U


>>2015/03/03 (Tue)
>>17:24
U泡沫の羨み(啓介)

ハルカさまリクエスト
お相手:啓介
ヒロイン:真ん中

二輪から四輪へ。涼介さんによる赤城/下り/夜/晴れ、の、少し前のお話。もやもやとほのぼの。

ハルカさまへのご挨拶はあとがきにて。

コチラよりどうぞ。

バタン!

夜中に相応しくない、玄関の扉が閉まる大きな音がした。ほぼ毎日、ほぼ同じ時間に聞こえるこの音の犯人はわかっている。涼介の自室の窓に差し込む煌々とした強い光、金属を震わすマフラー音…もうすぐ夜明けの午前3時。弟が帰って来た。


「啓介、何度も言わせるな。迷惑だぞ」

「毎度毎度るせーよ」

「そう思うなら静かに帰れ。父さんたちは不在でも、ハルカがいるんだ」

「ふん」


兄弟のやり取りも毎度のこと。徹夜が多い兄は、いつも啓介を気にかけ忠告する。つっぱねた弟が自室に篭ると、ようやく無音になった。


「まったく」


まだ、すれ違いのあった頃。今となっては、兄妹弟の、忘れられない、笑い話。


__________



「ハルカ」


高橋ハルカ、19歳。追いかけている夢のため、この春から自動車工学大に進んだ。


「履修科目、提出した?」

「うん。ちょっと詰めこんじゃったけど」


ハルカが選んだのは専攻科。他学科とは違い一年多く学ぶことで、国家資格一級まで取得出来るコースだった。学びながら資格が取れる効率の良さに惹かれ入学したものの、やはり勉強量は半端ではない。だがそれは逆に彼女をやる気にさせた。事務局に提出したスケジュールを友人…高校からの腐れ縁、白い180SXを駆る井口に見せる。


「好きこそものの何とやらだけど、これ、大丈夫なのかよ。朝から夕方までどんだけコマ入れてんだ?」

「べつに?私、週末が空いていればそれでいいの」

「週末?オトコ?」

「いないことわかって言ってるでしょう井口。富士だよ、富士スピードウェイ」



入学して間もなく、ハルカは週末、富士へ通っている。レーシングチームのメカニックになるためにその現場を実体験し、また研修センターで整備士講習を受けるためだ。もうすでに、将来籍を置きたいチームとはコンタクトが取れているので、あとは、証明するものをさっさと取得し、自分の知識と腕を磨くだけだった。これから午後の学科を受けるため、重たい教本を持ってハルカと井口は廊下を歩く。どうやら彼も次は同じ授業らしい。


「そいやよ、啓介、ちゃんと帰ってるか」

「…たぶん」

「は?」

「全然、会ってないから。ちゃんと学校に行ってるかすら、わかんないの」


朝から夕方、ときに延長して夜まで大学に篭っているハルカは、一日の中で兄弟とはあまり会えていない。医学部の涼介も、ハルカが眠っているときに帰宅することが多かった。


「お兄ちゃんと啓ちゃんは、割と会えてるみたいだけど」

「ふーん」

「なんで?」

「いや、ちょっと気になって」


『アニキにゃ帰って来いって言われてっけど、帰りたくねェんだよな』


高校時代からハルカ同様、啓介ともつるんでいる井口は、気ままに二輪も乗っている。先日啓介と走っているときに、やんちゃ坊主がぽそりと呟いた。両親に見放されて…ということは以前聞いた。両親はほとんど病院勤務だから在宅することは滅多にない。では帰ったところで別段問題はないのではないか。


(兄貴には逆らえないって言ってたしよ…)


「井口?急ご」

「あ、ああ」


(避けてやるなよ、啓介)


__________



週末、富士スピードウェイ。メカニック育成を支援してくれているとあるレーシングチーム。学生でありながら現場に立てるとあって、ハルカは積極的に申し込み、参加している。本日のレース…富士チャンピオンレースのミーティングが始まった。まだ直接整備に携われはしないものの、作業の流れを間近で見るだけでも充分な勉強だ。


「お疲れ、高橋さん」

「監督、お疲れ様です」

「前回も参加してくれたよね、ありがとう」

「お礼を言うのはこちらですよ監督。未熟なのに、支援して頂いてありがとうございます」

「未熟だから支援するんだよ。若者のクルマ離れが著しいなか、こちら側としても、未来のクルー支援はとても嬉しいことだからね」


レースが始まれば、チェッカーまでは怒涛のように早く時間が過ぎていく。限られた時間の中で、策を考え、案を出し、最善を尽くしてマシンを送り出す。一瞬の勝負が終わって、反省会。ガレージにいると、メカニックのやるべきこと、作業の流れが頭で組み立てられた。本日の出来事を思い出しながら自分のノートに書き込んでいるときに、チーム監督がやってきた。


「将来、行きたいチームは決まっているのかい?」

「はい」

「そうか。ちょっと、残念だな。大学を卒業する頃に、ウチにスカウトしようと思っていたんだよ」

「え、あ…すみません」

「はは、いいさ。目標があって素晴らしい。でももしソチラに断られたら、いつでも来ていいからね」


さあ、撤収だと、キャップの上から監督が撫でる。まだまだヒヨっ子の自分を、見てくれる人がいる。嬉しくて、顔が緩んだ。


「がんばろ」


立ち上がり、ガレージに向かう後姿を。


(……)

「啓介、ハルカ見つかったか?」

「…いねェ。つかとっとと帰ろうぜアニキ。かったりー」

「ったくお前は。あきらと全然会ってないだろうから、こうして御殿場まで連れて来てやったのに」

「頼んでねーよ、ンなの」

「啓介」

「…ッち」

「オレへの態度は"それ"でも構わない。だがハルカにまで同じことをしてみろ。…わかってるな?」


面白くない。

なんで、そんなに。


(一所懸命に、なれんだよ)


__________



19歳になった啓介は、大学へ入学したはいいものの相変わらずたまにしか行かず、登校したところで、結局サボる。誰かしら仲間がいるからヒマしたことはないけれど。今日は出歩く気にもなれず、腹の中がもやもやぐるぐるしていた。


(…うっせ…)


時刻はとうに昼。もぞ、とベッドに潜り込む。今までぐうたら寝転んでいたのに、さらに深く布団をかぶって。啓介に反して清々しく晴れた外から、小さな声が聞こえた。


(…)


ベッド上の窓へ、腕を伸ばす。ガラスに指が引っかかり、そのまま横へずらした。ひゅ、と新しい風が入り、啓介の喉元を冷やしていく。少しだけ開けた窓からは、よりはっきりと声が聞こえてきた。啓介はまたもぞ、と布団に潜り、でも、耳は外へ向けていた。


『らら、ら、…、〜…、』

(アネキ)


家にいたのか。今日はガッコじゃないんだな。なんとかってサーキットにも行かねーのかな。

気になってくるとすっかり頭が覚醒した。からだを起こし、窓から下を覗く。ちょうどガレージの上にある啓介の部屋から、楽しそうに車をいじるハルカが見えた。


「あっ、啓ちゃーん!おはよー!ってもうお昼か。よく寝てたねー」

「…っち、うっざ」

「なあにー?ごめん、あんまり聞こえなくてー」


啓介に気付き、ぶんぶんと手を振るハルカはにこりと笑っている。もや…、と啓介の心がざわついた。


「…に、やってんだよアネキ」

「えー?」

「なにやってんのか聞いてンだよ」

「もう啓ちゃん声ちっちゃいからわかんないよ。車いじってたの!わたしの、ランエボ!」


嬉しそうに、幸せそうに、啓介に笑ってみせた。気になるなら降りておいでよ、と手招きして。寝起きのスウェットのまま、啓介は玄関を出て陽射しを浴びた。


「……ンなクルマ、ウチにあったっけ」

「なかったよ、もらったの」

「は?」

「譲り受けたの。わたしの、大事な、大事な人から」


自分が目指すチームに出会ったとき。待ってると背中を押してくれた、ずっと昔から憧れだったあの人…TRFのチーム監督から。オイルで汚れた軍手を取り、ハルカは指でボディに触れる。


「大事な人って、オトコ?アネキそんなヤツいたの」

「ふふっ、気になる?」

「アニキよりイケメン?なあ、オレとそいつどっちがイイ?」

「うーん、少なくとも啓ちゃんより真面目かな?年上でー、とってもすてき。でも、お茶目でかわいい人よ。私が目指すところに、その人がいるの」


はにかんで、恋する少女のように話す。さっきより、啓介の心がやかましくなった。


「…啓ちゃんと、こうして話すの、久しぶり」

「…」

「ちょっと、さみしかったから」


ああ、どうして姉は。黒く淀んだぼくの心に、


「るせーよ」


触れて、包んで、きれいにしていくんだろうか。


「きゃ…ッ!」


それがとても、とても、苦しいのに。


「…ンで、そんなに笑えるんだよ」

「けい、痛…っ」

「アニキもアネキも、なんでそんなに、」


軽いハルカをボンネットに押しとめた。こんなに肩、細かったっけ。こんなに、柔らかかったっけ。いっそ、壊してしまいたい。体重をかけ、ぎり、とハルカの肩を掴む。


「啓、介」


小さな声で、名を呼ぶ。肘から下をなんとか動かして。啓介の歪んだ目元に、そっと触れた。


何かから藻掻くように、抗うように、啓介は悩んでいた。それをハッキリさせることも、"このまま"生きていくことも、嫌だった。道を拓き進んでいく兄と姉の背中を見ているのも辛かった。

置いていかれるのは、


「嫌、なんだよ……ッ」


もやもや、ぐるぐる。
マーブル模様のような、啓介の心。

自分で自分がわからず、ハルカを下にしまま、啓介は泣き崩れた。



__________



「寝たのか」

「うん…」



泣いて目蓋がふっくらした啓介は、なんだか昔を思い出す。リビングのソファでふたり並び、ハルカは未だぐすぐすと鼻をすするやんちゃ坊主を宥めていた。しばらくするとそれは落ち着き、やってきた膝の重み。泣き疲れて眠るなんて、本当、昔に戻ったようで。



「なにか、してあげられないかな」

「ああ」

「啓ちゃん、もうずっと迷ってるのよね」

「ああ」


ワックスで固めた金髪は、ちくちくしていて少し撫でにくい。ハルカは眠る啓介の額に手を添えた。あたたかさに、こちらまで涙が出そうだった。帰ってきた涼介が、啓介を挟んでソファに座る。


「…うまくいくか、わからないが」

「…?」

「まったく興味がないわけではないらしい。四輪と二輪は、近しいものがあるから」

「え、どういうこと?」


とにかく任せておけと、涼介は戸惑うハルカの頭をひと撫でする。どうやら今晩にでもそれは実行されるらしい。


「大事なお姉様を悲しませる悪い弟は、兄のこのオレがこらしめてやらなきゃな」


時刻は夕暮れ。珍しく早い帰宅だった涼介。多少強引かもしれないが、少しの希望があるなら賭けてみよう。弟が悩み惑う姿も、妹の曇った笑顔も、自分は見たくないから。


__________



『ハルカは家で待ってて』と涼介に言われて2時間ほどだろうか。深夜、兄弟喧嘩の如く一騒ぎしながら爆音を上げて家を出て行った兄のFC。『アネキを置いて兄弟で心中する気かと思った』と、ふたりとクルマは、無事に帰ってきた。結局涼介の考えはハルカにはわからなかったし、聞いても教えてくれなかった。

だけどふたりが笑っていたから。

それでいいと思った。


「おかえりなさい」


やっと、"兄妹弟"が揃った気がした。



__________



リビングのソファで、啓介とハルカは並んで笑っている。顔を合わせず、声もかけず、メールもしなかった今までを埋めるように話をした。バイクのこと、チームや仲間のこと、走ってきた峠のこと、ケンカの相手…ハルカが知らない"今"の啓介を、たくさん知った。


「啓ちゃんもう離れてよ、くっつきすぎ」

「やだ。今度はアネキの話聞かせてよ、いつも大学でナニやってんの?オトコと遊んでんの?」

「ばか、学校でそんなコトしてません」

「だって周りってほとんどオトコなんでしょ、アネキかわいーんだし声かけたくなるじゃん?」

「う…」


昔も、兄妹弟でケンカして、いっぱい泣いて、仲直りして…そのあとの笑顔が、いつもとても愛らしかった啓介。今もハルカのとなりでにこにこと笑い、離れたくないと言いくっついて甘えてくる。ツンツンしていた反動が、今のハルカには少々厄介だった。


「な、アネキ」

「ん?」

「オレのさ、専属メカニックになってくれよ」

「え?バイクの?わたし二輪てあんまり詳しくないからなー」

「ちげーよ四輪。クルマだよ」

「…は?へ?」

「そしたらさ、他のオトコに声かけられることなくね?オレのそばにずっと居ればいいんだし。つかアネキかわいくってメカニックとか反則だろ」

「ちょ、っちょっと待っ」

「四輪の免許、取るんだと。うまくいってオレは安心したよ」

「え?ええ?お兄ちゃん、啓ちゃんになにしたの?!」

「見ててくれよアネキ、オレ免許とってがんばっから!」


三人分のコーヒーマグをトレーに載せ、雑誌を抱えて涼介がやってきた。やんちゃしていても、弟は素直でやさしい子。ただ少し、話す時間が必要だっただけ。それを、今度は父と母に伝えなければ。大丈夫、兄妹弟で話せば、きっとわかってくれる。今日は完徹だなと呟く涼介にハルカと啓介は笑って、兄が持ってきた雑誌…マツダ車のカタログを囲んで、兄妹弟で弾む談義は鳥が鳴くまで続いた。

白む陽に、カーテンが輝く。

新しい、朝がきた。

ハルカさまへ

だいぶお待たせして本当に申し訳ありません!!この度は1周年のお言葉ありがとうございます(2013年ですね…;;)

ティーンエイジ啓介。免許とりたて…ではなく取る前のやんちゃっぷりを書かせて頂きました。取る前からこの甘えたですよ、これで取ったらどうなるんだ?褒めて褒めて!の嵐で姉ちゃん困りそうです(笑)二輪は持ってますからね、きっと取るの早いですよ!

いかに啓介をかわいく、ツンツンしててもほのぼの…啓介の葛藤も踏まえながらでしたので、執筆を始めて更にお時間を頂きました。リクエストを頂いてからずいぶん時間が経ってしまい、もうコチラへはいらしておられないかもしれませんが、どうぞお受け取りください。またいつの日か、お声を聞かせてくださると嬉しいです。

2015,3,3りょうこ