にのうで


ある夜、高橋邸



「あっつー!ただいまー」



大学を終えた長女、帰宅。

すぐさまリビングのエアコンを付け、教材が入ったA4サイズのクレイサストートをソファ横に置き、手洗いを済ませ、キッチンへ。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に半分まで。彼女のワンピースに、冷たい水滴が、ひとつ。夏らしい、黄と青の涼しげなフラワープリントも、今日の暑さに耐えることが出来なかったのか、零れた水滴をすぐ飲み込んでいった。


「アネキおかえりー」


キッチンに続くドアから、弟の啓介。

シャワー上がりか、首にはタオル、ジャージィ素材のリラックスパンツを腰に引っ掛け、いつもの立て髪は水を含ませ、やや元気がない。


「啓ちゃんシャワー上がり?私もすぐ入ろうっと」

「今、オレの後にアニキ入ってるぜ」

「えぇー、汗でベタベタだから早く流したいのにー」


しばらく待つことになったあきらは、大学や車のエアコンで身体を冷やさないため、また、日中の日焼けを防ぐために、薄手のカーディガンを羽織っていた。白いかぎ編みのサマーニット。着丈が短い七分袖のそれは、今日のワンピースと同ブランドで、併せて買ったものだ。そのカーディガンを脱ぎながら、洗濯機がある洗面台へ。


「お兄ちゃーん、あとどのくらいで上がるー?」

「今入ったばかりだからな、何なら一緒に入るか?」

「うん!」

「っておいおいおい!」


風呂場のドアを隔てて話す兄と姉を見ていた啓介は、ワンピース一枚になったあきらの腕を掴み、止めた。


(アニキだけオイシイじゃねーか!)

「ジョーダンよ、やーね。ふたりで入ったら狭いじゃない」

(そっちかよ!)









―――…ん?








むにむにむに






「…なに?」








「…アネキ、最近肉ついたんじゃね?」











ばっちーーーーん!!


「イッテェェェェ!!」

「どうした啓介!?」

「ひどい啓ちゃん!ってちょっとお兄ちゃん素っ裸で出て来ないでよ前隠して前!」

「!あ、あぁスマン、驚いたんでつい…」

「ってェ…アネキ全力で叩くなよ…」



巷で名高い高橋兄妹弟が、(整った顔立ちだけに)風呂場の前で言い合っている姿は大層滑稽だった。

あきらを風呂に行かせないよう啓介が掴んだ箇所は、露出が多くなるこの夏、世の女性大半の悩みであろう、




二の腕である。




ワンピースと一緒に買ったカーディガンは、二の腕を隠すためのもの。最近気になっていた腕を啓介に指摘され、触られたら、あきらが怒るのも然り。





妹と弟のやりとりを、シャワーを浴びながら笑みを含んで聞いていた涼介は、啓介の叫びに驚き、何も隠さず風呂場のドアを開けた。

小さい頃は三人裸でも平気だったが、自分の裸を見た妹が恥ずかしがる様子に、少し寂しくなる兄だった。


「気にしてたのに…改めて言われると泣きたくなる…」

「や、悪かったってば。そんなことで泣くなよ…」

「そんなことってなによー!」


自分の腕を抱くようにしゃがみ、めそめそと項垂れていたあきらは、啓介の一言で顔を上げ、涙を溜めた目で睨みを効かせた。



(っ…その目ヤベェってアネキ…!)


「二の腕はねー!女の子にとって永遠の敵なのよ!最近夜中ダレかさんが連れ回すからおなかも減って間食が増えたの!腕の筋トレもしてるけど一向に細くならないし!もぉぉ啓ちゃんのせいだぁぁ!」

「ってオレのせいかよオイ!」

「啓介よさないか。あきら、こっちへおいで」


泣き崩れたあきらを優しく立たせ、抱き寄せた。

(余談だが、兄は一連の間にさっと着替えを済ませている)


完全に涙を流し、えんえんと泣いているあきら。

姉を見て、オロオロと戸惑う啓介。

ふたりを落ち着かせるのは、涼介の役目だ。


「腕、見せてごらん?」

「やっ…!」

「あきらの腕はすべすべでとてもキレイだ。恥ずかしがることないさ」

「むにむにだもん…やだ…」

「あきら、」

「……ん、」


涼介に抱かれながら腕を見せまいと隠していたあきらは、優しい兄の声に誘われ、少し身体を離して、涼介に腕を見せた。ワンピースの、ふんわりしたラッフルスリーブから覗く白い肌に、涼介が触れた。


「っ…くすぐったい…」

「全然太くなんてないぜ。寧ろこのくらいが健康的で良い」


それに、と兄が続ける。


「オレはあきらの白くて柔らかい肌が好きなんだ。これ以上細くなったらオレが困る」


シャワー上がりの石鹸の香りと、大好きな兄の柔らかい微笑み。

すっかり泣き止んだあきらは、涼介の胸に飛び込んだ。


「もう…お兄ちゃんに言われたら信じちゃうから、キライ…」

「オレはあきらが好きだよ」

「……だいすき、お兄ちゃん」








(―――なにこの疎外感)


自分を余所に仲良くしている兄と姉。ひとりぼっちの啓介は面白くない。幸せそうに姉を抱き締める兄が羨ましくて、弟は行動に出る。


「アニキばっかズリィ!オレもアネキぎゅーするー!」

「わぁぁ啓ちゃん!」

「こら啓介、あきらが潰れるぞ」


あきらの背中から抱きついた啓介は、あきらの腰に腕を回し、露わになっている首筋に顔を埋めた。

風呂上りで体温が上がっている兄と弟に挟まれ益々熱くなるあきらだったが、大好きなふたりの香りで、そんな熱さも厭わない。





高橋兄妹弟は、今日も仲良し。







「あー、アネキ抱き心地めっちゃふわふわー、いーいニオイ」

「ちょ、っと、コラ啓ちゃん!首だめ!汗でしょっぱいよ!」

「あきら香水変えたのか?良い香りだ」

「ってお兄ちゃんまでー!わっ啓ちゃんヤダッ!」

「へへっ、キスマークつーけたっ!」

「オレも、」

「もーっ!アツい!ふたりとも離れてぇぇ!」

「「嫌だ」」










(き、きききキスマーク…!!京一さんに見られたら…!!)

(京一…?)

(オイ、何で須藤が出てくンだよ)

(……やば)

(あきら!)

(アネキ!)











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ヒロインちゃんにはうちのブランド服を着せてみました&女子大生はクレイサス好きかなぁと。
7月に書いたので夏ですみません。

京一さんと仲良しなので、キスマークなんぞ付けてたらからかわれるんです。清次くんに言及されてイイワケするのがめんどくさいんです。


そして前を隠さず現れる変態お兄ちゃんでごめんなさい。



2012,7下書き
2012,9アップ