず守って帰宅している妹へ、延彦はコーヒーマグを手渡す。延彦と中学時代の同期生である岡田の繋がりで知り合ったと言えば、兄はあまり面白くない顔をした。


「アイツめ、また広美に余計なことを。お前の受験のときだってそうだったろう」

「岡田先輩のこと悪く言わないでよー、先輩のおかげで良い人に出会えたんだから」

「群馬では友達作らないんじゃなかったのか?」

「高橋先輩は友達じゃないもの。うーん…セブンの先生?みたいな人かな。すっごく詳しいの」


誰だ高橋って。というかなんだか妹がイキイキとしている。FDを走らせること以外あまり楽しそうにしない広美の声に、抑揚がついている。


「今度ね、一緒に走る約束したの。高橋先輩と、赤城山で」

「…なあ、広美。まさかと思うが、オーナーって、男、か?」

「うん、背が高くてね、きれいな黒髪なのよ、高橋先輩って。私も髪には自信あるんだけど、先輩には負けちゃうなー」

「絶対赤城に行っちゃいけません」


秋山家、兄妹喧嘩、勃発。

普段から仲が良いことで定評のある延彦と広美兄妹の喧嘩は、両親にとって珍しいものだった。『あら、久し振りねェ』と呑気な母の声がする。授業が始まるウィークデーのため広美が群馬へ戻る日曜の夕方まで、延彦との言い合いは続いていた。


_______________



「高橋先輩」

「ああ、来たか秋山」


この日がいいですとメールで希望した当日。広美は赤城道路、資料館前の広い駐車場へと到着した。


「ここへ来るまで、誰とも擦れ違わなかったんですけど…上にもだーれもいないんですね」

「まあ、今日は平日ど真ん中だからな。走り屋も、社会人が多いから」

「学生だとしてもバイトありますもんねー」

「秋山は?バイトじゃなかったのか?」

「毎週水曜、定休日なんです。だから今日は思いっ切り走ろうと思って」

「ふっ、そうか。じゃあ、早速始めるか」

「はいっ」


涼介は、元より気付いていた。

熊谷ナンバーのイノセントブルーマイカ。FD後期型スピリットR。HKS製のエアロパーツに、アドバンのネオバ17インチ。2シーターに乗る、女性オーナー。


(怪しい者じゃない、って、言っちまったからな)


気晴らしにやってきて正解だった、あの赤城大沼での出会い。埼玉エリアのレベルを計る良い機会だと、広美の後ろについた涼介は詮索の目になった。


(全チームへ連絡が間に合ってよかった。こんなチャンス、邪魔されたくない)


赤城で最も名のあるチームのリーダー、かの彗星が声を掛ければ、走り屋連中は誰もが従う。昼間には赤やピンクのツツジが見事に咲いている赤城道路も、今は暗闇の中。そろそろ夏の虫たちが鳴き始めるこの夜に、ふたつのロータリーエンジンが鳴り響く。青と白が同じ速さで尾を引く軌跡は、誰ひとりとて、見た者はいなかった。




_______________



「……何者、ですか」

 
きんきん、甲高い音が、ふたつ分。走り終えた愛車が、荒い呼吸をしているようだった。


「ただの走り屋だけど?」

「ずっと同じ車間を保って、そのまま平行してドリフトまで出来て、それでもただの走り屋って言えますか」

「スピリットRの回転域を見てみたかった。だからついて行っただけさ」

「…高橋先輩」


(良い目だ。悪いな岡田、気に入ったよ)


「…さっき言った、赤城のコースレコードはオレのものだ」

「…あれは、先輩の、更に先輩が作った、って」

「ウソだよ。塗り替えたんだ、オレが」

「…」

「赤城レッドサンズ。今走った赤城道路をホームにしている走り屋チーム。結成したのは、オレなんだよ」

「…チーム、ですか…」

「地元じゃ、絶対に勝負しないことを鉄則にしている。敵地で戦って勝つことがルールだ」

「…」

「生憎、結成してまだ日が浅いんだ。良いメンバーを探していてね。埼玉以外で走る良い機会だと、思うんだけど」


広美は涼介の目を逸らさず、真っ直ぐに彼を見ていた。涼介のことは信頼出来る。大沼で出会ったあとも、何度か構内で会ったりメールも頻繁にしていた。医学部は忙しいと聞いていたのにマメに連絡をくれる涼介を、広美は岡田以上に慕っていた。言葉には乗せていないが、涼介からの自チームへの誘い。広美の答えには迷いがなかった。


「…そんな、危険なこと、私は出来ません」

「秋山」

「FDを、そんな風に走らせたくないです。私は、自由にひとりで走っていたい」

「だが、埼玉の峠ではやっているんだろう?同じことだよ」

「地元では誰かに勝った負けたで恨みを買うことがないからですよ。兄たちを含め、みんな友人ですから」

「売られたバトルは買う、走り屋の暗黙の決まりみたいたものさ」

「それなら、私は走り屋じゃなくていいです。FDと一緒に居たいだけなんで。お誘いはお断りします。今日はありがとうございました、高橋先輩」


ひとつに結わえたロングヘア。涼介と対峙し愛車FDへと振り返れば、艶々の黒髪がふわりと揺れ、元にすとんと収まった。




「チームでなくていい。オレの隣にいてくれないか」


「…先輩?」


「素直に自分自身を明かさなかったことは詫びる。だけど、オレは、FDを選んだお前の想いに惚れたんだ。今更、手離せるかよ」


後ろを向いた広美の手首を、涼介がしっかりと掴んでいる。ひとりにさせるものかと。


「お前が空なら、オレは星になろう。一緒に、どこまでも走っていかないか」



『埼玉って群馬と一緒で自然が多くて山もたくさんあるんです。滑らかな稜線に浮かんだ青空…地元のきれいな空に似ていました。埼玉が好きだから、青いFDに決めていたんです』


故郷を愛するやさしい心。柔らかくも力強い目で、自分を見つめて話すその姿勢。出会った赤城大沼で話してくれた、FDを乗りこなすまでに注いだ広美の愛情に、涼介は惹かれていた。



「せん、ぱ」

「どうやら、オレの知りたいことはFDの回転域だけじゃないようだ」

「…は?」

「教えてくれ、もっと、広美のこと」

「…っ!?」


ぐ、と後ろに引かれた腕は、そのまま涼介の腰へ。背の高い、黒髪の男の人に抱かれている。兄とも従兄とも同じ色の髪なのに、全然違って、むしろ色気もあって素敵に見えてしまうのはどうしてだろうか。


それは、このあと何年経っても広美の胸から消えることはない。隣を見れば黒髪の彼が、白いFCのステアを悠々と扱っていた。







「兄の秋山延彦だ。初めまして」

「恋人の高橋涼介です。こちらこそ、今日はよろしく頼む」


3年後。定峰峠、茶屋前の駐車場にて。


「…おい、広美ちゃんよ。対戦相手がテメェのアニキって聞いてねーけど」

「…」

「…あ。もしかして、付き合ってること言ってなかったんですか?広美さん」

「…まさか初対面がこんな出会いになるなんて思ってなかった…」

「あーあーすっげぇピリピリしてんぞ、どーすんだよ」

「走るの、オレたちなんだけどな…今回は涼介さんが走った方がいいんじゃないですか」

(ちょっとこの空気の中で走るのイヤなんだけど広美!)

(ご、ごめんね恭子…!)

広美さまへ

改めまして、1周年と20000hitへのお言葉、ありがとうございます。リクエストにご参加下さってからもうずいぶん時間が経ってしまいました。お待たせして大変申し訳ありません。

先日はスピリットRのカラーについてご面倒をおかけいたしました。ご連絡ありがとうございます。セブンのボディカラーってあんまりないんですね、モノクロ、シルバー、ブルー、レッド、イエロー…年代が年代ですし、今ほどカラー品番が少なかったのかもしれませんね。今はカラーが豊富になって、特に若い世代の方々にはルックスがクルマ選びの基準のひとつになっていますもんね。

セブンは何年経っても本当に美しいと思います。レトロでちょっと武骨なSAももちろん好きですが、モータースポーツの功績も多々あるFCとFDはずっと憧れですね。今となっては維持費がものすごくかかってしまいまずすが…。そんなセブンのこと、お話を仕上げる上で改めて調べる機会を下さった広美さま、ありがとうございます。知らなかったことがいっぱいあって、動画とや昔のレースを観ていてすっごく楽しかったです。

内容はお任せとのことでしたので、埼玉よりの、群馬のお話に仕上げてみました。涼介さんとお付き合いしていると知らない延彦兄ちゃんは、いつの間にやら上手くなっている妹の運転にハテナになっているといいです(^^)渉もますますついていけなくて、ずっと『渉ちゃん』呼びのまま(笑)埼玉遠征のくだりをどうしても書きたかったので、最後に少しだけ書かせて頂きました。秋山家いいですよね…私も好きです。

もしご要望ございましたら、お気軽におっしゃって下さいね。涼介さんともっとイチャコラしたいとか←

久し振りに埼玉のお話が書けて嬉しかったです!またいつでもお越し下さい!この度は本当にありがとうございます(*^^*)


2014,6,21りょうこ