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『本当に大切なことは、決して言わなくていい』


たとえば、家族

たとえば、友達


たとえば、恋人


言わなくても心が繋がっていれば、なんて


そんな綺麗な話は、好きじゃない










more
than
words







大好きなひとがいます。

世界でいちばん大事な、ずっとずっと、私の傍に居てくれるひと。

私が生まれてから、ずっと隣で見守ってくれている、大好きなひと。




ひっそり想っていた気持ちは、もう、抑えられなくて。

抱きしめてくれた広い腕が、すべてを、許してくれた気がした。



想いがすべて、伝わったと。


大好きな、お兄ちゃんに。














「ごめんなさい、お受け出来ません」



入学して、これで何度目だろうか。

人に好かれることは嫌いではないが、さすがに回数を熟すと嫌になってくる。

自動車工学系だからか、在籍する女子の人数は男子のそれより遥かに少ない。

恋多き肉食系女子からしたら嬉しい状況とも言えるが、そんな女子はまずこの系統の大学を選ばない。

男より車。手を繋いで絆を強めるよりスパナを握ってボルトを締めたい、そんな女子ばっかりだ。


だけど男はどうだ。

両手に華、とでも言うのだろうか。

愛する車で、愛する彼女とドライブ、まあ、いいんじゃない。

問題はその彼女だ。


……なんでここの生徒たちは学内で相手を得ようとするかな


『高橋といると話が弾むんだ』



それに似たようなことも、過去に何度も言われたよ。


精通するものが一緒なほど、楽なものはないから。



「……好きなヤツ、いるの?」

「……いるよ、言えないけど」


そう訊かれる度に、ちくり、痛む。


形振り構わず言えたらどんなに楽だろうか。

想いが叶って、幸せになれたはずなのに。

どうしてかな、頭に思い浮かぶ度に、辛い気持ちになるなんて。




あきら、大学四年。兄の涼介と恋に堕ちて、二年目を迎えた、春のことだった。





「これで何度目かしらね、高橋サン」



帰り支度のロッカー室、ディーラー内定を先日取った友人の嘉美が、工具箱片手にやってきた。


「見てたの?やだな」


最終学年を迎えた今年、就活にあくせくする同級生も居れば、既に道が決まっている場合もある。


「いい加減諦めたらいいのにね、男たちも懲りないんだから」

「このまま卒業まで続いたらかなり億劫だよ私は」

「っていうか卒業式が逆に凄そうなんだけど。告白ラッシュ!あきら先輩、ずっと好きでした……!」

「やだ、やめてよー!」


サバサバとした感性の嘉美とは、入学当時から仲が良かった。卒業して道が別れることが悔やまれる。


「あきら、この後は神奈川?」

「んーん、今日は直帰」

学校指定つなぎを嘉美が脱いでいる頃、既にあきらは私服のボタンを留めるだけだった。今日は来春の就職先、神奈川に所在するチーム研究所へは行かず、向かう先は、



「……赤城の王子様がお傍にいたら、そりゃ他の男たちも相手にならないわよね」

「ちょ、なにそれ」

「いいなーほんと!あーんな素敵なお兄様と一緒に居られるなんて!もちろん弟君もね!」

「……良いことばかりじゃ、ないよ」

「……あきら?」

「何でもない。先に上がるね、お疲れ!」




『今、大学の門にいるよ』


ロッカーで確認したケータイに一言のメール。

ずっと、言えずに、訊けずにいたことが、あるの。

けど今は、迎えにきてくれたことに素直に甘えよう。朝、電車で登校したことに感謝して。