W
>>2015/07/11 (Sat)
>>12:28
Worry marry(涼介)
陽向さまリクエスト
お相手:涼介
ヒロイン:恋人
長い間お付き合いしてます。涼介さんが不器用です。
※オリキャラあり。ご注意ください。
陽向さまへのご挨拶はあとがきにて。
コチラよりどうぞ。
暦上は雨季でも、実際は初夏の爽やかな陽気が多い、6月。庭の紫陽花も、まだたくさんの蕾を蓄えている。
今月最後の週末の土曜日。駆け込みジューンブライドの名よろしく、本日、友人の結婚式が開かれた。
_____
適齢期…。周りからも言われ、自分でも重く感じられるようになった。結婚式に招かれることは、好き。縁ある人が幸せになってくれることは、嬉しいから。ちくちくする心と財布には多少ダメージはあれど、非日常空間の式場やガーデンパーティー、料理にホスピタリティーが、そのダメージをいとも簡単に癒してくれる。
(適齢期をどうにかしてくれる人は、いるんだけどね)
折角の週末。普段はお忙しい院生の彼とようやく会える日。二次会に出る予定はないから今夜会いたいと連絡した返事は、ノー。
「ねえ、二次会の参加希望って、もう締め切っちゃった?」
「え、行くの?」
「うん」
焦る。
周りがどんどん、幸せになる中で。
彼との関係や居心地に文句はない。でも、将来性が、見えない。
(私がおばさんになったら、涼介のせい)
_____
今までだって時間が足りず忙しなく動いていたのに、院生になれば更にその上をゆく日々だ。しかし人生なんとか回るもんだと、最近は開き直っている。目の前のことに集中しすぎて、身の回りが疎かになるほどだ。これじゃいけないと、わかっているのに改善出来ていない。
『涼介、寝癖』
は、と大きく瞬きをした。
(白昼夢…)
大学病院で研修中の、貴重な休憩時間。何かあればすぐに動かねばならない状況で、休憩、とは言い難いのだが、それでも背中をどこかに預けてひと息吐けることがありがたい。
紆余曲折あったが、ここが、これが、自分の進む道だと、意思を固め数年。しっかりせねばと深呼吸し、肩を回してほぐす。
(現実から、逃げたいのか?オレは)
そばでずっと、支えてくれる彼女と過ごしたい。苦渋の返事を受け取った白昼夢の彼女は、今頃どんな顔で、式に参列しているだろうか。どうか、親しい友人に囲まれて笑っていてほしい。会いたいという小さな願いすら叶えてやることが出来ない、自分の代わりに。
_____
「重いと思ったら、引き出物こんなにあったんだ」
二次会まで余裕があるので一旦帰宅することにした。窮屈なパーティードレスと余分に飾ったヘアスタイルを崩したかった理由もある。幸せのお裾分けとはよく言うが、これは独り暮らしには多すぎる。実家に送るか、それとも。
「あ、そうだ写真…」
クラッチに仕舞ってあったスマートフォンのカメラロールを開いた。今日だけで何枚撮っただろう。写真屋さんでフォトブックにして贈ろうかなとスライドを続けて、陽向はふと気付く。
「涼介、なんて言うかな」
付き合って長いけれど、彼の前でドレスアップしたことはなかった。どこかのレストランで食事にしても、無難なワンピースやセットアップがほとんどで。この写真を送ったら何と言うだろう。何と思ってくれるだろう。きれい?かわいい?馬子にも衣装?
(会えない間の写真が、どんどん、増えていくよ。涼介)
最後に会ったのはいつだったか。約束を流されることにも随分慣れた。今日だって、平日よりは『まだ』余裕がある週末だ、だから、会えるかと、…甘えた。
(甘えてどうこうしてくれる人じゃないと、わかってる。あの人の夢を、私ごときが邪魔しちゃいけない)
脆弱で、頑固。『会えない』と言われれば『わかったよ』と返す。心は、会いたくて触れたくて、たまらないのにね。
「私の王子様。早くその白いお馬で迎えに来て」
ドレスを脱ぎ、ヘアを崩す。今日撮った写真から、一枚選んで添付した。
_____
数ヶ月前。
「そんな余裕オレにはない」
「友達を祝うためにほんの何分か手伝うだけだろーが、協力しろ」
「オレ以外のヤツに頼め」
「もう頼んだ。全員参加するってよ。あとは涼介だけだぜ」
腐れ縁はどこまで続くのか。この岡田という男はなかなか離れてくれない。慕ってくれることは嫌ではないが、奴は『慕う』というより『使う』が多い。
「全員、自分のタスクを膨大に抱えているはずなんだがな」
「なにピリピリしてんだよ。間に合わねーの?」
「間に合わせるためのプランを今ここで崩されそうなんだよ」
間に合わせて、時間を作って、会いに行きたいんだ。彼女の幸せすら作ってやれないのに、友人の幸せのために貴重な時間をくれてやるものか。
『結婚式って特別な気持ちになるんだよね。幸せな空気で満ちていて、心が穏やかになるの。その瞬間が好きなんだ』
(確か、本屋で…雑誌を見てそんなこと言ってたか)
『結婚式が面倒とか、他人の幸せに興味がないとか、冷たい意見もあるけどね。幸せになる権利は、みんなにあるものだもの。邪険にせず、私は素直にお祝いしたいな』
「…何すればいいんだ、オレは」
「はっ涼介がやる気に!」
「さっさとしろ岡田」
「へいへい、あのな、プラカード持ってな、…それで、」
_____
「陽向、こっち。席とっといたよ」
「ごめん、ありがと」
「遅かったね、混んでた?」
「この時間だったらどの道も混むよ。帰宅ラッシュだもん」
19時に開始のところ、タクシーを使って着いたのは20時。涼介に写真をメールしてそのまま眠ってしまっていた。18時には出るつもりが、目覚めたのが18時。二次会に出るつもりはなかったので、当然、服も選んでいない。それにもう一度パーティードレスを着る気にもなれなかった。ちゃっちゃと髪を整えて、寝落ちて崩れたメイクも直した。クロゼットの扉を全開にして、今月号のファッション誌を頼りにそれらしい服を選抜していく。クラッチと靴を式と同じもので使いまわしても何の遜色ない、すっきりまとまったスタイルに収まった。
「なんかもう飲んで出来上がった感じ?賑やかだね」
「あ〜、会社関係は誰も呼んでないらしいよ、新郎側。たしかに二次会は気楽にやりたいもんね〜」
「ナナ側は?」
「同僚さんたちが少し。あとはみんな友達だって」
中心街にありながら、少し路地に入った静かな場所。バー併設の洒落たカフェを貸し切った二次会は、既に盛り上がっていた。テーブルサービスで運ばれる料理もセンスがよく、店内の装飾も派手過ぎず落ち着いている。ナナ…新婦が好きそうな場所だ。
「そうだ、ナナたちの写真、フォトブックにして贈ろうと思うんだけど」
「いいねそれ。何人かでまとめる?写真集めようよ」
ナナは高校からの友達だ。旦那様とは長い恋愛の末にようやく決まった結婚だと、招待状をくれたとき嬉しそうに教えてくれた。長い長い想いが叶った笑顔は、どんなに輝いて、素敵だったろう。
(涼介は、笑顔に、してくれるかな)
「陽向?どうし、…わぁびっくりした」
店内が暗転し、最小限の照明だけが残された。ナナの笑顔を思い出して眉を歪めた顔は、暗闇が隠してくれた。見られることなく、用意されたプロジェクターに全員の視線が向く。
『えーここで、新郎ヤスくんへオレら友人チームからプレゼントですー!みんなムービーに刮目せよ!』
ノリよく始まったムービーが、音楽とともに流れる。新郎の友人たちが、お祝いが書かれたメッセージボードを持ち、一言添える。終わればそのボードを画面から消えるように横に流し、次に登場した人が腕を伸ばしてあたかもそれを受け取るようにボードを見せて、一言添える。ひとりひとり繋げて、友情がひとつになるお祝いだった。自分が登場するや騒ぎ出し、笑う男性たち。決して柄悪くなくサバサバとした男性ばかりで、男の友情っていいなと思うほど。
『高橋涼介です』
「え?」
耳が、過剰に反応して壊れたかと思った。
「おい涼介来てねーのかよー!」
「誘ってねーの岡田ァ」
「誘ったけど断られたんだって!」
「マジかよアイツと呑みたかったのにさー」
「岡田使えねー!」
「ムービーに出ることも最初嫌がってたんだぜアイツ!説得させたオレをもっと褒めてくれてもいいんじゃないかなあキミタチ!」
『康博、結婚おめでとう。オレ、メッセージってあまり得意じゃないから、月並みで申し訳ないけど…。幸せになってくれ。お前は昔から、面倒見が良くて優しい男だったな。彼女を大切に、いつまでも変わらないお前でいてくれ。じゃあな。』
耳と、それと目も、スクリーンに釘付け。彼の番が終わっても、ずっと見つめたままだった。
(びっくり、した)
新郎さんの友達だったんだ、涼介。二次会、来なかったんだ。
(画面越しでも、顔が見られて嬉しいだなんて)
どれだけ会っていなかったか。
どれだけ我慢していたか。
電話じゃ足りない。
メールじゃ足りない。
「ねえ、今の高橋って人、陽向の彼氏さんじゃ」
「あーやっぱそうだよね、名前一緒だったしもしかしてってあたしも思った!ねえねえ陽向、彼ここに呼んでないの?」
「って、陽向!大丈夫!?」
「え」
嘘。
他人が、親しい人が、友達が幸せになって嬉しいなんて、嘘。
そこに、『自分』も入っていなきゃ、嬉しくないよ。
「ごめん、わたし、帰るね」
「陽向!ちょっと待っ」
遠巻きに、涼介に結婚を意識してほしかった。
一緒に出掛けたとき、わざと結婚情報誌を見てみたり、南の島の旅行に憧れたり。
さっき送った自分のドレスアップの写真だって、嫌がらせに近い当て付けだ。言葉で言えない…言いたくないからと、写真に逃げた幼稚な自分。『こんなに綺麗になりました』とメールに添えた文も、言い換えれば『他の男に取られる前に攫ってよ』と、気付いてほしくて送ったのに。
夢に万進しているあなたにとって、私はどんな存在ですか?
「もう、辛い」
時間を作ってでも会いたいのが恋人だと、どこかで知った。
「友達には、幸せになれって言えるのに」
私の幸せは、作ってくれないの。涼介。
「…タクシー、拾って帰ろ」
_____
「おっせーよアホかお前!」
「高橋さん!あなた陽向にナニしたのよ!泣いてたんだから!」
岡田から連絡があった。
康博の奥さん側に、陽向が来ていると。
『お前のカノジョ、ナナちゃんの友達みたいでよ。コッチに来てんだけどさー、なんかあったらしくてさっき泣きながら店出てったって!他の女の子たちがカノジョに連絡しても出ないって言うし、カレシの高橋さんと連絡が取れないかってオレらに訊いてくるもんだから』
「泣きながら?どういうことだ」
『しらねーよオレだって知りたいよ。あーでも、お前のムービー見てから様子がおかしかったって誰か言ってたけどさ』
「は?ムービーって、康博のお祝いのか?」
『とにかくお前カノジョと連絡とれ!女の子たち心配してっから!つーか店来い!』
仕事を積んでいたこともあり、呼ばれていた二次会へは不参加の連絡をした。参加する時間があるなら陽向のために使いたい。案の定、仕事が終わった頃は二次会も終了間際の深夜だった。結婚式シーズンだからか今週末は挙式が多いらしく、陽向も友人の式があると言っていた。二次会に出るつもりはないというから、今頃は自宅でゆっくりしているだろうな。自分も手隙になったとは言え、この時間だ。会いにいくのは…非常識だ。
岡田からの電話は、FCの施錠を解いたときだった。
(泣いていた、だと)
アイツ、オレの前で泣かないくせに。
ずっと笑っていたのにな。
「くっそ…っ!」
すぐに電話を鳴らしても、陽向には繋がらなかった。コールが続き、留守番センターの対応に変わる。LINEをしても、既読はつかない。彼女の自宅…独り暮らしのマンションに固定電話を引いていないのは知っているから、もう、直接探しに行くしか手はなかった。
「店と、自宅を通る道…まずそこを辿ろう。落ち着け、オレ」
FCを唸らせた。だが、店と自宅の沿道で陽向は見つからなかった。そのまま涼介は、詳細を訊きに店へ入る。
「涼介」
「康博、ああ、ナナさん。結婚おめでとう」
「ありがとう高橋さん」
店内にはまだ見知った顔が残っていた。久し振りに会う連中ばかりで、涼介の登場に一度空気が沸いた。しかし岡田に攻められ、陽向の友人らに問い詰められ、詳細を訊きに来たのにこれでは埒があかないと、涼介は戸惑った。どうやら三次会のようで、引き続きこの場所で続けるらしい。
「彼女、一人で出ていったって?」
「ああ。連絡しても繋がらなくて、自宅にもまだ帰っていないようだった。沿道も探したけど…見当たらない」
「いくら穏やかな群馬でもさすがに夜は危険よ、大丈夫かしら陽向…ねえヤス」
「え、ナナ『が』危険の間違い?」
「大事なトコ潰されたいの?」
「は、はは。新婚ほやほやで潰されたくないなあ」
必死なこっちに比べ、この夫婦は何とも呑気なものだ。大切な恋人がいなくなって、慌ててやってきたというのに。 だが、おかげで深呼吸が出来た。狼狽せず冷静な自分になれた。ふたりに会釈し、岡田の元へ。
「本当に手がかりねェのかよ」
「…もう一度、周辺を探してくる。ムービーを見てから様子がおかしかったってのは…」
「え、ええ。それまでは至って普通で…。ナナたちと写真撮ったり、みんなで喋ってて、笑ってたけど」
「…おい涼介。オレ思うんだけどよ」
「何だよ岡田」
「お前、オレたちの誘いも断るし、いつも遅くまで残って仕事して、自分を追い込むストイックなところ、ちょい直せ」
「今そんな話が必要か、あとにしろ」
「それが原因じゃないかと思うんだ。お前カノジョにもそうなんじゃないか?いつ会ってんだ?オレたちは休みもほとんどない研修生だ、会えるとしたら仕事上がりの夜くらいだろう。だからオレたちだって二次会三次会の時間から集まれるんじゃねーか。ちったお前アタマ柔らかくしろ!友達どころかカノジョまでなくすぞ!」
「…は」
「お前って昔からそうだよ、夢に一直線だし、やりたいことに貪欲だよ。それはオレたちみんな認めてるし、お前は冷たいときもあるけどいつだって相談に乗ってくれるいい男だ。だからお前のことみんな好きなんだよ。でもたまには涼介と呑みてェってさっき言ってたんだぜ。もっとゆっくり、時間使えよ。お前クルマ乗ってねェときでも『走ってる』みたいに見えるぞ?」
すとん、と、胸に落ちた気がした。
スケジュールを切り詰めて、遅くまで残って次の日の分を軽くして、週末にまとまった時間を作りたい。そうしたほうが、陽向とゆっくり過ごせると思っていた。でも実際は、軽くした分の隙間にパズルのように次の仕事が嵌っていって、休みがどんどん、先延ばしになってしまった。研修生になってから、ずっとこうだ。睡眠を削っても陽向に会いたいと思った。でもそれは彼女自身に止められ、それからずっと、彼女の言葉に、甘えていた。
まとまった時間を作るより、少しの時間でも、毎日陽向に触れていれば。寂しい思いも、約束のキャンセルも、『会えない』のメールも、必要なかった。
「岡田」
「ああ、あとひとつ。もっと研修チーム頼れ。みんなでやりゃ早いじゃん。なにひとりで背負ってんの涼介。ばかやろう」
「…そうだな。お前も成長してんだもんな」
「ひっでー。だからお前って冷たいんだよ、変わんねーのな、本当」
「探してくるよ。必ず見つけて、連絡するから」
_____
カフェを出て、タクシーを拾って、自宅近くのコンビニで降ろしてもらって、しばらく経った。雑誌の立ち読みにも飽きて、ホットドリンクを買って、帰ることにした。ベアトップのセットアップを着ていたため、肩はむき出し。巻いていたショールを冷房で冷えた肩にかける。外は晴れ。少し湿度を含んだ夜の気温はコンビニよりも高く、その温度差がからだにしっとり張り付くようで気持ちが悪い。
コンビニから自宅までは目視出来る距離。露出した格好で、女ひとり、夜道を歩く。この距離ならば、危険などない。かつん、かつん、とヒールを鳴らす。着丈の長いフレアパンツの裾をひらひら揺らし、一歩一歩、考えるようにゆっくりと。
(ナナに、悪いことしちゃった)
突然抜け出した二次会。同席したみんなも驚いているだろうな。さっきからLINEや着信の通知音が止まらない。
(ごめん、今はそんな気分じゃないの)
涼介。
もう、甘えたくてしょうがない。
邪魔しちゃいけないって、我慢、したくない。
「いつまで、ひとりでいなきゃいけないかなあ」
耐え抜いた。長い間ずっと。
「でも、耐える自信、もうないや」
ああ、でも最後に、抱き締めてほしかったな。
部屋の施錠を解いたときだった。ばたばたと足音が近付き、とん、と腕に囲われた。ドアノブを持つ手に重ねられた冷えた掌。頭上から聞こえる荒い呼吸。汗のにおいと、大好きな、かおり。
「りょ、すけ…?」
「ごめん」
「りょう、」
「陽向、ごめん」
「…」
「ひとりにさせて、ごめん」
「涼、す、け」
「陽向、会いたかった。陽向の言葉に、甘えて、ごめん」
「…わ、たし、わたし…、っ」
「もうひとりにさせない。会いたかった、陽向」
目の前の、玄関の扉が滲む。耐えて耐えて、我慢して、溜めて、あふれた。振り返れば、額に汗をかいた涼介が、困った目をして、笑ってる。そのまま背中を扉に預け、涼介の腕に囲われて、泣いた顔のまま、キスをした。触れて、離れて、啄ばんで。深く吸われて、全身の力が抜けていく。足元がふらついて、ヒールがかくんと鳴った。
「はは…、玄関先だったな」
「いきなり…、もう、ばか」
「入れてくれる?」
「どーぞ」
いつもの涼介じゃない。慌てて、焦って、そわそわして。会いたくてたまらなかったけど、メールでは素っ気なかったし。何か、彼にあったのだろうか。
「お前、部屋…」
「え、ああっ!そうだった!二次会行くのに急いで準備して、時間なくて散らかしたまま…!」
部屋に上がった涼介が見たのは、結婚式後の荷物やドレスがそのままになっている惨状。二次会への服選びに引っ張り出した自前の私服も、クロゼットから出して床やベッドに放置。
「これ、綺麗だったよ」
「え?」
「写真。見た」
惨状から涼介が見つけた、グリーンのワンショルダードレス。今日の結婚式に着て、涼介にメールで添付したドレスだ。
「ちょっと、妬けた」
「…っ、りょ、っ!」
ばふ、と大きな音で陽向をベッドに投げ放った。涼介の掌が肩を押さえ、もう片方で陽向の髪を梳く。
「もー、なに…っ」
「好きな女が綺麗な格好してたら、さすがに、クる」
長年付き合って、ずっとそばにいて、大切に大切に想っていた。お互いを尊重し合っていると思っていた。会えなくても心が通じていると。
「…遠征が始まって、大学を卒業して、研修が始まって、オレは、どんどん多忙になった。思えば、オレが現役で走り屋やってた頃のほうが、恋人らしいことしてたんだな」
「…そう、だよ。FCで夜のドライブ、楽しかったよ。どうしてか赤城とか他の峠には、絶対連れてってくれなかったけどね」
「察しろよ、ばか」
「…言ってくれなきゃ、わかんない」
ベッドサイドに座っていた涼介が、ぎし、とのしかかる。
「誰にも、見せたくない」
首筋に顔を寄せた涼介の吐息が、囁く掠れた声が、くすぐったい。
「さっきのドレスも、笑った顔も、泣いた顔も、全部オレだけに見せて。オレのいないところで、泣くな」
「涼介…、ん、や…」
「…下心なんて関係なく、ただ陽向に会いたくて、来たけど。…我慢、しねぇ」
「りょ…っ、ふう、んんっ」
「今夜はずっと、一緒にいたい。今までの分、陽向に触れたい」
_____
大切に想うだけで、行動に出なかった自分が馬鹿だと思った。ちっとも、幸せにしてやれていなかった。自分の知らないところで、泣かせたくなかった。
(今日だけで、すべて清算出来たわけじゃない)
明日は日曜だけれど、また大学に行かなければ。でもそれは午後からにしよう。ようやく、自分もひと息吐けたのだから。
(焦っていたな、大分。早く一人前になって、陽向を幸せにしたいと躍起になった。気付くまでに、何年、かかったのやら)
人を導くことは出来ても、自分自身には呆れるほど疎かだった。藤原や啓介が見たら、笑うだろうな。
「陽向、ごめんな」
「…まだ言ってる」
「起きてたのか」
「なんだか…寝るのがもったいなくて」
「起きてるなら、もう一回…いッテ」
「そんな元気、ない」
ぱちんと叩かれた頬も、愛しい。虚ろな目で見上げる陽向が可愛くて、泣いて腫れた目蓋に触れる。
「ねえ」
「ん?」
「なんか、あったの」
「どうしてそう思う?」
「会えないって言ってたのに、今日、来てくれたから。しかも焦って」
「陽向こそ、行かないって言ってた二次会に行ってたんだな」
「新郎さんの友達だったなんて知らなかった。ムービーに涼介が出ててびっくりしたんだから」
「そうだ、お前なんで店出て行ったんだ?」
「えっなんで知ってるの涼介!」
「着暦見ろ。少しは応えてやれ。オレの電話にも出やしねェし」
「だからなんで知ってるの!」
「二次会の幹事がオレの同期!陽向がオレの彼女って知って連絡してきたんだよ。事情は全部そいつから聞いた。オレがどれだけ心配して、どれだけ探したと思ってやがる。電話くらい出ろ!」
「え…、心配、だったの」
「当たり前だばかやろう!…って、おい、な、泣くなっ」
眉間を歪めて、口唇を噛む。泣き腫らした目に、更に涙が増えてしまった。頭から布団をかぶり泣く陽向を、涼介はそのまま抱き締めた。
「怒って悪かった。でも、心配したのは本当。無事でよかった」
「…っそうじゃ、なくて。心配してくれたのが、うれしくて…えへへ、不謹慎だね」
「不謹慎なもんか。なあ陽向、オレに何か言いたいことはないか。罵声でも何でも受けるよ。言われなきゃ気付かない馬鹿な男だからさ。言ってくれたほうが、うれしいんだ」
「…ふ、」
「ああ、ほら、泣き止め。かわいい顔見せてくれ」
「…うん」
「…ぶさいくだな」
「涼介ぇ?」
「はは、ごめんごめん。かわいい。本当に、かわいい。な、言ってくれよ。頼む」
「…、」
布団から顔を出して、涼介の胸元へ縋った。やけに落ち着いている涼介の鼓動が腹立たしくて、今まで放置…もとい、寂しかった分、困らせてこらしめてやろうと思った。それが涼介の地雷だったとは知らずに。
「けっ、結婚し「本当にお前はばかやろうだな、オレの言葉を盗むとは」…すいません」
陽向さま
いつもありがとうございます!涼介さんお待たせしました!
『お付き合いしているけど大切にしすぎて未だプラトニックな関係。でもついにお誘いしちゃう』というお話をお預かりしていました。
付き合っているのに大事な一言がもらえない、触れてもらえない、会えない。でも自分のまわりはどんどん幸せになっていく。置いていかれる。涼介さんとの関係に不安になって、友達を祝っても笑えていない。気持ちが爆発してカフェを飛び出したのはちょっと子供っぽい行動かなとも思ったんですが(ここでしばらく執筆を迷って止まっていました;;すみません;;)そのまま貫いてしまいました。聞き分けのいい子は爆発すると何をしでかすかわかりませんよということで←
ピロートーク。致しちゃった後です。涼介さんといっぱいお話させてあげたあったので、後半は会話重視にしました。『会いたい』気持ちの大きさは同じでも、それを満たす・満たして欲しい方法がちょっと食い違って亀裂が入りそうなところ、岡田くんです。涼介さんて自分は二の次でまわりを優先してそうな気がするんです。二の次であってもやるべきことはしっかりやっている器用な男。しかしそれは恋人には通用しなかった。気付かせてくれたのは腐れ縁の友です。お預かりしたセリフはいかがでしょうか?少しこちらでアレンジさせて頂きました(´`*)
コメントや拍手、いつも励みになっています。お優しい言葉に助けて頂いてもう何年目でしょうか。執筆をもっとペースアップしたいところなかなか上手くいかず、悔しい思いです…。この度は20000hit(だいぶ前…)リクエスト、本当にありがとうございました。啓介祭の啓恭ちゃん、楽しく書かせて頂きますね!
2015,7,11りょうこ