かいな
『スノーロードを走り込め』
まったく無茶なことを言うモンだ、と思いながらも、兄の言うことはいつも正しいと半ば自分に言い聞かせるように冬の道をしっかり走ってきた弟は、融雪された舗道を通り、自宅へ着いた。暖房を入れながら走るとパワーが落ちるため、その代わりに動きやすい薄手のダウンジャケットを着てステアを握っていたけれど、やはり冬の赤城山、薄手だと寒すぎた。早く暖まりたいと、玄関でスニーカーを脱ぎ、明かりの灯るリビングの扉を開けたら、
「(おかえり、啓介)」
人差し指を口許に添え、『静かに』と諭すアニキが、ソファに座ったまま首だけ動かしてオレを見、小声で話した。
「…?どした、アニキ」
アニキに習って、出来るだけ小さな声で話すと、ソファから手招きされた。
「なに、何かあんの………」
手招いたアニキに近寄れば、アニキの膝元に、丸い頭が。
「……ぷッ、なんだよこのアホ面」
「可愛いじゃないか」
ハイバック型のソファ、その背凭れに手を着き、アニキの肩越しから覗き込む。
「……あーあ、こーんな無防備に寝やがって」
腕を涼介の腰に回し、口は半開き、上半身を完全に兄に預け、眠りに落ちている、あきらだった。
「『撮り溜めたF1を啓ちゃんと観るんだ』って、言ってたぞ」
「……は?」
「暫くは起きて一緒に話やら雑誌やら読んでたんだけど、途中で静かになってな」
「……」
「走りに行ったから帰りが遅くなるとわかってても、お前のこと待ってたんだぜ、あきら。寝ちまったけど」
「……アネキ」
「今日は、啓介に軍配だな。帰りを待っててくれるなんて、この幸せモノめ」
「……ッるせーよ、」
「ははっ、照れるなって。まあ、お前が帰ってくるまで、あきらの可愛い寝顔を至近距離で堪能させてもらったさ」
「抜け駆けしてねェだろーなアニキ」
「どうだか?」
アニキがかけたであろうブランケットが、規則的に上下している。
そのリズムに合わせて、とん、とん、と、アニキが優しく叩いていた。
暖かいリビング
愛しい寝顔
心地よい空気
いいな、こんな冬も
「部屋、連れてくわ」
「頼む。オレは身動き出来ないからな」
チェック柄のふわふわしたブランケットごと、あきらを抱えて持ち上げる。
(かる……)
自分の腕力のお陰か、彼女の体重のせいか、ひょいと、簡単に持ち上がった。
抱き上げた身体は柔らかく、力を込めると崩れそうだと思った。
出来るだけ、優しく、ゆっくりと。
腕の中の愛しい存在を、壊さないように
「よ、っと」
階段を上り、一番手前があきらの部屋だ。彼女を抱えているため両手は塞がっているが、何とか上手くドアを開けて、そっと、ベッドへ寝かす。ブランケットを捲り、地の厚い羽毛布団をかけてやる。
(やわらけェな)
髪も
頬も
抱き上げた身体も
口唇も、
「……愛してる、あきら」
僕を待っててくれた愛しいきみへ、お詫びのしるし
そっと、キスを贈るよ
後日
「アネキー!F1観よーぜー!」
「今度こそ寝ないよ私!お兄ちゃんも一緒に観よ?」
「……ミハエル・シューマッハ……皇帝がついに引退、か……」
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ミハエル大好き。ありがとう。さみしいよ。
かいな=腕。
啓ちゅけの薄手ダウンはユニークなクロージングのウルトラライトダウン。カラーは皆さん想像して楽しんで下さい。家主はパープルなイメージです(勝手な
ところでシャコ短なFDは雪道をまともに走れるのか。群馬も山が多い県ですから雪降るだろうに。ノルン水上(0時まで営業するゲレンデ)行きたいなあ。
2012,12アップ