道をゆくもの前編


クラシックカーのような外観が好きで乗り始めたロードスター。森のような深い緑に惹かれて選んだNA6CE。この車のことを知るうちに、いつの間にか自らチューンナップをするくらいにハマっていった。ここへ走りに行きたくなったのは自然の流れか、ただ、近所だったから、というか、幼少時から散歩なり遠足なりで来ていた遊び場で、よく知っていたから。でも、夜中に来たのは初めてで、『景色』が違うことにかなり衝撃を受けたのは、もう何年前かな。長く愛するロードスターは、ノーマルより低い音を出すようになって、思いっ切り走るには昼間じゃご迷惑かと選んだ真夜中。それが、今じゃ当たり前になって、ますます、この車が好きになって。


「なかなかいい音させてるな。ウチに入って、走ってみるか?」


自分が愛する車を、褒めてくれる人がいて


「一本走ろうぜ!今日こそオレの勝ちだからな!」


一緒に、走りを楽しむ仲間がいて


「やるじゃんみどり。今度の遠征、一緒に行くか?」


好きな人が、できました









「みどり、来てたのか」

「こんばんは、涼介さん」


いつかの涼介さんのお誘いから数年、レッドサンズの一人として走って、いろんな車、ドライバーたちと出会ってきた。好きこそものの上手なれと言うけれど、本当にそうで、ロードスターが好きだからもっと知りたくて、その先へ行きたいと思っていたら、強くて速いセットアップが理想となって。それに合ったテクニックは、独学と、あとは、涼介さんのおかげで身についた。


「今日、啓介さんは一緒じゃないんですか?」

「少し遅れる。後で来るよ」


好きな人に追いつきたい。

隣で、並んで走れるように、なりたいと思った。

啓介さんの傍にずっといたくて、見てもらいたくて。

それが、私の、いちばんの原動力。


「みどり、今日は時間に余裕ある?」

「大丈夫ですけど…、何かあるんですか?」

「折角だから、話してみるといい。忙しい身だからここへ来ることは少ないけれど、ちょうど啓介が連れてくる予定でな」

「どなたか来られるんですか?」

「ああ、あまり似てないんだ」

「?」


含みを持たせる涼介さんの言葉を聞いていたら、少し遠いところで、馴染みの低音。眩しい光を連れて、そろそろ、黄色いFDが上がってくる頃だ。


(ナビに、誰か乗ってる?)


夜で視界が暗いのと、ヘッドライトの逆光で、はっきりと見えなかった。


「アニキ」

「思ったより早く着いたな、啓介」


FDから降りてきた啓介さんは、笑顔で涼介さんと話している。はにかむように笑う彼は、どこか幼く見えて。いつもの雰囲気とは、違うように思えた。


(って、私ってばどれだけ啓介さんのこと見てるんだ?)


普段の彼が持つ、少しピリッとした冷たい印象はどこにもなくて。ここにいるどれだけの人が、それに気付いたかな。


「ほら、何モタモタしてんだよ」

「ちょ、っと、待って…。四点式が取れないの…!」

「ははっ、だっせーなアネキ、取ってやるよ」


(アネキ……?)



啓介さんに手を引かれてナビから降りてきた人は、小柄な女の子だった。

今の赤城にはまだ少し寒そうな春色のワンピースに、ヒールのショートブーツ。可愛らしい顔立ちに、そのスタイルがとても似合っていた。


「あきらさんじゃないっスかー!久し振りですー!」

「え…、ケンタ、知り合い?」


啓介さんと並ぶ彼女へ近づき、頭を撫でる涼介さん。

その間、啓介さんの手は、彼女と繋がったまま。





ちくり




(…っ、なに)




「みどり、こっちへおいで」


突然感じた小さな痛みを無視して、涼介さんへ歩み寄った。


「涼介さん、そちらの方は…」

「オレのアネキ。でもってアニキの妹。ウチの真ん中なんだよ」

「お、お姉さんで、妹さん…?」


これでも長年レッドサンズにいる方だと思う。ずっと、涼介さんと啓介さんの近くにいたのに。


「何だかんだで、みどりにはまだ紹介していなかったからな。啓介が連れてきてくれてちょうどよかったよ」

ほら、挨拶は?と、妹さんにやさしく囁く涼介さん。


「初めまして、高橋あきらです。お話は伺っていますよ。ロードスターのみどりさん、ですね?」

「は、はい!こちらこそ初めまして!ご姉妹がいらっしゃるとは、知りませんでした…!」


可愛らしくて、どちらかと言えば幼く見える彼女は、とても丁寧で、優しそうな、年上の女性だった。

でも、何だろう、


「ゴメンな、みどり。アネキのことなかなか紹介できなくて。隠してたワケじゃないんだけど」


ポカンと呆けていた私に、見かねた啓介さんが言う。


「い、いえ!何ていうか、すごく、可愛らしい方で、その、てっきり、啓介さんの彼女さんかと」



自分で言って、ものすごく傷付いてしまった。

だって、FDのナビに乗った女の子なんて、見たことないから。

さっき降りたときの啓介さんの仕草や態度が、まるで、その人が大事で、大切でたまらないようだったから。


「オレにそんなのいないことなら、お前知ってるだろーが、みどり」

「そう、ですね。とても仲良しさんだから、『お姉さん』に見えなくて…。すみません、変なこと言って」

「だってさ、アネキ」


繋いでいた手を解き、後ろから彼女を抱き締めた。


「こら啓ちゃん!外でくっついちゃ嫌だってあれほど…!」

「んー?家ならいいの?」

「ばかっ!」






ちくっ



(あ…また……)



「離れろ、啓介」


涼介さんには敵わないのか、ちぇ、と口を尖らせてお姉さんから離れる啓介さん。

だけど手は、彼女の腰に添えられていた。






それから何度か、まあ、お忙しいと聞いていたから頻繁ではないけれど、赤城でお姉さ、いや、あきらさんと会う機会があった。一緒に話すようになって、気さくにお喋りする彼女から『みどりちゃん』と呼ばれ親しんでもらっている。常に啓介さんや涼介さんの傍にいて、メンバーとも仲が良くて。GTチームのメカニックをされているから、車の知識は涼介さん並みで。


「おまけに、かわいいし」

「あ?何か言ったか?みどり」

「ケンタどうしよ…私かなわない……」

「はァ?」


私が啓介さんに恋してることを知っているのは、相談の乗ってくれているケンタだけ。


「仲、いいよね、啓介さんたち」

「ああ、あきらさんのことか。超可愛がってるからなー、あの兄弟」




ちくちくっ


(また…)



「ずっと、そばにいて、離れないよね」

「大事な人だから、手の届くところにいてほしいんじゃねェかな」




ちくん



(っ……)





「……彼女、じゃないのに、なんで、あんな近くに」



現に今も、啓介さんの隣にはあきらさんがいて



(あんな笑顔、見たことないよ)



そんなに大事なら、連れて来なければいいのに



「みどり、お前どうし……!?」

「あ……れ…」





家族なら、姉弟なら、いつでも一緒にいられるじゃない。

私には、こうして夜に一緒にいる時間が、何より大事で、幸せなのに。

私じゃ、どう頑張っても、あの位置には立てない。

啓介さんにとって、私はチームメイトの一人でしかなくて。



どうして、そんなやさしい顔をするの?

どうして、そんなやさしく触れるの?

それじゃ、まるで





「も、むり……っ」

「みどり!」


駐車場にいる啓介さんたちから少し離れたところに車を停めていた私は、ココに居たくなくて飛び出していた。


「みどり!オイ、待てよ!」


止めるケンタを無視してロードスターに乗り込み、すぐにスピンターン。赤城を下る態勢をとっていた。


「どうしたケンタ」

「涼介さん!みどりが急に飛び出して…しかも泣きながら…!」

「泣きながら?アイツ何かあったのかよ」

「…啓介さん…っ」


(ゴメンみどり。言わせてくれ)


「みどりは…、啓介さんが好きなんです。ロードスターを認めてもらえて、すごく喜んで。ずっと、啓介さんと並びたいって言って…。でも、今、啓介さんの傍にいるのは」

そこまで言って、ケンタはあきらを見遣った。

「あきらさん、気を悪くしたらすみません。アイツ、きっと啓介さんと仲良くしてるあきらさんに嫉妬してるんです」

「……」

「啓介さんを好きでも、隣にはあきらさんがいて、だから、その」

「私が行く」

「アネキ!?」

「啓ちゃん、彼女にしっかり話そう?本当のこと」

「だけどよ!」

「みどりちゃんは、いいコだよ。私に任せて」

「FC使え、あきら」

「ありがとう、お兄ちゃん」


ちゃり、と涼介からキーをもらったあきらは、直ぐ様FCに滑り込んだ。