お姉ちゃんとぼく
午前三時
走り込みから帰ってきたら、居るハズのアネキがいなかった。ガレージに、愛車のフィガロも、チームで担当してるデモカーのランエボもあったのに。
っかしーな、いつものパンプスとサンダルもあっぞ
「啓介か、おかえり」
「ただいまアニキ。なぁアネキは?靴も車もあんのにいねェのかよ」
「帰って早々あきら探しか?相当好きなんだな、オネーサマが」
「ちげーよ、FDにカメラ乗せて走ったから、アネキにも見てもらおうってさ。アニキも後で見てくれよ」
――ってのは半分タテマエだ。
アニキの言う通り、オレはアネキに惚れてる。
姉弟愛とか家族愛とか、そういう域じゃねェんだ。
明け方に近いこんな真夜中に好きな奴の姿がないなんて、心配になんだろ。
「あきらは昨日からチームで泊まり込みだ。急に連絡があったらしくてな、大学が終わってすぐ向かったそうだぞ」
夕方、オレに連絡してきたんだ、とアニキが言う。
――なんでオレには何も言わねンだよ
「啓介に電話しても滅多に出ないからお兄ちゃん伝えといて、だってよ。電話してほしけりゃ日頃の行いを改めるんだな」
っち、オレの心読みやがったなアニキめ
「チーム合宿ならランエボ必要じゃねぇのかよ」
「今日は使わないそうだ。チームの連中と纏まって行くから車は置いていく、と。つなぎで行ったみたいだから、足元も安全靴だな」
アニキからアネキのことをひとつひとつ聞くたびに、ヘンな、もやもやが、心に拡がる。
「…何か訊きたいことがあるなら直接電話しろよ。徹夜するとか言ってたし、まだ起きてるさ。ちなみにオレは徹夜三日目だからもう寝る」
「ちょっ、待ってくれよアニキ!泊まり込み、って!チームのヤロー達も一緒かよ!」
「何かあったら、と心配か?だったら尚更電話して声を聞けばいいだろ。じゃあな、おやすみ」
「電話しろったって…」
アネキと話すとき、妙に緊張すんだよ。
心地いい声、オレを見上げる丸い瞳、満面の笑顔。
アネキを見てたら、会話になんぞなりゃしねぇ。
ただ、電話だったら。
声だけだったら、ちゃんと、話せっかも。
自分の部屋で電話、と思ったけど、カベ伝いにアニキに聞かれたら恥ずかしいから、リビングでかけることにした。
(アネキと電話すんの…いつぶりかな)
ピ、ピ、プルル
(出ねぇかな…寝てっかな)
プ、
『―け、すけ?どしたの?』
(っ…アネキ…)
「あ、あぁ、ゴメン、寝てたのか?」
ふにゃりと話す、甘えたようなアネキの声。
久しぶりの電話、機械越しに耳に響く、大好きな、声。
やべ、一瞬止まっちまった
『んー、ちょっと仮眠…試作品の結果待ちで、少し時間ができたの』
ふあぁ、と、電話の向こうで、あくび。
どんな顔、してんのかな。
ちゃんと目ェ開けて、喋ってんのかな。
「遅くまでやってんだって?アニキから聞いた」
俺にも連絡してほしい、とは言わなかった。
カッコわりィじゃん、だって。
『今の結果が良ければ、朝にサーキットでシェイクダウンして、今回は終了かな。さすがに疲れた』
「オレ、それ観に行ってもいいか?今日休みなんだ」
『いいけど…弟と言えど走らせないからね』
「わかってるって。シェイクダウンの時間わかれば連絡くれよ。それが終われば一緒に帰れるんだよな?」
『…今度はちゃんと電話出てよね。昨日したのに出なかったし』
――え、
『お兄ちゃんは徹夜中で忙しいから啓ちゃんにかけたのに、出ないんだもん。仕方なくお兄ちゃんにかけて、伝言頼んだの。ケータイ、電池切れてた?』
あぁ、もう、バカだ、オレ。
もったいねぇ。
「ゴメン、今度はちゃんと出る。必ず」
『ん、お願いね』
あきら、結果出たぞ、と、ケータイの向こうから聞こえた。
『じゃ、また後でね。呼ばれてるから』
「なぁアネキ!その…」
『なぁに?』
「泊まり込みって、チームの奴らも傍で寝てたりすんのか?」
『は?』
「や、ちょっと、アネキ女なんだし、心配、で…」
『ふふ、ありがと。平気よ、みんな別部屋だし、ちゃあんとカギ付けてるから!じゃあね』
ピ、
「……」
あぁ、だめだ。
やっぱ、顔見てェ。
んで、お疲れって、ぎゅってしてェ。
会いてェな、早く。
夜明けまで、あと少し。
ひと眠りする時間はあるけれど、心臓が煩くて眠れない。
早く、迎えに行きたい。
夜通し作業してんなら、目の下にクマとか出来てんだろな。
きっと、ひっでェ顔だろうけど、それもすべて愛しい。
帰りは、ゆっくり運転しよう。
アネキが、安らかに眠れるように。
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だんなさまが、エンジンをバラして組み直す、って作業めっちゃ時間かかってウガアァアってなる、と言っていた。メカニック達は自分好みになんでも組み立てちゃうんですねー。
ちなみに作中の靴ですが、ヒロインちゃんは靴好き女子大生なので、啓介が言う「いつもの」以外にもお気に入りがあります。啓介が玄関で見たのはその一部ですね。そしてつなぎと安全靴の所在はチーム研究室という裏設定。長くてすみません。
2012,7下書き
2012,9アップ