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「何者なの…ッ!」



さっさと追い抜いていけばいいのに、何で、


ずっとくっついてくるの




やっと群馬に帰ることが出来る日に、うっかりと忘れ物。

早く取りに戻って、すぐに実家に帰りたかった。

そのために通った、信号のない峠道。

うかつ、だった。

その話がピタと止んだことで、気を許していた。


これ、は、



「速い……!」



夕暮れから夜にかけての、オレンジと黒が入り混じる世界。

そこにいるのは誰か、どんな表情なのか。

ぱっと見ただけではわからない。

『誰ぞ彼』と戸惑う、たそがれ時。

この言葉を作った先人は秀逸だと考えることも出来ず。



「GTR…?!」



BNR32

追われている

背後から浴びている眩しいほどのオレンジが逆光となり、バックミラーを見ても、相手の顔がわからない。



今日のような急ぎでない限り、滅多に使わないこの道幅の狭い峠には、並走可能なポイントは少ししかなかった。

相手のテクニックを垣間見る限り、いつでも追い抜ける、そんな気迫があるのに、


なんで




ガ、シャ…!



「え……」


当ててきた、ですって……?



走り慣れない峠で無駄にアクセルを開けたら、制御出来る自信がない。

一度目のクラッシュから、何度もリアに当てられる。


「ちょ…!いい加減にして…!!」


並走ポイントになったとき、GTRが横に来た。


「!!?」


サイドアタック…!


横から当ててくるなんて考えてもない。

こんな細い道で、なんてことを、


「…ッ、ステアが!」


当てられたショックで咄嗟に踏んだブレーキが、スピンを引き起こす。

普段扱い慣れているとは言え、重い車体のランエボの遠心力には、あきらの力では敵わなかった。


「マズイ、やっば…!」


崖に落ちることだけは避けたくて、何とかステアを握り、山側の斜面にボディを擦り付け、スピードを殺す。



「はぁっ、は、っ、はぁ、はぁ……!」


間一髪。だけど、



「……ッ、エボ…!!」


外に出たあきらは、大事な相棒の現状を、認めたくなかった。

斜面にぶつかった衝撃で、前後のバンパー含むボディ全体が、酷い有様だった。


「エンジンは……!!?」


セルを回すと、かかり難い音はしたが何とか動き出した。

どうやら被害は外装だけのようで、駆動系は無事だった。


「電気系統、大丈夫かな……、ごめん、ごめんね、エボ……!」


ハザードを出し、相棒に凭れる。

対向車の、光が見えた。






あきらの目の前に、それは停まった。





たそがれが過ぎ、陽が落ちた、箱根の山中

闇と見紛うほどの、ガングレーメタリック

ある車を代表するこの色は、さっきの、



「あなた!いきなりこんなことして何のつもりよ!警察に通報するわよ!?」


GTRから降りたのは、自分より年上と思われる、長身の青年だった。



ヘッドライトが煌々と光る、夜の蚊帳







「チームTRFの初代ランエボ、高橋……あきら、だな」



「………え……?」



「お前の知らない、兄の過去を、知りたくはないか?」




「なん、で……お兄、ちゃ」







お前だけ平穏な顔で前に進んでいることが許せない



絶望を、贈ろうか





大事な宝物を、奪わせてもらうぞ




涼介