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「あきらさんにお電話ですよ」


研究所の受付に届いたそれは、考えてみたら、随分久しぶりに声を聞いたかもしれない相手からだった。




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「車がないって、どういうことだよ、あきら」

「故障、しちゃって」

「寿命か?いよいよ」

「そうじゃない。自分の、ミス、で」


電話の相手は、北条豪だった。

近くまで来たから会えるかと、立ち寄ったらしい。


私が神奈川に来るようになって、豪とは草レースや走行会で知り合った。もう長い付き合いだ。

ランチに誘われてカフェまで待ち合わせを指定されたけれど、車を出せない理由をハッキリと言わないまま、仕方がないので豪に研究所まで来てもらったのだが。


「どの程度なんだよ、故障。見せてみろ」

「あんまり、見せたくないんだけど」

「そんなに酷いのか?」

「……誰にも、言わないでくれるなら、いいよ」

「……あきら?」


こっち、と案内された、研究所のガレージ。

薄暗い室内に、明かりが灯された。


「おいおい、ウソだろ……」


フロント、リア。両方のバンパーが大きく潰され、両サイドに多数の凹みと擦り傷。

何かに挟まったのか。

あきらは自分のミスだと言っていた。

壁や木にぶつかったような跡も見られる。

だが、その他に見られる傷は、


範囲、地面からの位置、凹みの深さや形が、



「……誰にやられた」

「だから、自分のミスだって」

「お前がこんな傷付けるほど運転ヘタなワケねェだろ。複数に挟まれたのか」

「……だから、自分が」

「あきら!」

「っ……」

「お前が自分から好きで何かにぶつかったり、相手とクラッシュするような走りもするハズねェし、する理由もないだろ。大事にしてるエボなのに」

「……ご、う」

「何があった」

「……ふっ、うぅ…!」

「ったく、ホラ」


ポケットから出したハンカチで、あふれる涙を拭ってやった。


「ごう…なんか王子様みたい…ハンカチ……」

「うっせ」







「先日、箱根、で」


くすん、と泣き止んだあきらが、少しずつ呟いた。


「GTR、に」

「型、わかるか」

「……BNR、32…ナンバー覚えてない、けど、群馬、だった」






瞬間、


過ったのは、


姿を消した、



「………っ、」



でも、確信が、ない




「ドライバーは、私のこと、知ってた。お兄ちゃんの、ことも」


(高橋、涼介)


「お兄ちゃんと、何か、関係があるの……?」




『涼介は、大切なお前を裏切っている』

『そんな、こと』

『三年前、何があったか、お前は知らされてないのだろう』

『……いったい、あなたは、誰、なの』



峠で会ったあの人は、それ以上なにも教えてくれなかった。

妙に、ひっかかる





(……アニキ)




「三年前、なに、が」


「あきら」

「……豪?」




……話した方が、いいのか

コイツが、辛くなるだけなんじゃないか





「……オレが知ってるだけの話をする。だが、それはお前が辛くなるだけだ。それでもいいか」

「なに、言って」








「その32は、オレのアニキだ」







アニキがあきらを狙った理由、簡単だ。


大事なモノを、奪うためだろ、


なあ、アニキ



オレは、




「……あの人が、何か意図して私を狙ったのなら、その理由が知りたい」



愛する人に関わるのなら、尚更で



「……わかった。場所、変えようか」



少し前まで泣いていたあきらの瞳は、真実が知りたいと、まっすぐに、豪を見据える。

ふたりでNSXに乗って着いた先は、ヤビツ峠の駐車場。



夕暮れ時

富士山が、見事なオレンジ色に染まっていた